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覚醒は煎餅と共に
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『こうちゃ、おかわり!』
白いシンプルなブラウスに紺色のキュロットのこぎれいな格好をした男の子が声を上げた。
壁際に控える農婦のような容貌の中年のメイドが、ポットを持って子供に近づくと、無言でカップに紅茶のお代わりをドボドボと注ぐ。
ポットに作ってしばらく入れっぱなしの紅茶はぬるくなっていた。
紅茶の作法などろくに知らない粗野なメイドが淹れる紅茶は、いつも濃すぎるか薄すぎるが、どちらにしても大抵冷め切っていた。
そのカップを幼児特有のプクプクした手がつかむと、グビグビと一気に飲み始める。
先ほど、お皿に山盛りの昼食を平らげ、今は食後のデザートのケーキにかぶりついているところだ。
口直しの紅茶を飲んでいるとき、ふいに、その考えは浮かんできた。
〈甘いものの後はしょっぱいものが食べたくなるなぁ。煎餅とか。〉グビリ。その嚥下を最後に動きが止まる。
肉に埋まって細くなってしまった眼がくわっと見開かれると、キョロキョロと周りを見回す。
すると、向かいに座ってこちらに優しいまなざしを向ける母が「カイン、どうかしたの?」と声をかけてきた。
「う、えっと、何でもありません母様。」
不審そうにこちらを見てくるメイドの刺さるような視線を感じつつ、俺は何とか答えたのだった。
煎餅という言葉を浮かべた瞬間、唐突に別人の記憶が頭の中に流れ込んできた。
見知らぬ世界で、警察官という仕事に就いていた男の記憶だ。
幼児の脆弱な精神はあっという間に飲み込まれ、一瞬で融合は完了した。
ボクは・・・いや、俺はカイン。でもかつては別の世界で生を受けていた。
その世界にある、日本という国で警察官をしていた。
いつも勤務を終えると、子供のころから通っている道場に向かい、鍛錬を欠かさなかった。
小学生から剣道を続け、中学、高校、大学、社会人と剣道漬けの毎日だった。インターハイで優勝もした。
そこまで思い出したとき、急に車のフラッシュライト、ブレーキ音、サイレンの音の記憶が混ざる。
ああ、自分はおそらくその時死んだのだろう。
これまでの自分の記憶が消えたわけではないのだが、いま初めて世界を見たような新鮮さがある。
覚醒して、大人の意識で見ているせいか、解像度が上がっている。
7歳までは夢の中とはいうが、俺は6歳にして夢が覚めてしまったらしい。
ぐるりと周りを見回して、いかにも貴族の邸宅の食堂であることを確認した。
うん、これまで毎日ここでお母様と食事をとってきた。
そして、布張りの椅子の上質な座り心地。
そう、この椅子は俺の定位置だ。
自分の周りにいる明らかに彫の深い外国人風の人々。
彼らも、俺が物心ついてから、変わらない顔ぶれである。
カップのソーサーに置かれたスプーンを持ち上げて、目の前にかざすと、紫色の瞳が映っていた。
それを見たとき、ある言葉がフラシュバックのようによみがえる。『豚の餌』
スプーンを思わず床に落としてしまう。
メイドがため息をついて拾うさまを、俺はぼんやりと眺めていた。
白いシンプルなブラウスに紺色のキュロットのこぎれいな格好をした男の子が声を上げた。
壁際に控える農婦のような容貌の中年のメイドが、ポットを持って子供に近づくと、無言でカップに紅茶のお代わりをドボドボと注ぐ。
ポットに作ってしばらく入れっぱなしの紅茶はぬるくなっていた。
紅茶の作法などろくに知らない粗野なメイドが淹れる紅茶は、いつも濃すぎるか薄すぎるが、どちらにしても大抵冷め切っていた。
そのカップを幼児特有のプクプクした手がつかむと、グビグビと一気に飲み始める。
先ほど、お皿に山盛りの昼食を平らげ、今は食後のデザートのケーキにかぶりついているところだ。
口直しの紅茶を飲んでいるとき、ふいに、その考えは浮かんできた。
〈甘いものの後はしょっぱいものが食べたくなるなぁ。煎餅とか。〉グビリ。その嚥下を最後に動きが止まる。
肉に埋まって細くなってしまった眼がくわっと見開かれると、キョロキョロと周りを見回す。
すると、向かいに座ってこちらに優しいまなざしを向ける母が「カイン、どうかしたの?」と声をかけてきた。
「う、えっと、何でもありません母様。」
不審そうにこちらを見てくるメイドの刺さるような視線を感じつつ、俺は何とか答えたのだった。
煎餅という言葉を浮かべた瞬間、唐突に別人の記憶が頭の中に流れ込んできた。
見知らぬ世界で、警察官という仕事に就いていた男の記憶だ。
幼児の脆弱な精神はあっという間に飲み込まれ、一瞬で融合は完了した。
ボクは・・・いや、俺はカイン。でもかつては別の世界で生を受けていた。
その世界にある、日本という国で警察官をしていた。
いつも勤務を終えると、子供のころから通っている道場に向かい、鍛錬を欠かさなかった。
小学生から剣道を続け、中学、高校、大学、社会人と剣道漬けの毎日だった。インターハイで優勝もした。
そこまで思い出したとき、急に車のフラッシュライト、ブレーキ音、サイレンの音の記憶が混ざる。
ああ、自分はおそらくその時死んだのだろう。
これまでの自分の記憶が消えたわけではないのだが、いま初めて世界を見たような新鮮さがある。
覚醒して、大人の意識で見ているせいか、解像度が上がっている。
7歳までは夢の中とはいうが、俺は6歳にして夢が覚めてしまったらしい。
ぐるりと周りを見回して、いかにも貴族の邸宅の食堂であることを確認した。
うん、これまで毎日ここでお母様と食事をとってきた。
そして、布張りの椅子の上質な座り心地。
そう、この椅子は俺の定位置だ。
自分の周りにいる明らかに彫の深い外国人風の人々。
彼らも、俺が物心ついてから、変わらない顔ぶれである。
カップのソーサーに置かれたスプーンを持ち上げて、目の前にかざすと、紫色の瞳が映っていた。
それを見たとき、ある言葉がフラシュバックのようによみがえる。『豚の餌』
スプーンを思わず床に落としてしまう。
メイドがため息をついて拾うさまを、俺はぼんやりと眺めていた。
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