27 / 46
第27話 暴走する死神、命がけの抱擁
「……消えろ」
ディルク様が、低い声でそう呟いた。
感情の一切ない、無機質な殺害宣告。
次の瞬間、彼を中心にして、部屋全体が急速に色を失い始めた。
ジュッ、ジュジュジュッ……!!
美しい絨毯が黒く染まり、灰となって舞い上がる。
壁の装飾が錆びつき、窓ガラスが曇り、ヒビ割れていく。
それは魔法なんて生易しいものではない。
そこに存在するだけで世界を腐らせる、「死神」の本能そのものの解放だった。
「ッ! おいおい、冗談だろ!?」
レオンハルト皇子が顔を引きつらせた。
彼は瞬時に風の結界を展開したが、その結界さえも、黒い瘴気に触れた端からボロボロに崩されていく。
「風ごときで防げると思うな。……俺の妻に手を出した罪、魂ごと腐り落ちて償え」
ディルク様が一歩踏み出す。
床が悲鳴を上げて崩落する。
彼の瞳は完全に漆黒に染まり、私すら見えていないようだった。
止めなければ。
このままでは、レオンハルト皇子が死ぬだけでなく、城が崩壊し、多くの人が巻き込まれる。
「やめて、ディルク様!!」
私は叫んだ。
しかし、彼の耳には届かない。
彼は右手を挙げ、レオンハルト皇子に向けて、凝縮された「死の塊」を放とうとしていた。
(……言葉じゃ届かないなら!)
私は覚悟を決めた。
腐りかけて灰になった床を蹴り、ディルク様とレオンハルト皇子の間――最も瘴気が濃い場所へと飛び出した。
「リリアナ嬢!?」
レオンハルト皇子の驚愕の声。
私は構わず、ディルク様の目の前に立ちはだかり、彼に向かって両手を広げた。
「そこを退けッ!!」
ディルク様が怒号を上げた。
けれど、放たれた黒い衝撃波は止まらない。
私の体に、「死」の奔流が直撃した。
ドォォォンッ!!
「ぐっ……ぅ……!!」
重い。痛い。寒い。
いつものスキンシップとは訳が違う。
理性を失った彼から溢れ出る呪いは、私の許容量すら超えそうなほどの質量で、私を押し潰そうとしてきた。
全身の骨がきしむ。肌が焼けるように熱く、そして凍えるように冷たい。
「……退かない! 絶対に退きません!」
私は歯を食いしばり、一歩も引かずに耐えた。
私の体――『虚無の器』が、悲鳴を上げながらも必死に彼の呪いを飲み込んでいく。
「なぜだ……なぜ庇う!?」
ディルク様の瞳が揺れた。
黒く染まった白目に、わずかに色が戻る。
「そいつは言ったはずだ! 俺のそばにいるのは不幸だと! 呪いを解くのがお前のためだと! ……正論だろうが!」
彼は叫びながら、さらに瘴気を膨れ上がらせた。
彼もまた、傷ついていたのだ。
レオンハルト皇子の言葉――「お前の愛はエゴだ」「彼を解放してやれ」という言葉が、誰よりも彼自身の心を抉っていたのだ。
「私がいると、俺はいつまでも怪物もままだ! ……お前を普通の幸せから遠ざける害悪なんだよ!」
「違います!」
私は彼の叫びを、さらに大きな声で遮った。
瘴気の風圧に逆らい、彼に歩み寄る。
「幸せかどうかは、私が決めます! 誰かの正論なんてどうでもいい!」
一歩、また一歩。
私のドレスの裾が瘴気で焼け焦げ、ボロボロになっていく。
それでも私は止まらない。
「私は聖女でも、悲劇のヒロインでもありません! ただの、貴方に恋をしたリリアナです!」
あと一歩。
私は手を伸ばし、呆然と立ち尽くす彼の胸倉を掴んだ。
「貴方が怪物だと言うなら、それでもいい! 私はその怪物が大好きなんです! 他の誰でもない、不器用で、寂しがり屋なディルク様がいいんです!」
「リリアナ……」
「だから、勝手に私の幸せを決めつけないで! ……私が一番幸せな場所は、ここなんだから!」
私は彼の首に腕を回し、力任せに抱きついた。
そして、瘴気にまみれた彼の唇を、自分の唇で塞いだ。
「んっ……!」
キスをする。
彼の体内に渦巻く暴走した魔力を、口移しで直接吸い上げるイメージで。
私の命を削ってもいい。彼を正気に戻せるなら、何だって差し出す。
数秒の沈黙。
やがて、部屋中に吹き荒れていた黒い風が、嘘のように凪いだ。
「……は、ぁ……」
ディルク様の体がガクリと力を失い、私の肩にもたれかかった。
彼の瞳からは黒い色が消え、いつもの美しい赤色が戻っていた。
「……馬鹿な女だ」
彼は震える手で、私の背中を抱き返した。
「死ぬところだったぞ……。俺が、お前を殺すところだった……」
「平気ですよ。私、頑丈ですから」
「嘘をつけ。……震えているじゃないか」
彼は泣き出しそうな顔で、私のボロボロになったドレスと、煤で汚れた頬を指で拭った。
「勝てないな……お前には」
彼は深く安堵の息を吐き、私を宝物のように抱きしめた。
そして、部屋の隅で腰を抜かしているレオンハルト皇子に、冷ややかな視線を向けた。
「……見たか、金獅子」
「……ああ。特等席で見せてもらったよ」
レオンハルト皇子は、苦笑いを浮かべて両手を挙げた。
「完敗だ。……あの瘴気の中に飛び込むなんて、正気の沙汰じゃねぇ」
彼は立ち上がり、服についた埃を払った。
その顔には、先ほどまでの挑発的な色はなく、清々しい諦めの色が浮かんでいた。
「『愛はエゴ』だなんて言って悪かったな。……あんたらの愛は、そんな理屈で測れるもんじゃなかったらしい」
レオンハルト皇子は私に向かってウインクをした。
「今回は俺の負けだ、リリアナ嬢。……だが、覚えておけ。あの皇帝が少しでもあんたを泣かせたら、俺はすぐに飛んできて、今度こそ強引に奪い去るからな」
「二度とその口を開くな。殺すぞ」
ディルク様が即座に殺気を放つが、今度はそこまでの殺意はない。
レオンハルト皇子は「へいへい」と肩をすくめると、窓枠に足をかけた。
「じゃあな、最強のご夫婦さん。……次は平和な茶会にでも呼んでくれ」
風のように、彼は去っていった。
嵐が去った部屋には、半壊した家具と、抱き合う私たちだけが残された。
「……リリアナ」
「はい」
「足が震えて、立てない」
「ふふ、私もです」
私たちは瓦礫の山の中で、互いの体温を確かめ合うように、いつまでも座り込んでいた。
怖かった。本当に死ぬかと思った。
でも、その恐怖を乗り越えた先で、私たちの絆は、誰にも壊せない鋼のような強さになっていた。
ディルク様が、低い声でそう呟いた。
感情の一切ない、無機質な殺害宣告。
次の瞬間、彼を中心にして、部屋全体が急速に色を失い始めた。
ジュッ、ジュジュジュッ……!!
美しい絨毯が黒く染まり、灰となって舞い上がる。
壁の装飾が錆びつき、窓ガラスが曇り、ヒビ割れていく。
それは魔法なんて生易しいものではない。
そこに存在するだけで世界を腐らせる、「死神」の本能そのものの解放だった。
「ッ! おいおい、冗談だろ!?」
レオンハルト皇子が顔を引きつらせた。
彼は瞬時に風の結界を展開したが、その結界さえも、黒い瘴気に触れた端からボロボロに崩されていく。
「風ごときで防げると思うな。……俺の妻に手を出した罪、魂ごと腐り落ちて償え」
ディルク様が一歩踏み出す。
床が悲鳴を上げて崩落する。
彼の瞳は完全に漆黒に染まり、私すら見えていないようだった。
止めなければ。
このままでは、レオンハルト皇子が死ぬだけでなく、城が崩壊し、多くの人が巻き込まれる。
「やめて、ディルク様!!」
私は叫んだ。
しかし、彼の耳には届かない。
彼は右手を挙げ、レオンハルト皇子に向けて、凝縮された「死の塊」を放とうとしていた。
(……言葉じゃ届かないなら!)
私は覚悟を決めた。
腐りかけて灰になった床を蹴り、ディルク様とレオンハルト皇子の間――最も瘴気が濃い場所へと飛び出した。
「リリアナ嬢!?」
レオンハルト皇子の驚愕の声。
私は構わず、ディルク様の目の前に立ちはだかり、彼に向かって両手を広げた。
「そこを退けッ!!」
ディルク様が怒号を上げた。
けれど、放たれた黒い衝撃波は止まらない。
私の体に、「死」の奔流が直撃した。
ドォォォンッ!!
「ぐっ……ぅ……!!」
重い。痛い。寒い。
いつものスキンシップとは訳が違う。
理性を失った彼から溢れ出る呪いは、私の許容量すら超えそうなほどの質量で、私を押し潰そうとしてきた。
全身の骨がきしむ。肌が焼けるように熱く、そして凍えるように冷たい。
「……退かない! 絶対に退きません!」
私は歯を食いしばり、一歩も引かずに耐えた。
私の体――『虚無の器』が、悲鳴を上げながらも必死に彼の呪いを飲み込んでいく。
「なぜだ……なぜ庇う!?」
ディルク様の瞳が揺れた。
黒く染まった白目に、わずかに色が戻る。
「そいつは言ったはずだ! 俺のそばにいるのは不幸だと! 呪いを解くのがお前のためだと! ……正論だろうが!」
彼は叫びながら、さらに瘴気を膨れ上がらせた。
彼もまた、傷ついていたのだ。
レオンハルト皇子の言葉――「お前の愛はエゴだ」「彼を解放してやれ」という言葉が、誰よりも彼自身の心を抉っていたのだ。
「私がいると、俺はいつまでも怪物もままだ! ……お前を普通の幸せから遠ざける害悪なんだよ!」
「違います!」
私は彼の叫びを、さらに大きな声で遮った。
瘴気の風圧に逆らい、彼に歩み寄る。
「幸せかどうかは、私が決めます! 誰かの正論なんてどうでもいい!」
一歩、また一歩。
私のドレスの裾が瘴気で焼け焦げ、ボロボロになっていく。
それでも私は止まらない。
「私は聖女でも、悲劇のヒロインでもありません! ただの、貴方に恋をしたリリアナです!」
あと一歩。
私は手を伸ばし、呆然と立ち尽くす彼の胸倉を掴んだ。
「貴方が怪物だと言うなら、それでもいい! 私はその怪物が大好きなんです! 他の誰でもない、不器用で、寂しがり屋なディルク様がいいんです!」
「リリアナ……」
「だから、勝手に私の幸せを決めつけないで! ……私が一番幸せな場所は、ここなんだから!」
私は彼の首に腕を回し、力任せに抱きついた。
そして、瘴気にまみれた彼の唇を、自分の唇で塞いだ。
「んっ……!」
キスをする。
彼の体内に渦巻く暴走した魔力を、口移しで直接吸い上げるイメージで。
私の命を削ってもいい。彼を正気に戻せるなら、何だって差し出す。
数秒の沈黙。
やがて、部屋中に吹き荒れていた黒い風が、嘘のように凪いだ。
「……は、ぁ……」
ディルク様の体がガクリと力を失い、私の肩にもたれかかった。
彼の瞳からは黒い色が消え、いつもの美しい赤色が戻っていた。
「……馬鹿な女だ」
彼は震える手で、私の背中を抱き返した。
「死ぬところだったぞ……。俺が、お前を殺すところだった……」
「平気ですよ。私、頑丈ですから」
「嘘をつけ。……震えているじゃないか」
彼は泣き出しそうな顔で、私のボロボロになったドレスと、煤で汚れた頬を指で拭った。
「勝てないな……お前には」
彼は深く安堵の息を吐き、私を宝物のように抱きしめた。
そして、部屋の隅で腰を抜かしているレオンハルト皇子に、冷ややかな視線を向けた。
「……見たか、金獅子」
「……ああ。特等席で見せてもらったよ」
レオンハルト皇子は、苦笑いを浮かべて両手を挙げた。
「完敗だ。……あの瘴気の中に飛び込むなんて、正気の沙汰じゃねぇ」
彼は立ち上がり、服についた埃を払った。
その顔には、先ほどまでの挑発的な色はなく、清々しい諦めの色が浮かんでいた。
「『愛はエゴ』だなんて言って悪かったな。……あんたらの愛は、そんな理屈で測れるもんじゃなかったらしい」
レオンハルト皇子は私に向かってウインクをした。
「今回は俺の負けだ、リリアナ嬢。……だが、覚えておけ。あの皇帝が少しでもあんたを泣かせたら、俺はすぐに飛んできて、今度こそ強引に奪い去るからな」
「二度とその口を開くな。殺すぞ」
ディルク様が即座に殺気を放つが、今度はそこまでの殺意はない。
レオンハルト皇子は「へいへい」と肩をすくめると、窓枠に足をかけた。
「じゃあな、最強のご夫婦さん。……次は平和な茶会にでも呼んでくれ」
風のように、彼は去っていった。
嵐が去った部屋には、半壊した家具と、抱き合う私たちだけが残された。
「……リリアナ」
「はい」
「足が震えて、立てない」
「ふふ、私もです」
私たちは瓦礫の山の中で、互いの体温を確かめ合うように、いつまでも座り込んでいた。
怖かった。本当に死ぬかと思った。
でも、その恐怖を乗り越えた先で、私たちの絆は、誰にも壊せない鋼のような強さになっていた。
あなたにおすすめの小説
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った
歩人
ファンタジー
クラリッサは公爵家の日程管理を一手に担う令嬢。前世の社畜経験を活かし、行事計画、来客対応、予算管理まで完璧にこなしていた。
だが婚約者ヴィクトルは言った。「お前がいると息が詰まる。もっと華やかな女がいい」
追放されたクラリッサが去った翌週、公爵家の予定が全て狂い始める。
舞踏会の招待状は届かず、外交晩餐会の料理は手配されず、決算書類は行方不明。
一方クラリッサは、若き領主の元で「定時退社」という夢を叶えていた。
「もう、残業はしません」
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
何もしなかっただけです
希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。
それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。
――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。
AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。
さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~
阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」
婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。
けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。
セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。
「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。
――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「魔力なしの無能は出て行け!」と追放された私、家族に殺されたはずが 伝説の魔法使いに“世界で最も価値のある備品”として溺愛されています
唯崎りいち
恋愛
のまま家族に殺された令嬢。
しかし彼女は、“すべての魔法を扱える万能魔力の持ち主”として蘇る。
そんな彼女を拾ったのは、伝説の最強魔法使い。
「これは人間じゃない。僕の備品だ」
そう言って研究所に閉じ込め、独占する。
触れるほど強くなる力と、感情に反応する魔力。
彼女を喜ばせることでしか扱えないその力に、魔法使いは次第に執着していき――
「誰にも渡さない。お前は僕のものだ」
家族に捨てられた少女が、
最強の男に囲われ、溺愛される逆転ファンタジー。