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しおりを挟む「……で? そのまま見殺しにでもしたのか?」
「ひと聞きの悪いことを言わないでくれ。助ける必要がなくなったから、そのままにしておいただけのこと」
「……助ける必要がなくなった?」
ああ、と彼が低い声音で相槌を打つ。
「幸運なことに、通り掛かった妖怪ふたりに助けられていたね。紅希と葵だ。あのふたりは少々やんちゃだが、悪いやつではない。我々が多少は目を離したところで、問題はないだろう」
ふぅん、と藍葉は返して歩み出した。そのあとを、黒龍が静かについてくる。
「しかし、早いところ人間界には帰したほうがよかろう。そのままでは雑魚が群がるぞ。どのような娘じゃ。見かければワシも声をかけておこう」
「あれは……そうだな、桜子よりかはいくらか年下といったところだろう。茶色の髪が短い少女だ」
藍葉は足を止める。そうして、自らの記憶を呼び起こした。
最近――本当に最近、茶髪の短い人間の少女を見た覚えがある。それも、異界と人間界の鳥居を隔てて。
足を止めて黙り込んだ藍葉を妙に感じたのか、黒龍が尋ねてきた。
「……どうした、藍葉」
いや、と言いさして、藍葉は迷う。が、結局は胸中にあるものを吐露することに決めた。
「……その娘、知っとるかもしれん。というより、そいつが異界に迷い込んだのは、ワシが原因かもしれんな……」
「ほう……」
心なしか、黒龍の語気が楽しげな色を帯びる。彼はからかうように続けた。
「私が見ていないあいだに、いったいどのような悪戯をしたんだ」
「あほぅ、そんな趣味あるかい。偶然じゃ、偶然」
前髪を掻き上げて、藍葉は深くため息をつく。今から自分が厄介事に首を突っ込む羽目になる予感が、嫌というほどしていた。
「まったく、人間の子供というやつは……。好奇心は猫を殺すという言葉を知らんのか」
「猫を八つ裂きにする話かね?」
「そんな物騒な話はしとらん」
返し、再度ため息を吐き出した。両手を腰にあて、顔を伏せる。
「……その娘が本当にワシの知っとるやつなら、ワシも動かんわけにはいかんな。――お前が最後に娘を見た場所を教えろ、黒龍」
「なんだかんだで面倒見のいいやつだ」
「早く教えんかい!」
「くちが悪いのが玉に瑕だが」
黒龍は喉の奥で笑いながら言う。藍葉は彼を睨みつけたが、相手はそれさえも面白がっているようだった。
生真面目な白龍に反して、黒龍はこういった意地の悪い一面がある。そして彼にもっともからかわれる機会が多いのが、白龍でも桜子でもなく、藍葉なのだった。故に、藍葉と黒龍の関係は少しばかり複雑だ。
藍葉は石を蹴って彼に当てようとしたが、黒龍は器用にも長い体をひねってそれを避ける。
長生きな上に性格が悪いと、本当にたちが悪い。
藍葉は彼と言葉を交わすたびに、心の底からそう思っている。
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