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第17話 死神に「生きている方が地獄だ」と説教しました
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「……平和だ」
王城のバルコニー。
俺、黒瀬カイトは、星空を見上げながら呟いた。
あの「100万人ライブ」から数日。
世界は完全に「カイト教」一色に染まった。
争いは消え、犯罪は減り、誰もが俺の名を唱えて幸せに暮らしている。
秘書の女神ミアナが過労死寸前で世界管理をしているおかげで、天変地異すら起きない。
「……ふぅ。これでようやく、俺の平穏な老後が約束されたか」
俺はホットミルクを一口飲んだ。
胃に優しい。
このまま誰にも邪魔されず、静かに眠りにつきたい。
そう思った、その瞬間だった。
ヒュオォォォォ……ッ。
生暖かい風が吹いた。
バルコニーの気温が、一瞬で氷点下まで下がる。
俺のホットミルクが、カチンコチンに凍りついた。
「……貴様か。この世の『理(ことわり)』を狂わせている元凶は」
背後から、底冷えするような声が響いた。
振り返ると、そこには闇よりも深い黒衣を纏い、巨大な鎌を持った骸骨が浮いていた。
死神だ。
いや、ただの死神じゃない。
その圧倒的な死の気配……冥界の王、ハデスだ。
「……誰だ? アポなし訪問は困るんだが」
俺は震える手で凍ったカップを置き、虚勢を張った。
「我は冥王ハデス。……貴様に『死』を与えに来た」
ハデスが鎌を振り上げる。
「貴様が世界を平和にしすぎたせいで、冥界に来る魂が激減している!
先月の死者数はゼロだ! これでは冥界の経営が成り立たん!
責任を取って、貴様の魂で赤字を補填してもらうぞ!!」
経営難かよ。
まさか死後の世界が、俺のせいで不景気になっているとは。
だが、殺されるわけにはいかない。
俺の背後の部屋では、ルビィたちが寝ている。
彼女たちが起きればハデスを消し飛ばすだろうが、それでは「生と死のバランス」が崩壊して世界が終わる。
(……穏便に帰ってもらうしかない。詐欺師の口先ひとつで!)
俺はゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして、死神に向かって、哀れむようなため息をついた。
「……やれやれ。視野が狭いな、骸骨」
「……なに?」
「死者が減った? 経営難? ……それがどうした」
俺はハデスに歩み寄り、その肋骨(胸倉)を指差した。
「お前、ビジネスの基本が分かってないな。
『死なせる』ことだけが、地獄の役割だと思っているのか?」
「ど、どういう意味だ。地獄とは、罪人に苦しみを与える場所……」
「古い。古すぎる」
俺は首を横に振った。
「いいか? 今のトレンドは『アウトソーシング(外部委託)』だ」
「あうと……そーしんぐ?」
「わざわざ冥界に連れて行って、釜茹でにしたり針山に登らせたり……コストがかかるだろう? 燃料費も人件費も馬鹿にならん」
俺はニヤリと笑った。
「だから、俺は『地上』を地獄に変えたんだ」
「な、なんだと……!?」
ハデスが動揺する。
俺はバルコニーから、眼下の街並みを指差した。
「見ろ。平和に見えるか?
違うな。彼らは今、『労働』という名の責め苦に耐え、『税金』という名の年貢を納め、『人間関係』という名の精神攻撃に晒されている」
俺は熱弁を振るった。
「死ねば楽になれる。……だが、俺は彼らを死なせない。
健康で、長生きさせて、死ぬまで延々と『社会の歯車』として回し続ける!
これこそが、究極の『無間地獄(ロング・ロング・ヘル)』だ!!」
完全な詭弁。
ただの「健康で文化的な生活」を、言い方を変えて「地獄」と言い張っているだけだ。
だが、経営難に悩むハデスの心には、この「コスト削減案」が刺さった。
「な、なるほど……! 生かしたまま苦しめる……!
我々が手を下すまでもなく、人間自身に地獄を運営させるということか!」
「そうだ。俺はその『地上支店長』だ」
俺は自分の胸を叩いた。
「俺のおかげで、冥界のコストは大幅カット。お前は寝ていても『苦しみの総量』は確保できる。
……どうだ? 俺を殺して、また昔の非効率なアナログ地獄に戻るか?」
ハデスが鎌を下ろした。
その骸骨の顔に、感嘆の色が浮かぶ。
「す、素晴らしい……! 天才か!
確かに、最近は亡者どもが『現世よりマシだ』と言って成仏していく案件が増えていた……。
貴様の施策だったとは……!」
「分かったら帰れ。俺は明日も早いんだ。……『生き地獄』の管理でな」
俺はカッコよく背を向けた。
心臓はバクバクだ。早く帰れ。二度と来るな。
「承知した! カイト殿、貴様を『冥界・特別顧問』に任命する!
今後も、人間どもをたっぷりと苦しめて(生かして)くれ!」
ハデスは満足げに頷き、黒い霧となって消えていった。
「……ふぅ」
助かった。
俺はその場にへたり込んだ。
これで一件落着。
……と、思った瞬間。
ガラッ!!
背後の窓が開いた。
寝間着姿のルビィ、エリス、アリス、ミアナが、目を輝かせて立っていた。
「聞きましたわマスター! 私たちとの生活は『生き地獄』……つまり、死ぬほど刺激的で離れがたいということですのね!?」
「カイト様……! そこまで深い愛で、私たちを『束縛(管理)』してくださるなんて……!」
「お兄さん、Mだったんですね。新しい遊びを開発しなきゃ♡」
違う。
盗み聞きするな。
そして都合よく解釈するな。
俺が言ったのは「労働の話」であって、お前らとのハーレム生活のことじゃ……
「さあカイト様! 夜の『無間地獄』の始まりですわ!」
「朝までたっぷりと『責め苦(愛)』を味わってください!」
四人の美女に引きずられていく。
バルコニーに残された、凍りついたホットミルクだけが、俺の運命を暗示していた。
俺、黒瀬カイト。
死神を言いくるめて追い返したら、嫁たちの愛が重すぎて、本物の地獄(天国)を見ることになりました。
誰か、俺を冥界に連れて行ってくれ。
釜茹での方がマシかもしれない。
王城のバルコニー。
俺、黒瀬カイトは、星空を見上げながら呟いた。
あの「100万人ライブ」から数日。
世界は完全に「カイト教」一色に染まった。
争いは消え、犯罪は減り、誰もが俺の名を唱えて幸せに暮らしている。
秘書の女神ミアナが過労死寸前で世界管理をしているおかげで、天変地異すら起きない。
「……ふぅ。これでようやく、俺の平穏な老後が約束されたか」
俺はホットミルクを一口飲んだ。
胃に優しい。
このまま誰にも邪魔されず、静かに眠りにつきたい。
そう思った、その瞬間だった。
ヒュオォォォォ……ッ。
生暖かい風が吹いた。
バルコニーの気温が、一瞬で氷点下まで下がる。
俺のホットミルクが、カチンコチンに凍りついた。
「……貴様か。この世の『理(ことわり)』を狂わせている元凶は」
背後から、底冷えするような声が響いた。
振り返ると、そこには闇よりも深い黒衣を纏い、巨大な鎌を持った骸骨が浮いていた。
死神だ。
いや、ただの死神じゃない。
その圧倒的な死の気配……冥界の王、ハデスだ。
「……誰だ? アポなし訪問は困るんだが」
俺は震える手で凍ったカップを置き、虚勢を張った。
「我は冥王ハデス。……貴様に『死』を与えに来た」
ハデスが鎌を振り上げる。
「貴様が世界を平和にしすぎたせいで、冥界に来る魂が激減している!
先月の死者数はゼロだ! これでは冥界の経営が成り立たん!
責任を取って、貴様の魂で赤字を補填してもらうぞ!!」
経営難かよ。
まさか死後の世界が、俺のせいで不景気になっているとは。
だが、殺されるわけにはいかない。
俺の背後の部屋では、ルビィたちが寝ている。
彼女たちが起きればハデスを消し飛ばすだろうが、それでは「生と死のバランス」が崩壊して世界が終わる。
(……穏便に帰ってもらうしかない。詐欺師の口先ひとつで!)
俺はゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして、死神に向かって、哀れむようなため息をついた。
「……やれやれ。視野が狭いな、骸骨」
「……なに?」
「死者が減った? 経営難? ……それがどうした」
俺はハデスに歩み寄り、その肋骨(胸倉)を指差した。
「お前、ビジネスの基本が分かってないな。
『死なせる』ことだけが、地獄の役割だと思っているのか?」
「ど、どういう意味だ。地獄とは、罪人に苦しみを与える場所……」
「古い。古すぎる」
俺は首を横に振った。
「いいか? 今のトレンドは『アウトソーシング(外部委託)』だ」
「あうと……そーしんぐ?」
「わざわざ冥界に連れて行って、釜茹でにしたり針山に登らせたり……コストがかかるだろう? 燃料費も人件費も馬鹿にならん」
俺はニヤリと笑った。
「だから、俺は『地上』を地獄に変えたんだ」
「な、なんだと……!?」
ハデスが動揺する。
俺はバルコニーから、眼下の街並みを指差した。
「見ろ。平和に見えるか?
違うな。彼らは今、『労働』という名の責め苦に耐え、『税金』という名の年貢を納め、『人間関係』という名の精神攻撃に晒されている」
俺は熱弁を振るった。
「死ねば楽になれる。……だが、俺は彼らを死なせない。
健康で、長生きさせて、死ぬまで延々と『社会の歯車』として回し続ける!
これこそが、究極の『無間地獄(ロング・ロング・ヘル)』だ!!」
完全な詭弁。
ただの「健康で文化的な生活」を、言い方を変えて「地獄」と言い張っているだけだ。
だが、経営難に悩むハデスの心には、この「コスト削減案」が刺さった。
「な、なるほど……! 生かしたまま苦しめる……!
我々が手を下すまでもなく、人間自身に地獄を運営させるということか!」
「そうだ。俺はその『地上支店長』だ」
俺は自分の胸を叩いた。
「俺のおかげで、冥界のコストは大幅カット。お前は寝ていても『苦しみの総量』は確保できる。
……どうだ? 俺を殺して、また昔の非効率なアナログ地獄に戻るか?」
ハデスが鎌を下ろした。
その骸骨の顔に、感嘆の色が浮かぶ。
「す、素晴らしい……! 天才か!
確かに、最近は亡者どもが『現世よりマシだ』と言って成仏していく案件が増えていた……。
貴様の施策だったとは……!」
「分かったら帰れ。俺は明日も早いんだ。……『生き地獄』の管理でな」
俺はカッコよく背を向けた。
心臓はバクバクだ。早く帰れ。二度と来るな。
「承知した! カイト殿、貴様を『冥界・特別顧問』に任命する!
今後も、人間どもをたっぷりと苦しめて(生かして)くれ!」
ハデスは満足げに頷き、黒い霧となって消えていった。
「……ふぅ」
助かった。
俺はその場にへたり込んだ。
これで一件落着。
……と、思った瞬間。
ガラッ!!
背後の窓が開いた。
寝間着姿のルビィ、エリス、アリス、ミアナが、目を輝かせて立っていた。
「聞きましたわマスター! 私たちとの生活は『生き地獄』……つまり、死ぬほど刺激的で離れがたいということですのね!?」
「カイト様……! そこまで深い愛で、私たちを『束縛(管理)』してくださるなんて……!」
「お兄さん、Mだったんですね。新しい遊びを開発しなきゃ♡」
違う。
盗み聞きするな。
そして都合よく解釈するな。
俺が言ったのは「労働の話」であって、お前らとのハーレム生活のことじゃ……
「さあカイト様! 夜の『無間地獄』の始まりですわ!」
「朝までたっぷりと『責め苦(愛)』を味わってください!」
四人の美女に引きずられていく。
バルコニーに残された、凍りついたホットミルクだけが、俺の運命を暗示していた。
俺、黒瀬カイト。
死神を言いくるめて追い返したら、嫁たちの愛が重すぎて、本物の地獄(天国)を見ることになりました。
誰か、俺を冥界に連れて行ってくれ。
釜茹での方がマシかもしれない。
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