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第一章 電脳の少女

第01話 電脳の少女

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「──緊急速報です! たった今、F国が我が国に対しミサイルを発射したとの情報ニュースが入って参りました! 現在、自衛隊がA国と連携し対応に当たっている模様です」 

 突然、目の前にあるビルの巨大モニターから、女性アナウンサーの慌てた声が聞こえて来た。

 は?

 ミサイル?

 発射?

 俺は、余り聞き慣れない単語に何事かと思い、立ち止まってモニターを見上げてみた。周りの人達も皆、同じ様に足を止めてモニターを見上げながら、アナウンサーの言葉に聞き入っている。

 アナウンサーは平静を装って喋ってはいるが、明らかに慌てた様子で手元の紙を読み上げていた。やれ首相官邸はどうだとか、情報筋によると何だとか等、ハッキリしない情報を真面目な顔で説明している。

 一体、何を言ってるんだ?

 確かにF国の大統領の過激な行動や発言は、ここ最近よくニュース等で耳にする。しかし、だからと言って、いきなりミサイルとか言われても今いちピンと来ない。

 自国にミサイルを放たれたと言うのに、どこか他人事の様な感じがする。これが平和ボケと言う物だろうか。アナウンサーの言葉を聞いても、何故か緊迫感という物が感じられない。
 ふと周りに目をやると、殆どの人達が俺と同じ様な感じだった。

 嬉しそうに、スマホで何処かに電話している大学生。

 一生懸命SNSで情報を発信している、ギャル風の女子高生。

 じっとスマホを眺め、何かを調べているサラリーマン。

 中には、少し怯えた様な素振りを見せる親子連れ等もいたのだが、大半の人達は、どこか他人事の様にヘラヘラと笑いながら手元のスマホで何かしている。

 奇妙な光景だな、と俺は思った。

 ミサイルが飛んで来るかも知れないと言うこの一大事に、逃げるでもなくスマホをいじり出す人達。着弾地点でも載っていると言うのならまだ分かるが、そんな物がスマホで分かる筈が無い。なのに皆、自分がどうするべきかをスマホの情報に頼っている。

 普通こう言う時は、もっとパニックが起こる様な物なんじゃないのか? 何故、周りの人には尋ねずに、個人でネットに答えを求めるんだ……意味が分からない。

 スマホを持たない俺は奇妙な違和感を感じながら、暫く周りの人達の様子を眺めていた。それだけでも、ある程度の情報は得る事が出来る。人々の会話に聞き耳を立て、俺は情報を集めた。

「──だから、こんな地方都市にミサイルなんか飛んで来る訳ないだろ」

「これヤバくないっ? 狙われたのY市だって!」

「いや、多分A国の迎撃ミサイルなら──」

「すいませんっ! 電車が止まっておりまして……」

 ……なるほど。

 そんな噂程度の情報を、自分なりに整理する。

 俺が住んでいるこのS市には、確かに、これと言った軍事施設等は近くに無い。東北では人口がそれなりにいる大きな都市だが、所詮、只の地方都市のひとつだ。

 そう考えれば、最初に狙う対象としては可能性が低い場所かも知れない。だがそれも、あくまで可能性の話だ……絶対ではない。

 狙われたと言われているY市は、この国の首都にも近い大都市だ。人口も多いし、もし爆撃なんてされたらとんでもない被害が出るだろう。

 ソースはどこか分からないが、狙われたと言うのは本当なのだろうか。一応、Y市の近くには軍事施設があるけど、情報の出処が分からない以上、こんな噂を鵜呑みには出来無い。

 まして、A国の出方なんて、それこそ俺には分からない。

 電車は……知らん。頑張ってくれ。

 とにかく俺は、、とても臆病で疑り深い。それも、異常な程に。

 何でも疑ってかかるこの性格は年々酷くなり、俺を社会から一層孤立させて来た。スマホも俺は、ネット上ですら他人との関わりが無い。はっきり言って、完全に時代に逆行している。

 そんな事を考えていると、ふと気になる会話が聞こえて来た。

「──おい、見てみろよこれっ! これって犯行声明って奴じゃないのか?」

「マジでっ!? ちょっと見せて──」

 見つけましたとアピールする様に、大学生くらいの男が四、五人で大袈裟に騒ぎ立てている。周りで聞いていた人達が少しずつ集まり出して、興味深そうにその大学生達の様子を伺い始めた。

「え、ちょっとこれマジか……!」

 薦められてスマホを覗き込んでいた大学生が、わざとらしく驚きながら呟く。まるで、周りに聞かせる為に言っている様な、大きな呟きだ。俺には、その声に少し怯えの様な物が混じっている様な気がした。

「えっ!? 私達にもちょっと見せてっ!」

 先程、SNSに精を出していた女子高生の二人組が、キャッキャッとはしゃぎながら、大学生の持つスマホを横から覗き込んだ。大学生は得意気にスマホを操作して、女子高生達の前に画面を向ける。暫くの間、彼女達の様子を伺う周りの人達の沈黙が辺りを包んだ。そして……

「えええーっ!? 何これっ、超ウケるんですけどっ!」 

「え……ちょっとこれ、ヤバくない?」

 大笑いする金髪と、若干、笑顔が引きつっている茶髪の女子高生二人組。それを見ていた一人のサラリーマンが、大学生に声をかけた。

「すいません。私にもそれ、見せて頂けませんか?」

「あっ、いいっすよ! このサイトで見れるんで……」

 大学生はサラリーマンに説明しながら、スマホの画面を彼の方に向けた。周りにいた人達が自分達も見ようと、サラリーマンの肩越しにスマホを覗き込む。自然に人集ひとだかりが出来始め、暫くすると、あちこちで同じ様な光景が見られる様になった。

 俺はその人集りのひとつに紛れ込み、同じ様にスマホを覗き込んだ。

 画面には有名な動画投稿サイトが映し出されている。犯行声明らしき物は、まるでこのサイトを占拠した様に、トップページ一面にアップロードされていたらしい。投稿された時刻を見ると……どうやら二時間くらい前。丁度、午前十一時頃みたいだ。俺が時計を確認していると、動画の再生が始まった。

 画面に映し出されたのは、所謂いわゆる、萌えキャラ。
 薄い青と白がおり混ざった妖精の様なドレスを身に纏う、短髪ショートカットで碧髪の可愛らしい二次元の美少女だ。割と作り込まれた動画の様で、暫くすると、画面の中の美少女が豊かな表情で喋り始めた。

「国民の皆さーん! 僕はフリード、よろしくねー!」

 女性の声を模した機械音……これくらいは俺でも知っている。俗に言うボカロの声で、ニッコリ笑う画面の中の少女──フリード。どこまでも軽い口調のまま、彼女は恐ろしい事を続けて口にした。

「これからK市を爆撃しまーす! 一回目の試練です。頑張ってねーっ!」

 笑顔で可愛らしく手を振りながら、少女の短い動画はあっさりと終わった。

 え?

 K市? 

 Y市じゃなくて?

 一回目?

 本物かどうかも分からない上に、意味までさっぱり分からない。K市は関西の古都で近くに軍事施設も無いし、Y市とは条件が全然違う。俺は、余りに考える材料が無さ過ぎて唖然とした。周りでは動画を見た人達が、嘲笑混じりに会話している。

「タイミング的にはバッチリなんだけどなあ……間違えてK市って言っちゃってるのが惜しいね!」

「この、可愛いーっ!」

「いや、これアウトだろおっ! 幾ら悪戯でも不謹慎過ぎるわ……」

 好き勝手な感想を言い合う人達。誰一人、本物の犯行声明だなんて思ってもいない。完全に悪戯だと決めつけている様だ。まるで、今夜話すでも見つけた様な軽いノリで話している。勿論、俺だって信じちゃいない。

 何だガセネタかと溜息をついて、歩き出そうとしたその時、あのアナウンサーの声が聞こえた。
 それも、さっきより明らかに動揺した声で……。



「──緊急速報です! たった今入りました情報ニュースです! 先程、K市がF国のミサイルにより爆撃されました」


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