電脳の妖精〜突然撃ち込まれたミサイルと、二次元美少女からの犯行声明

真木悔人

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第一章 電脳の少女

第09話 歪んだ正義

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「そんな嘘の情報が、一般の匿名掲示版に流れたんです」


 再び一同が黙り込んだ。俺は構わず話を続ける。

「掲示板は誹謗中傷の嵐でした。なにしろ、未成年による婦女暴行事件ですからね。しかも、相手は稀に見る程の美少女……まあ、見た目だけは、ですけどね。でも、それだけで十分、世間の食い付きは違いました。それだけ、センセーショナルな面白い事件だったんでしょう……ネット住民奴等には」

 凄まじい勢いで立てられる、新しいスレ。そして、次々に書き込まれて行く、罵詈雑言と賛同の声。

 真実なんてどうでもいい。そこに明確な『悪』がいるのだから、叩く。ただ、それだけだ。何故、明確な『悪』と言い切れるのか……それは勿論『』だ。

 ネット上で俺を吊し上げ、叩く行為は、さぞ愉悦に浸れた事だろう。なにしろ俺は、明確な『悪』。一切、遠慮する必要なんか無い。自分のリアルは棚に上げて、さも、聖人であるかの如く振る舞い、発言レスし、裁きを下す叩く。そうして、正義と言う名の下に、歪んだ正論自分勝手な持論を振りかざすんだ。自分の自尊心を満たす為に。気持ち良く無い訳がない。

「そしてある日、遂に俺の個人情報が流出しました……その掲示板に。誰が書き込んだのかは分かりません。だけど、後から見たその掲示板には、俺の自宅の住所から家族構成まで、事細かく書き込まれていました」

 そうなるのは時間の問題だとは思っていた。だが、は、俺の予想よりも早く訪れた。そこからはもう、地獄だ。あの時の事は、今でも忘れられない。

「どこで調べたのか、誰かが漏らしたのか……ひっきりなしに俺の携帯スマホが鳴るんです。メールやチャットの通知でね……直接、電話をかけてくる奴までいましたよ」

 大体は無言電話か、取っても『死ね』とかの一言で切れるんだけど……。

「よく、電源切れば良いとか、通知をオフにすれば良いとか言いますけどね……そんな簡単な物じゃ無いんですよ。分からないかも知れませんけど……」

 それならいっそ、携帯スマホを解約してしまえば良い。だが、当時の俺……まだ、普通に携帯ネットを使っていた頃の俺にとって、ネットの無い生活なんて考える事が出来なかった。

 それに、見ない方が良いと分かっていても、つい掲示板を見てしまう。自分の事が何て書かれているのか、気になって仕方無いんだ。これは理屈じゃない。それに、もしかしたら、自分を擁護してくれる様な事が書き込んであるかも知れない。稀にだが、確かにそう言う書き込みもあった。ただ、直ぐに叩かれて埋もれてたけど……。

「分かるわ……」

 悲壮な表情かおをした亜里沙さんが呟いた。俺の言葉に答えたと言うよりは、相槌に近い様な感じだけど。

「当時はまだ、俺は中学生でしたからね……そう簡単に、携帯スマホの解約や番号変更は出来ませんでした。それに、その時はまだ、親には知られたくないと思ってましたんで……まあ、直ぐにバレたんですけどね」

 俺は少し、自虐的に笑った。相変わらず、誰も反応しなかったけど……。

 親にバレるのは早かった。あろう事か、自宅の固定電話にまで、かけてくる奴等が現れ始めたからだ。

『お前の息子は性犯罪者』

『親ならこんな息子を育てた責任を取れ』

『安心して暮らせない。町から出て行け』

『死ね』

 毎日の様にかかって来る、嫌がらせの電話。母さんから話を聞いた親父が、警察等にも掛け合ってはくれたのだが、嫌がらせが止む事は無かった。

 俺にとって唯一の救いは、両親ふたりが俺の事を信じてくれた事だった。俺の話を聞いた親父は激怒して、晴美の家に乗り込むと言い出した。だが、特に訴えられている訳でも無く、嘘の被害者も晴美だけでは無い。結局、下手に刺激しない方が良いと言う、母さんの意見を聞き入れる事になった。まあ、俺も今更、晴美が嘘を認めるとは思えなかったけど。

「嫌がらせはどんどんエスカレートしました。家の壁に落書きされたり、動物の死骸が投げ込まれたり……大量のコンドームが送り付けられて来た事もありましたね」

 この頃が一番、嫌がらせはピークだったと思う。そして俺は、この時初めて、人間の本性の様な物を見た気がした。

 自分に都合の良い事実しか認めない。弱い者の声は、たとえそれが真実でも届かない認めないんだ……自分達にとって都合の悪い面白くない事実なら。面白ければ何でも良い、他人の生活を壊してでも、自分が優位に立っていると思いたい……そんな、どこまでも自分勝手で、破滅的な狂気。人間は匿名だと、そいつが顔を出し始めるんだ。

「暫くは親父も会社を休んでくれて、ひっそりと引き籠る様に暮らしました……俺も学校を休んで。既に、近所では色々と噂になってましたからね……。ですが元々、精神的に弱かった母さんは、心を病んでしまったんです。だから親父は会社を辞めて、三人で田舎に住もうと言い出したんです」

 あの時の親父は、素直に凄いと思った。家族の為に、長年務めた会社をあっさり辞める決断をしたんだから。だからこそ俺は、これ以上、親父と母さんを巻き込みたく無いと思った。

 田舎なんて、ここより人の噂が広まるのが早い。こう言う話は、不思議とどこかから漏れる物だ。しかも、親父達にとっての実家は最後の砦……あっち田舎でまで噂が広まれば、母さんが安心出来る場所が無くなってしまう。俺のせいでそんな事になるなんて、絶対に嫌だ。

「これ以上、ふたりに迷惑をかけたく無かったんです……だから俺は、どうしてもこっちで行きたい高校があるからと、嘘を付きました。俺は平気だから、この町に残りたいって」

「だから夏樹君、一人暮らしなのかぁ……」

 いつも、家では一人だと言っていたからだろうか……希ちゃんは勝手に俺を、一人暮らしだと決め付けていた様だ。

「親父は渋々ですが、俺の夢の為に了承してくれました。まあ、夢なんて何も無いんですけどね……。それで俺は、暫く平気な顔をして、学校に通う姿を見せ続けたんです。正直、かなりキツかったですけど……ですが、お陰で親父達を安心させて田舎に帰す事が出来ました」

「優しいんですね……」

 秋菜が柔らかい笑みを浮かべて呟いた。優しいのかと言われれば、俺にそんな自覚は無い。ただ、あの時はとにかく、親父と母さんに心配をかけたく無かった。

「別にそんな事はないよ……」

 何だか相手が秋菜だと、どうしても無愛想になってしまう。自分でも照れ隠しなんて、情けないとは思うのだが……。俺は、気を取り直す様に珈琲を口に運んだ。そして、話を戻す。

「だけど、それからが大変でした。一応、高校受験が終わる迄は、親父が毎週泊まりに来てたんですが……。受験に合格してからは、母さんの治療に専念する事になったんです」

 正直、毎週このS市まで、通って来るのも大変だったんだろう。親父の実家は同じ東北だが、それでも車で四時間はかかる。

「親父が来ないのは別にいいんですが、その分、携帯スマホに電話がかかって来る事が多くなりました。まあ、大概『元気でやってるか』程度の他愛もない話なんですが。だけど、その電話に出ないと心配するんで、今まで以上に携帯着信に気を使わないといけなくなったんです」

 それの何が問題なのか。皆んな、そんな表情をしている。それを見て、俺は続けた。

「実は流石にこの頃になると、殆ど家への嫌がらせは無くなっていたんですが……相変わらず、俺への嫌がらせは続いていたんです。それも、かなり酷くなって」

 この頃、家族がいない事がバレたのかどうかは知らないが、家への直接的な嫌がらせは鎮火傾向にあった。だが、その分俺への直接攻撃は、更に酷い物になっていた。

 相変わらず、心を抉られる様な書き込みの数々……それに加え、日に日に増していく嫌がらせの電話やメール。そして、中学よりも酷くなった高校生活。

「高校に行けば、何か変わるかなと思ったんですが……実際は、中学よりも酷くなっていたんです。原因は分かっていたんですけどね……」

 俺も考えが甘かったんだ。高校に行けば、何かが変わるかも知れないなんて……。



「──晴美も同じ高校に合格していたんです」

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