16 / 70
【16】
しおりを挟む「……で? そのまま見殺しにでもしたのか?」
「ひと聞きの悪いことを言わないでくれ。助ける必要がなくなったから、そのままにしておいただけのこと」
「……助ける必要がなくなった?」
ああ、と彼が低い声音で相槌を打つ。
「幸運なことに、通り掛かった妖怪ふたりに助けられていたね。紅希と葵だ。あのふたりは少々やんちゃだが、悪いやつではない。我々が多少は目を離したところで、問題はないだろう」
ふぅん、と藍葉は返して歩み出した。そのあとを、黒龍が静かについてくる。
「しかし、早いところ人間界には帰したほうがよかろう。そのままでは雑魚が群がるぞ。どのような娘じゃ。見かければワシも声をかけておこう」
「あれは……そうだな、桜子よりかはいくらか年下といったところだろう。茶色の髪が短い少女だ」
藍葉は足を止める。そうして、自らの記憶を呼び起こした。
最近――本当に最近、茶髪の短い人間の少女を見た覚えがある。それも、異界と人間界の鳥居を隔てて。
足を止めて黙り込んだ藍葉を妙に感じたのか、黒龍が尋ねてきた。
「……どうした、藍葉」
いや、と言いさして、藍葉は迷う。が、結局は胸中にあるものを吐露することに決めた。
「……その娘、知っとるかもしれん。というより、そいつが異界に迷い込んだのは、ワシが原因かもしれんな……」
「ほう……」
心なしか、黒龍の語気が楽しげな色を帯びる。彼はからかうように続けた。
「私が見ていないあいだに、いったいどのような悪戯をしたんだ」
「あほぅ、そんな趣味あるかい。偶然じゃ、偶然」
前髪を掻き上げて、藍葉は深くため息をつく。今から自分が厄介事に首を突っ込む羽目になる予感が、嫌というほどしていた。
「まったく、人間の子供というやつは……。好奇心は猫を殺すという言葉を知らんのか」
「猫を八つ裂きにする話かね?」
「そんな物騒な話はしとらん」
返し、再度ため息を吐き出した。両手を腰にあて、顔を伏せる。
「……その娘が本当にワシの知っとるやつなら、ワシも動かんわけにはいかんな。――お前が最後に娘を見た場所を教えろ、黒龍」
「なんだかんだで面倒見のいいやつだ」
「早く教えんかい!」
「くちが悪いのが玉に瑕だが」
黒龍は喉の奥で笑いながら言う。藍葉は彼を睨みつけたが、相手はそれさえも面白がっているようだった。
生真面目な白龍に反して、黒龍はこういった意地の悪い一面がある。そして彼にもっともからかわれる機会が多いのが、白龍でも桜子でもなく、藍葉なのだった。故に、藍葉と黒龍の関係は少しばかり複雑だ。
藍葉は石を蹴って彼に当てようとしたが、黒龍は器用にも長い体をひねってそれを避ける。
長生きな上に性格が悪いと、本当にたちが悪い。
藍葉は彼と言葉を交わすたびに、心の底からそう思っている。
0
あなたにおすすめの小説
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜
あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい!
ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット”
ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで?
異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。
チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。
「────さてと、今日は何を読もうかな」
これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。
◆小説家になろう様にて、先行公開中◆
◆恋愛要素は、ありません◆
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる