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第一章 電脳の少女
第08話 軽すぎる悪意
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「俺が交際を断ったその女……晴美に、俺が乱暴した事になってたんです」
正確に言えば未遂だ。だがそれでも、口に出すのも憚られるくらい、かなり際どい所までやった事になっていた。
俺の衝撃的な発言に、言葉を失う常連客達。しかし、やはり亜里沙さんは何か知っているのかも知れない。俺の言葉を聞いてもまだ、それ程動揺していない様にも見える。逆に、一番ショックを受けているのは秋菜だ。俺はその様子を見て、思わず声を荒げた。
「勿論、俺はやってない!」
突然の強い語気にビクリと反応する秋菜。しかし、その表情はどこかホッとしている。俺を疑っていた訳では無いんだろうが、はっきり言葉で否定された事で、安心したのかも知れない。
俺は落ち着きを取り戻そうと、もう一度、珈琲を口に運んだ。少し、冷めかけている。俺は、少し温くなった珈琲をそのまま飲み干した。そして、幾らか冷静になったその頭で、話を続ける。
「晴美は恥を掻かされた腹いせに、俺を貶めようと嘘を付いていたんです。俺に乱暴されたって……」
表向きは清楚系のヒロイン、晴美が乱暴されたなんて事になれば、学校中を揺るがす大事件だ。
確かに当時、晴美はその男遍歴から、相当、遊んでいるのではという噂が流れていた。しかし、それはあくまで噂にしか過ぎない。晴美が男子達の憧れの的で、女子達からも絶大な支持を得る、絶対的なヒロインである事に変わりは無かった。まして、晴美は学校一の権力者という、裏の顔も持つ。
そんな彼女が、初めてを奪われそうになったと、脅え、震えて見せているのだ。怒りや同情こそすれ、その言葉を疑ったり、ましてや反論出来る様な者等、いる筈も無かった。
そして、その初めてを力づくで奪おうとした憎き男……クラスの連中にとって、それは正しく俺だった。
「どうしてそんな事を……」
信じられないといった表情で、秋菜が呟いた。まあ、普通の女の子なら、理解に苦しむのも無理は無い。自分が乱暴されそうになるなんて、トラウマになってもおかしく無い話だ。誰にも話せず、泣き寝入りしてしまう場合も多いと聞く。だが、そこが晴美の巧妙な所だった。
「晴美は自分に酔っていたんですよ……力ずくで乱暴されそうになって尚、勇気を振り絞り告白する、悲劇のヒロイン役に。クラス中の同情を一身に浴びた、あの時の晴美は、本当に満足そうな表情をしてましたよ」
理由なんて、本当の事は俺にも分からない。ただ、精一杯の皮肉を込めて俺は話した。しかし、満更嘘という訳では無い。確かにあの時、俺には晴美の顔が、満足そうな表情にしか見えなかった。あいつの嘘を知る俺だからこそ、気付けた事なのかも知れないけど……。
一番、言い辛かった所は吐き出した。俺はフゥッと一つ息を吐いて、仕切り直しに珈琲カップを持ち上げた。空になっている事に俺が気付くと、その様子を見た亜里沙さんが、温めてあった新しいカップを取り出し、お替りを準備する。暫くすると、静かな店内にサイフォンのフラスコからコポコポ……と、香りと音が充満し始めた。
期を見て俺は、続きを話す事にした。
「俺は誤解を解こうと、説得して回る事にしました。そんなに多くは無かったんですが、とりあえず、比較的仲の良かった友達から……。何人かは誤解も解けて、同情もしてくれました。少なからず、晴美の噂は良い物ばかりじゃ無かったですからね……誰も、表立っては言えませんでしたけど。で、少し気持ちが軽くなった俺は、次の日、隆に見せて貰ったグループチャットを見て愕然としました」
落ち着きを取り戻していた俺は、淡々と話を続ける。
「俺に同情してくれた、その何人か……そいつ等がその日の夜、先頭になって書き込んでいたんです……根も葉もない事を、そのグループチャットに」
その内容は酷い物だった。やれ、俺に買収されそうになっただとか、仲間になれと脅されただとか……中には、自分も犯されそうになったとか言う、信じられない様な物まで存在した。しかも、それを書いていたのは、殆ど話もした事が無い女子だ。
「表情では同情してても、腹では何を考えているのか分からない……その時は目の前にいる奴等全員、信じられなくなりました。こいつもどうせ、裏では何を書き込むか分からないってね……」
よく断れたねだとか、暴力に屈しなくて凄いだとか……俺が相談した奴等が、俺をダシに称賛を浴びているグループチャット。そこでは一時の注目を浴び、悦に浸りたい奴等が平気で嘘を重ねていた。俺を裏切り、陥れ、そして、それを利用して晴美に媚びを売る……自分は裏切らなかった! 褒めてくれ! ……と。
携帯の画面に映る、その異様な雰囲気に、俺は吐き気がしたのを覚えている。
「俺は隆に頼み込んで、そのグループチャットに招待して貰いました。こうなったらその場で直接、誤解を解こうと。奴等の言っている事は嘘ばかりでしたからね……弁明の余地は幾らでもあると思ってました。ですが……」
俺は甘かった。人間は、自分を守る為なら平気で嘘を付く。
「俺をネタにしてたそいつ等は、手を組んだんです。まるで、俺の言っている事の方が出鱈目になる様に、口裏を合わせて……。お陰で俺は、完全に逃げ場を失いました。しかも、暴行未遂だけじゃ無く、そいつ等が付いていた嘘まで真実にされてしまったんです」
面白おかしく、嘘の書き込みをしてた奴等は、俺の予想以上に多かった。おそらく、軽い気持ちでやってたんだろうが……単純に、その数も俺を傷付けた。そして、そんな嘘がバレて困る奴等が全員、手を組んだ。当然、俺に勝てる筈なんて無い。
「俺の噂はえげつない物になりました。晴美を襲っただけで無く、他にも何人かに乱暴してた事になって……その上、気に入らなければ暴力を振るい、裏で暗躍するキャラまで足されましたよ……」
流石に俺も笑うしかなかった。幾ら何でも、あれは酷い。何しろ、日に日に俺の悪事が増やされて、設定が継ぎ足されて行くんだから……。裏で暗躍って、何者なんだよ……俺。
「幾ら何でも酷過ぎ無い? それ……」
自虐的に笑う俺を見て、希ちゃんが割り込んで来た。まあ、普通は誰でもそう思うだろう。どうやら、彼女も例外では無い様だ。
「真実かどうかなんて、どうでもいいんですよ……あいつ等にしてみれば。自分にさえ被害が及ばなければ、面白ければ何でもいい。例え、他人どうなろうとね」
亜里沙さんが無言のまま、二杯目の珈琲を、カウンター越しに手渡して来る。俺は、それを受け取りながら話を続けた。
「そしてある日、トドメの出来事が起きました──」
そのまま珈琲を一口飲み、小さく深呼吸する。そう……話はこれで終わりじゃない。
「──そんな嘘の情報が、一般の匿名掲示版に流れたんです」
正確に言えば未遂だ。だがそれでも、口に出すのも憚られるくらい、かなり際どい所までやった事になっていた。
俺の衝撃的な発言に、言葉を失う常連客達。しかし、やはり亜里沙さんは何か知っているのかも知れない。俺の言葉を聞いてもまだ、それ程動揺していない様にも見える。逆に、一番ショックを受けているのは秋菜だ。俺はその様子を見て、思わず声を荒げた。
「勿論、俺はやってない!」
突然の強い語気にビクリと反応する秋菜。しかし、その表情はどこかホッとしている。俺を疑っていた訳では無いんだろうが、はっきり言葉で否定された事で、安心したのかも知れない。
俺は落ち着きを取り戻そうと、もう一度、珈琲を口に運んだ。少し、冷めかけている。俺は、少し温くなった珈琲をそのまま飲み干した。そして、幾らか冷静になったその頭で、話を続ける。
「晴美は恥を掻かされた腹いせに、俺を貶めようと嘘を付いていたんです。俺に乱暴されたって……」
表向きは清楚系のヒロイン、晴美が乱暴されたなんて事になれば、学校中を揺るがす大事件だ。
確かに当時、晴美はその男遍歴から、相当、遊んでいるのではという噂が流れていた。しかし、それはあくまで噂にしか過ぎない。晴美が男子達の憧れの的で、女子達からも絶大な支持を得る、絶対的なヒロインである事に変わりは無かった。まして、晴美は学校一の権力者という、裏の顔も持つ。
そんな彼女が、初めてを奪われそうになったと、脅え、震えて見せているのだ。怒りや同情こそすれ、その言葉を疑ったり、ましてや反論出来る様な者等、いる筈も無かった。
そして、その初めてを力づくで奪おうとした憎き男……クラスの連中にとって、それは正しく俺だった。
「どうしてそんな事を……」
信じられないといった表情で、秋菜が呟いた。まあ、普通の女の子なら、理解に苦しむのも無理は無い。自分が乱暴されそうになるなんて、トラウマになってもおかしく無い話だ。誰にも話せず、泣き寝入りしてしまう場合も多いと聞く。だが、そこが晴美の巧妙な所だった。
「晴美は自分に酔っていたんですよ……力ずくで乱暴されそうになって尚、勇気を振り絞り告白する、悲劇のヒロイン役に。クラス中の同情を一身に浴びた、あの時の晴美は、本当に満足そうな表情をしてましたよ」
理由なんて、本当の事は俺にも分からない。ただ、精一杯の皮肉を込めて俺は話した。しかし、満更嘘という訳では無い。確かにあの時、俺には晴美の顔が、満足そうな表情にしか見えなかった。あいつの嘘を知る俺だからこそ、気付けた事なのかも知れないけど……。
一番、言い辛かった所は吐き出した。俺はフゥッと一つ息を吐いて、仕切り直しに珈琲カップを持ち上げた。空になっている事に俺が気付くと、その様子を見た亜里沙さんが、温めてあった新しいカップを取り出し、お替りを準備する。暫くすると、静かな店内にサイフォンのフラスコからコポコポ……と、香りと音が充満し始めた。
期を見て俺は、続きを話す事にした。
「俺は誤解を解こうと、説得して回る事にしました。そんなに多くは無かったんですが、とりあえず、比較的仲の良かった友達から……。何人かは誤解も解けて、同情もしてくれました。少なからず、晴美の噂は良い物ばかりじゃ無かったですからね……誰も、表立っては言えませんでしたけど。で、少し気持ちが軽くなった俺は、次の日、隆に見せて貰ったグループチャットを見て愕然としました」
落ち着きを取り戻していた俺は、淡々と話を続ける。
「俺に同情してくれた、その何人か……そいつ等がその日の夜、先頭になって書き込んでいたんです……根も葉もない事を、そのグループチャットに」
その内容は酷い物だった。やれ、俺に買収されそうになっただとか、仲間になれと脅されただとか……中には、自分も犯されそうになったとか言う、信じられない様な物まで存在した。しかも、それを書いていたのは、殆ど話もした事が無い女子だ。
「表情では同情してても、腹では何を考えているのか分からない……その時は目の前にいる奴等全員、信じられなくなりました。こいつもどうせ、裏では何を書き込むか分からないってね……」
よく断れたねだとか、暴力に屈しなくて凄いだとか……俺が相談した奴等が、俺をダシに称賛を浴びているグループチャット。そこでは一時の注目を浴び、悦に浸りたい奴等が平気で嘘を重ねていた。俺を裏切り、陥れ、そして、それを利用して晴美に媚びを売る……自分は裏切らなかった! 褒めてくれ! ……と。
携帯の画面に映る、その異様な雰囲気に、俺は吐き気がしたのを覚えている。
「俺は隆に頼み込んで、そのグループチャットに招待して貰いました。こうなったらその場で直接、誤解を解こうと。奴等の言っている事は嘘ばかりでしたからね……弁明の余地は幾らでもあると思ってました。ですが……」
俺は甘かった。人間は、自分を守る為なら平気で嘘を付く。
「俺をネタにしてたそいつ等は、手を組んだんです。まるで、俺の言っている事の方が出鱈目になる様に、口裏を合わせて……。お陰で俺は、完全に逃げ場を失いました。しかも、暴行未遂だけじゃ無く、そいつ等が付いていた嘘まで真実にされてしまったんです」
面白おかしく、嘘の書き込みをしてた奴等は、俺の予想以上に多かった。おそらく、軽い気持ちでやってたんだろうが……単純に、その数も俺を傷付けた。そして、そんな嘘がバレて困る奴等が全員、手を組んだ。当然、俺に勝てる筈なんて無い。
「俺の噂はえげつない物になりました。晴美を襲っただけで無く、他にも何人かに乱暴してた事になって……その上、気に入らなければ暴力を振るい、裏で暗躍するキャラまで足されましたよ……」
流石に俺も笑うしかなかった。幾ら何でも、あれは酷い。何しろ、日に日に俺の悪事が増やされて、設定が継ぎ足されて行くんだから……。裏で暗躍って、何者なんだよ……俺。
「幾ら何でも酷過ぎ無い? それ……」
自虐的に笑う俺を見て、希ちゃんが割り込んで来た。まあ、普通は誰でもそう思うだろう。どうやら、彼女も例外では無い様だ。
「真実かどうかなんて、どうでもいいんですよ……あいつ等にしてみれば。自分にさえ被害が及ばなければ、面白ければ何でもいい。例え、他人どうなろうとね」
亜里沙さんが無言のまま、二杯目の珈琲を、カウンター越しに手渡して来る。俺は、それを受け取りながら話を続けた。
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