和と妖怪と異世界転移

れーずん

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 突如、側の草むらが音をたてる。驚いてそちらに顔をやれば、草のあいだから獣のごとき光る眼が美月をじっと見つめていた。それは、捕食者の眼差しだった。

 逃げなければと、美月は本能的に立ち上がる。しかし、そうすると今度は反対側からも草むらの揺れる音が響いた。

 目をやれば、今までに見たことのない生き物が美月に迫ってきていた。

 二足歩行で着物を着ているところはさして珍しいわけでもないが、その顔が珍妙だった。

 まるで豚と猫を足したような、不可思議な面相をしている。それが、草を踏み分けて一歩、また一歩と美月に近付いてきているのだった。

 その豚のような猫のようななにかが、笑いながらくちをひらく。

「ほう、人間の娘じゃねーか。迷い込んできたのか?」

 ひとの言葉を発したことに、美月は驚きを隠せなかった。美月が固まっていると、今度は背後からも声が響く。

「おい、先に見つけたのは俺だぜ」

 振り返れば、草むらから出てきたのは四つん這いの男性――ではなく、こちらも人間とは思えない妙な容姿の生き物だった。

 体つきは人間に似ているのだが、顔は明らかにひとのそれではない。まるで蛇のように凹凸が少なく、加えて、首が長かった。白い肌にはうろこのようなものがびっしりと敷きつめられており、それが四つん這いになって地を這い、美月に近付いてきている。

 どう見ても人間ではないのに、こちらもきちんと着物を着ていた。
 豚のような猫のようななにかが、蛇男に言葉を返す。

「冷たいこと言うなよ。半分ずつ分けようぜ。せっかくの御馳走なんだ」
「馬鹿言うんじゃねぇ。てめぇが半分こなんてお上品なこと出来る玉かよ」

 会話をしながら、ふたりは着実に美月に近付いてきた。恐怖と混乱で硬くなっている美月に、蛇男が笑いかける。

「おーおー、すっかり緊張しちゃって。妖怪を見るのは初めてかい?」
「……よう……かい……?」

 声に出してはみたものの、動かない頭は言われたことの意味をうまく理解してはくれなかった。

 豚猫の異形が、背中にかついでいたものを取り出す。手にしたそれは――巨大な一丁の斧だった。

 見間違いではなかろうかと美月は斧を凝視したが、どれだけ見ても、それはたしかに斧であった。

「悪いが、異界に迷い込んできた自分の運のなさを恨みな。俺達も一緒に祈ってやるからよ。……来世はもっと長生き出来ますように、ってなぁ!」

 その言葉を合図に、二体の妖怪が美月に躍りかかった。地を蹴り、美月はそんな彼らから一目散に逃げ出す。

 木の隙間を、美月は懸命に駆けた。必死になって走る体とは裏腹に、頭は混乱しきっていて未だにうまく動いてはくれない。

 あいつらは、いったいなんなのだ。妖怪とは、異界とは、なんのことなのだ。自分が住み慣れた町は、どこに行ってしまったのか。

 走っていると、すぐ横の木々の向こうを、なにかが移動している気配と物音があった。速度を落とさず見てみると、森の闇に沈むようにして移動していたのは、一頭の黒く長い龍である。その龍が、赤い瞳で美月を品定めでもするふうに注視していたのであった。

 龍と目が合い、美月は恐怖で悲鳴をあげて、龍から離れるように方向転換をする。

 後ろから追ってくる二体の妖怪の怒声はやまない。

 恐怖心がそう感じさせるのか、まるで木が皆生きているかのような錯覚に捕らわれた。木が、美月を嘲笑っているかのような。

 突然、すぐ側の草むらから蛇男が飛び出してきた。男は美月に襲い掛かり、地面の上に押さえつける。

 恐怖でがむしゃらに暴れる美月を、蛇男は面倒そうに押さえて言った。

「暴れるなって。怪我でもしたらどうする。鮮度が落ちるだろ」

 そんなことは美月の知ったことではない。美月は相手の腕に噛みつき、次いで男の腹部を蹴り飛ばして拘束から逃れた。

 このとき、首のあたりでなにかが千切れる微かな音を聞いた。確認してみると、いつも首からさげている三日月のネックレスを――幼馴染みの桜子からもらった大切なネックレスを、地面に落としてしまっていた。

 拾おうとしたが、それを遮るように蛇男が美月に罵声を浴びせる。ネックレスは相手の足許にあり、拾うのは困難だった。

 断腸の思いで、美月は再び大地を蹴る。

 反撃をされたのがよほど腹立たしかったのか、蛇男は美月の背中にあらん限りの罵詈雑言をぶつけてきた。

 幾度も道を折れ、草むらの中を駆けて、ようやっと蛇男をまいたかと思ったそのとき、頭上から落ちた冷ややかな声が、美月を失望させる。

「鬼ごっこは終わりだぜ」

 見上げると、木の上に豚猫の異形がいた。彼は斧を肩にかついでかまえる。

「安心しな、食い散らかしやしねぇよ。ていねいにていねいに……そう、骨の髄までていねいに――しゃぶってやるからよぉ!」

 斧を振り上げながら、異形はまっすぐに美月へと降下してきた。

 死への覚悟が、美月の足を硬直させる。

 動くことはおろか、視線を相手から逸らすことさえ叶わなかった。

 自分を襲おうとする敵が、スローモーションに見える。

 ああ、死ぬのか。そう胸中で呟いた刹那、突然木々のあいだから飛来したいくつもの火の玉が、美月を死の運命から救った。

 数多の火の玉は妖怪を直撃し、異形の体を炎で包む。熱さに苦しむ叫びをあげながら、妖怪は火だるまの状態で地面を転げまわった。

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