5 / 7
5
しおりを挟む
庭のベンチに並んで腰を下ろし、わたしはセリオン殿下の話に耳を傾けました。
聞けば、殿下は最初からわたしとの婚約破棄に納得していなかったそうです。
もちろん、ディアナとの新たな婚約も承諾していないとのこと。
『わたしは君の知性に惹かれて結婚を決めた……誰にも代わりは務まらない』
ローゼリンテ王国は婚約破棄の理由として、『エリシアは病を患い、結婚できる状態ではない』と説明したそうです。
殿下はそれに『治るまで待つ』と答え、たびたび書状で様子を問うてくださったそうですが、やがて『エリシアは死んだ』と告げられたといいます。
『信じられなかった。わたしは真偽を確かめるために外交大使としてローゼリンテ王国を訪れ……そこで呪術によって聴覚を失い、幽閉されている王女がいるという噂を耳にしたんだ』
……わたしのことです。
殿下は小さく頷きました。
『すぐに君のことだとわかったが、救い出すにはこの国を手に入れるしかない……わたしは父にローゼリンテ王国への侵攻を進言した。それが、一年前のことだ』
『侵攻……』
『ローゼリンテ王国に来るとき、父から攻め入るかどうかの判断をするよう命じられていたんだ』
そう――。
カルバナンドとローゼリンテは友好国でありながら、その間には常に緊張がありました。
二十年程前、ローゼリンテが盟約を破り、カルバナンドに侵攻して敗れた過去があるからです。
当時は他国の思惑もあり、表立った処罰は避けられたものの、カルバナンドが報復の機会を伺っていることはあきらかでした。
だからこそ、お父さまはディアナを嫁がせ、いまだ残るわだかまりを解消しようとしたのです。
そして、いま殿下がここにいるということは……。
『君が想像している通り、ローゼリンテ王国はすでにカルバナンドの支配下にある』
殿下の言葉に、わたしは息を詰めました。
仮にもこの王宮のなかにいながら、わたしはなにも知らずにいたのです。
――せめて耳が聞こえていたら、戦の喧騒に気付けたかもしれないのに。
殿下は、ローゼリンテの国民や、投降した兵士を手厚く保護していると語られました。
そういえば、わたしの食事もここ数日とても豪華でした。なにか国を挙げての祝い事でもあったのかと考えていましたが、殿下のご配慮だったようです。
『君のことももっと早くここから出してあげたかったんだが……色々とあってね』
殿下は申し訳なさそうに視線をさげました。
『とにかく、君が生きていてくれていて良かった』
『……どうして、わたしのことをそこまで?』
わたしたちは三年前……ほんの僅かな時間を共に過ごしただけですのに。
『言っただろう、君の知性に惹かれたと』
『……知性』
『君はあらゆる書を読み尽くし、かつその内容を正確に理解していた』
殿下が、過去の会話を思い出すように目を細めます。
『それから、君が幽閉されるまでの数年間、ローゼリンテで打ち出された数々の優れた政策……あれはカルバナンドでも評判になっていた。君の父は、それを第一王女の意見だと言っていたが……直接話してすぐに分かった。エリシア、君のものだと』
驚きでした。
殿下が気付かれたこともですが、わたしの提案がディアナのものにされていたこともです。
――いまなら分かるわ。
ディアナは、意見書を自分が考えたものとしてお父さまに差し出していたのでしょう。
『父はこう言っていたよ。君がいる限り、ローゼリンテに侵攻することは不可能だと』
『……皇帝陛下が? それは、過分な評価です』
『いや、わたしも父と同じ意見だ。君ほどの女性は、世界中を捜しても他にいない』
身を竦ませるわたしに、殿下は真剣な表情で続けられました。
『だが、わたしが君を諦められなかった一番の理由は……ダンスをしたときの一生懸命な表情と、笑顔が忘れられなかったからだと……一目惚れだったと言ったら、君は呆れるだろうか』
『殿下……』
『君が頷いてくれるのなら……どうかもう一度わたしの婚約者に、いや、妻になってほしい』
聞けば、殿下は最初からわたしとの婚約破棄に納得していなかったそうです。
もちろん、ディアナとの新たな婚約も承諾していないとのこと。
『わたしは君の知性に惹かれて結婚を決めた……誰にも代わりは務まらない』
ローゼリンテ王国は婚約破棄の理由として、『エリシアは病を患い、結婚できる状態ではない』と説明したそうです。
殿下はそれに『治るまで待つ』と答え、たびたび書状で様子を問うてくださったそうですが、やがて『エリシアは死んだ』と告げられたといいます。
『信じられなかった。わたしは真偽を確かめるために外交大使としてローゼリンテ王国を訪れ……そこで呪術によって聴覚を失い、幽閉されている王女がいるという噂を耳にしたんだ』
……わたしのことです。
殿下は小さく頷きました。
『すぐに君のことだとわかったが、救い出すにはこの国を手に入れるしかない……わたしは父にローゼリンテ王国への侵攻を進言した。それが、一年前のことだ』
『侵攻……』
『ローゼリンテ王国に来るとき、父から攻め入るかどうかの判断をするよう命じられていたんだ』
そう――。
カルバナンドとローゼリンテは友好国でありながら、その間には常に緊張がありました。
二十年程前、ローゼリンテが盟約を破り、カルバナンドに侵攻して敗れた過去があるからです。
当時は他国の思惑もあり、表立った処罰は避けられたものの、カルバナンドが報復の機会を伺っていることはあきらかでした。
だからこそ、お父さまはディアナを嫁がせ、いまだ残るわだかまりを解消しようとしたのです。
そして、いま殿下がここにいるということは……。
『君が想像している通り、ローゼリンテ王国はすでにカルバナンドの支配下にある』
殿下の言葉に、わたしは息を詰めました。
仮にもこの王宮のなかにいながら、わたしはなにも知らずにいたのです。
――せめて耳が聞こえていたら、戦の喧騒に気付けたかもしれないのに。
殿下は、ローゼリンテの国民や、投降した兵士を手厚く保護していると語られました。
そういえば、わたしの食事もここ数日とても豪華でした。なにか国を挙げての祝い事でもあったのかと考えていましたが、殿下のご配慮だったようです。
『君のことももっと早くここから出してあげたかったんだが……色々とあってね』
殿下は申し訳なさそうに視線をさげました。
『とにかく、君が生きていてくれていて良かった』
『……どうして、わたしのことをそこまで?』
わたしたちは三年前……ほんの僅かな時間を共に過ごしただけですのに。
『言っただろう、君の知性に惹かれたと』
『……知性』
『君はあらゆる書を読み尽くし、かつその内容を正確に理解していた』
殿下が、過去の会話を思い出すように目を細めます。
『それから、君が幽閉されるまでの数年間、ローゼリンテで打ち出された数々の優れた政策……あれはカルバナンドでも評判になっていた。君の父は、それを第一王女の意見だと言っていたが……直接話してすぐに分かった。エリシア、君のものだと』
驚きでした。
殿下が気付かれたこともですが、わたしの提案がディアナのものにされていたこともです。
――いまなら分かるわ。
ディアナは、意見書を自分が考えたものとしてお父さまに差し出していたのでしょう。
『父はこう言っていたよ。君がいる限り、ローゼリンテに侵攻することは不可能だと』
『……皇帝陛下が? それは、過分な評価です』
『いや、わたしも父と同じ意見だ。君ほどの女性は、世界中を捜しても他にいない』
身を竦ませるわたしに、殿下は真剣な表情で続けられました。
『だが、わたしが君を諦められなかった一番の理由は……ダンスをしたときの一生懸命な表情と、笑顔が忘れられなかったからだと……一目惚れだったと言ったら、君は呆れるだろうか』
『殿下……』
『君が頷いてくれるのなら……どうかもう一度わたしの婚約者に、いや、妻になってほしい』
172
あなたにおすすめの小説
異母姉の身代わりにされて大国の公妾へと堕とされた姫は王太子を愛してしまったので逃げます。えっ?番?番ってなんですか?執着番は逃さない
降魔 鬼灯
恋愛
やかな異母姉ジュリアンナが大国エスメラルダ留学から帰って来た。どうも留学中にやらかしたらしく、罪人として修道女になるか、隠居したエスメラルダの先代王の公妾として生きるかを迫られていた。
しかし、ジュリアンナに弱い父王と側妃は、亡くなった正妃の娘アリアを替え玉として差し出すことにした。
粗末な馬車に乗って罪人としてエスメラルダに向かうアリアは道中ジュリアンナに恨みを持つものに襲われそうになる。
危機一髪、助けに来た王太子に番として攫われ溺愛されるのだか、番の単語の意味をわからないアリアは公妾として抱かれていると誤解していて……。
すれ違う2人の想いは?
どうせ愛されない子なので、呪われた婚約者のために命を使ってみようと思います
下菊みこと
恋愛
愛されずに育った少女が、唯一優しくしてくれた婚約者のために自分の命をかけて呪いを解こうとするお話。
ご都合主義のハッピーエンドのSS。
小説家になろう様でも投稿しています。
特殊能力を持つ妹に婚約者を取られた姉、義兄になるはずだった第一王子と新たに婚約する
下菊みこと
恋愛
妹のために尽くしてきた姉、妹の裏切りで幸せになる。
ナタリアはルリアに婚約者を取られる。しかしそのおかげで力を遺憾なく発揮できるようになる。周りはルリアから手のひらを返してナタリアを歓迎するようになる。
小説家になろう様でも投稿しています。
メリザンドの幸福
下菊みこと
恋愛
ドアマット系ヒロインが避難先で甘やかされるだけ。
メリザンドはとある公爵家に嫁入りする。そのメリザンドのあまりの様子に、悪女だとの噂を聞いて警戒していた使用人たちは大慌てでパン粥を作って食べさせる。なんか聞いてたのと違うと思っていたら、当主でありメリザンドの旦那である公爵から事の次第を聞いてちゃんと保護しないとと庇護欲剥き出しになる使用人たち。
メリザンドは公爵家で幸せになれるのか?
小説家になろう様でも投稿しています。
蛇足かもしれませんが追加シナリオ投稿しました。よろしければお付き合いください。
それでも好きだった。
下菊みこと
恋愛
諦めたはずなのに、少し情が残ってたお話。
主人公は婚約者と上手くいっていない。いつも彼の幼馴染が邪魔をしてくる。主人公は、婚約解消を決意する。しかしその後元婚約者となった彼から手紙が来て、さらにメイドから彼のその後を聞いてしまった。その時に感じた思いとは。
小説家になろう様でも投稿しています。
元夫をはじめ私から色々なものを奪う妹が牢獄に行ってから一年が経ちましたので、私が今幸せになっている手紙でも送ろうかしら
つちのこうや
恋愛
牢獄の妹に向けた手紙を書いてみる話です。
すきま時間でお読みいただける長さです!
「最初から期待してないからいいんです」家族から見放された少女、後に家族から助けを求められるも戦勝国の王弟殿下へ嫁入りしているので拒否る。
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に仕立て上げられた少女が幸せなるお話。
主人公は聖女に嵌められた。結果、家族からも見捨てられた。独りぼっちになった彼女は、敵国の王弟に拾われて妻となった。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる