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第二章 樹海の森編
第42 話 勇者と魔王。そして武将
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──イグラシア王国、ギルド総本部。
ギルド長室。
拓海達は、対峙する三人掛け位のソファにギルド長と向い合って座っていた。
「改めてよく来てくれた。佐々木君、それにソフィアさん。私がここの責任者、ギルド長のデニス・オールマンだ。デニスと呼んでくれて構わない。よろしく」
デニスは豪快な言動や体格とは裏腹に、穏やかな口調でニッコリ笑うと拓海達に握手を求めた。
「さ、佐々木拓海です。よろしくお願いします」
「ソフィアよ」
若干、緊張しながら握手を交わす拓海と違い、ソフィアは堂々たる振る舞いで挨拶を済ませた。
拓海の緊張を解す様に、柔らかい表情でデニスは口を開いた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ、佐々木君。そうだ、差し支え無ければファーストネームで……拓海君、と呼んでもいいかね?」
「あ、はい。大丈夫です」
拓海は少し戸惑いながら同意した。
「さて……お互い挨拶も済んだ事だし、早速だが本題に移らせて頂きたい。伝令の者からも聞いているかも知れんが、二人に来て貰った訳は他でもない。最近、各地で異常発生している魔物達の件についてだ」
デニスの顔からスッと笑みが消えて、真剣な顔つきに変わった。
彼が口にした魔物の異常発生……これは拓海にとっても決して無関係とは言えない話であった。
彼にとっての初めての親友……レオの命を奪った原因でもあるからだ。
「知っています。僕のいた町ロンドでも……」
「ああ、聞いている。確か異常に発達したブラックドッグが大量発生したんだったな。報告では君が全て討伐したと聞いているが……」
その場を目撃していたソフィアが、拓海の隣で自慢気に頷いている。それを見て肯定と捉えたデニスは話を続けた。
「随分、犠牲者も出ていたらしいな。何でも情報が一切、伝わっていなかったとか……」
実はブラックドッグの被害は、レオ達が襲われる以前にも多発していた。しかし生き残った者が一人もいなかった為、町にその情報が伝わる事が無かったのだ。
拓海からの討伐の報せを聞いて、初めてロンドのギルドはその事を知った。そして消し炭になったブラックドッグを検分した時に改めて、その異常な発達と数を知る事になったのである。
後になって分かった犠牲者の数は、レオを合わせて数十名にも上っていた。レオも含めたその多くは遺体も見つからなかったのだが、ブラックドッグの餌になってしまったのだろうと判断され、処理される事になった。
「僕の親友も……犠牲になりました」
思い詰めた様に俯く拓海を見て、何かあったのだろうと察したデニスは、少し声を張って空気を変えようとした。
「そうか……それは残念だったな。しかし我々には落ち込んでいるヒマは無いんだ! 同じ様な被害が今、国中で起きている。各地のギルドにはその討伐依頼が殺到しているんだ」
「あんなのが国中で……? それってちょっと異常すぎない?」
ブラックドッグの異常な強さを知るソフィアが、驚きを隠さずに問いかけた。
「ああ……異常だ。私も長年ギルドにいるが、こんな話は聞いた事がない。国も頭を抱えているそうだ……騎士団の数が足りないってな」
「騎士団……」
レオが目指していた、その団体の名前に拓海は思わず反応した。
「そう、騎士団だ。国も本気でこの件をどうにかしようとしているって事だな。実際、ギルドにも応援要請が来ている」
「それで僕達にも声が掛かったんですか?」
拓海はレオとの思い出を振り切り、デニスに尋ねた。
「ああ、そうだ。今は少しでも戦力が欲しいからな……有能な冒険者なら尚更だ。本来なら君達C級の冒険者には関わりの無い話なんだが……ロンドからの報告書を見て、君達の実力は等級では測れないと判断した。だから声をかけさせて貰ったんだ」
期待を込めた目を拓海に向け、デニスは答えた。
「しかし、この話には実は裏があるんだ……」
「裏?」
思わず拓海は聞き返す。
「ああ……この話は一部の者しか知らない。くれぐれも他言無用で頼みたいんだが」
デニスの表情が一際険しくなり、少し籠もらせた様な声に変わった。そして更に、デニスは話を続けた。
「実は今回の魔物の異常発生……国は魔王の顕現と関わりがあるんじゃないかと考えている様なんだ。そしてギルドにはもう一つ、国から内密に依頼されている事がある」
デニスの真剣な口振りに、拓海は息を飲んで聞き入った。
「それは、勇者のパーティーに入る人材を選抜する事だ」
「勇者!?」
拓海は聞き慣れたその単語に思わず聞き返した。
彼にとってのこの世界は剣と魔法のファンタジー異世界だ。当然、勇者や魔王の存在も想像はしていた。そして転生して来た自分はもしかしたら、その勇者なのではないのかと密かに期待していたのだ。
(僕じゃなかったのか……)
少し落ち込んだ拓海を他所に、デニスは話を続けた。
「ああ、勇者だ。何でも教会に神託が降りたそうで、それを聞いた国が極秘で探し出したらしい。確かアルスとか言ったか……今は王城で匿われているそうだ」
アルスと言う名前を聞いて、日本人じゃないのかと拓海は思った。
(いや、もしかして外人? それとも転生者じゃないのかな?)
拓海にとってどこまでも現実味の薄いこの世界では、勇者は転生者だと言う考えが彼の中では常識だった。
「拓海……?」
何やら考え込んでいる拓海を見て、ソフィアが心配そうに声をかけた。
「あっ! いや、ごめん。何でも無いよ。大丈夫! それよりデニスさん、その勇者パーティーの選抜って……」
拓海は誤魔化す様に慌てて話を戻した。
デニスはそれを見て説明を続ける。
「選抜は国とギルドが其々で行っている。国がどういう基準で探してるのかまではわからんけどな……で、ギルドでは各支部で話し合った結果、有能な冒険者を何人かに絞って、その中から選抜にかける事になった」
「それって……」
ピンと来たソフィアが答えを促した。
「そうだ。今回の魔物の討伐……勿論、それも大事なんだが、本当の目的はその冒険者達の実力を見る事にあったのだよ。君達はロンド支部からの推薦だったという訳だ」
説明を終えるとデニスはニヤリと笑い、テーブルの上にあった報告書らしき書類をパンパンと軽く叩いた。
「それ、僕達に話しちゃっても良かったんですか?」
拓海は素朴な疑問をデニスに投げかけた。
「構わんさ。他の選抜対象者達も皆知ってる。我々の目的がどうであれ、君達冒険者にやって貰う事は変わらんからな。寧ろ知っておいて貰った方が、後々面倒が無くて此方も助かる」
そう言ってデニスは書類の中から一枚の依頼書を取り出した。
「君達にやって貰いたい依頼はこれだ。ここから南に行ったレスト山脈で異常発生した、ワイバーンの討伐。とても一介の冒険者にこなせる様な依頼では無いが、あるいは君達なら……」
デニスは期待を込めた目を向けて、拓海に依頼書を手渡した。
「詳しい依頼の内容は受付の者にでも聞いてくれ。何せ魔王を倒そうかって人材を探してるんだ……生半可な依頼じゃ無いぞ? 大変なのは十分理解しているが君達なら達成してくれると信じている。どうか我々の期待に応えてくれ。では健闘を祈る!」
「あ、あのっ!」
話を切り上げようとしていたデニスを拓海は引き止めた。
「ひとつ伺っておきたいんですが……その魔王っていうのは一体、どんな奴なんですか?」
拓海は自分が勇者で無かった事を知り、魔王を倒せる自信が極端に無くなっていた。
自分が勇者なら魔王を倒す運命も少しは信じられたかも知れないが、そうじゃ無かった以上、もしかしたら自分はモブなんじゃないかと考え始めていたのだ。
どこまでもゲーム感覚が抜けていない考えだった。
「魔王か……私も詳しくは知らんが、リカーナに現れたと言う事は聞いている。どうやら魔王は人間らしいという話だが、正直詳しい事は何もわからない。ただ、とんでもなく恐ろしい奴だそうだ。確か名前は……カズヒコとか言っていたかな。カズヒコ何たら」
「カズヒコっ!?」
拓海は驚いて思わず叫んでしまった。
過剰な反応を示した拓海に、デニスは目を剥いて驚いた。
「何か……知っているのかね?」
急に怪訝そうな顔つきに変わりデニスは尋ねた。
「あ、いや……すいません。僕と同郷の者かも知れない名前だったんでつい……」
拓海は変な誤解を与えない様、慎重に言葉を選んで答えた。
「同郷……ふむ。確かに魔王は君と同じ黒い髪と瞳をしているそうだが……もしかしたら、そうなのかも知れんな。君は何処の出身なんだ?」
幾分か穏やかになった表情でデニスは尋ねた。
「僕は……確かヤマト……大和の国です」
拓海はこの世界での日本……大和の国の名を口にした。この世界に余り詳しく無い彼は、出来るだけ嘘はつかない方が良いと考えたからだ。
「大和……随分、遠い所の出身なんだな。そう言えば……確か、その大和から使節団が来ていたな。何でも外の世界の見聞を深めたいとかで……丁度、今この町にいる筈だ」
「使節団…ですか?」
拓海もこの世界での日本の事は気になっていた。
自分の住んでいた町はどういう状況なのか。それともやはり、この世界では全然違う国になっていたりするのか。何か少しでもわかるのなら知りたいと拓海は考えていた。
「うむ。国賓と言う訳では無いらしいがな。何でも私的な目的があって海を渡って来たらしい。私の所にも挨拶に来られたよ。暫くはこの町の宿に滞在すると言っていたから、興味があるなら訪ねてみるがいい。確か代表の名前は景綱……片倉景綱殿と言っていた筈だ」
「片倉景綱さん……ですか」
拓海はピンと来ていなかった。ただ、時代劇に出て来る武士みたいな名前だなと思っただけだ。特に歴史が好きで学んでいた訳でもない、普通の高校生では当たり前の反応だった。
片倉景綱……しかし一般的にはこう呼ばれる事の方が多い。
──片倉小十郎。
そう。有名な独眼竜、伊達政宗の軍師的役割を果たしたと言われる、歴史的にも有名な名将である。
あるいは此方の呼名なら拓海も気付く事が出来たのかも知れない。
ただ、この世界での彼がどのような人物であるのかは定かでは無いのだが……
こうして拓海は、本人の知らぬ間に真人と同様、前世での歴史的人物とこの異世界で接点を持つ事になった。
魔王カズヒコ。
勇者アルス。
そして片倉小十郎。
──拓海はこの異世界で、自分が大きな運命の濁流に飲み込まれ、真人やもう一人の転生者と少しづつ運命が絡み始めている事に、この時はまだ気付いていなかった。
ギルド長室。
拓海達は、対峙する三人掛け位のソファにギルド長と向い合って座っていた。
「改めてよく来てくれた。佐々木君、それにソフィアさん。私がここの責任者、ギルド長のデニス・オールマンだ。デニスと呼んでくれて構わない。よろしく」
デニスは豪快な言動や体格とは裏腹に、穏やかな口調でニッコリ笑うと拓海達に握手を求めた。
「さ、佐々木拓海です。よろしくお願いします」
「ソフィアよ」
若干、緊張しながら握手を交わす拓海と違い、ソフィアは堂々たる振る舞いで挨拶を済ませた。
拓海の緊張を解す様に、柔らかい表情でデニスは口を開いた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ、佐々木君。そうだ、差し支え無ければファーストネームで……拓海君、と呼んでもいいかね?」
「あ、はい。大丈夫です」
拓海は少し戸惑いながら同意した。
「さて……お互い挨拶も済んだ事だし、早速だが本題に移らせて頂きたい。伝令の者からも聞いているかも知れんが、二人に来て貰った訳は他でもない。最近、各地で異常発生している魔物達の件についてだ」
デニスの顔からスッと笑みが消えて、真剣な顔つきに変わった。
彼が口にした魔物の異常発生……これは拓海にとっても決して無関係とは言えない話であった。
彼にとっての初めての親友……レオの命を奪った原因でもあるからだ。
「知っています。僕のいた町ロンドでも……」
「ああ、聞いている。確か異常に発達したブラックドッグが大量発生したんだったな。報告では君が全て討伐したと聞いているが……」
その場を目撃していたソフィアが、拓海の隣で自慢気に頷いている。それを見て肯定と捉えたデニスは話を続けた。
「随分、犠牲者も出ていたらしいな。何でも情報が一切、伝わっていなかったとか……」
実はブラックドッグの被害は、レオ達が襲われる以前にも多発していた。しかし生き残った者が一人もいなかった為、町にその情報が伝わる事が無かったのだ。
拓海からの討伐の報せを聞いて、初めてロンドのギルドはその事を知った。そして消し炭になったブラックドッグを検分した時に改めて、その異常な発達と数を知る事になったのである。
後になって分かった犠牲者の数は、レオを合わせて数十名にも上っていた。レオも含めたその多くは遺体も見つからなかったのだが、ブラックドッグの餌になってしまったのだろうと判断され、処理される事になった。
「僕の親友も……犠牲になりました」
思い詰めた様に俯く拓海を見て、何かあったのだろうと察したデニスは、少し声を張って空気を変えようとした。
「そうか……それは残念だったな。しかし我々には落ち込んでいるヒマは無いんだ! 同じ様な被害が今、国中で起きている。各地のギルドにはその討伐依頼が殺到しているんだ」
「あんなのが国中で……? それってちょっと異常すぎない?」
ブラックドッグの異常な強さを知るソフィアが、驚きを隠さずに問いかけた。
「ああ……異常だ。私も長年ギルドにいるが、こんな話は聞いた事がない。国も頭を抱えているそうだ……騎士団の数が足りないってな」
「騎士団……」
レオが目指していた、その団体の名前に拓海は思わず反応した。
「そう、騎士団だ。国も本気でこの件をどうにかしようとしているって事だな。実際、ギルドにも応援要請が来ている」
「それで僕達にも声が掛かったんですか?」
拓海はレオとの思い出を振り切り、デニスに尋ねた。
「ああ、そうだ。今は少しでも戦力が欲しいからな……有能な冒険者なら尚更だ。本来なら君達C級の冒険者には関わりの無い話なんだが……ロンドからの報告書を見て、君達の実力は等級では測れないと判断した。だから声をかけさせて貰ったんだ」
期待を込めた目を拓海に向け、デニスは答えた。
「しかし、この話には実は裏があるんだ……」
「裏?」
思わず拓海は聞き返す。
「ああ……この話は一部の者しか知らない。くれぐれも他言無用で頼みたいんだが」
デニスの表情が一際険しくなり、少し籠もらせた様な声に変わった。そして更に、デニスは話を続けた。
「実は今回の魔物の異常発生……国は魔王の顕現と関わりがあるんじゃないかと考えている様なんだ。そしてギルドにはもう一つ、国から内密に依頼されている事がある」
デニスの真剣な口振りに、拓海は息を飲んで聞き入った。
「それは、勇者のパーティーに入る人材を選抜する事だ」
「勇者!?」
拓海は聞き慣れたその単語に思わず聞き返した。
彼にとってのこの世界は剣と魔法のファンタジー異世界だ。当然、勇者や魔王の存在も想像はしていた。そして転生して来た自分はもしかしたら、その勇者なのではないのかと密かに期待していたのだ。
(僕じゃなかったのか……)
少し落ち込んだ拓海を他所に、デニスは話を続けた。
「ああ、勇者だ。何でも教会に神託が降りたそうで、それを聞いた国が極秘で探し出したらしい。確かアルスとか言ったか……今は王城で匿われているそうだ」
アルスと言う名前を聞いて、日本人じゃないのかと拓海は思った。
(いや、もしかして外人? それとも転生者じゃないのかな?)
拓海にとってどこまでも現実味の薄いこの世界では、勇者は転生者だと言う考えが彼の中では常識だった。
「拓海……?」
何やら考え込んでいる拓海を見て、ソフィアが心配そうに声をかけた。
「あっ! いや、ごめん。何でも無いよ。大丈夫! それよりデニスさん、その勇者パーティーの選抜って……」
拓海は誤魔化す様に慌てて話を戻した。
デニスはそれを見て説明を続ける。
「選抜は国とギルドが其々で行っている。国がどういう基準で探してるのかまではわからんけどな……で、ギルドでは各支部で話し合った結果、有能な冒険者を何人かに絞って、その中から選抜にかける事になった」
「それって……」
ピンと来たソフィアが答えを促した。
「そうだ。今回の魔物の討伐……勿論、それも大事なんだが、本当の目的はその冒険者達の実力を見る事にあったのだよ。君達はロンド支部からの推薦だったという訳だ」
説明を終えるとデニスはニヤリと笑い、テーブルの上にあった報告書らしき書類をパンパンと軽く叩いた。
「それ、僕達に話しちゃっても良かったんですか?」
拓海は素朴な疑問をデニスに投げかけた。
「構わんさ。他の選抜対象者達も皆知ってる。我々の目的がどうであれ、君達冒険者にやって貰う事は変わらんからな。寧ろ知っておいて貰った方が、後々面倒が無くて此方も助かる」
そう言ってデニスは書類の中から一枚の依頼書を取り出した。
「君達にやって貰いたい依頼はこれだ。ここから南に行ったレスト山脈で異常発生した、ワイバーンの討伐。とても一介の冒険者にこなせる様な依頼では無いが、あるいは君達なら……」
デニスは期待を込めた目を向けて、拓海に依頼書を手渡した。
「詳しい依頼の内容は受付の者にでも聞いてくれ。何せ魔王を倒そうかって人材を探してるんだ……生半可な依頼じゃ無いぞ? 大変なのは十分理解しているが君達なら達成してくれると信じている。どうか我々の期待に応えてくれ。では健闘を祈る!」
「あ、あのっ!」
話を切り上げようとしていたデニスを拓海は引き止めた。
「ひとつ伺っておきたいんですが……その魔王っていうのは一体、どんな奴なんですか?」
拓海は自分が勇者で無かった事を知り、魔王を倒せる自信が極端に無くなっていた。
自分が勇者なら魔王を倒す運命も少しは信じられたかも知れないが、そうじゃ無かった以上、もしかしたら自分はモブなんじゃないかと考え始めていたのだ。
どこまでもゲーム感覚が抜けていない考えだった。
「魔王か……私も詳しくは知らんが、リカーナに現れたと言う事は聞いている。どうやら魔王は人間らしいという話だが、正直詳しい事は何もわからない。ただ、とんでもなく恐ろしい奴だそうだ。確か名前は……カズヒコとか言っていたかな。カズヒコ何たら」
「カズヒコっ!?」
拓海は驚いて思わず叫んでしまった。
過剰な反応を示した拓海に、デニスは目を剥いて驚いた。
「何か……知っているのかね?」
急に怪訝そうな顔つきに変わりデニスは尋ねた。
「あ、いや……すいません。僕と同郷の者かも知れない名前だったんでつい……」
拓海は変な誤解を与えない様、慎重に言葉を選んで答えた。
「同郷……ふむ。確かに魔王は君と同じ黒い髪と瞳をしているそうだが……もしかしたら、そうなのかも知れんな。君は何処の出身なんだ?」
幾分か穏やかになった表情でデニスは尋ねた。
「僕は……確かヤマト……大和の国です」
拓海はこの世界での日本……大和の国の名を口にした。この世界に余り詳しく無い彼は、出来るだけ嘘はつかない方が良いと考えたからだ。
「大和……随分、遠い所の出身なんだな。そう言えば……確か、その大和から使節団が来ていたな。何でも外の世界の見聞を深めたいとかで……丁度、今この町にいる筈だ」
「使節団…ですか?」
拓海もこの世界での日本の事は気になっていた。
自分の住んでいた町はどういう状況なのか。それともやはり、この世界では全然違う国になっていたりするのか。何か少しでもわかるのなら知りたいと拓海は考えていた。
「うむ。国賓と言う訳では無いらしいがな。何でも私的な目的があって海を渡って来たらしい。私の所にも挨拶に来られたよ。暫くはこの町の宿に滞在すると言っていたから、興味があるなら訪ねてみるがいい。確か代表の名前は景綱……片倉景綱殿と言っていた筈だ」
「片倉景綱さん……ですか」
拓海はピンと来ていなかった。ただ、時代劇に出て来る武士みたいな名前だなと思っただけだ。特に歴史が好きで学んでいた訳でもない、普通の高校生では当たり前の反応だった。
片倉景綱……しかし一般的にはこう呼ばれる事の方が多い。
──片倉小十郎。
そう。有名な独眼竜、伊達政宗の軍師的役割を果たしたと言われる、歴史的にも有名な名将である。
あるいは此方の呼名なら拓海も気付く事が出来たのかも知れない。
ただ、この世界での彼がどのような人物であるのかは定かでは無いのだが……
こうして拓海は、本人の知らぬ間に真人と同様、前世での歴史的人物とこの異世界で接点を持つ事になった。
魔王カズヒコ。
勇者アルス。
そして片倉小十郎。
──拓海はこの異世界で、自分が大きな運命の濁流に飲み込まれ、真人やもう一人の転生者と少しづつ運命が絡み始めている事に、この時はまだ気付いていなかった。
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