虹かけるメーシャ

大魔王たか〜し

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職業 《 勇者 》

69話 戦闘開始

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「「「──うおおおおお!!!」」」

 ひとつの南拠点と本拠点をつなぐ荒地の獣道にて、オークとメーシャ隊との戦いが開始していた。
 オークたちはラードロの策によりそのすべてが上位種に進化していて、大半がオークの1次上位種の"ハイオーク"に、15体ほどがオークキングに、10体がラードロウイルスによって超強化した"ブラックオーク"に、そして隊長役割をしているのはその上位種であり背丈も4m以上ある"ブラックハイオーク"だった。

 もし正面からぶつかっていれば少なくない被害が出ていたかもしれない。が、巨大な岩槍をサンディーが死角から放つことで、背後からの奇襲はみごと大成功。

 隊列が崩れたところをメーシャが注意を引き付け、その間に隊を広げて取り囲み、オークがなんとか体勢を立て直した時にはメーシャ隊の倍以上あったオーク隊はいまや30体程度にまで減っていた。
 ハイオークの多数とオークキングを数体、ブラックオークを1体の成果である。

「伝えた通り、3人小隊でオークを1体ずつ各個撃破倒していって! 他の隊とお互いに背中を守りつつね!」

 メーシャはオークキングをただの蹴りで爆散、魔石化させながら離れた隊員に指示を飛ばす。

「「おう!」」

 メーシャの号令で隊員が気を引き締める。
 つい先日会ったばかりの者たちだったが、メーシャの元に意思が集い士気が高まり、一時的に熟練した兵士のように息が合っていた。

「キュイッキィ!」

 サンディはまず、メーシャから離れた位置にいる隊に近付くブラックオークを引き付ける。隊員に攻撃が及ばない十分な広さの所に行って本格的に攻撃に移る手筈だ。

「兵が展開したようなので、予定通り僕はサポートにまわります!」

 兵士が完全にオーク隊を取り囲んだのを確認し、ヒデヨシはメーシャの元から去っていった。
 ヒデヨシはその機動力を活かしながら隊員の状況を見て、順次救援や加勢して戦線を維持する役割だ。

「いってらっしゃい! 気を付けてね」

 現状で隊列に特別危ういところはない。少し押されてもヒデヨシがすかさず参戦して協力し押し返してくれるし、ブラックオークはサンディーの大暴れで釘付け。
 ただ、ボスのブラックハイオークはオークたちの中心に居座り、仲間が倒されても不気味なくらい静かに反応しない。

「……警戒した方がよさそ。でも、今すぐには動かなさそうだし少しでも減らしとくか」

 いつ動くか分からない相手に釘付けになって隊員を放ったらかしなんて、隊長の役割を捨てたも同然。
 動いたら対処できるよう余力だけ残し、戦いに入った時に邪魔が入らないよう場を整えておくべきだ。



 ●     ●     ●


「くっ!? 3人いても農家じゃオークキングはキツイか……!」

「ハイオークならなんとかなったんだけどよ!」

「おい! 集中しろ!」

 農家のサミュエルとマーティン、戦士のリアンがオークキングに押されていた。隣り合う小隊に助けを乞おうとしたが、戦況こそ悪くないものの手を貸せるほどの余裕は無かった。
 しかも、あいにくヒデヨシは他の隊員をブラックオークからちょうど助けているところだったので、倒せないまでもしばらくは時間を稼ぐ必要がありそうだ。

「ウゴォオオ!!」

 オークキングが大刀を思いきり振り回して攻撃する。

「ぐぉ!?」

 ラードロの実験により今では上位が存在するものの、これでも突然変異の希少個体であるオークロードを除けば最上位だったオークキング。
 その攻撃は苛烈で、とは言え戦士だったリアンをそのハンマーでのガードもろとも吹き飛ばしてしまう。

「リアン!」

 サミュエルが思わず飛び出し、受け止めようと後ろに回ったことで下敷きになってしまう。

「す、すまねえ!」

 リアンはなんとか無事だったようだ。

「いや、気にするな……でも、回復薬分けてくれ」

 ダメージこそ受けてしまったがサミュエルもなんとか無事だ。しかし、こうなると危険なのはマーティンだ。

「は、早く戻ってきてくれ! 俺ひとりじゃ……!」

 オークキングの前にひとり残されたマーティンは恐怖のあまり震え上がってしまう。

「ま、待ってろ! ってて……すぐ行く!」

 リアンが痺れる手を振りながらも急いでマーティンの元へ走る。

「ガルォオ……!!」

 だが、オークキングの大刀は既にマーティンの目の前まで迫ってきていた。

「ひ、ひぇええええ!?」

 身体が動かないマーティンはただ叫ぶことしかできない。絶体絶命かと思われたその時──


「──はい、お待たせ~!」

「い、いろは様!?」

 目を開けるとそこには、オークキングの大刀を2つの指で受け止めているメーシャがそこにいた。

「はいっ。回復薬渡しとくね、ある程度数も減ってきたから3人は他の小隊を助けつつそれを配っていって」

 メーシャはオークキングをあっという間もなく蹴り倒し、液体回復薬を山ほどマーティンに渡してさっさと別のところに向かって行った。

「なんだあの強さ…………実力派と聞いたけどケタ違いだな」

 マーティンが驚いた顔のままつぶやく。

「……俺たちは言われた通り回復薬を配りに行くか」

 肩をすくめながらそう言ったのはリアン。

「でもまあ、それでも役に立てるなら俺たちは全力でやりとげるまでだ。そうだろ?」

 そう言うサミュエルにふたりも続いて行ったのだった。

「だな」

「おう」


 ●     ●     ●

 ここは魔法使いふたりと剣士の女性3人の小隊。こちらもオークキングと戦っていたが、戦況はこちらが有利であった。

「──初級光魔法シャラ!」

「ウガ!?」

 ひとりの魔法使いが光魔法でオークキングに小さなダメージを与えつつまぶしい光で目くらましをする。

「──中級地魔法チョイツブ!」

 そこに、もうひとりの魔法使いがすかさず地魔法を発動。足元を隆起りゅうきさせてオークキングを転倒させた。
 地魔法と転倒ダメージでそれなりにダメージを与えることができた。

「よし、私のターン! ──付与魔法エンチャント初級風魔法ヒュル!」

 剣士の女性がロングソードに風の刃をまとわせ、無防備になったオークキングに思い切り振り下ろした。

「せーいっ!!」

「グフォアア──!?」

 みごとオークキングを倒すことができた。だが、一難去ってまた一難というべきか、間髪入れずに新たな敵が目の前に現れてしまった。

「グォオオ……!」

 黒い身体に怪しく赤く光る目、オークキング以上に発達した筋肉と前傾姿勢なのに2mはある巨体、前にせり出したまがまがしい真っ赤な牙……ブラックオークである。

「ヒィ……!」

 ラードロのまがまがしさには及ばないものの、ブラックオークの放つドス黒いオーラを目の当たりにして剣士が恐怖に呑み込まれそうになる。だが、なんとか持ちこたえて後ろのふたりに声をかけた。

「ふ、ふたりとも……! まずは、同じ作戦……で!」

「………………ひぅ」

「あぁ………………」

 だが、魔法使い2人は恐怖に支配されていた。
 ふたりは小さくうめき、ガタガタと止まらない震え、力なく涙を流すことしかできない。

「うそ……?」

 支えである仲間が、心のよりどころである仲間が、捕食者に睨まれた小動物のように震えている様を見て、ギリギリで保っていた剣士の心を恐怖で染め上げていく。
 ラードロやその眷属けんぞくたちの放つオーラは、フィオールや地球に住む地上の者たちに対して相手が上位者だと、捕食者だと、敵わない相手だと知らしめ、本能的な恐怖を魂に刻み込むのだ。

 だが、絶対ではない。

「──光刃爪こうじんそう!」

「グォフ……!?」

 突如として現れた光の刃がブラックオークの牙を斬り落とす。

「ああ…………」

 助かった。剣士は声にならない声を漏らして安堵する。
 ヒデヨシが来てくれた。

「……ブラックオークは任せてください」

 ヒデヨシが爪からオーラの刃を出し直す。
 ブラックオークの牙を切り落としたのもこの刃だ。

「ひ……でよし……様」

 剣士が力を振り絞ってうなずき、ヒデヨシに後のことを託した。

「はい」

 ヒデヨシは微笑みとともにうなずき返すと、小隊の3人を背に守りブラックオークに向き直る。

「……この後にも多分拠点を落としたり、どこかの隊に加勢したり、ラードロと会ったりで体力を使うでしょうからね。ブラックオークあなたが活躍する間も無くケリをつけさせてもらいますよ……!」

 ヒデヨシは言うが早いか、地面を蹴って距離を詰める。
 そのすさまじい速度は剣士の目には追えず、まるで瞬間移動であった。

「…………っ!!」

 それはブラックオークも同じで、ヒデヨシを見失い、再びその目で捕捉した頃にはもう目の前まで接近していた。

「チェックメイト…………!」

 ヒデヨシのオーラの刃に太陽のように黄色い炎が付与される。刹那。

「──破邪陽光刃はじゃようこうじん……斬!!」

 オーラの刃がブラックオークを切り裂き、そのまばゆい陽光で邪悪なるオーラを浄化し尽くした。

「…………3体目ともなればブラックオークも慣れたもんです」

 ヒデヨシが肩をすくめた。

 ブラックオークは驚異的な回復力で、小さなダメージを与えてもたちまち回復してしまう。それに、弱い者から集中的に攻撃しようとするせいで、初めて相対した時はヒデヨシも少々苦戦を強いられたのだが、『実は体力自体はさほど高くない』と気付いてしまえば強い相手では無かった(ヒデヨシ基準)。
 
 とは言え、一般の隊員たちはブラックオークを前にすると恐怖で動けなくなるため、もし前に出てきたらヒデヨシ、サンディー、メーシャの誰かがが動くしかない。

「ありがとうございます……ヒデヨシ様」

 我に返った剣士が、止まった涙をぬぐいながらお礼を口にする。

「いえ。それより、無事で何よりですよ」

『──キュイキュキュッキュー!』

 ヒデヨシたちが話していると、離れた位置で戦っていたサンディーが楽しそうな声で高らかに鳴いていた。
 よく見ると、サンディーはいつの間にかブラックオークを最後の2体まで追い詰めている。この2体も時間の問題だろう。

「ふっ……サンディーは大はしゃぎですね。もうそろそろこの場もクライマックスに入りそうですし、お嬢様やサンディーの邪魔にならないよう離れていましょうか」

「……あ、はい! ……ジュディ、キキ行くよ!」

 剣士は少しよろめきながらも立ち上がり、仲間の魔法使いふたりにも声をかけてこの場を離れていった。



「あとはブラックハイオークですが」

 ここまで同胞がやられているのにもかかわらず、助けるどころか微動だにせず、しかも不気味に笑っているブラックハイオークに一抹いちまつの不安を感じるヒデヨシであった。

「悪い予感がしますね…………」
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