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第二章 樹海の森編
第41話 拓海とソフィア
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──時間は少し遡り、ちょうど真人が江戸を出て樹海の森に向かっていた頃。
イグラシア王国の拓海は、北西の田舎町ロンドに恐ろしく強い新人冒険者がいると、王都でも噂の人物として注目を集める存在になっていた。
彼が人々から脚光を浴びる様になったのは、奇しくもレオの命を奪った、ブラックドッグの群れを全滅させた事が切っ掛けであった。
「ここが王都か……」
ロンドとは比べ物にならない規模の町並みを見て、感嘆の溜息を付きながら拓海は呟いた。
拓海が立っているのは、北門から入った王都の北東部に当たる区域だ。この町は中心にある王城を起点に、東西南北へと大通りが整備されている。そして町全体をグルッと取り囲む様に、高い石造りの防壁が聳え立っていた。
大通りで十字に区切られた町の各区域は、北西が商業区、北東が工業区、そして南西が農業区に南東が歓楽街と言った具合で住み分けられている。
「凄い活気だな……」
拓海が驚いたのは、目の前を行き交う人の数の多さだ。
今、自分が立つ大通りの両脇には、無数の店舗が建ち並んでいる。煉瓦造りのその店舗からは、次々と商品を求める人々が出入りしていた。目線の先にある王城が小さく見える程、そんな店舗が延々と連なっている。
道の真ん中を走る荷馬車を避け、石畳の端をキョロキョロしながら歩く拓海に、傍にいた少女が声をかけた。
「ねえ、拓海! あれ食べたい!」
少女が指を差して強請っているのは、店の軒先で焼かれている鹿肉の串焼きだ。その少女は拓海のローブの端を掴み、彼をどうにか引き止めようと駄々をこねていた。
「さっき最後の干し肉を食べたばかりだろ、ソフィア。先に用事を済ませるまで我慢してくれよ」
「むうぅ~」
口を尖らせて拗ねている彼女の名はソフィア。ロンドにいる時からパーティーを組む、拓海の仲間だ。
尖った耳を隠す為にフードを目深に被っているが、薄い翠色の髪と瞳をしたエルフの美少女だ。
拓海との出会いはソフィアにとって衝撃的な物だった。
レオの死後、転生を果たした拓海の置かれていた状況は、依然としてブラックドッグの群れに囲まれていると言う絶望的な物だった。
しかし、拓海に発現した能力はそんな状況を全く問題にしない圧倒的な物だった。
──【無限の魔力】
拓海がこの異世界で最も憧れ、望んだ『魔法』という力。
そして、自分の中身を見て欲しいと望み続けた拓海に発現した、魔力と言う人の中に宿る見えない力。
拓海は一度見た魔法をイメージするだけで、どんな魔法でも無限の魔力で威力を増大して使えると言う、とんでもない能力を手に入れていた。
当然、幾ら異常に強くなったブラックドッグとはいえ、こんな能力の前ではひとたまりもない。
拓海から繰り出された強大な炎の魔法によって、一瞬で消し炭にされてしまった。
そしてそれを偶然、目にしてしまったのがソフィアである。
好奇心旺盛なソフィアにとって、何百年も変化の無いエルフの村での生活は退屈その物だった。お転婆な彼女は幼い頃に絵本で見た、外界での冒険に憧れていた。そんな彼女が村を飛び出すのは時間の問題で、その日は偶然、森にいた拓海達を観察して暇を潰していたのだ。
そしてソフィアの前で悲劇は起こった。
流石に助けに入れる状況では無い事を認識していたソフィアは、ただ拓海達が襲われるのを見ている事しか出来なかった。
そして最後にレオが倒れ悔恨の念に駆られていた彼女の目の前で突然、再生した拓海がブラックドッグ達を一方的に蹂躙する様を見せつけられたのだ。
この時、ソフィアは直感した。
この男といればきっと凄い大冒険が出来る、と。
こうして彼女は以来、拓海に付き纏う様になる。
初めは困惑していた拓海も次第に彼女と打ち解け、いつの間にかパーティーを組む様になったのであった。
「ほら、行くぞっ!」
拓海はローブを掴むソフィアの手を振り払い、先を急いだ。
「ちょっ! 待ってよお~」
チョコチョコと小柄なソフィアが拓海を追いかけた。
彼等の目的はこの先に有るであろう、この国のギルド総本部だ。
暫く歩くと拓海達の目に一際大きな石造りの建物が見え始めた。
「あれだな……」
拓海は躊躇なく、その重厚な鉄の扉の建物に足を踏み入れた。
「うわあ……凄い人。ロンドとは大違いね」
「当たり前だろ。この国のギルドの総本部なんだから」
嬉しそうな笑顔で驚くソフィアを呆れた様に拓海が嗜めた。
「さて……どうしたらいいんだろう。あ、あの人で良いか」
拓海は忙しそうに動き回るギルドの職員の中で、幾らかまだ余裕がありそうに見えた女性に声をかけた。
「あの……」
「は? 何、あんた。受付はあっちよ。ちゃんと札を貰って順番を待ちなさいっ」
女性職員は明らかに不機嫌そうな態度で、人でごった返している受付の方を指差した。
「いや、受付じゃなくて──」
「何よ、しつこいわねっ! 気持ち悪い。そんなに私に構って欲しいの? 悪いけど軟派するならもう少しマシな男になってから来て頂戴! あんたの相手している暇はないのよっ」
拓海の言葉に被せる様に、女性職員は吐き捨てた。明らかに拓海を侮蔑した態度であしらうと、ああ忙しいとわざとらしく書類を広げ始める。
(レオはずっとこんな思いをしてたんだな……)
女性職員のこの不遜な態度には理由があった。
実は拓海の姿は死んだレオそっくりだったのだ。
違うのは黒くなった髪と瞳の色くらいで、別人と言えば別人なのだが、限りなくレオに似た容姿をしていた。
この容姿でも人は幸せになれる。
人の価値は外見で決まる物じゃない。
この容姿は亡き友に誓い、その間違いを証明する為に拓海自らが望んだ事だった。
ファラシエルの説明では、レオの魂は眠っているだけで死んではいない。きっと見てくれている筈だ。
そんな拓海の願いを象徴する様な姿だった。
「ちょっとあんたっ! 何よその態度! こっちはここのギルド長がどうしてもって言うから態々来てやってんのにっ! さっさとギルド長を呼びなさいよ! 佐々木拓海が態々、ロンドから私達を助けに来てくれましたってねっ!」
「なっ!」
突然、大声を上げて女性職員に食ってかかるソフィアに、何事かと周囲の視線が集まり始めた。ざわざわと館内がざわ付き始めると、女性職員は居た堪れなさそうにそわそわし出した。
「ちょっ、大声出さないでくれるっ! それに貴女、ギルド長に呼ばれたってどう言うことよっ! 佐々木拓海って、まさかこの不細工が……」
「どう言う事ってそのままの意味よっ! 私達はここのギルド長に呼ばれて来たの。詳しくは聞いて無いけど凶悪な魔物が出たから退治して下さいってね! わかったらさっさとギルド長を呼んで来なさいよっ!」
明らかに狼狽えだした女性職員に向かって怒鳴り付けると、彼女より小柄なソフィアはフフンと得意気に胸を張った。
見下ろす様なソフィアの目線を下から受けながら、その職員は慌てて奥の部屋へと駆け込んで行った。
「あんまり騒ぎを起こすなよ……ソフィア」
余り目立ちたく無い拓海は、苦笑いを浮かべてソフィアを諌めた。
「あんたがだらし無いからでしょっ! あんな事言われて……悔しく無いの? 不細工とか言われてっ! ほんとは凄く格好い……」
ソフィアは言いかけてハッと言葉を止めた。
頬を真っ赤に染めて、顔を見られないように拓海の視線から目を反らしている。
「何でそんなに怒ってるんだよ。僕の顔が馬鹿にされるのは、今に始まった訳じゃないだろ?」
拓海は俗に言う鈍感系だった。
ソフィアは苛立たしそうに、もういいわよっとこの話題を終わらせた。
そうして暫くすると、全身筋肉の様な大男が奥の部屋から現れた。
軍服の様な上着のボタンが、今にも胸筋ではち切れそうになっている。その、白い鼻髭を蓄えたスキンヘッドの大男は、ニッコリ笑って拓海達に声をかけた。
「ハッハッハッ! 君が佐々木君だね。それに、そっちのお嬢さんがソフィアさん。いや、うちの者が失礼した。後でみっちり絞っておくから勘弁してやってくれ!ハッハッハッ!」
厳つい見た目と裏腹に陽気に笑う大男。
「さあ、こんな所で立ち話もなんだ。奥の部屋へ……」
豪快に笑うその大男は、どうぞと奥へ招き入れる仕草で腕を伸ばした。
案内されるがままに拓海達は部屋へと入っていく。
そんな拓海達を、館内の喧騒に紛れながらジッと見つめている男がいた。
男の傍にいる部下がそっと耳打ちする。
「景綱様。あやつが……」
鋭い視線を微動だにさせる事も無く、その男は不敵に笑いながら呟いた。
「ああ……間違い無い。あやつが我等の求めていた男だ」
──そう言ってその武士の様な着物の男は、ニヤリと口角を吊り上げた。
イグラシア王国の拓海は、北西の田舎町ロンドに恐ろしく強い新人冒険者がいると、王都でも噂の人物として注目を集める存在になっていた。
彼が人々から脚光を浴びる様になったのは、奇しくもレオの命を奪った、ブラックドッグの群れを全滅させた事が切っ掛けであった。
「ここが王都か……」
ロンドとは比べ物にならない規模の町並みを見て、感嘆の溜息を付きながら拓海は呟いた。
拓海が立っているのは、北門から入った王都の北東部に当たる区域だ。この町は中心にある王城を起点に、東西南北へと大通りが整備されている。そして町全体をグルッと取り囲む様に、高い石造りの防壁が聳え立っていた。
大通りで十字に区切られた町の各区域は、北西が商業区、北東が工業区、そして南西が農業区に南東が歓楽街と言った具合で住み分けられている。
「凄い活気だな……」
拓海が驚いたのは、目の前を行き交う人の数の多さだ。
今、自分が立つ大通りの両脇には、無数の店舗が建ち並んでいる。煉瓦造りのその店舗からは、次々と商品を求める人々が出入りしていた。目線の先にある王城が小さく見える程、そんな店舗が延々と連なっている。
道の真ん中を走る荷馬車を避け、石畳の端をキョロキョロしながら歩く拓海に、傍にいた少女が声をかけた。
「ねえ、拓海! あれ食べたい!」
少女が指を差して強請っているのは、店の軒先で焼かれている鹿肉の串焼きだ。その少女は拓海のローブの端を掴み、彼をどうにか引き止めようと駄々をこねていた。
「さっき最後の干し肉を食べたばかりだろ、ソフィア。先に用事を済ませるまで我慢してくれよ」
「むうぅ~」
口を尖らせて拗ねている彼女の名はソフィア。ロンドにいる時からパーティーを組む、拓海の仲間だ。
尖った耳を隠す為にフードを目深に被っているが、薄い翠色の髪と瞳をしたエルフの美少女だ。
拓海との出会いはソフィアにとって衝撃的な物だった。
レオの死後、転生を果たした拓海の置かれていた状況は、依然としてブラックドッグの群れに囲まれていると言う絶望的な物だった。
しかし、拓海に発現した能力はそんな状況を全く問題にしない圧倒的な物だった。
──【無限の魔力】
拓海がこの異世界で最も憧れ、望んだ『魔法』という力。
そして、自分の中身を見て欲しいと望み続けた拓海に発現した、魔力と言う人の中に宿る見えない力。
拓海は一度見た魔法をイメージするだけで、どんな魔法でも無限の魔力で威力を増大して使えると言う、とんでもない能力を手に入れていた。
当然、幾ら異常に強くなったブラックドッグとはいえ、こんな能力の前ではひとたまりもない。
拓海から繰り出された強大な炎の魔法によって、一瞬で消し炭にされてしまった。
そしてそれを偶然、目にしてしまったのがソフィアである。
好奇心旺盛なソフィアにとって、何百年も変化の無いエルフの村での生活は退屈その物だった。お転婆な彼女は幼い頃に絵本で見た、外界での冒険に憧れていた。そんな彼女が村を飛び出すのは時間の問題で、その日は偶然、森にいた拓海達を観察して暇を潰していたのだ。
そしてソフィアの前で悲劇は起こった。
流石に助けに入れる状況では無い事を認識していたソフィアは、ただ拓海達が襲われるのを見ている事しか出来なかった。
そして最後にレオが倒れ悔恨の念に駆られていた彼女の目の前で突然、再生した拓海がブラックドッグ達を一方的に蹂躙する様を見せつけられたのだ。
この時、ソフィアは直感した。
この男といればきっと凄い大冒険が出来る、と。
こうして彼女は以来、拓海に付き纏う様になる。
初めは困惑していた拓海も次第に彼女と打ち解け、いつの間にかパーティーを組む様になったのであった。
「ほら、行くぞっ!」
拓海はローブを掴むソフィアの手を振り払い、先を急いだ。
「ちょっ! 待ってよお~」
チョコチョコと小柄なソフィアが拓海を追いかけた。
彼等の目的はこの先に有るであろう、この国のギルド総本部だ。
暫く歩くと拓海達の目に一際大きな石造りの建物が見え始めた。
「あれだな……」
拓海は躊躇なく、その重厚な鉄の扉の建物に足を踏み入れた。
「うわあ……凄い人。ロンドとは大違いね」
「当たり前だろ。この国のギルドの総本部なんだから」
嬉しそうな笑顔で驚くソフィアを呆れた様に拓海が嗜めた。
「さて……どうしたらいいんだろう。あ、あの人で良いか」
拓海は忙しそうに動き回るギルドの職員の中で、幾らかまだ余裕がありそうに見えた女性に声をかけた。
「あの……」
「は? 何、あんた。受付はあっちよ。ちゃんと札を貰って順番を待ちなさいっ」
女性職員は明らかに不機嫌そうな態度で、人でごった返している受付の方を指差した。
「いや、受付じゃなくて──」
「何よ、しつこいわねっ! 気持ち悪い。そんなに私に構って欲しいの? 悪いけど軟派するならもう少しマシな男になってから来て頂戴! あんたの相手している暇はないのよっ」
拓海の言葉に被せる様に、女性職員は吐き捨てた。明らかに拓海を侮蔑した態度であしらうと、ああ忙しいとわざとらしく書類を広げ始める。
(レオはずっとこんな思いをしてたんだな……)
女性職員のこの不遜な態度には理由があった。
実は拓海の姿は死んだレオそっくりだったのだ。
違うのは黒くなった髪と瞳の色くらいで、別人と言えば別人なのだが、限りなくレオに似た容姿をしていた。
この容姿でも人は幸せになれる。
人の価値は外見で決まる物じゃない。
この容姿は亡き友に誓い、その間違いを証明する為に拓海自らが望んだ事だった。
ファラシエルの説明では、レオの魂は眠っているだけで死んではいない。きっと見てくれている筈だ。
そんな拓海の願いを象徴する様な姿だった。
「ちょっとあんたっ! 何よその態度! こっちはここのギルド長がどうしてもって言うから態々来てやってんのにっ! さっさとギルド長を呼びなさいよ! 佐々木拓海が態々、ロンドから私達を助けに来てくれましたってねっ!」
「なっ!」
突然、大声を上げて女性職員に食ってかかるソフィアに、何事かと周囲の視線が集まり始めた。ざわざわと館内がざわ付き始めると、女性職員は居た堪れなさそうにそわそわし出した。
「ちょっ、大声出さないでくれるっ! それに貴女、ギルド長に呼ばれたってどう言うことよっ! 佐々木拓海って、まさかこの不細工が……」
「どう言う事ってそのままの意味よっ! 私達はここのギルド長に呼ばれて来たの。詳しくは聞いて無いけど凶悪な魔物が出たから退治して下さいってね! わかったらさっさとギルド長を呼んで来なさいよっ!」
明らかに狼狽えだした女性職員に向かって怒鳴り付けると、彼女より小柄なソフィアはフフンと得意気に胸を張った。
見下ろす様なソフィアの目線を下から受けながら、その職員は慌てて奥の部屋へと駆け込んで行った。
「あんまり騒ぎを起こすなよ……ソフィア」
余り目立ちたく無い拓海は、苦笑いを浮かべてソフィアを諌めた。
「あんたがだらし無いからでしょっ! あんな事言われて……悔しく無いの? 不細工とか言われてっ! ほんとは凄く格好い……」
ソフィアは言いかけてハッと言葉を止めた。
頬を真っ赤に染めて、顔を見られないように拓海の視線から目を反らしている。
「何でそんなに怒ってるんだよ。僕の顔が馬鹿にされるのは、今に始まった訳じゃないだろ?」
拓海は俗に言う鈍感系だった。
ソフィアは苛立たしそうに、もういいわよっとこの話題を終わらせた。
そうして暫くすると、全身筋肉の様な大男が奥の部屋から現れた。
軍服の様な上着のボタンが、今にも胸筋ではち切れそうになっている。その、白い鼻髭を蓄えたスキンヘッドの大男は、ニッコリ笑って拓海達に声をかけた。
「ハッハッハッ! 君が佐々木君だね。それに、そっちのお嬢さんがソフィアさん。いや、うちの者が失礼した。後でみっちり絞っておくから勘弁してやってくれ!ハッハッハッ!」
厳つい見た目と裏腹に陽気に笑う大男。
「さあ、こんな所で立ち話もなんだ。奥の部屋へ……」
豪快に笑うその大男は、どうぞと奥へ招き入れる仕草で腕を伸ばした。
案内されるがままに拓海達は部屋へと入っていく。
そんな拓海達を、館内の喧騒に紛れながらジッと見つめている男がいた。
男の傍にいる部下がそっと耳打ちする。
「景綱様。あやつが……」
鋭い視線を微動だにさせる事も無く、その男は不敵に笑いながら呟いた。
「ああ……間違い無い。あやつが我等の求めていた男だ」
──そう言ってその武士の様な着物の男は、ニヤリと口角を吊り上げた。
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