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【6】
しおりを挟む夜になった。美月は助けてくれた男性ふたりと共に、木の根元に座っている。
どうやら、このふたりはいいひと――達らしい。
いや、ひとと称してよいものだろうか。美月はふたりを横目で窺う。
黒髪の意志の強い男性は、紅希という名なのだそうだ。
白髪の穏やかな男性は、葵というらしい。
本人達いわく、妖怪なのだという。尖った耳や小さな角を持っているので普通の人間でないのはわかるが、なんだか夢の中の出来事のようで、美月にはぴんと来なかった。
それを察したのか、人差し指を立てて紅希が言う。
「まだよくわかってねぇみたいだから、とりあえずもう一回説明するぞ」
美月は首肯した。紅希が人差し指の先を大地に向ける。
「まず、ここは妖怪達が暮らす異界で、人間界じゃない」
「そこがすでにわかんないよ。異界ってどこ? 地図のどこに描いてあるの?」
「だから、そっちの世界にある地図は人間界の地図であって、異界の地図じゃねーんだって」
早くも美月は頭をかかえた。
紅希の説明があまりにも単純で言葉不足と感じたのか、今度は葵が優しい声調で補足する。
「人間界と異界は、そもそも存在している時空が違うんだよ。地球のずっと未来に異界があって、それが今の人間界と時々空間を繋いでいるのかもしれないし、宇宙のずっと果てに地球とよく似た惑星があって、それが異界として地球と空間が繋がっているのかもしれない。このあたりの詳細は、まだよくわかってないことが多いんだ」
「な、なにを言われているのかわからない……」
極端なふたり組である。足して割ればちょうどいい説明になりそうなものだが、そううまくはいかないらしい。美月の頭の中で疑問符が増殖する。
葵の説明に顔を顰めた紅希は、手をひらひらと振りながら反論した。
「べつにそんな難しく考える必要ないだろ。人間界と異界は、別の世界。それだけの話だって」
小難しい説明を受け入れるよりかは、単純なものを受け入れるほうがまだ容易だろうか。美月は悩む。
そこまで考えて、ふと素朴な疑問が浮上した。美月はふたりを交互に見やる。
「あの……人間の世界について、詳しいんですね……。人間は、異界の存在なんて全然わかってないのに……」
これに、ふたりはしみじみとした態度で答えた。まぶたを閉じ、葵は首を傾ける。
「昔は、妖怪を信じてるひとも多かったんだけどねぇ」
そうなんだよなぁ、と紅希もあぐらの上に置いた手であごを支えながら、ため息を吐きつつ呟く。
「最近のやつって、妖怪とかあんま信じねぇだろ?」
問われ、美月は思案した。
「……そうかも。不思議なものを見ても、夢かなぁとか思っちゃうし」
今日がまさに、そういう日であった。が、それは声には出さず、飲み込むことにする。
紅希が不平と呆れを混ぜたふうな声音を出した。
「科学を過信しすぎなんだよな。そんなもんでわかるもんなんざ、一部だっていうのによ」
「ようは、不可解なことにも納得できる答えが欲しいんでしょ。それが正しいか間違ってるかは置いといてさ。安心したいんだよ、きっと。不思議なことを不思議なまま受け入れるのが苦手なのかもしれないね、人間って」
ふたりの会話を聞きながら、美月は頭の中を整理しようと試みる。人間界の常識を超えた情報が多すぎて、それは非常に困難だったけれども、とりあえず整理はしようと努力してみた。
「……まぁ、ここが異界で、妖怪達の住むところで、人間が暮らす世界とはまた違った場所なんだっていうのは……その、わかりました……」
強引に己を納得させたと言うほうが近かったが、ひとまずはわかったことにした。第一、ここでつまづいていては次のステップに進めない。
美月は不安なまま、紅希と葵を交互に見た。
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