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しおりを挟む「桜子ちゃん!」
声は、気付いたときにはすでに出ていた。一年ぶりに見る幼馴染みの姿に、目頭が熱くなって、胸が締めつけられる。
風に揺れる木々がたてる音に負けないよう、美月は声を張り上げた。
「桜子ちゃん! 桜子ちゃんだよね! 私、美月だよ! 会いたかった! 私ずっと――」
そこまで言って、違和感にくちを噤む。彼女の様子が、なんとなくおかしいふうに感じられた。黒い着物がそう思わせるのだろうかとも考えたが、どうやらそういうわけでもないらしかった。
「……桜子ちゃん?」
窺う調子で呼んだ声に、返事はない。
にわかに桜子が右腕をかかげて、指先で美月を指した。その指先が光を帯び、直後、光の弾丸が美月めがけて真っ直ぐに射出される。
美月はそんな相手からも、迫りくる攻撃からも、視線を逸らすことが出来なかった。ただただ、状況が理解できなかった。
幸いにも、光の弾丸が美月に届くことはなかった。美月の前に立った紅希がそれを弾いたからである。弾かれた弾丸は側の木にぶつかって、荒々しく幹を折った。
美月は戸惑う。
「さ、桜子ちゃん、どうしたの? 私がわかんないの? 幼馴染みの花宮美月だよ!」
容姿はたしかに桜子であるのに、行動にはそれらしさが感じられない。まるで、桜子によく似た誰かと話している感覚だった。美月の呼びかけにも、やはり応じてくれない。
それどころか、彼女は乗っていた白龍に酷薄な指示を出した。
「白龍、攻撃して」
美月は耳を疑う。聞こえた声も、たしかに桜子のものだった。
龍はわずかに躊躇する様子で、彼女に念を押す。
「……本当にいいのかい?」
「ええ」
肯定する語気には、優しさは微塵も感じられなかった。
呆然とする美月に頓着する素振りもなく、白龍はくちを開ける。その口内が強く発光したかと思うと、次の瞬間、光と風が交ざったふうな塊が吐き出された。美月の頭ほどの大きさはあろうかというそれが、一直線に美月へ向かってくる。
思考が停止した美月は、動くことさえ叶わない。
水の膜を盾のように大きく展開した葵のおかげで、またも美月は命拾いをした。白龍の攻撃と葵の盾がぶつかって弾け、周囲に風の水の残滓が散る。
紅希が桜子を睨み、低い声色を出した。
「……どういうことだ。あんたと美月は知り合いじゃなかったのか」
「知り合いよ。でも私は、巡回の仕事をしなくちゃいけないの」
抑揚のない返答に、紅希が「はっ」と嘲笑する。
「そっちから喧嘩ふっかけてきといて、なにが巡回の仕事だ」
「わからないなら、いいわ」
彼女の語調は、どこまでも冷淡だった。
そのとき、美月のすぐ隣で、なぜか空秋が急に低く笑い始める。喉の奥で笑うふうなそれは、先程までの彼女の態度には似つかわしくない。
顔を伏せながらくつくつと笑う相手を、美月は混乱する気持ちで見上げた。彼女はひとりごちる。
「……こら好都合やわ」
呟いて美月を見やり、凶悪に微笑んだ。前髪で隠された相手の右目が、その表情に凄みを付加している。
恐怖で固まった美月をそのままに、空秋は両手で深紫の魔力の塊を成形したかと思うと、それを白龍に向かって投じた。
同時に、声高に怪鳥の名前を呼ぶ。
「ウメハラ!」
主人に呼ばれた鳥は素早く宙を馳せ、白龍に躍りかかった。紫の魔力の直撃を受けた龍は、自らを襲う怪鳥への対応を余儀なくされる。
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