上 下
20 / 20
1 企業勤めを目指そう!(アットホームな職場)

突撃準備

しおりを挟む
   テレサとマサヨシ、2人だけの空間で話していた過去の話。悲しさと虚しさを残り香に、夕焼けが零れてきてどうしようもない悲しさを感じていた。

「彼は自分の事をロイドだと言っていたわ。自分でね。最初なんて変わり果て過ぎてわからなかった。」
「そうなんだ。でも包帯があんなに巻かれてるのは...。」
「肌の壊死が進みすぎて、切除せざるを得なかったそうよ。」

   マサヨシはどうしたものかと考えているが、やはり目的を違える事は出来そうになかった。それはあまりにもあのふたりが可哀想であるからだ。
   だが目的はちゃんとある。だから俺は、それを遂行しなければならない。

「よし_____なら俺に考えがあるッ!!」

   マサヨシは急に立ち上がって握り拳を作る。その出で立ちは真っ直ぐすぎて、テレサは少し不安に思った。

「なんか意気揚揚だけど、大丈夫なのかい?その考えとやらは。」
「俺一人ではどうしようもないんだけど、テレサの力を借りたい。」

   曇りなき笑顔で手を差し伸べるのは転生者。この世界に変革をもたらす異国の者の手が、テレサには眩しすぎる。

 (この子が、もう少し早く来てれば。こんな事にはならなかったのかもね。)

 その眩しさの手を、テレサは取った。
















   夜になり、マサヨシはドックの狭い小屋に戻った。

「なっはっはっはっ!!!まさか連れてくるとはなぁ!!!」

 煙草を咥えなおしながら、前ならぶ光景を興奮気味に笑う。

「絶対不可侵の女神様を連れてくるとは!アッハッハッハッハッ!!」
「久しぶりだねぇ犬。相変わらずボロ小屋に住んで、景気良さそうじゃないか。」
「うるせぇ。ボロ小屋はお前ん家と変わらねぇだろうが。」

   ドックの前に居るのはマサヨシ。それから巨体が窮屈そうにしているテレサだった。

「ドック。バルタの親玉の場所を教えてくれ。」
「あー...読めたぞ。ロイドって奴は奴隷にされてたんだな。んで。動力炉はどうすんだ?今の感じを見るにお前さん怒りに囚われたって訳でもないが。」
「いやいや。カチキレてるよ。だからここの悪モン全部消してやる。」
「ふーん。まぁ...いいか。但し、条件がある。」
「動力炉が無くなった時の脱出法だろ。」
「わかってるじゃないか。それはそれで目星はついてるんだろう?」

   ブルジュワを囲う魔法の結界は、外との時間がズレてしまっている。これを解除してしまうとうらしま効果によって、街の中にいる人間の寿命が一気に押し寄せることになる。
  
 [そうだ。だから量子もつれを使う。厳密には違うだろうが、構想上は成功するだろう。]
「なっ!なんだ!声が聞こえるぞ!」

   くわえタバコを落として驚くドックを、マサヨシは笑ってみていた。

「なんだマサヨシ!笑いやがって!」
「ごめんごめん。この声は、この機械から流れてるんだ。」
 [どうも。私はモノだ。]

   マサヨシは手のひらに載せた小さなスピーカーを見せる。

「こら、なんだ?」
「あー。遠くの人と話せる機械、かな?魔力的なものじゃないから探知もない。」
「はー。外から来たやつはなんでも出来るんだな。んでモノさんよ。どういう仕組みなんだ。その量子もつれってのは」
 [どこまで離れても分子だった物が反応してしまう事を言う。だから君達はこちらに来て、魔力パスを通させてもらう。言うなれば魔力もつれだな。そうすれば時間に引き摺られて体が老化することも無い、かもしれない。]
「脱出法は賭け、か。まぁそれが成功しそうだと思ってテレサも出てきたんだろう。なら、乗っておくか。」

   マサヨシの心の中で何かがハマっていく音が聞こえた。自分の考えた計画に足りない部分が足されていく。動かなかった秒針が少しづつ進んでいく。

「だが問題はここからさ。」

   テレサは腕組みをしながら二人をにらんでいる。

「確かに物理的な話は理解出来る。あたしゃ時間学も物理学も分かってるからね。でもあのバルタッて大きな勢力に向かっていく現実的な計画を知りたいよ」
 [街の中央にある大きなビル。3勢力の頭目が揃い、その上にはバルタのリーダーが座している。堅牢なセキュリティだろうな。]
「そこに関しては大丈夫だぜ。」
   
   ドックはシワの寄った紙をテレサに渡す。

「なんだいこの汚い紙は。」
「そこにこれから必要になるもんが沢山書いてある。まぁガラクタから揃うもんばかりだ。全部揃ったら、作戦結構だ。」
「...信用していいんだね。」
「それはてめぇで決めろ。でかい腹をさっさと繰繰れ女神さんよ。」


















   テレサは作戦準備の為に小屋を出ていった。大きな背中の逞しさにマサヨシの不安は無くなった。

「ふぅー。ひと仕事だった。」
「いい仕事だったぜ。おめぇは上手くやったんだ、この俺をうごかしてるんだからなぁ!なっハッハッハッ!」
「...そんなボコボコの顔で言われてもねぇ。」
「うるせっ」

   大きな手形を顔に貼り付けたドックは機嫌は悪そうだが、少しだけスッキリしていた。テレサの張り手で憑き物が落ちたように、マサヨシは思えた。

「なぁ。おめぇ、最初に会った時の事、覚えてるか?」
「覚えてるよ。」
「道端で蹲った子供を蹴るデブを見てくみかかったよな。んで誰も助けず笑ってる外野共に笑うなって叫んでた。店の前だから煩くてよ。俺はお前に言ったよな。」
「だまれ。だったな。その時必死だっから無視してさ、その後も笑ったヤツを殴っ____」

   思い出を話しているだけなのに、ドックは急に吹き出した。

「なんだよ青臭いって言うのか?」
「いやいや、まぁそれもあるが俺はあの時魔法を使ったんだ。それが効かなかったんだなと思ってよ。」
「はぁ?!お前俺に...まぁいい。どんな魔法使ったんだ?」
「口頭誘導。相手を言ったままに従えさせる魔法だよ。」

   すると、ドックの目が光りを放ち、マサヨシをじっと見つめて言った。

「[踊れ]」
「______なんで?」
「ほらなぁ?言う事聞かねぇだろ。ナアッハッハッハッハッ!面白いやつ!」

 ひとりで楽しんでいる姿が苛立ち、マサヨシは噛み付いた。

「何が面白いんだ。」
「怒るな怒るな。俺はお前さんに興味ありあり、バカにするコタない。」

 ドックは視線を落として、悲哀のある声音で語った。

「魔法は無から有を産まない。だから俺の魔法ってのは誰かを信用してるなら誰にでも効く。虐待された子供でも効くんだ、相当強いんだろう。でも、お前には効かなかった。恐らくだけどよ、辛い経験がそうさせてるんだろうな。」
「...まぁそれなりに。」
「そんな奴が誰かの弟分を助けたいだけで、この街に着た。それからテレサ達と俺を引っ括めてたすけようってんだろ?誰も信用していない奴が。」

  マサヨシの過去は人に裏切られ、傷つけられ、自分で命を締めくくった。信用していい人間などいないと、強く感じていた。その全てを、ドックは理解したのだ。

「最初は信用なかったぜ?見返りを求めない優しさなんて胡散臭すぎてよ。でもお前は人を助け続けた。エゴでもなんでもな。」
「俺は、その、見てられなかったんだ。」
「言いたいのは、お前はすげぇって事だ。魔法すらできないことをしてるんだ。生きてるだけで無から有を産んでるんだよ。」

  するとドックは拳を、マサヨシの胸に優しく当てる。

「それでいい。マサヨシ。お前はそのままでいい。自分の中にある物を信じて進め。」
「ドック____」
「最後の最後まで悩んでたんだろ。この街の住人を殺していいのかって」
「...うん。」
「周りに正しさを確かめるなよ。ブレが産むのは歪みだ。人間を信じすぎず、お前は溢れて仕方ねぇ優しさを振りまき続けろ。それから、死ぬなよ。」
「わかった。」

  自分のこれからする事は、大虐殺に他ならない。悪党でも人は人。だがドックはマサヨシの背中を押したのだ。きっとこらからの全てが良くなるんだぞと言わんばかりに。

「___全く、アイツみたいな奴だ。」
「ん?なんか言った?」
「なんもねぇや_____おら行くぞ、テレサの準備も住んだ頃合だしな。」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...