銀の皇太子と漆黒の聖女と

枢氷みをか

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第一章 始まり 第五部 ユルングル編

ユルングル=フェリシアーナ

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 ユルングルは未だ重たい瞼をゆっくりと、だがひどく億劫そうに開いた。

 ぼんやりと見慣れた景色がその視界に現れる。
 石壁に囲まれた、ひどく無機質な天井。その天井を時折隠すように、窓から清々しい風がおとなうたびカーテンが揺れる様がひどく心地いい。気怠い体とは裏腹に、そこから見える空は皮肉なほど、目が覚めるような青さをたたえていた。

 ふと、人の気配がしたような気がして、ユルングルは目線だけを軽く右に移す。
 ベッドの脇に置かれたソファで本を読む、神官の姿が視界に入った。

「……ラン=ディア…か?」

 寝起きの為か、声が掠れてうまく出てこない。だがそれでもソファに座る人物の耳に届いたようで、こちらを振り返ったラン=ディアと目が合った。

「目を覚まされましたか?」
「……どれくらい…寝ていた…?」
「今日で四日目です」

 四日も、と思ったが体は未だに重かった。それは病の所為なのか、それとも無茶をした為に四日程度の休息では足りないのかは判らない。それでも倒れるように寝入ったあの日に比べれば、まだ動こうと思えるだけには回復したのだろう。

 ラン=ディアの手を借りながら何とか上半身だけを起こして背にクッションを置いてもらうと、そこに身を預けてようやく人心地ついたように息を吐いた。

「……わざわざ点滴までしていたのか…?」

 結わえていない髪を煩わしそうにかき上げながら、自身の腕に繋がれた管を視界に入れて、呆れたように言葉を落とす。

 そんなユルングルをさも不快そうに視界に入れると、ラン=ディアはあからさまに渋面を作ってきっぱりと告げた。

「痩せすぎです。そのお体では点滴もなく四日は持ちません」

 相変わらずのラン=ディアの対応に、ユルングルは思わず失笑する。これほど病人に対して、病気になった事をあからさまに不愉快そうにする神官も珍しいだろう。
 まあ、この場合『無茶をする病人』という条件が付いてくるのだが、それでも心配そうにおもんばかって言葉尻を濁すダリウスやダスクに比べれば、いっそ清々しくていい、とユルングルは思う。

「お体の具合はどうですか?」
「…まだ怠いが悪くはない。……ダリウスとダスクはどうした?」
「…シスカはクラレンス卿の所に、ダリウス殿下はユーリシア殿下の様子を見に行かれました」

 ラン=ディアの口から零れた『殿下』という言葉を、口の中で小さく復唱する。

 ダスクから事情をすべて聞いたのだろう。また一人、自分の素性を知る者が増えたのかと思うと、皇族であるという事実を忘れるなと言われているようで忌々しい。

「…俺の事は殿下と呼ぶなよ」
「心得ております、ユルングル様」

 そのかしこまった言い方も、様もいらない、と思ったが言ったところで改まる事はないのだろう。ユルングルは不承不承と受け入れると、憮然と口を開いた。

「…ラヴィとユーリシアは、まだ目が覚めないのか?」
「クラレンス卿は今日にも目覚めるでしょう。ですがユーリシア殿下は、迎えがないとお目覚めにならないそうです」

 その含んだ言い方に、ユルングルは察する。

「…聖女の花園に囚われているのか…!?」

 黙したまま頷くラン=ディアを見止めて、ユルングルは少し考えるような仕草をすると、ややあってラン=ディアに告げた。

「…ダリウスとダスクを呼べ。ミルリミナもだ」

**

 目覚めたばかりのユルングルの部屋に集められた面々は、四日ぶりに目覚めたユルングルの姿に安堵した反面、怒っているとも呆れているとも取れるその面持ちにひどく困惑した。

 特にミルリミナはなぜ呼ばれたのか判らず、何だか場違いなようで居心地の悪そうな顔をしていたが、彼女もまた当事者なのだ。今からする話を聞かさないわけにはいくまい。

「…ユルングル様、まだお目覚めになったばかりなのです。少し安静になさった方が…」
「構うな、ダリウス。それよりも____」

 心配そうに眉根を寄せるダリウスを一蹴して、ユルングルは視線を向ける一行の中から、ある一人に視線を止める。それだけで何を言いたいのか、その人物は察して、たまらず息を吐いた。

「…ダスク、判っているな」
「…はい」

 ダスクは観念したように一度瞳を閉じると、躊躇うようにミルリミナに視線を向けた。

「ミルリミナにも聞く権利はある」
「ですが……」
「ミルリミナはそれほど弱くはない。お前の知っている事、全て話せ。今までは見逃していたが状況が状況だ。これ以上隠し立てするな」

 ベッドに坐したまま、こちらに向けるその強い視線にダスクは再び観念する。

 普段は不承不承と受け入れるくせに、ここぞという時の意志は固い。決して見逃すつもりはない事を悟ってダスクは再びため息を落とすと、ゆっくりと口を開いた。

「…ミルリミナ、まずは貴女とユーリシア殿下、そしておれとユルングル様がどういう存在なのかを知る必要があります」
「……どういう…存在…?」

 呟くように復唱したミルリミナに、ダスクは頷く。

「ユルングル様も初めてお聞きになる内容が含まれておりますので、ご質問があればいつでも仰ってください」
「判った」

 ユルングルの返事を待ってから、ダスクはややあっておもむろに口を開く。

「…まずは、世界の起源からお話ししたほうがいいでしょう」

 そう前置きをして、ダスクは教皇から聞いた話をつぶさに報告した。

 この世界の大気には瘴気と呼ばれる毒が含まれている事、それを中和する事ができる唯一の存在が、原始の魔力だという事、だがその原始の魔力はあまりに強く、聖女がそこから弱い魔力を生成して我々人間や動植物の体に分け与えたという事、魔力は『命の根源』ではなく、その瘴気から身を守るために存在している事、それゆえに魔力を持たないミルリミナと、原始の魔力を有するユーリシアが稀有な存在である事を語って聞かせた。

 皆、一様に黙して聞いていたが、一区切りついたところでユルングルはおもむろに口を開いた。

「…その瘴気とやらを取り除く事はできないのか?」
「それに関しては、ギーライル様は一切何も仰ってはおりません。触れない、という事は不可能なのでしょう。この世界から空気を取り除く事ができないのと同じように、瘴気もまた存在する事が当然だと思ってください」
「…ミルリミナは聖女を宿してから瘴気の影響を受けなくなったな。それは聖女に瘴気を中和する能力がある、という事か?」
「そうかもしれません。あるいは、そもそも聖女にとって瘴気は毒ではないのかもしれない」
「つまり判らないって事か…」

 ユルングルの言葉にダスクは頷く。
 ダスクとて、全てを把握しているわけではない。あくまで教皇から聞いた話を報告しているだけに過ぎないのだ。判らない事があっても当然だろう。

 しばらく二人の会話を聞いていたミルリミナは、ややあって遠慮がちに小さく手を上げた。

「あの……私とユーリシア殿下がどういう存在なのかは判りました。では、ダスクお兄様とユルンさんはどういう存在なのですか?」

 その質問に、ダスクとユルングルは互いに目を合わせる。口を開いたのはユルングルだった。

「俺たちは世界の意志が人間を守るために作った『獅子』という存在らしいぞ」
「…『獅子』……?…世界の意志、というのは……?」
「聖女リシテアが守護する者です。彼女は、世界を守り慈悲を与えるのが務めだと言いました。…この世界が今、魔力が枯渇して土地が荒廃し始めている事は知っていますね?」

 ミルリミナは頷く。

「この魔力の枯渇自体は遠い昔から少しずつ始まっていたものだと、討議会前にギーライル様が仰っておりました。それが今になって見て判るほど顕著に現れたのでしょう。その遠い昔から、聖女は魔力の枯渇を人間の所為だと思い込むようになった。元々、世界にとって人間は害悪だと思っていたそうですから、仕方のない事なのかもしれません」
「仕方のない事などあるか!八つ当たりもいいとこだろ」

 不快気に吐き捨てるユルングルの言葉を、ダスクは困ったような笑顔で受ける。

「…何にせよ、聖女は人間を目の敵にするようになった。その聖女から人間を守る役割を担ったのが『獅子』です。『獅子』は一つの時代に必ず二人いるそうです。ギーライル様もまた、『獅子』でした」
「教皇もか?」
「はい」
「もう一人の『獅子』は誰だ?」

 その質問にはかぶりを振る。

「判りません。遠い昔に亡くなったと…」
「亡くなった……?」

 何が引っかかるのか、ユルングルは考え込むように口元に手を当てる。それが妙に気になって、ダスクは怪訝そうにユルングルに訊ねた。

「何か気になる事でも…?」
「…いや、今はいい。続けてくれ」

 気にはなったが、そう言われて不承不承と頷く。

「…聖女は世界の荒廃を止める為、人間から魔力を奪って世界に還元する事を考えました。その為には自分が入れる魔力を持たない器が必要だった。…聖女は言っていました。その器をたくさん作ったと。その多くは死産か胎児のまま亡くなった、と…。そうして唯一成功したのが、ミルリミナ、貴女です」
「……!…私は…聖女によって…作られたのですか……?」

 茫然自失と訊き返すミルリミナに、ダスクはただ頷く。

 『作られた』という言葉はやはりどうしても耳障りが悪い、とダスクは思う。神にとって命を作る行為というのは、ごく自然な事なのかもしれないが、作られた側にとってその言葉は不快でしかない。まるで道具のように扱われているようで、自分の命がひどくぞんざいに扱われている気がしてならないのだ。

 だが、とダスクは思う。
 まだミルリミナには一番ひどい事実を伝えてはいない。
 自分が聖女の人形として生まれた事実よりも、もっと残酷な事実を、告げなければならないのだ。

 ダスクは意を決したように、その重い口を開いた。

「…そしてもう一人、聖女に作られたのがユーリシア殿下です。彼は強靭な体を有する為に、その体に原始の魔力を注がれました。ですが…先ほども説明した通り、原始の魔力はあまりに強く、本来は人間の体に耐えうる代物ではありません。それゆえに、ユーリシア殿下は……」

 そこで言葉が詰まって、ダスクは口を閉ざした。無意識に手に力が入り眉根を寄せる。それにつられるように瞳を閉じたが、しばらくしてゆっくりと瞼を開いた。

「…それゆえに、ユーリシア殿下の寿命はそう長くはないでしょう」
「……!?」

 ダスクの言葉に、その場にいた誰もが息を呑んだ。
 皆一様に動揺を隠せない様子だったが、とりわけミルリミナの動揺が顕著で、蒼白な顔で口元を両手で押さえ、カタカタと震える体を必死に抑えているようだった。

「……待って……待って下さい……。長くはないって…どういう事ですか……?」

 その質問に、ダスクは答えなかった。

「……そんな……だって……あれほど…あれほど元気でいらっしゃるのに……っ!」

 両の目から、ぽたぽたと涙が零れ落ちる。
 自分は、何の為にユーリシアから離れたのだろうか。
 聖女からユーリシアを守る為ではなかっただろうか。
 なのに今また、聖女によってユーリシアの命が奪われそうになっている。

 彼から離れた事で、ユーリシアを深く傷つけてしまった。不安にさせてしまった。そして散々、苦労をかけてしまった。自分がリュシテアに来てから、ユーリシアはどれほど苦しんだだろうか。そしてどれほど、自分を苛んだだろうか。

 その全てが、一切無駄だったのだ。自分はただ、残された時間が少ないユーリシアを苦しめただけだった。

 それを思うと涙はとめどなく流れ続け、ただただ、懺悔するようにその場にうずくまる事しかできなかった。

「……ミルリミナ…」

 ダスクは蹲るミルリミナの背中をさするように、手を添える。
 その様子を、ユルングルもまた茫然自失と眺めていた。

(……これは…動揺しているのか……?)

 自問自答したが、その答えは返ってこなかった。

 あれほど殺したいと願ったユーリシアが、死ぬ。
 皮肉にも、わざわざ手を下さなくてもそう遠くない未来に、ユーリシアは寿命が尽きて死を迎えるのだ。

 少し前だったら、諸手を上げて喜んだだろう。
 だが、今は_____?

 嬉しくもなかったが、反面ミルリミナのように悲しみが訪れるわけでもない。かと言って、心が何一つ揺れ動いていないわけでもなかった。何とも表しがたい感情が、渦を巻くように心に存在している。

 この感情には、何という名前がついているのだろうか_____?

「…ミルリミナ、顔を上げてください」

 ダスクの言葉に、己の内実を彷徨っていたユルングルは我に返る。

「…今は確かに手立てはありませんが、ユーリシア殿下を救う方法は必ずあります。それを探すのが、『獅子』の使命なのです」
「……使命………?」

 ユルングルはダスクの口から出たその言葉を、小さく復唱する。
 鼓動が、少しずつ波立つのが判った。

「ギーライル様が仰っておりました。貴女とユーリシア殿下は、これから先の人類の祖になる、と。ユーリシア殿下を失うわけにはいきません。彼を守る事が、これから先の人類を守ることに繋がるのです」
「……守る、だと……?」

 無意識のうちに布団を握る手に力が入る。言いようのない怒りがふつふつと沸き起るのを、ユルングルは押しとどめることが出来なかった。

「……ふざけるな……っ!…俺を馬鹿にしているのか…っ!!!」
「………ユルングル様……?」

 喉の奥から絞り出したような低い声で吐き捨てたユルングルを、ダスクは立ち上がって怪訝そうに視界に入れた。

「…今さら…っ、…今さら守れと言うのか…っ!!殺したいほど憎んでいたあいつをっ!!今度は『獅子』という役割を押し付けて守れと言うのかっっ!!」

 もう止まらなかった。
 一度せきを切って溢れ出た感情は、もう止まる事も、抑える事も決して許してはくれなかった。ただただ感情の赴くままに出た言葉はおそらく、二十四年間ユルングルの心の奥底でずっと叫び続けた、声にならない悲鳴だったのかもしれない。

「勝手を言うな…っ!一体どれだけ俺を弄べば気が済むんだっ!!一体どれだけっっ!!あいつの為に自分の人生を犠牲にしなきゃならないんだっっっ!!!!!」

 『皇族に低魔力者はいらない』

 誰かがそう言って、まだ胎児だったユルングルの命を奪おうとした。
 それが彼にとって、初めて命を狙われた瞬間だった。

 我が子を守るために皇妃は表向き流産した事にして、ひそかにユルングルを産んだ。それは誰にも祝福されない出産だった。

 産まれたユルングルはすぐさま皇妹であるリアーナの元に預けられた。表向きはリアーナの子として、そしてダリウスの弟として育てられたが、彼が5歳の時、第一皇子が生きている事がどこからか漏れて、再び命を狙われた。

 ダリウスはダスクの力を借りてユルングルを死んだものとし、市井に下りる。

 その時、ユーリシアは1歳。
 高魔力者として産まれたユーリシアは、ただ魔力があるというだけでユルングルが得られなかった祝福を受け、両親の愛情を一身に受けた。

 まるで自分の人生を、そっくりそのまま奪われたような気がした。

 市井に下りてもなお、命を狙われる恐怖におびえながら過ごすユルングルの元に、一度たりとも両親が来ることはなかった。ダリウスは事あるごとに、捨てられたわけではない、と言ったが、存在さえ忘れられているのなら捨てたも同然だろう。

 皇太子としての人生を歩むユーリシアと、皇族でいる事を拒まれたユルングル。その違いは魔力の差だけだ。ただ魔力がないというだけで、彼は彼の人生を手放さなければならなかった。

 捨てた親にも恨みはあったが、それよりもなお自分が手放さなければならなかったものを与えられたユーリシアが何よりも憎かった。まるで何もかもがユーリシアの所為に思えて、ようやく得た安らぎであるユニを失った時ですら、やはりユーリシアに奪われたような気になった。

 だから奪ってやろうと思った。

 皇太子に成り代わろうと思ったわけではない。そんなものなどどうでもよかった。
 ただ、自分が持っていたはずのものをユーリシアが持っている事が、何より許せなかった。自分の存在など知りもせず、皇太子でいる事が当然と笑うユーリシアが、心の底から憎かった。

 ユーリシアが悪いわけではない。
 そう頭では判っていても、憎しみを抑える事は難しかった。
 まるでユーリシアを皇太子たらしめる為に自分の人生を犠牲にしているようで、たまらなく惨めに思えた。

 それでもようやく、その憎しみも薄れてきていたのだ。
 ささやかだが穏やかな日常を得て、ようやく自分の人生を生きようと思えたはずなのに_____。

 今度は、守れ、と言う。
 それが使命だから、と。

 結局のところ、自分の人生はどこまで行ってもユーリシアの為だけに存在しているのだ。自分の意志など一切意に介さず、ただユーリシアの糧としてのみ存在している。

 そう思うとよりいっそう惨めに思えて、たまらなく泣きたくなった。

「……俺は…っ、迎えになど行かない…っ!…花園へはお前が行け、ダスク」

 顔を隠すように、右手で額を抑えて吐き捨てたユルングルに、ダスクは一呼吸置いてから静かに告げる。

「…おれでは、花園には行けません」
「…行き方は教えたはずだ。…だいいち、俺が行ったところでユーリシアが素直についてくるわけないだろう。あそこは本人に出る意思がなければ出られない」
「…おれはもう、世界の意志と繋がっているそうです。この状態では花園へ至る扉は開きません。あの扉を開く事ができるのはユルングル様だけだそうです」
「俺は……っ!」

 行かない、と続けたかったが、勢いに任せて向けた視界の中に目を腫らしたミルリミナの姿が目に入って、思わず言葉に詰まった。たまらず顔を背けて、視線を落とす。

「……出て行ってくれ…」
「……ユルングル様…」
「一人にさせてくれ…っ、……頼むから…っ、……頼むから…少し、考える時間をくれ………」

 心配そうに声をかけるダリウスを拒絶するように、ユルングルは悄然と告げる。

 その様子に誰も声をかける事ができず、皆、消沈したように一人、また一人と部屋を辞去した。そして最後に残ったミルリミナは部屋を出る瞬間、顔を背けたままのユルングルを一度、視界に入れた。

 きっと、懇願するのだろう、とユルングルは思った。

 ミルリミナがユーリシアを慕っているのは知っている。つい先ほど取り乱したミルリミナを思えば、自分が迎えに行かなければこの先ずっと囚われたままだと言うのなら、懇願する他ない。

 だが、とユルングルはたまらず拳を握る。
 何も言わないでほしい。
 そのまま無言で、部屋を出てほしかった。

 懇願されればきっと、自分はまた思いとは裏腹に不承不承と受け入れてしまうのだろう。それがたまらなく嫌だった。

「…ユルンさん」

 だが、ユルングルの願いは虚しく、ミルリミナはその口を開く。

「……迎えに行くかどうかは、ユルンさんが決めてください」

 思っていた言葉と違って、ユルングルは思わずミルリミナを視界に入れた。

「…ちゃんと自分の心と向き合って、決めてください。どちらを選んだとしても、ここにユルンさんを非難する人はいません。もちろん私も、そして多分、ユーリシア殿下も」

 言って、泣き腫らした目で精いっぱいの笑顔をユルングルに向ける。そのまま部屋を出るミルリミナを、ユルングルは視界から外す事ができなかった。

 まだ懇願された方がましだ、と思う。
 きっと自分が迎えに行かない選択をしても、言葉通り皆、受け入れてくれるのだろう。誰も責める事もなく、いつも通りに接してくれるのだ。

 それをどうして、罪悪感を抱かずにいられるだろうか_____。

 ユルングルは頬を伝う涙を隠すように、ただ声を押し殺していた。
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