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MORITARIN 2
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Episode -1 B
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎
赤い鶏は、今もなお果てしない廃墟を歩いている。そこにいる生き物といえば、虫だけ――そんな気さえする……
虫を避けながら、少しずつ目的地へ進む。
初めてここを通った時は、かつての栄光が眩しかったあの頃を思い出し、苦しくてたまらなかった。
だが、あまりにも長い時が流れたせいだろうか。彼の感情は、乾ききっていた。
「はぁ……ここはどこなんだろう。俺、ちゃんと進めてるのか?」
「頼む……今度こそ、タリンの森に辿り着けますように……」
赤い鶏は、道中ずっと虫のことが頭から離れなかった。
真っ暗な闇の中で灯りを点けられなかったのも、虫に居場所を見つけられるのが怖かったからだ。
無数の建物と道路が破壊されたこの場所で、彼は瓦礫を遮蔽物にしながら、こそこそと虫の監視を避けている。
――しかし赤い鶏は、知らなかった。
虫はすでに彼を見つけ、音もなく足跡を追ってきていた。まるで分かっていて、わざと嘲笑うかのように……。
「ボキッ!」
どこかで、正体の分からない音がした。
不意の物音に驚いた赤い鶏は、悲鳴を上げて走り出してしまう。
[暗闇の中、逃げる彼を見つめる視線]
「……ちっ」
がむしゃらに走る赤い鶏の前に、小さくてみすぼらしい倉庫が一つ見えた。
「やった! 家だ、家!」
「助かった……助かった……」
腹も減って、疲れきっていた彼にとって、これ以上の場所はない。
彼は急いで周囲を探り、入口を見つけ、ようやく倉庫の中へ滑り込んだ。
「……だ、誰か……いる?」
返事はない。――当然だ。ここにいる“生き物”といえば虫だけなのだから。
彼は急いで扉を閉め、安堵の息を吐く。
真っ暗な倉庫の中で身を縮め、ぶつぶつと呟いた。
「はぁ……寒かった……助かった……助かった……」
「うぅ……腹減った……」
倉庫の中は暗く、物の輪郭すら分からない。
赤い鶏は手を前に伸ばし、何かにぶつからないよう慎重に、少しずつ進んだ。
しばらくすると、闇しかなかった倉庫に、少しずつ形が浮かび上がってくる。
「おっ! ランタンだ! ランタン……頼む、頼む……」
離れた机の上に、ポット型のランタンを見つけた。
彼は必死に、燃料が残っていることを願う。
――本当は、願うべきじゃなかったのに。
「頼む……燃料、残っててくれ……!」
彼はランタンに近づき、慎重に取っ手を回した。
「カチ……カチ……カチッ!」
運が良かった、と言うべきなのか……ランタンの中には燃料が残っていた。
灯りに小さな炎が揺れはじめる。
いつの間にか倉庫の闇は、ランタンの光に押し退けられていた。
赤い鶏は、黙ってランタンを見つめる。小さな炎が、凍りついた心を溶かしてくれるようだった……
ぼんやり炎を見つめていた彼は、ふと背を向け、倉庫の中を見渡す。
「わあ! やった、やった!」
ここは食料倉庫だった。
そこには大量の非常食が、きちんと整頓されて並んでいる。
だが、賞味期限は――もはや意味を失うほどの時間が経っていた。
赤い鶏は夢中で物資を漁りはじめた。乾物や蜂蜜など、いくらでも出てくる。
絶望の中にいた彼の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「へへへ……なんだよこれ! こんなの、全部……!」
「ありがとう……っ! ひひひ……!」
彼は食料を一か所に集め、箱を一つ一つ確かめていく。
その時、偶然――かつて“イナ”が大好きだった、二人だけの思い出が詰まった『イチゴコチップ』を見つけた。
「……あっ、これは……?」
「こんな、手に入らなかったやつが……こんなところに……!」
「イチゴコチップ……!」
彼はそれを胸に抱き、イナのことを思い出す。
「……あの頃、ニアと一緒だった、きれいな時間……」
「会いたい。これ、ニアが本当に好きだったのに……」
「仕事を終えて家に戻ると、ニアがいつも迎えてくれた……あの時間……
永遠に続くと思ってた、俺の幸せ……
ニアの匂い、ぬくもり……全部が恋しい。ニア……」
[当時、赤い鶏は“イナ”を愛称で「ニア」と呼んでいた。]
彼は箱を開け、イチゴコチップの状態を確かめる。
「んー……これ、食べても大丈夫かな……? まあ、平気だろ……?」
[繰り返すが、表示された賞味期限は今となっては何の意味もない。]
箱の中には甘い香りが満ちていた。彼は恐る恐る味をみる。
「……うまっ! すげえ……全然いける……! うまい……! これだ、これ……!」
夢中で菓子を口に運びながら、ふと――頭に浮かんだ。
「……いや、こんな貴重なの、一気に食べちゃダメだ!!」
彼は手を止め、涙ぐみながら箱を抱きしめる。
「……やめろ……ニアがどうしても会いたくなった時に、一つだけ……
一つずつだ。量、そんなにないんだ……うぅ……」
その時だった。
倉庫の換気口の向こうから――『ガサ…ガサ…』と、何かが動く音がした。
瞬間、赤い鶏は飛び上がるほど驚き、思わず悲鳴を上げて両手を空に突き上げた。
同時に、イチゴコチップを――全部、宙にばらまいてしまった。
大事な菓子が……思い出が……!!
目の前で雨のように、埃の積もった倉庫の床へ降り注ぐ。
もう……汚れてしまって、食べられなくなった。
「大事に食べようとしたのに……なんでこうなるんだよ、最悪!」
[彼はぶるぶる震えながら、床に散らばったイチゴコチップを見つめる。]
「……うーん……これ、食べてもいいのかな……?」
赤い鶏は深い悩みに沈んだ。頭の中は菓子のことでいっぱいだ。
その時――
月明かりが差し込む扉の隙間に、黒い影が現れた。
危険そのものなのに、赤い鶏はすでに別のことで頭がいっぱいだった。
だがふと、ランタンの光が自分の居場所を晒していることに気づく。
「あっ、灯り……消さなきゃ!」
ランタンへ駆け寄ろうとした、その瞬間。
背後から、扉を叩く音がした。
[ドン、ドン]
赤い鶏は、恐怖で息が止まりそうになる。
「……終わった……虫だ。居場所、バレた……」
再び、扉が叩かれる。
[ドン]
赤い鶏は極度の恐怖に震え、息を殺して扉を見つめた。
すると――扉の取っ手が、ゆっくり回りはじめる。
倉庫の扉が、軋みながら開き始めた。
赤い鶏は怖かったが、最後には隠し持っていた切り札でも使ってみるつもりだった。
「こうなったら……俺も正面突破だ!」
[ギィィィ――]
扉の開く音に、ぞくりとする。
扉が開き、巨大な虫が入口を塞ぐように立っていた。
虫は、ぽつりと呟く。
「ふむ……またイート様を見つけました。」
「それに……とても……美味しそうな匂いがしますね?」
-1 B END
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赤い鶏は、今もなお果てしない廃墟を歩いている。そこにいる生き物といえば、虫だけ――そんな気さえする……
虫を避けながら、少しずつ目的地へ進む。
初めてここを通った時は、かつての栄光が眩しかったあの頃を思い出し、苦しくてたまらなかった。
だが、あまりにも長い時が流れたせいだろうか。彼の感情は、乾ききっていた。
「はぁ……ここはどこなんだろう。俺、ちゃんと進めてるのか?」
「頼む……今度こそ、タリンの森に辿り着けますように……」
赤い鶏は、道中ずっと虫のことが頭から離れなかった。
真っ暗な闇の中で灯りを点けられなかったのも、虫に居場所を見つけられるのが怖かったからだ。
無数の建物と道路が破壊されたこの場所で、彼は瓦礫を遮蔽物にしながら、こそこそと虫の監視を避けている。
――しかし赤い鶏は、知らなかった。
虫はすでに彼を見つけ、音もなく足跡を追ってきていた。まるで分かっていて、わざと嘲笑うかのように……。
「ボキッ!」
どこかで、正体の分からない音がした。
不意の物音に驚いた赤い鶏は、悲鳴を上げて走り出してしまう。
[暗闇の中、逃げる彼を見つめる視線]
「……ちっ」
がむしゃらに走る赤い鶏の前に、小さくてみすぼらしい倉庫が一つ見えた。
「やった! 家だ、家!」
「助かった……助かった……」
腹も減って、疲れきっていた彼にとって、これ以上の場所はない。
彼は急いで周囲を探り、入口を見つけ、ようやく倉庫の中へ滑り込んだ。
「……だ、誰か……いる?」
返事はない。――当然だ。ここにいる“生き物”といえば虫だけなのだから。
彼は急いで扉を閉め、安堵の息を吐く。
真っ暗な倉庫の中で身を縮め、ぶつぶつと呟いた。
「はぁ……寒かった……助かった……助かった……」
「うぅ……腹減った……」
倉庫の中は暗く、物の輪郭すら分からない。
赤い鶏は手を前に伸ばし、何かにぶつからないよう慎重に、少しずつ進んだ。
しばらくすると、闇しかなかった倉庫に、少しずつ形が浮かび上がってくる。
「おっ! ランタンだ! ランタン……頼む、頼む……」
離れた机の上に、ポット型のランタンを見つけた。
彼は必死に、燃料が残っていることを願う。
――本当は、願うべきじゃなかったのに。
「頼む……燃料、残っててくれ……!」
彼はランタンに近づき、慎重に取っ手を回した。
「カチ……カチ……カチッ!」
運が良かった、と言うべきなのか……ランタンの中には燃料が残っていた。
灯りに小さな炎が揺れはじめる。
いつの間にか倉庫の闇は、ランタンの光に押し退けられていた。
赤い鶏は、黙ってランタンを見つめる。小さな炎が、凍りついた心を溶かしてくれるようだった……
ぼんやり炎を見つめていた彼は、ふと背を向け、倉庫の中を見渡す。
「わあ! やった、やった!」
ここは食料倉庫だった。
そこには大量の非常食が、きちんと整頓されて並んでいる。
だが、賞味期限は――もはや意味を失うほどの時間が経っていた。
赤い鶏は夢中で物資を漁りはじめた。乾物や蜂蜜など、いくらでも出てくる。
絶望の中にいた彼の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「へへへ……なんだよこれ! こんなの、全部……!」
「ありがとう……っ! ひひひ……!」
彼は食料を一か所に集め、箱を一つ一つ確かめていく。
その時、偶然――かつて“イナ”が大好きだった、二人だけの思い出が詰まった『イチゴコチップ』を見つけた。
「……あっ、これは……?」
「こんな、手に入らなかったやつが……こんなところに……!」
「イチゴコチップ……!」
彼はそれを胸に抱き、イナのことを思い出す。
「……あの頃、ニアと一緒だった、きれいな時間……」
「会いたい。これ、ニアが本当に好きだったのに……」
「仕事を終えて家に戻ると、ニアがいつも迎えてくれた……あの時間……
永遠に続くと思ってた、俺の幸せ……
ニアの匂い、ぬくもり……全部が恋しい。ニア……」
[当時、赤い鶏は“イナ”を愛称で「ニア」と呼んでいた。]
彼は箱を開け、イチゴコチップの状態を確かめる。
「んー……これ、食べても大丈夫かな……? まあ、平気だろ……?」
[繰り返すが、表示された賞味期限は今となっては何の意味もない。]
箱の中には甘い香りが満ちていた。彼は恐る恐る味をみる。
「……うまっ! すげえ……全然いける……! うまい……! これだ、これ……!」
夢中で菓子を口に運びながら、ふと――頭に浮かんだ。
「……いや、こんな貴重なの、一気に食べちゃダメだ!!」
彼は手を止め、涙ぐみながら箱を抱きしめる。
「……やめろ……ニアがどうしても会いたくなった時に、一つだけ……
一つずつだ。量、そんなにないんだ……うぅ……」
その時だった。
倉庫の換気口の向こうから――『ガサ…ガサ…』と、何かが動く音がした。
瞬間、赤い鶏は飛び上がるほど驚き、思わず悲鳴を上げて両手を空に突き上げた。
同時に、イチゴコチップを――全部、宙にばらまいてしまった。
大事な菓子が……思い出が……!!
目の前で雨のように、埃の積もった倉庫の床へ降り注ぐ。
もう……汚れてしまって、食べられなくなった。
「大事に食べようとしたのに……なんでこうなるんだよ、最悪!」
[彼はぶるぶる震えながら、床に散らばったイチゴコチップを見つめる。]
「……うーん……これ、食べてもいいのかな……?」
赤い鶏は深い悩みに沈んだ。頭の中は菓子のことでいっぱいだ。
その時――
月明かりが差し込む扉の隙間に、黒い影が現れた。
危険そのものなのに、赤い鶏はすでに別のことで頭がいっぱいだった。
だがふと、ランタンの光が自分の居場所を晒していることに気づく。
「あっ、灯り……消さなきゃ!」
ランタンへ駆け寄ろうとした、その瞬間。
背後から、扉を叩く音がした。
[ドン、ドン]
赤い鶏は、恐怖で息が止まりそうになる。
「……終わった……虫だ。居場所、バレた……」
再び、扉が叩かれる。
[ドン]
赤い鶏は極度の恐怖に震え、息を殺して扉を見つめた。
すると――扉の取っ手が、ゆっくり回りはじめる。
倉庫の扉が、軋みながら開き始めた。
赤い鶏は怖かったが、最後には隠し持っていた切り札でも使ってみるつもりだった。
「こうなったら……俺も正面突破だ!」
[ギィィィ――]
扉の開く音に、ぞくりとする。
扉が開き、巨大な虫が入口を塞ぐように立っていた。
虫は、ぽつりと呟く。
「ふむ……またイート様を見つけました。」
「それに……とても……美味しそうな匂いがしますね?」
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