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出逢い版
凸凹な主従関係
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落ちこぼれの着膨れ侍。
根性無しの看板貴族様。
『汚らわしい貴族め!俺らの街から出ていけ!』
心無い言葉たち、
有象無象の悪しき汚れの溜まった言葉たち、
この街に来てから沢山言われた言葉たち、
全部全て、僕の血縁者、貴族達のやった行いで、懺月は衰退し、元の活気も跡形もなく消え去ってしまった。
かつて明朗な青年は酷く落ち、震えて農仕事も出来ないほどに、かつて豪然たる貴族を前にも動じない老婦人は貴族に家内を始末され、親父殿は奴隷に人身売買と到底人間や生き物では無い扱いをされてしまった。
これも全て僕のやった事なんだ。
僕は地元の、かつて滅ぼした町の派遣軍に所属している落ちぶれた貴族、エリスを治めた4大貴族の一角、静海家の初代皇子の息子だ。
エリスと共に何千万年を過ごし、この地への報復をしに、軍へ入った。
軍に入ってから軍長に言われた一言は、静海家の着膨れ侍。鎧だけの武のない兵士、言わばあばずれと同じだ。
でもあばずれだとしても、ここで懸命に働いて……いつかこの地を滅ぼした縁を、再び繋げなければならなかった。
僕らの街は雪国で、護送や配達、何かを運ぶことで生計をたてている。無論戦争などとうの昔に終わり、今は復興してからしばらく経ったため賑わいもようやく出てきている頃だ。
『…今日も、任務ですか』
『あぁ、護送の任務だ。今回の護送は貴族に使える兵士の護送だから、丁重に扱うように。まぁ、元貴族ならわかるか?ははっ』
『わかりました…すぐに終わらせます』
皮肉だ。今日もまたこの人は、僕に皮肉を言って日々のストレスを晴らしてゆく、たいして仕事も上手くできないくせに、僕よりも……もっと下のくせに…
『櫂!ご飯持ってきたぞ~!』
『…藤さん?なんでここに…』
彼は藤さん、塔藤さんだ。
僕に優しくしてくれる、元貴族庭園の庭師さんだ
彼は昔から僕の家につきっきりで、よく面白い話を聞かせてくれるような人だ
『部署が違っても来ちゃダメなんて決まりないべな?それより、最近飯食ってなさそうだったし、なんか日に日にお前が痩せてってるの見てな、見てられないっていうか…とにかく、一緒に食べようと思ったんだ』
『でも僕…そんなに食べれない…し、それに、テーブルで食べたりとか、もう出来る身分じゃ…』
『まだそんな事言ってんか…?櫂はもうやる事やったべ?あんなにみんなに尽くしてるのに、受け入れてくれないのはいけずな街のみんなやでな、メルタも蘭もお前を待ってるから、早く行くぞ!』
『え…?うわっちょっと!』
藤さんは僕の手を力強く引っ張ると、そのまま僕よりも軽い足取りで食堂に向かった。
『はぁ…やっときた!遅いぞ、櫂!』
『まさかこんなに待たせるとはな…偉くなったな』
この二人はメルタと白夜さん、どちらも幼い頃から仲のいい友人だ。
二人は放浪の身であっちこっちを旅していたが、僕の不祥事を聞きつけて飛んでこちらにやってきてくれた。
『…ごめん、なさい……』
謝るのがすっかり癖になってしまった。貴族の頃はよくお父様の躾に謝っていたし、ここに来てからも街の人への日々の謝罪で、謝罪以外、最近口にしていなかった
『……櫂…あんた、』
『あ、大丈夫だよ…僕、何もしないから……』
『櫂!!』
強い怒号にハッとして、やっと意識が戻ってきたように…感じた
怒号は、白夜の出した声だった
『精神不安、脈拍の異常な乱れ、乱視、挙動不審に他人への異常なまでの恐怖心からくる内気や受け身…これはこの街が雪国だからというわけではないだろう。一体何故、それになるまで俺らに相談をしなかった、櫂。』
『あ…それ、は……』
『…街の奴らか、』
『あ~アイツら…また櫂をいじめてんの…相談してくれればオレらで対処したのに!』
『藤は愚か、メルタにまで相談をせず、一人で抱え込み、医者である俺にようやく見抜かれるとは…相当な感覚麻痺だな』
『なんでメルタに相談してくれないのシズ!』
…実際、彼らは僕の一番の友人達だ。戦友に止まらない、貴族時代から仲のいいやつら、でも彼らにこそ、相談したくなかった。
皇国専属庭師の塔 藤、獣魔性会会長のメルタ・ピープルティー、その側近、白夜蘭…彼らはもとより身分のせいで忙しく、しばらく僕から離れて生活していた。
彼らには、決して迷惑はかけられない、彼らの築き上げてきた成功からなる称号と権力、それすらも僕のせいで失わせるのは酷だったからだ。
狂論者の論文にこう記述があった、貴族の更なる虐殺がまた起きると、そしてその場所は、再び復興した僕らのいる街に、予言は幾つもあった、その予言がもし当たっているなら、彼らを即刻ここから追い出して、僕一人で相手をする方が…よっぽどいい
『いっそ、身分を明かしたらどうだ、静海家は何一つ厄災を犯していないと、証明にもなるだろ』
『オレも賛成、櫂が虐められてんのこれ以上見てられん』
そう、だね…僕は貴族だ。貴族なら、皇族なら、この身分を明かして権力を振りかざすことだってできるはずだ。
僕のお兄様でさえも権利権力を横暴に扱った事がなかった。ましてや自分達の父でさえ、たったの一度も見た事がなかった。周りの貴族が当たり前のように権力を振り翳して周りを従える…僕には自分がそのような下賎な行動をしている様を想像できなかった。
或いは、したくなかった。
『…もし、このまま遠くに逃げれるなら、いいのにね』
『もしそうなったら、メルタは櫂に付いてくよ、僕らでまた新しく国を開くんだ。』
『国作りねぇ~!オレ、新しい国ができたら庭師教室開きてーな…櫂の弟をそこに入れてさ~教養のある子にしよう!』
『ご生憎、僕の弟は勉強三昧で学業以外に時間を割いている時間見た事ないけど…』
『櫂、国を開くなら、俺はより先進した技術国を開きたい…俺の知り合いがエンジニアなんだ、興味がある』
『エンジニアかぁ、そういえばお父様もエンジニアに興味あるって…いってたな』
他愛もない、本当にありきたりな、凡人みたいな会話だった。テーブルも囲まず、食事も出てこず、ふかふかの椅子にも座らず地べたに尻をつけて同じ目線で顔を見合わせる。そんなひと時が、この凡人になれるひと時だけが僕の生き甲斐だったんだ。
でも今夜、そのひと時ともしばらくお別れだ。
『ねえ、僕何里も離れたところに、みんなで逃亡したい。』
『…櫂?』
『僕らでまた、1からやり直すんだ、軍を開いて…この街みたいに、また滅びる街がないように』
『ここは捨てるのか?』
『捨てるわけじゃないさ、僕らで必ず、ここも拾い上げる』
僕の提案に、みんなは二つ返事で納得してくれた。それが嬉しくて、初めて人に要求を真面目に受け止めて貰えた気がした。
次の日、僕らは作戦を立て、2日後のこの時間に僕以外は皆外へ、僕はここで街のみんなにお別れを言うという予定を立て、違和感なく街に残れるようにした。
成功するかもわからないけど、あの3人には迷惑かけたくないし、尽力しよう。
2日間はあっという間に過ぎ、馬車や荷物の運搬手当てが済んだ頃、藤さんから話しかけられた
『なぁ櫂、お前は俺らが他の街でもやって行けると思うか?』
『藤さんらしくないね、弱音なんて言わないでよ』
『俺、家業継いでくれる人がお前のとーさんに殺されてから、なんか色々変わったっちゃね。あれはしょうがないけどよ、』
『…君の弟さん、呪持ちだったもんね』
『あぁ、俺がまだ100歳余りでわがったんだな…これが。アイツと俺はそんなに離れてなかったから、対処が間に合わなかった、だからお前のとーさんに殺して貰ったんだ…っけなぁ~覚えてねぇや』
『藤さんはさ、悲しくないの?弟と疎遠になって』
『あぁ?うーんそうだな…』
藤さんは深く考え込むようなジェスチャーをした。僕も弟とは長らく会ってなかったし、同じ兄の身分として話を振って見たが…不味かっただろうか
『…悲しいは悲しいさね、俺はちっちゃい時から母親っちゅうもんに会ったこと無いけ、アイツが羨ましかったよ。叔母のとこで育って、お前の皇室の庭師やってからできた弟は、元気に母さんの腕の中で泣いてた、それが許せなくって、妬ましくて、一時は弟を…この手にかけようかと思ってた…だが』
藤さんは振り返ってこちらに見合わせると、肩に優しく手を置いて、僕と目線をしっかりと合わせてきた。
オリーブのような茶緑の深い色が僕の目の薄浅葱に反射して、深みの強い渋茶色になっていた…
『俺はな、櫂には感じられん愛を感じてるんやよ、お前に”藤さん”って言われるたびに、俺は”父さん”って言われてる気分なんだ、なんだか、歳の離れ過ぎない息子ができた感じでむず痒いし、お前と最初会った時は、気の合わない貴族らしいやっちゃなぁって思ってたからな、よりお前のこと、息子だって信じ込めるのかもしれないな』
藤さんはそうやって言い放つと、僕の目の前から勢いよく立ち上がり、拳を空に突き上げこう言った
『今後!お前が身分を隠して、仲間がお前を忘れて、櫂と呼ばれなくなっても!名前を失っても!たとえお前が俺を裏切っても、俺はお前のこと、櫂って呼ぶからな。大切な、静海家の6番目として、そして人に最も優しい龍として、お前を慕う部下として、そしてお前のことを一番近くで見てきた庭師として。』
『とお…さん、』
『安心しい、お前が最初から、何か俺らのことで悩んでるのはわかっとるよ。精一杯俺らも見ないようにしてた、でもお前が何か一つの事を背負ってここから去るよりも、俺らの側でずっと罪背負ってでも生きてくれていた方が、俺らは嬉しいんよ』
『藤さん…ふじっ…さぁぁあん!』
『よーしよし、櫂は頑張ったなぁ。すっかり俺よりもデカくなって…感心感心!』
『藤さ…ぼく、ずっと辛かった!ずっとろくでなしって…街から出てけって…!!僕…ずっと一人で、何にも頼れなくて…!!ごめんなさい!ごめんなさい…!!』
『ええよ、たくさん泣き、明日になったら全て解放されるけ、今だけでも鬱憤晴しとけ』
『うっうう…うぇ、うわぁぁぁん!!』
その夜、僕は一晩中藤さんの胸の中で泣いてた。
暖かくて、街じゃ感じられない藤さんの温もりは、とても胸に沁みてきた。
そういえば、しばらく涙すらも流していなかった…ずっと耐えていたから涙なんてものも流せなくなってしまっていた。
次の日、白銀にひかる雪原を横切り、粉雪をふるい立てて馬車が到着した。
その日は少し吹雪いていて、見晴らしが悪かった
『櫂!早く合流してね』
『俺らは少し先の民泊に居るから、何も関与できんけど、せめて連絡してな』
『またな』
『みんなありがと、いってくるね!』
いってらっしゃーいと大きな声で馬車が出発した。
ここからは、ミスが許されない…僕は一人で、彼らを相手しないといけない。
彼らとは…”呪いに犯された者”たちだ。
狂論者の文には、呪いを受けた者がここに来ると、今この時間、ブラフパルスにくると仄めかされた文が書かれていた。
放っておいたら街の全焼は愚か、あの3人にも被害が及ぶ可能性も考慮できない…
力ずくでも、この街を防衛するのが僕の最後の仕事だ。
先日、護送に行った三級貴族からの助言で少しばかりの軍を派遣してもらった。
彼らも懺滅軍…僕の同僚達だ。
この千人余りの兵達で呪いの進行を止めればこちらの勝ち、逆に転べばこちらの負けなのだ…
『これは…少し大がかりかもな…』
今こそ仲間の助けを借りたい、すごくアイツらに縋りたい、本当は逃げたいしここから遠退き記憶を消して優雅に過ごしたい。
でもその日々の実現には、可能な限りの最低限犠牲がつきものだ。
ここでやらなかったら、僕は本当の…着膨れ侍のまま…なんだ。
『…総員、前日に確認した配置へ!』
嗚呼、久々にこんなに大声で人に指示を出した、その愉悦や如何に、まるで傲慢な貴族の嗜みじゃないか…
その傲慢さたるや、過去に永劫を収めた僕の兄さんみたいだった。
『…そっか、僕にも兄さんの血が…遺伝子が流れてるんだ。』
安堵したその時、空を引き裂くような破裂音と共に空襲警報が鳴った
空襲が、きたのだ
空は赤く染まり、地面からはマグマのような火が噴き出て、僕らの頬を照らしていった…
『何事だ!兵はどうした!!』
『静海様…兵の半分が…空襲で、』
一体なにが、起こっているのか理解ができなかった
空襲?そんなものはどこにも…戦争さえもどこにもない…はず
『おいおい、ここに狂論者のノートがあると聞いてきてみたらぁ…貴族サマじゃねーか?』
『…お前は、誰だ』
『おおーっと、そう警戒しないで。この人は親切なだけで、ここの街を狂論者の予言から救って差し上げようとしただけなんだ』
『救う…?街が、見てわからないのか?』
『いやぁ派手に散ったなぁ!でも散った命は俺の中で生き続けられんだよ…俺はぁ此処の親父様だからよ?ニンゲン様のために尽力してやったってわけ…な?』
『……るな…!』
『あぁ?聞こえねぇよクソガキぃ!!』
『ふざけるなと言っているんだ!』
『…祖神の御前でその口答えとは…貴族にも恩知らずがいるものだな』
『神の御前だと…笑わせてくれる…お前らが居なければ救えた命など数え切れぬほどあったものを…そのように無碍に扱い終いにはその儚き生命すらも奪い取った!!お前らが祖神であろうと何であろうと…そのような無礼な行為、許されたものではない!!』
『…俺のことわかってないのかぁ?貴族のガキ、これは公務なんだよ。お遊び半分でヒトの命奪ってるって言いてぇのか?偏った思想持ってるから貴族は人間から遠ざけられんだよ!静海家の、次男坊がノコノコ人様に偽善返し?笑わせる…お前のにーさんは上手くやってくれたぜ?俺の目の前で自分の恩人刺し殺してたんだからなぁ!あれは傑作だったなぁ!』
『…ゔ、ヴェラコス様…それ以上は…』
『あぁ?何だリヴ怯えてんのか?こんな小さい龍ごときに、あぁ、名乗ってなかったなぁ…俺はエリスの、祖龍・ヴェラコス・フェオストだ、世間知らずの坊ちゃんの名前は知ってるぜ?静海櫂とその仲間の…塔藤、だったよな?』
『…なんで藤さんの名前を知っているんだ』
『そりゃあ、俺のこと後ろから刺し殺して来ようとしたからなぁ…逆に串刺しにしてやった時にネームプレートが落ちてきたんだよ。お前ら皇国から逃げてきた犯罪者なんだってな?』
冷や汗が出た、こんな暑い中でも涙と汗のみの冷ややか感覚だけが鮮明に蘇ってきた。
藤さんが、死んだ?串刺しにして、殺られた…?
『あいつ、死に際に俺の櫂に手ぇ出すな~、だと!笑えるねぇ…!あの顔飾ってやりた-—-—-—-—』
『…死ね』
気づいたら身体が動いてたんだ
僕の太ももに身につけていた護身用の刃物が、ヴェラコスの胸部に深く突き刺さっていた。
強く固く、獲物を確実に殺すための腕力で、首につかみかかった、
『…殺すのかぁ?俺を』
『当たり前だ!僕の大切な人を…よくも、よくも!!』
『龍にも感情が芽生えるんだなぁ…悪いが俺には感情も無いし死ぬことも出来ねぇんだ、残念だなぁ!ガキぃ…!』
『おい小僧離れろ!』
さっきの、ヴェラコスの隣にいた白い神が僕を引き裂いてきた、とっても痛かった。
『がっ…あぁっ!!』
無理矢理引き剥がされた後、視界と耳の感覚がぼやけてきて、ほぼ何も聞こえなくなってしまった。
さいご、死ぬ間際に、なにかいわれた、気がしたけど…もうなにも、きこえな、いや………
『……!起きたか、』
『…あ、れ…白神…?』
『オレの名前はリヴだ!覚えとけガキ!』
…僕、死んだんだよね。
『あぁそうだ、お前は死んだんだ、笑えるか?』
『…勝手に人の心読む人の前で笑いたく無い』
何が何だか…確かにあの時、藤さんを追いかけようとしてこいつに…身体を引き裂かれてたはずなのに…
『…仮契約だ。』
『は?』
『あの後、オレの配下にしてやろうと思ってたら…なんか契約の鎖がオレにもついて…同格同士だから契約が成り立たなくなっちまったんだ。』
その後、なんやかんやで街を襲ったこのリヴという白蛇神の言い文はこうだ。
街が狂論者の予言に当たっていた、そして街の救済、および呪いの排除のために大雪ごと街を焼き払った、そして貴族の抹殺とその関係者の捕獲を皇国に依頼されていたから殺した。
どうにも後味の悪い話だが、彼は素直に自分の想いについて打ち明けてくれた。
『…オレだって殺人とか、生き物の命奪っていい気はしない…でも上に逆らうと神であろうと首を切られて殺されるんだ。』
彼はとてもひどく怯えてるように見えた。それがあの祖龍のせいなのか、はたまたこの状況についてなのかまでは、僕も心が読めるわけじゃないからわからなかった。
でも僕も彼は、間違いなく同じ盤面に立たされている事だけはわかった。
『契約なら、二人で分断すればいい、僕の人化個体と契約が不祥事なら、君と僕の真の姿で契約を結べばいいだけ…じゃない?』
『はぁ?何言ってんだお前、オレらは種族違うんだぜ、そんな事できるわけ…』
言うより行動、元から口よりも身体が動く主義だった、人の器を捨てて龍になる事はとても簡単で、やり易い行為だが、彼の心配は契約の手続き、契りの交わし方なんだろうとわかった。
従来から契約をし、主従関係になるという行為は神聖なものであり、決して面白半分でやってはいけないのだ。
だが彼ら神はその他生物とは格別の存在。生命の卵となる神は契約の際、すべき行為が省かれるため、多種族との契約行為が容易なのだ。
でも僕も同格の存在、安易な契約をすると家畜に値切られ主人の価値を奪われてしまう…これこそが契約の最も怖いところなのだ。
『白龍と契約なんてした事ない。そもそも貴族の竜との契約とか罰当たりすぎるだろ…お前もう少し自分のことを視野に入れてだな…』
『するのか、しないのか、どっちかにしてから喋って。』
『………あーもうわかったよ!オレもお前と契約するぜ…裏切んじゃねーぞ』
額と拳を合わせる…するとお互いの手と首に鎖がかかった。
『…ほんとに、契約できたのか…』
『ほら、次は君が僕に契約される番だよ。早く蛇になりなよ』
『わーったって、すぐなるから』
そう言って目の前に現れたのは森の木でも覆い隠せないほどの大きな白蛇だった。
身体はずっしりとしていて、腹が動くたびに大地が抉られていって…すごくすごく大きな蛇だ。
『額を合わせるのも苦労するな…早くしろよ』
すっと差し出された額に押されているが、なんとか契りを交わし終わって人間に戻った後、二人は自分たちの姿を見てフッと笑ってしまった。
『なんか、オレら貴族なのにおかしいな』
『貴族が貴族を使役してんの…結構やばいね』
まだ出会ったばっかで、お互いを深く恨むはずの僕らなのに、気づいたら意気投合していて、馬鹿みたいに浅はかだなあ…とまだまだ自分は人や生き物との交流が足りないことを思い出す
『…お前は経験が豊富な方だろ』
『あー!また心読んだでしょ!』
凸凹コンビでもなく裏切り者と着膨れ侍のコンビだった。お互いに抱えていたマイナスはとても大きく、決してカバーできるものではないし、お互いに信頼を置いてはいけない関係のはずなのに、彼とはどこか、似たものを感じた。
根性無しの看板貴族様。
『汚らわしい貴族め!俺らの街から出ていけ!』
心無い言葉たち、
有象無象の悪しき汚れの溜まった言葉たち、
この街に来てから沢山言われた言葉たち、
全部全て、僕の血縁者、貴族達のやった行いで、懺月は衰退し、元の活気も跡形もなく消え去ってしまった。
かつて明朗な青年は酷く落ち、震えて農仕事も出来ないほどに、かつて豪然たる貴族を前にも動じない老婦人は貴族に家内を始末され、親父殿は奴隷に人身売買と到底人間や生き物では無い扱いをされてしまった。
これも全て僕のやった事なんだ。
僕は地元の、かつて滅ぼした町の派遣軍に所属している落ちぶれた貴族、エリスを治めた4大貴族の一角、静海家の初代皇子の息子だ。
エリスと共に何千万年を過ごし、この地への報復をしに、軍へ入った。
軍に入ってから軍長に言われた一言は、静海家の着膨れ侍。鎧だけの武のない兵士、言わばあばずれと同じだ。
でもあばずれだとしても、ここで懸命に働いて……いつかこの地を滅ぼした縁を、再び繋げなければならなかった。
僕らの街は雪国で、護送や配達、何かを運ぶことで生計をたてている。無論戦争などとうの昔に終わり、今は復興してからしばらく経ったため賑わいもようやく出てきている頃だ。
『…今日も、任務ですか』
『あぁ、護送の任務だ。今回の護送は貴族に使える兵士の護送だから、丁重に扱うように。まぁ、元貴族ならわかるか?ははっ』
『わかりました…すぐに終わらせます』
皮肉だ。今日もまたこの人は、僕に皮肉を言って日々のストレスを晴らしてゆく、たいして仕事も上手くできないくせに、僕よりも……もっと下のくせに…
『櫂!ご飯持ってきたぞ~!』
『…藤さん?なんでここに…』
彼は藤さん、塔藤さんだ。
僕に優しくしてくれる、元貴族庭園の庭師さんだ
彼は昔から僕の家につきっきりで、よく面白い話を聞かせてくれるような人だ
『部署が違っても来ちゃダメなんて決まりないべな?それより、最近飯食ってなさそうだったし、なんか日に日にお前が痩せてってるの見てな、見てられないっていうか…とにかく、一緒に食べようと思ったんだ』
『でも僕…そんなに食べれない…し、それに、テーブルで食べたりとか、もう出来る身分じゃ…』
『まだそんな事言ってんか…?櫂はもうやる事やったべ?あんなにみんなに尽くしてるのに、受け入れてくれないのはいけずな街のみんなやでな、メルタも蘭もお前を待ってるから、早く行くぞ!』
『え…?うわっちょっと!』
藤さんは僕の手を力強く引っ張ると、そのまま僕よりも軽い足取りで食堂に向かった。
『はぁ…やっときた!遅いぞ、櫂!』
『まさかこんなに待たせるとはな…偉くなったな』
この二人はメルタと白夜さん、どちらも幼い頃から仲のいい友人だ。
二人は放浪の身であっちこっちを旅していたが、僕の不祥事を聞きつけて飛んでこちらにやってきてくれた。
『…ごめん、なさい……』
謝るのがすっかり癖になってしまった。貴族の頃はよくお父様の躾に謝っていたし、ここに来てからも街の人への日々の謝罪で、謝罪以外、最近口にしていなかった
『……櫂…あんた、』
『あ、大丈夫だよ…僕、何もしないから……』
『櫂!!』
強い怒号にハッとして、やっと意識が戻ってきたように…感じた
怒号は、白夜の出した声だった
『精神不安、脈拍の異常な乱れ、乱視、挙動不審に他人への異常なまでの恐怖心からくる内気や受け身…これはこの街が雪国だからというわけではないだろう。一体何故、それになるまで俺らに相談をしなかった、櫂。』
『あ…それ、は……』
『…街の奴らか、』
『あ~アイツら…また櫂をいじめてんの…相談してくれればオレらで対処したのに!』
『藤は愚か、メルタにまで相談をせず、一人で抱え込み、医者である俺にようやく見抜かれるとは…相当な感覚麻痺だな』
『なんでメルタに相談してくれないのシズ!』
…実際、彼らは僕の一番の友人達だ。戦友に止まらない、貴族時代から仲のいいやつら、でも彼らにこそ、相談したくなかった。
皇国専属庭師の塔 藤、獣魔性会会長のメルタ・ピープルティー、その側近、白夜蘭…彼らはもとより身分のせいで忙しく、しばらく僕から離れて生活していた。
彼らには、決して迷惑はかけられない、彼らの築き上げてきた成功からなる称号と権力、それすらも僕のせいで失わせるのは酷だったからだ。
狂論者の論文にこう記述があった、貴族の更なる虐殺がまた起きると、そしてその場所は、再び復興した僕らのいる街に、予言は幾つもあった、その予言がもし当たっているなら、彼らを即刻ここから追い出して、僕一人で相手をする方が…よっぽどいい
『いっそ、身分を明かしたらどうだ、静海家は何一つ厄災を犯していないと、証明にもなるだろ』
『オレも賛成、櫂が虐められてんのこれ以上見てられん』
そう、だね…僕は貴族だ。貴族なら、皇族なら、この身分を明かして権力を振りかざすことだってできるはずだ。
僕のお兄様でさえも権利権力を横暴に扱った事がなかった。ましてや自分達の父でさえ、たったの一度も見た事がなかった。周りの貴族が当たり前のように権力を振り翳して周りを従える…僕には自分がそのような下賎な行動をしている様を想像できなかった。
或いは、したくなかった。
『…もし、このまま遠くに逃げれるなら、いいのにね』
『もしそうなったら、メルタは櫂に付いてくよ、僕らでまた新しく国を開くんだ。』
『国作りねぇ~!オレ、新しい国ができたら庭師教室開きてーな…櫂の弟をそこに入れてさ~教養のある子にしよう!』
『ご生憎、僕の弟は勉強三昧で学業以外に時間を割いている時間見た事ないけど…』
『櫂、国を開くなら、俺はより先進した技術国を開きたい…俺の知り合いがエンジニアなんだ、興味がある』
『エンジニアかぁ、そういえばお父様もエンジニアに興味あるって…いってたな』
他愛もない、本当にありきたりな、凡人みたいな会話だった。テーブルも囲まず、食事も出てこず、ふかふかの椅子にも座らず地べたに尻をつけて同じ目線で顔を見合わせる。そんなひと時が、この凡人になれるひと時だけが僕の生き甲斐だったんだ。
でも今夜、そのひと時ともしばらくお別れだ。
『ねえ、僕何里も離れたところに、みんなで逃亡したい。』
『…櫂?』
『僕らでまた、1からやり直すんだ、軍を開いて…この街みたいに、また滅びる街がないように』
『ここは捨てるのか?』
『捨てるわけじゃないさ、僕らで必ず、ここも拾い上げる』
僕の提案に、みんなは二つ返事で納得してくれた。それが嬉しくて、初めて人に要求を真面目に受け止めて貰えた気がした。
次の日、僕らは作戦を立て、2日後のこの時間に僕以外は皆外へ、僕はここで街のみんなにお別れを言うという予定を立て、違和感なく街に残れるようにした。
成功するかもわからないけど、あの3人には迷惑かけたくないし、尽力しよう。
2日間はあっという間に過ぎ、馬車や荷物の運搬手当てが済んだ頃、藤さんから話しかけられた
『なぁ櫂、お前は俺らが他の街でもやって行けると思うか?』
『藤さんらしくないね、弱音なんて言わないでよ』
『俺、家業継いでくれる人がお前のとーさんに殺されてから、なんか色々変わったっちゃね。あれはしょうがないけどよ、』
『…君の弟さん、呪持ちだったもんね』
『あぁ、俺がまだ100歳余りでわがったんだな…これが。アイツと俺はそんなに離れてなかったから、対処が間に合わなかった、だからお前のとーさんに殺して貰ったんだ…っけなぁ~覚えてねぇや』
『藤さんはさ、悲しくないの?弟と疎遠になって』
『あぁ?うーんそうだな…』
藤さんは深く考え込むようなジェスチャーをした。僕も弟とは長らく会ってなかったし、同じ兄の身分として話を振って見たが…不味かっただろうか
『…悲しいは悲しいさね、俺はちっちゃい時から母親っちゅうもんに会ったこと無いけ、アイツが羨ましかったよ。叔母のとこで育って、お前の皇室の庭師やってからできた弟は、元気に母さんの腕の中で泣いてた、それが許せなくって、妬ましくて、一時は弟を…この手にかけようかと思ってた…だが』
藤さんは振り返ってこちらに見合わせると、肩に優しく手を置いて、僕と目線をしっかりと合わせてきた。
オリーブのような茶緑の深い色が僕の目の薄浅葱に反射して、深みの強い渋茶色になっていた…
『俺はな、櫂には感じられん愛を感じてるんやよ、お前に”藤さん”って言われるたびに、俺は”父さん”って言われてる気分なんだ、なんだか、歳の離れ過ぎない息子ができた感じでむず痒いし、お前と最初会った時は、気の合わない貴族らしいやっちゃなぁって思ってたからな、よりお前のこと、息子だって信じ込めるのかもしれないな』
藤さんはそうやって言い放つと、僕の目の前から勢いよく立ち上がり、拳を空に突き上げこう言った
『今後!お前が身分を隠して、仲間がお前を忘れて、櫂と呼ばれなくなっても!名前を失っても!たとえお前が俺を裏切っても、俺はお前のこと、櫂って呼ぶからな。大切な、静海家の6番目として、そして人に最も優しい龍として、お前を慕う部下として、そしてお前のことを一番近くで見てきた庭師として。』
『とお…さん、』
『安心しい、お前が最初から、何か俺らのことで悩んでるのはわかっとるよ。精一杯俺らも見ないようにしてた、でもお前が何か一つの事を背負ってここから去るよりも、俺らの側でずっと罪背負ってでも生きてくれていた方が、俺らは嬉しいんよ』
『藤さん…ふじっ…さぁぁあん!』
『よーしよし、櫂は頑張ったなぁ。すっかり俺よりもデカくなって…感心感心!』
『藤さ…ぼく、ずっと辛かった!ずっとろくでなしって…街から出てけって…!!僕…ずっと一人で、何にも頼れなくて…!!ごめんなさい!ごめんなさい…!!』
『ええよ、たくさん泣き、明日になったら全て解放されるけ、今だけでも鬱憤晴しとけ』
『うっうう…うぇ、うわぁぁぁん!!』
その夜、僕は一晩中藤さんの胸の中で泣いてた。
暖かくて、街じゃ感じられない藤さんの温もりは、とても胸に沁みてきた。
そういえば、しばらく涙すらも流していなかった…ずっと耐えていたから涙なんてものも流せなくなってしまっていた。
次の日、白銀にひかる雪原を横切り、粉雪をふるい立てて馬車が到着した。
その日は少し吹雪いていて、見晴らしが悪かった
『櫂!早く合流してね』
『俺らは少し先の民泊に居るから、何も関与できんけど、せめて連絡してな』
『またな』
『みんなありがと、いってくるね!』
いってらっしゃーいと大きな声で馬車が出発した。
ここからは、ミスが許されない…僕は一人で、彼らを相手しないといけない。
彼らとは…”呪いに犯された者”たちだ。
狂論者の文には、呪いを受けた者がここに来ると、今この時間、ブラフパルスにくると仄めかされた文が書かれていた。
放っておいたら街の全焼は愚か、あの3人にも被害が及ぶ可能性も考慮できない…
力ずくでも、この街を防衛するのが僕の最後の仕事だ。
先日、護送に行った三級貴族からの助言で少しばかりの軍を派遣してもらった。
彼らも懺滅軍…僕の同僚達だ。
この千人余りの兵達で呪いの進行を止めればこちらの勝ち、逆に転べばこちらの負けなのだ…
『これは…少し大がかりかもな…』
今こそ仲間の助けを借りたい、すごくアイツらに縋りたい、本当は逃げたいしここから遠退き記憶を消して優雅に過ごしたい。
でもその日々の実現には、可能な限りの最低限犠牲がつきものだ。
ここでやらなかったら、僕は本当の…着膨れ侍のまま…なんだ。
『…総員、前日に確認した配置へ!』
嗚呼、久々にこんなに大声で人に指示を出した、その愉悦や如何に、まるで傲慢な貴族の嗜みじゃないか…
その傲慢さたるや、過去に永劫を収めた僕の兄さんみたいだった。
『…そっか、僕にも兄さんの血が…遺伝子が流れてるんだ。』
安堵したその時、空を引き裂くような破裂音と共に空襲警報が鳴った
空襲が、きたのだ
空は赤く染まり、地面からはマグマのような火が噴き出て、僕らの頬を照らしていった…
『何事だ!兵はどうした!!』
『静海様…兵の半分が…空襲で、』
一体なにが、起こっているのか理解ができなかった
空襲?そんなものはどこにも…戦争さえもどこにもない…はず
『おいおい、ここに狂論者のノートがあると聞いてきてみたらぁ…貴族サマじゃねーか?』
『…お前は、誰だ』
『おおーっと、そう警戒しないで。この人は親切なだけで、ここの街を狂論者の予言から救って差し上げようとしただけなんだ』
『救う…?街が、見てわからないのか?』
『いやぁ派手に散ったなぁ!でも散った命は俺の中で生き続けられんだよ…俺はぁ此処の親父様だからよ?ニンゲン様のために尽力してやったってわけ…な?』
『……るな…!』
『あぁ?聞こえねぇよクソガキぃ!!』
『ふざけるなと言っているんだ!』
『…祖神の御前でその口答えとは…貴族にも恩知らずがいるものだな』
『神の御前だと…笑わせてくれる…お前らが居なければ救えた命など数え切れぬほどあったものを…そのように無碍に扱い終いにはその儚き生命すらも奪い取った!!お前らが祖神であろうと何であろうと…そのような無礼な行為、許されたものではない!!』
『…俺のことわかってないのかぁ?貴族のガキ、これは公務なんだよ。お遊び半分でヒトの命奪ってるって言いてぇのか?偏った思想持ってるから貴族は人間から遠ざけられんだよ!静海家の、次男坊がノコノコ人様に偽善返し?笑わせる…お前のにーさんは上手くやってくれたぜ?俺の目の前で自分の恩人刺し殺してたんだからなぁ!あれは傑作だったなぁ!』
『…ゔ、ヴェラコス様…それ以上は…』
『あぁ?何だリヴ怯えてんのか?こんな小さい龍ごときに、あぁ、名乗ってなかったなぁ…俺はエリスの、祖龍・ヴェラコス・フェオストだ、世間知らずの坊ちゃんの名前は知ってるぜ?静海櫂とその仲間の…塔藤、だったよな?』
『…なんで藤さんの名前を知っているんだ』
『そりゃあ、俺のこと後ろから刺し殺して来ようとしたからなぁ…逆に串刺しにしてやった時にネームプレートが落ちてきたんだよ。お前ら皇国から逃げてきた犯罪者なんだってな?』
冷や汗が出た、こんな暑い中でも涙と汗のみの冷ややか感覚だけが鮮明に蘇ってきた。
藤さんが、死んだ?串刺しにして、殺られた…?
『あいつ、死に際に俺の櫂に手ぇ出すな~、だと!笑えるねぇ…!あの顔飾ってやりた-—-—-—-—』
『…死ね』
気づいたら身体が動いてたんだ
僕の太ももに身につけていた護身用の刃物が、ヴェラコスの胸部に深く突き刺さっていた。
強く固く、獲物を確実に殺すための腕力で、首につかみかかった、
『…殺すのかぁ?俺を』
『当たり前だ!僕の大切な人を…よくも、よくも!!』
『龍にも感情が芽生えるんだなぁ…悪いが俺には感情も無いし死ぬことも出来ねぇんだ、残念だなぁ!ガキぃ…!』
『おい小僧離れろ!』
さっきの、ヴェラコスの隣にいた白い神が僕を引き裂いてきた、とっても痛かった。
『がっ…あぁっ!!』
無理矢理引き剥がされた後、視界と耳の感覚がぼやけてきて、ほぼ何も聞こえなくなってしまった。
さいご、死ぬ間際に、なにかいわれた、気がしたけど…もうなにも、きこえな、いや………
『……!起きたか、』
『…あ、れ…白神…?』
『オレの名前はリヴだ!覚えとけガキ!』
…僕、死んだんだよね。
『あぁそうだ、お前は死んだんだ、笑えるか?』
『…勝手に人の心読む人の前で笑いたく無い』
何が何だか…確かにあの時、藤さんを追いかけようとしてこいつに…身体を引き裂かれてたはずなのに…
『…仮契約だ。』
『は?』
『あの後、オレの配下にしてやろうと思ってたら…なんか契約の鎖がオレにもついて…同格同士だから契約が成り立たなくなっちまったんだ。』
その後、なんやかんやで街を襲ったこのリヴという白蛇神の言い文はこうだ。
街が狂論者の予言に当たっていた、そして街の救済、および呪いの排除のために大雪ごと街を焼き払った、そして貴族の抹殺とその関係者の捕獲を皇国に依頼されていたから殺した。
どうにも後味の悪い話だが、彼は素直に自分の想いについて打ち明けてくれた。
『…オレだって殺人とか、生き物の命奪っていい気はしない…でも上に逆らうと神であろうと首を切られて殺されるんだ。』
彼はとてもひどく怯えてるように見えた。それがあの祖龍のせいなのか、はたまたこの状況についてなのかまでは、僕も心が読めるわけじゃないからわからなかった。
でも僕も彼は、間違いなく同じ盤面に立たされている事だけはわかった。
『契約なら、二人で分断すればいい、僕の人化個体と契約が不祥事なら、君と僕の真の姿で契約を結べばいいだけ…じゃない?』
『はぁ?何言ってんだお前、オレらは種族違うんだぜ、そんな事できるわけ…』
言うより行動、元から口よりも身体が動く主義だった、人の器を捨てて龍になる事はとても簡単で、やり易い行為だが、彼の心配は契約の手続き、契りの交わし方なんだろうとわかった。
従来から契約をし、主従関係になるという行為は神聖なものであり、決して面白半分でやってはいけないのだ。
だが彼ら神はその他生物とは格別の存在。生命の卵となる神は契約の際、すべき行為が省かれるため、多種族との契約行為が容易なのだ。
でも僕も同格の存在、安易な契約をすると家畜に値切られ主人の価値を奪われてしまう…これこそが契約の最も怖いところなのだ。
『白龍と契約なんてした事ない。そもそも貴族の竜との契約とか罰当たりすぎるだろ…お前もう少し自分のことを視野に入れてだな…』
『するのか、しないのか、どっちかにしてから喋って。』
『………あーもうわかったよ!オレもお前と契約するぜ…裏切んじゃねーぞ』
額と拳を合わせる…するとお互いの手と首に鎖がかかった。
『…ほんとに、契約できたのか…』
『ほら、次は君が僕に契約される番だよ。早く蛇になりなよ』
『わーったって、すぐなるから』
そう言って目の前に現れたのは森の木でも覆い隠せないほどの大きな白蛇だった。
身体はずっしりとしていて、腹が動くたびに大地が抉られていって…すごくすごく大きな蛇だ。
『額を合わせるのも苦労するな…早くしろよ』
すっと差し出された額に押されているが、なんとか契りを交わし終わって人間に戻った後、二人は自分たちの姿を見てフッと笑ってしまった。
『なんか、オレら貴族なのにおかしいな』
『貴族が貴族を使役してんの…結構やばいね』
まだ出会ったばっかで、お互いを深く恨むはずの僕らなのに、気づいたら意気投合していて、馬鹿みたいに浅はかだなあ…とまだまだ自分は人や生き物との交流が足りないことを思い出す
『…お前は経験が豊富な方だろ』
『あー!また心読んだでしょ!』
凸凹コンビでもなく裏切り者と着膨れ侍のコンビだった。お互いに抱えていたマイナスはとても大きく、決してカバーできるものではないし、お互いに信頼を置いてはいけない関係のはずなのに、彼とはどこか、似たものを感じた。
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