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しおりを挟む予想外の葵の行動に、美月は瞠目する。
相棒のこぶしを掌で受け止めながら、紅希も同様に驚いた面持ちをしていた。
「おい、てめぇ! 急になにしやがる!」
「わ、わからない……体が勝手に……っ」
妙なことに、葵本人からも戸惑いが窺える。
彼の台詞からなにかを察したらしい藍葉が、鷹崎を睨んだ。
「貴様、まさか……!」
鷹崎は口角を上げ、微塵も悪びれる素振りを見せずに返答する。
「言ったろ、急いでんだって。それに、三対一はちっとばかし狡いじゃねーか」
どうやら、葵が紅希に攻撃を仕掛けたのは鷹崎の仕業であるらしい。葵の体を操った、ということなのだろうか。
それにしても、黒龍をたやすく倒し、そのうえ葵の体を操るなど、どれほどのチカラを持っているというのだ。鷹崎の得体の知れない強さを、美月は薄気味悪く思う。
不意に鷹崎が地面を蹴って後退し、藍葉から距離をとった。
すぐさま相手を追おうとした藍葉だったが、彼女はハッと目を見張ってその場に踏みとどまる。
鷹崎の背後から、巨大な黒い霧がまるで水柱のように立ちのぼった。
その霧は一瞬にして弾けて散ったが、霧が消えたあとにはひとつの巨大な影が残る。
美月は我が目を疑った。なにかの間違いではないかと――見間違いではないかと思った。
鷹崎の後ろに、一体の怪物が佇んでいた。
黒い肌に、四足歩行。肌は見るからに硬く、手足の先には船のイカリと見まがうばかりの長大な鉤爪がある。
大きなくちには牙が並んでおり、岩石さえも容易に噛み砕いてしまいそうだ。
頭部には鬼を思わせる角が二本、生えている。
筋肉の塊のような、たくましすぎる体格は、四足歩行の怪物をやや丸く、小さく見せていた。
とくに目を引くのが腕の筋肉である。そこは樹齢何百年もの木を想起させる太さがあり、軽く振るうだけで大木の数本は簡単に吹き飛んでしまうだろう。
そんな醜悪かつ巨大な怪物が飛び上がって、藍葉の前に着地した。大きな肉体はとても身軽には見えなかったが、全身の筋肉がそれを可能にしているのかもしれない。
藍葉と怪物を見比べて、美月は息を呑む。
美月よりも小柄な藍葉が悪鬼と並ぶと、それはますます大きく、恐ろしく見えた。
鷹崎が相変わらず軽い語調で、藍葉に述べる。
「悪いが、そいつと遊んでてくれ。けっこう楽しめると思うぜ」
言って姿を消したかと思うと、今度は美月と桜子の後ろに現れた。
美月達が背後を振り返るのと同時に、鷹崎が左右の肩にそれぞれ美月と桜子を担ぎ上げる。
当然、美月は激しく抵抗した。
「ち、ちょっと離して!」
「おーおー、元気がいいな。いいことだ。すぐに食いやしねぇから、安心しな」
「安心なんて出来るわけないでしょ!」
「手厳しいな。まぁ、会ったばっかだからな。しょうがねぇか」
「そういう問題じゃない!」
「なんだ嬢ちゃん、ひょっとして、クレーマーってやつか?」
「クレーマーじゃない!」
美月が相手の耳元で叫ぶと、鷹崎が困ったふうに眉尻をさげて、眉根を寄せた。いちいち緊張感に欠ける言動をとる男である。
しかし、鷹崎はそんな美月のおこないも気にせず、ふたりを担いだまま軽々と地を蹴ってその場を離れた。藍葉は魔物と向き合い、紅希は葵とこぶしを交えているため、そこから離れることが出来ないでいる。
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