銀の皇太子と漆黒の聖女と

枢氷みをか

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第二章 ユーリシア編 第四部 星火燎原(せいかりょうげん)

忠義の臣

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 レオリアたちは夜を徹して出軍の準備に追われていた。
 出立まで三日の猶予があったが、正直足りないくらいだろう。

 騎士団員の総数は現在272人。
 これだけの人数が進軍するのだ。そのために必要な物を集めるだけでも、膨大な量になる。野営に必要な物はもちろんのこと、騎士団員の日々の食事である食料だけでも相当な量だ。それらを発注し、受け取り、荷を積むだけでも骨が折れた。

 これらの準備は通常ひと月ほどかかる。それをたった三日で終えなければならない。どうしたって強行軍になる事は目に見えていた。

 一通りの指示を終えてようやく人心地ついたレオリアは、脱力するように練兵場の隅に置かれた椅子に腰を下ろした。

「お疲れ様です、レオリア様」
「…ああ、カルリナが居てくれて助かった。貴方の采配は的確だな」

 言って、後ろに控えるように立っているカルリナを仰ぎ見る。

 この出軍の準備に、騎士団長と副団長は一切の手助けをしなかった。今回の総指揮に任命されたのはレオリアだろうと言い放って、どこへやら行ったままこの三日姿を見せていない。おそらくこの進軍にもついてくる気はないのだろう。

(…正直いない方が助かるが)

 そう高をくくったが、出軍の準備をした事のないレオリアには、何から手を付ければいいのか皆目見当が付かなかった。そのレオリアに手ほどきをしてくれたのが、補佐官であるこのカルリナだ。
 出軍するには何が必要でそれがどこにあるのか、そんな初歩的な事から食料の調達の仕方など順を追って懇切丁寧に教えてくれた。先ほどカルリナはレオリアの労をねぎらってくれたが、自分はただカルリナの采配を団員に指示しただけで、本当に労うべきはカルリナだろう、とレオリアは思う。

「間に合いそうか?」
「…ええ、何とか。夜には準備を終える予定ですので、明日の朝には出立できるでしょう」
「そうか…。この三日、皆寝ずに頑張ってくれたからな。せめて出立の前夜くらいは、ゆっくりとベッドで体を休ませてやりたい」
「…そうですね」

 言って二人、未だ準備に追われている騎士団員に視線を向ける。

 出立すれば、しばらくは暖かいベッドで眠ることは叶わない。
 特にこれから冬を迎えようと言う時期だ。寒い中での野営ともなれば、寒さに凍えて眠りが浅くなる事も少なくない。それを思えば、せめて前夜くらいはゆっくりと体を休めて英気を養ってほしい、と思う。特に、この出軍が全く意味のないものと知っているだけになおさらだろうか。

(…ソールドールに向かったところで、討伐すべき私はいない)

 それは、あのデリックも承知済みだろう。実際、自分はまだソールドールになど向かってはいないし、その情報がデリック自身が捏造した情報である事も、彼は百も承知のはずだ。なのに、わざわざ彼ら騎士団をソールドールに向かわせるという。
 デリックが一体何を企んでいるのかが判らず、レオリアは悄然と嘆息を落とした。

 そんなレオリアに追い打ちをかけるように、カルリナは申し訳なさそうに、そして躊躇いがちに名簿を差し出す。

「……これは?」
「……本日付で退団を申し出た者が十三名おります」
「…!…十三名も……」

 呟くように声を落としながら、レオリアは名簿に目を通す。
 そのほとんどが、以前カルリナから聞いた条件の者たちばかりだった。爵位を継ぐ予定の嫡男や、仮入団したと言う証だけが欲しい平民出の者たち。そして家族を持つ者たちも退団者の名簿に名が連ねてあった。

 そのどれもが根底にある思いは『死にたくない』だろう。
 それを思えば、退団者の数はまだ少ない方だ。

(…わざわざ出軍の準備を手伝って退団してくれるのだから、御の字だろうな)

 それは出軍を前に辞めていく彼らなりの、せめてもの罪滅ぼしだろうか。
 名簿に目を落としながら複雑そうな表情で息を吐くレオリアに、カルリナは遠慮がちに言葉を続けた。

「……あのユーリシア殿下を相手にするのです。決して一筋縄ではいかないでしょう。あの方が本気を出せば、ここにいる全員が死力を尽くしても、討てるかどうか怪しいところです。…それを皆、理解しているのでしょう」
「…それは言い過ぎだろう」

 まるで化け物扱いだな、と内心憤慨しながら、レオリアは軽く渋面を作って返答する。

「いえ、元々とてもお強いお方です。加えてあの方の魔力量を考えれば決して過言ではないでしょう」
「…そんな事はない。いちいち彼を特別視するな。どれだけ魔力があっても所詮は人だ。人間である限り、必ず限界はある。…現に彼自身も言っていただろう。自分よりも強い低魔力者がいると。…魔力量で強さが決まるわけではない。はき違えるな」

 その頑ななまでに認めようとしないレオリアの態度に、カルリナは眉根を寄せて怪訝そうな表情をレオリアに向けた。

「……もしや、レオリア様とユーリシア殿下は仲があまりよろしくはないのですか……?」
「…!」

 同一人物なのだ。仲がいいも悪いもない。

 心中でそう呟いたが、それを素直に言葉にできず、レオリアは答えに窮して口を噤んだ。そのレオリアの態度を、カルリナは肯定と取ったのだろう。眉間のしわをさらに増やして、まるで非難するような感情を言葉に乗せる。

「……私は、貴方がたと殿下が懇意の仲だと伺いました。ならば当然、この出軍も殿下を討つためではなくあの方の助力をするものだと勝手に思っておりましたが……違うのですか?」
「…皇太子は謀反人だ。それを討つために、今こうやって出軍の準備をしているのではないのか?」
「…!では貴方は!…いえ、ゼオン様も同じく、ユーリシア殿下が本当に謀反を起こしたとお考えなのですね…?」
「…まるでカルリナは、皇太子が謀反を起こしていないと思っているような口ぶりだな?」
「はい、思っておりません」
「…!」

 半ば揶揄するように問うたその質問に、カルリナは迷うことなく、はっきりとそう断言する。そんなカルリナをレオリアは弾かれるように視界に入れた。真っすぐこちらを見返す彼の眼差しには、ほんのわずかの疑いや逡巡さえも窺えない。レオリアはそんなカルリナの確信めいた眼差しの理由が判らず、ただただ目を瞬いた。

「……なぜ、そう思う?」
「…私は殿下と懇意にしていただいたわけではございませんが、あの方の為人ひととなりは存じ上げているつもりです。あの方は決して人道にもとる行為を許す方ではございません。それは他人のみならず、ご自身の行いに関してもです。ましてやあの方が敬愛されている陛下を手にかけるなど、決してあり得ない。…あの方は嵌められたのです。真の謀反人は他におります…!」
「……本当に無実であれば、あの皇太子は黙ってはいないだろう。正々堂々と自分が無実である事を公言するはずだと言う意見もあるぞ」
「そうできない理由がおありなのでしょう」
「…もしソールドールに皇太子がいたとして、彼が剣を抜けば私はそれに応えるしかない。…その時はどうするつもりだ?」
「私があの方を説得いたします。決死の覚悟で上げた声を、あの方は無下にはなさらないでしょう。必ず耳を貸してくださるはずです」
「…貴方にその覚悟があっても、騎士団員全員がそう思っているわけではない。むしろ彼らは個人の意見よりも騎士団の任務を優先するだろう。…皇太子と彼ら騎士団が刃を向け合う事態になった時、貴方は躊躇うことなく彼らに剣を向けることが出来るのか?」
「剣を向ける事はいたしません。ですが必ず止めて見せます」
「どうやって?」
「命に代えても」

 何を言っても決して揺るぎない、その頑ななまでにユーリシアを信じようとするカルリナの姿勢に、レオリアはもう問いかける言葉も失って口を閉ざした。

 彼を試すような質問もしたし、騎士団員に対して情を持つカルリナに意地の悪い質問もした。
 それでも彼はやはり、一片の迷いさえも見せなかった。
 そんな強い信頼を寄せてくれていた事が嬉しく、面映ゆい。

 思わず頬が緩んで笑みを落とすレオリアに、カルリナは不快気な表情を見せた。

「……何がそれほど可笑しいのです?」
「いや、すまない。貴方を嘲笑ったわけではない。ただ……ただ嬉しかっただけだ」
「……?…嬉しい…ですか……?」

 レオリアの言葉の意味が判らず目を瞬くカルリナに、悠然と椅子から立ち上がったレオリアはおもむろに後ろの彼を振り返った。

「ついてきてくれ、カルリナ」

 未だ出軍の準備をしている騎士団員を軽く一瞥した後、訳も判らず言われるがままレオリアの後を追従したカルリナは、だが白宮に入ろうとするレオリアにたまらず目を丸くした。

「お待ちください!レオリア様…!ここは私などが立ち入っていい場所ではございません…!」
「構わない。入って来てくれ」

 そう言われても、ここはおいそれと立ち入れる場所ではない。皇族────それも皇王の直系だけが立ち入りを許された宮なのだ。
 まだこの白宮の主である皇王か皇太子に許しを得たのなら、恐縮しながらも足を踏み入れただろう。だがその主は今はいない。たとえ賓客である彼らがここに住むことを許されても、その彼らが許可を出すことはできないのだ。

 そう言わんばかりの困惑した表情を向けるカルリナを振り返って、レオリアは心得たように微笑みながら頷く。

「心配しなくてもいい。皇太子からカルリナ立入たちいりの許可は出ている」
「…私の立入を……?…ユーリシア殿下が…ですか…?」

 そんな話は初耳だし、そもそも皇太子とそれほどの接点があったわけでもないのに許可など出すだろうか。

 なおさら訳が判らず、小首を傾げながらもそう言われては入らないわけにはいくまいと、不承不承と足を踏み入れる。そんなカリルナを満足そうに一瞥すると、レオリアはそのままゼオンの部屋へとカルリナを伴って足を進ませた。

「ゼオン殿、私だ。入るぞ」

 軽く扉を叩いてから、そう声をかけて扉を開く。侍従と言うわりには、妙に主であるゼオンに気安いレオリアの態度を怪訝に思いながらも、カルリナはレオリアに続いて部屋に入った。

「体調はどうだ?ゼオン殿」
「…良くなるわけがないだろう。こんな状況でゆっくり休めるか」
「ですが咳はだいぶ落ち着きましたよ。一番厄介な症状が落ち着いてくれましたので、とりあえずは一安心と言ったところです」

 言ったのは、片腕しかない青銀髪の男だ。
 ラジアート帝国皇弟ゼオンの従者の中に隻腕せきわんの人物は確かに一人いたが、このような中性的な容姿ではなかったはずだ。少なくとも青銀髪ではなかった事を訝しげに思ったところで、カルリナは自身の記憶の中に青銀髪の人物がいたことを思い出す。

(…あの方は…皇宮医のシスカ様………?…いや、だがお亡くなりになったと聞いたが……?)

 聖女誘拐の際、偶然居合わせた神官シスカは片腕を切り落とされて亡くなったと聞いた。
 だが青銀髪の人物がそうそういるはずはないし、隻腕になった彼の姿が亡くなったとされる状況と符合して、妙な得心がカルリナの心中で広がった。

「…統括、本当に出軍に同行するつもりですか?そんな体で…」
「そうですよ、ゼオンさん。もしお体が辛いようなら僕と一緒にここに残っても────」
「いいえ、いけません。出軍する時は必ず皆一緒にです。ダリウスから、そう────」

 そこまで言ったところで、青銀髪の男は視線を感じて、はたと口を閉ざす。

 怪訝そうな視線で無意識に青銀髪の男を注視していたのだろう。レオリアの後ろに控えている険しい表情のカルリナの存在に、部屋にいる誰もが同じく怪訝そうな視線を送り返してきている事に気づいて、カルリナは慌てて佇まいを正した。

「レオリア様…!やはり私は場違いです…!外でお待ちしておりますので────」
「いや、ここにいてくれ。できれば貴方にはすべてを知った上で手を貸してもらいたい」

 カルリナの言葉を遮るように告げた意味深なレオリアの言葉に、カルリナはなおさら小首を傾げる。

「…レオリア様、彼は?」
「私の…レオリアの補佐官を務めてくれているカルリナ=バークレイ卿だ」
「…正体を晒すつもりか?そいつの父親はデリックの腹心だぞ?」
「…本当に何でも知っているのだな、貴方は」

 他国の人間が自国の派閥関係にまで詳しい事に、レオリアは半ば呆れて苦笑を落とす。

「彼が裏切った時はそれ見た事かと私を嘲笑ってくれ。…おそらく、それはないだろうがな」

 嫌に自信に満ちた様子でそう告げるレオリアの姿に、カルリナは一体何の話をしているのやら判らず困惑を極めた。唯一判ったのは、レオリア以外にはあまり歓迎されてはいない、という事。それだけに、どうにもいたたまれず内心逃げ出したい気分に陥った。

 そんなカルリナの内心に気づかず、レオリアは後ろにいる彼を振り返って告げる。

「私に鑑識眼かんしきがんはないが、今回ばかりは間違いではないだろう」

 にこりと微笑んで、レオリアはおもむろに腕に付けられた腕輪を外す仕草を見せる。それと同時に、今までレオリアだと思っていた人物が、見慣れた自国の皇太子の姿に変わる瞬間を目の当たりにして、カルリナは声にならない声を上げるように口を開いたまま硬直して、茫然自失と立ち尽くした。

 そうして瞬間我に返って、慌てて膝をつき威儀を正す。

「ユーリシア殿下……っ!!?も…申し訳ございません……っ!!…まさか…!…まさか、レオリア様が殿下とは知らず……!!…数々のご無礼、何とお詫びすればよいか…!!」

 もう何を言っているのか、自分でもよく判っていない。あまりに唐突な展開に思考がついていけず、ただ目の前にいる人物が紛れもなく皇太子ユーリシアであることだけが判って、レオリアに対する自分の気安い態度がどれだけ不敬だったかをまざまざと思い知らされた気分だった。

 特につい先ほどのやり取りは、何度思い返してもいただけない。
 よりにもよって皇太子本人に彼の無実を力説した事は赤面ものだが、それよりもなお悪いのは不仲だと誤解して非難するような口調で彼をたしなめた事だろうか。これはもう、不敬罪で問われても言い逃れは出来ない。

 穴があれば入りたいほどに恥じ入るカルリナの心情を察して、レオリア────いや、ユーリシアは思わず失笑する。

「顔を上げてくれ、カルリナ。私は貴方に一度も無礼を働かれたことなどない」
「ですが…!」

 カルリナと同じく膝をついてなだめるようにそう告げるユーリシアを、ゼオンだけは眉根を寄せて呆れたように盛大にため息を落とした。

「…まったく。お前は人を簡単に信用しすぎだぞ、ユーリシア。もう少し警戒心を持て」
「私は────」
「ゼオン様の仰る通りです…!!なぜ、そのように容易く私に正体を晒されたのです…!?もっと慎重になさらなくては、ユーリシア殿下の御身にまで何かあってからでは遅いのですよ…!!」

 ゼオンに反論しようと口を開いたユーリシアを遮って、カルリナはなぜだかゼオンの意見に賛同するように声を荒げる。
 まさか信用して正体を晒した相手に、その事を咎められるとは思っていなかったユーリシアは、想定外の展開に思わず目を瞬いてから吹き出すように失笑し、次いでユーリ達も追従するように笑みを落とした。

「…こういう方だから、ユーリシアさんも信用なさったんですね」
「判ってくれるか?ユーリ」

 戸惑うカルリナを横目にしばらく小さな笑いが部屋を満たして、ただ一人ゼオンだけが、やはり呆れたように嘆息を漏らしていた。

**

「…では、真の謀反人はデリック殿下なのですね?」

 事の経緯を簡単に説明してもらったカルリナは、得心したようにそう告げる。

 ユーリシアがレオリアだと判った今、カルリナの中でやはり謀反人がユーリシアではない事はもう確定済みだ。
 陛下が襲われたとされる時間帯、間違いなくレオリアは自分の目の前にいた。それは自分だけではなく、騎士団員の多くが彼を目撃している。無実である事は明白だろう。

「…今すぐユーリシア殿下の無実を証明いたしましょう。レオリア様の目撃者は複数おります。これだけ証人がいればデリック殿下も認めざるを得ないでしょう」
「だめだ。それだけじゃ足りない」

 すかさず否定したのはゼオンだ。

「なぜです?」
「この変化の魔装具は、身に付ければ誰でもレオリアになれるからだ」
「…!?」

 言って、ユーリシアから受け取った腕輪を、ゼオンはおもむろに自分の腕に付ける。すぐさま今までゼオンだった人物がレオリアの姿に変わって、カルリナのみならずユーリシアやユーリも同じく目を瞬いた。

「…レオリアはこういう外見なのか……」

 どれだけ鏡に映しても見る事の出来なかったレオリアの姿を初めてその目に映して、ユーリシアは思わず呟くようにぽつりと言葉を落とす。その見当違いな感想に、苦笑と呆れたような視線が送られている事に気づいて、ユーリシアはバツが悪そうな表情で目線を逸らした。

「……お前は本当に大物だな」
「……すまない、つい本音が口を突いた……」

 思ったことがつい口を突いて出るのは、自分の悪い癖だ。

 軽く赤面しながら仕切り直すように小さく咳払いをして、ユーリシアは話題を元に戻す。

「…確かにそれでは、無実の証明にはならないな」
「ああ。…それと、ここでもしお前の無実が証明されれば、間違いなくシーファスは殺されるだろう」
「…!?…どういう意味だ?…父はやはり生きておられるのか…!?」

 ゼオンに掴みかからんばかりにユーリシアは声を荒げる。
 その問いに答えたのは、ソファに座ってユーリシアを見据えているシスカだった。

「二日前にフォーレンス伯がいらして、情報を持ってきてくださいました。どうやらデリックは、シーファス陛下をソールドールに連行しているようです」
「…!……それは確かな情報か……?」
「フォーレンス伯とウォーレン公、そしてレルギード候のお三方で、デリックに陛下のご遺体を見せてもらうよう申し出たようなのですが、ご遺体はない、とデリックははっきりと公言したそうです」
「もうすでにシーファスを殺しているのなら、遺体を見せない理由はない。むしろ大っぴらに見せて自分の言う事に間違いはない、と公言する方がデリックにとっても立ち回りやすいはずだ。なのに見せない、という事は見せるべき遺体がない、という事だろう」
「……つまり、生かしたままソールドールに連行している…という事か……」

 ユーリシアのその言葉に、ゼオンとシスカは同時に頷く。

「…なぜ、そのように手間のかかる事を……」

 軽く思案するような仕草を見せて、ユーリシアは呟きを落とす。
 謀反を起こすのなら、さっさと殺せばいいのだ。無駄に生かしておいて逃げられでもすれば、すべては水泡に帰してしまう。その危険を冒しても、父を生かしておく必要があるのだろうか。

 そんなユーリシアの疑問に答えるように、ゼオンは口を開く。

「考えられる理由は三つだ。まず一つは、お前をソールドールに向かわせるためだろうな」
「私を…?」
「本来ならラヴィかユーリを人質にとって、お前をソールドールに向かわせるつもりだったがそれが失敗に終わったからな。…だが、シーファスが生きたままソールドールに向かっていると聞かされたらお前はどうする?」
「…迷わずソールドールに向かうな」
「側近中の側近であるフォーレンス伯にわざわざこの情報を与えたのは、彼からお前に情報が行く事を想定してだろうな。…まったく、抜け目のない男だ」

 心底、忌々しそうにゼオンは渋面を取って、再び言葉を続けた。

「二つ目の理由は、デリックの目的がシーファスだけではなく、お前やユルングルの命も狙っている、という事だろう」

(…?……ユルングル……?)

 ゼオンの口から聞き覚えのない名が出てきて、カルリナは軽く小首を傾げながらも黙って会話に耳を傾けた。

「フォーレンス伯の話では、この謀反は殿下とユルングル様が共謀なさったとデリックはうそぶいているそうですよ」
「言いたい放題だな…」

 呆れたように言葉を落としながら、ユーリシアは得心する。

 だからデリックは父を生かしているのだ。
 自分とユルングルが共謀して皇王を弑逆した。その構図を取りたいがために、生かしたままソールドールに連行し、そこでさも皇子二人が共謀して皇王をしいしたように見せかける。そうすれば誰に言い訳する事もなく、自分やユルングルを討つための大義名分が手に入るのだ。

「是が非でもお前たち三人を葬りたいようだな、デリックは」
「…ついでに貴方の命も、ですよ。ゼオン」

 そう口を挟んだのはシスカだ。

「先程言いそびれましたが、どれほど貴方の体調が芳しくなくても絶対に皇宮に残すなとダリウスに言われました。…ユルングル様からのご指示でしょうね」
「デリックは昔から俺に殺意を抱いていた節があるからな」
「………一体、何をしでかしたのだ?ゼオン殿」
「人聞きの悪い事を言うな。あいつはシーファスに近寄る低魔力者が気に入らないんだよ」
「シーファス陛下の魔力至上主義を捨てるきっかけを作ったのがゼオンですからね。それが気に入らないのでしょう。…例え皇宮に残らなくとも、貴方に暗殺者を差し向ける事は必至です。出軍に同行する、という事はいつ命を落としてもおかしくない状況に身を置く、という事ですからね。戦乱に乗じて貴方を殺しても、ラジアート帝国側には何とでも言い訳が立つ」
「…アル、何が何でも俺を守れよ。死んだら化けて出てやるからな」
「…統括は本当に化けて出てきそうですよね……」

 辟易したように肩を落とすアルデリオに、皆一様にくすくすと笑みを落とす。

「…まあ、それほど深刻に考える必要もないでしょう。本当に危険が迫れば、ユルングル様から連絡が来るでしょうから」
「…ルーリー経由でか?あいつは苦手なんだよ、俺は」
「…?…ルーリーさんってどなたです?」

 訊ねたのは、黙って話を聞いていたユーリだ。
 今まで一度も耳にした事のない名前が出てきて、ユーリは怪訝そうに小首を傾げている。

「…ああ、ユーリは彼女に会ったことがないのか」
「…!……女性…なのですか…?」

 妙に親し気な雰囲気を含むユーリシアの言葉に、ユーリはたまらなく不安そうな顔で茫然自失と問いかける。その様子に怪訝に思いながらも、ユーリシアは悪びれることなく笑顔で頷いた。

「ああ、私はそう聞いたが…。彼女はユルン専属の連絡係だそうだ。ユルンとダリウス以外には懐かないそうだが、私にはすぐ懐いてくれた。人懐っこくてとても可愛らしいぞ」
「……可愛らしい……」
「確か……クマタカ、と言っていたか」
「…!クマ……タカ…!?」

 思わぬ言葉が出てきて、ユーリは思わず声を上げる。
 盛大に勘違いをした事に耳まで顔を真っ赤にしたが、ルーリーの正体を知っていた他の三人が笑いをこらえるように口元を抑えて肩を震わせているのを見止めて、ユーリはまた別の意味で顔を真っ赤にした。

「判っていたのなら教えてください…!!!」
「…いや、微笑ましいと思ってな…」
「……??…どうしたのだ?」

 憤慨するユーリと、くつくつと笑いを落とすゼオンとを互替かたみがわりに見て、ユーリシアは不思議そうに首を傾げる。
 そんな彼らの様子を後ろに控えて見ていたカルリナは、今の状況に似つかわしくないほど場違いな空気に、たまらず苦笑を落とした。

(……ずいぶんと和やかなものだ)

 このように緊迫した状況で、これだけ平常心で笑っていられるのもある意味凄い。
 皆一様に不安もなく安堵しきっているその根底に、『ユルングル』と言う人物に対する信頼が見え隠れしているような気がして、カルリナは会った事もない彼に強く興味を引かれた。

(……ユーリシア殿下と共にそのお命を狙われているという『ユルングル』と言う人物……。これだけ彼らに影響を与えているからこそ、命を狙われておいでなのだろうか……?)

 心中でそう思案しているカルリナに、ユーリシアが声をかけてきたのはそんな時だった。

「カルリナ、判らない事があればユーリのように遠慮なく聞いてくれ」
「…!」
「今の時点で判らない事はあるか?」

 突然そう問われて、一瞬『ユルングル』と言う人物について訊ねようと開きかけた口を、カルリナはすぐさま閉じた。

 そもそも、本来ならば一介の騎士団員である自分がここにいていい場ではない。今自分がここにいるのは、偶然レオリアの補佐官になったからだ。こうやって身に余るほどの信頼を寄せて、正体を明かしてくれただけでも恐れ多い話だろう。

(…決して、自惚れてはいけない)

 そう自分を戒めるように自重して、カルリナは改めて佇まいを正しながら小さくかぶりを振る。

「…お気遣い感謝いたします。…概ね理解は致しておりますので、陛下を生かしておられる最後の理由をお聞かせください」

 カルリナの言葉にゼオンは頷いて、話が逸れたな、と前置きしてから言葉を続ける。

「…シーファスを生かしている最後の理由、これが一番厄介だ。…今後、シーファスは人質に取られていると思って行動しろ」
「…!?……人質……そうか、殺してしまえばそれで終わりだが、生かしておけば私たちの動きを封じる事も出来る…!」
「そうだ。おそらく何かにつけてシーファス殺害を仄めかしてくるぞ。この謀反が失敗しても、シーファスの命だけは何が何でも奪う気だろうからな」

 だからこそ、今この時点でユーリシアの無実を証明するわけにはいかないのだ。
 反撃するのは、シーファスの身柄をこちらが確実に確保した時。それ以外にはあり得ない。

 それを再確認するようにゼオンを注視している皆の顔を一度見渡して、強く言い放つ。

「いいか?決して軽はずみな行動はとるな。今はとにかく身を潜めて、時期を待つんだ」

 その言葉に皆一様に頷き返したが、ただ一人、ユーリだけは内心に潜む不安を拭いきれず、小さく震える手を必死に抑えていた。
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