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しおりを挟む争い事どころじゃねーよ、と紅希が反駁する。
「お前んとこの黒い龍の裏切り。わけわかんねーやつの美月と桜子の誘拐。その他もろもろ。もうちっと早く来れなかったのか?」
責められ、白龍はいくらかしおらしくなった。どこまで本心かはわからないけれども。
「面目ない。しかし……そうか、黒龍が……」
彼はどこか複雑そうな声を出す。が、今はそんな余韻に浸っている時間の余裕はなかった。
藍葉は率直に白龍に問う。
「話はあとじゃ。白龍、桜子と美月の気配は追えるか?」
「ああ。だがこれ以上離れると追跡が難しくなるから、急いだほうがいい。乗りたまえ」
返して、白龍は背を一同に向けた。さっそく紅希が飛び乗る。と、龍はいささか不満げに彼を振り返った。
「……君、もう少し丁寧に……」
「あん?」
「……いや、なんでもないよ」
おそらく、紅希に悪気はないだろう。それを察したからか、それとも彼への指摘は無駄と判断したのか、白龍は首を左右に軽く振ると、自ら話題を打ち切った。
藍葉と葵も龍の背に乗る。
「気配はどっちに向かっている?」
「西だね。あそこはあまり妖怪達が近付かないから、うってつけの場所だと判断したんだろう」
藍葉の質問に答えた白龍へ、葵は不思議そうに尋ねた。
「そこまで遠くの気配が、わかるものなんですか?」
「龍を侮ってはいけないよ。我々は目や鼻がいい。だからこそ、巡回の仕事をしているんだ」
今回は来るのが遅れたがな――と、藍葉がくちを挟む。龍は藍葉を見返した。
「君は本当に手厳しいな。異界は広く、巡回は楽ではないのだよ」
「いいから、さっさと行けよ」
空を指さして述べたのは紅希である。白龍は疲れたふうにため息を吐いた。
「まったく、龍使いの荒い子達だ」
呟いて、彼は飛翔する。
空には月があるものの、異界全体を照らすのにその明かりはあまりに心もとなかった。
空高く飛んだ藍葉達の眼下に広がる森は黒々として、まるでそれ自体がなにかの生き物めいている。
白龍は方向転換をして、西に頭を向けた。そうしてそのまま滑るように空中を走り、人間の少女ふたりのもとへと急ぐのであった。
なにかを察してのことか、今夜の異界は、不気味なほどに静寂だ。
◇
意識が浮上した美月は、ゆっくりと瞼をあけた。
視界は暗い。怠い体を動かして首をひねると、すぐ近くに桜子の姿がある。
彼女は美月の目覚めに気が付いて、声を掛けてきた。
「あっ、美月……。起きた……?」
「……桜子ちゃん……?」
ここはどこだろうと、視線を周囲に巡らせる。
見ると、どうやらふたりがいるのは、どこかの森のひらけた場所らしかった。周辺は木々しかなく、それ以上の情報を読み取ることは難しい。加えて、明かりは頭上にある月のみだった。
最初はぼんやりと辺りを眺めていた美月だったが、じきに周囲の異様さに気が付く。
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