君の瞳に囚われて

ビスケット

文字の大きさ
21 / 51

メイの思い出

しおりを挟む
転移魔方陣の光が消えた後、 床に刻まれていた複雑な文様も跡形もなく消えていた。
3年ぶりに開かれた聖域の入り口は、再び閉ざされ、不可侵の楽園に戻ったのだった。

カインが消えたあと、静かに涙を流しながら その場にへたり込むメアリーはコーリンに助け起こされ、そのまま寝室に連れていかれたようだった。
そうして残ったデモンにメイは話しかけた。
「・・・坊ちゃん、行っちゃいましたねぇ。」

デモンは、
「どうせまたすぐ旦那様が戻してきますよ。」
と、そっけなくつぶやくと、転移の間を出て行き、聖域の日常を回す歯車に戻っていった。

一人たたずむメイはぼんやりとここに来た日のことを思い出していた。

メアリー様が旦那様の第二夫人となったとき、世間では、かつての友人の、しかもその夫を亡くしたばかりの未亡人とまだ1歳にも満たない子供を侯爵籍に入れたことで、いろいろな憶測が飛んだことは覚えている。
それに加えて、旦那様がこの母子に対し聖域を住まいに充てがわれたと聞いたときは 侯爵家の関係者は驚きを隠せなかった。しかしその後 特に何があったとの話も出ず、平穏に過ぎていたはずだった。

侯爵家の影として日々、潜入、諜報、暗殺に明け暮れていたある日、突然指示されたのが聖域で暮らす母子の警護と世話であった。聖域が閉じられる前の話である。

もう一人の人物と共に任務に就くようにとのことで、その人物と顔を合わせたとき、その中年女の持つ目つきの鋭さと、まとう空気に、己と同じ影のにおいを色濃く感じたのであった。
ちなみに相手も同じようにこちらを思っていることがなんとなく分かった。

侯爵家の所有するいくつもの別邸のうちの一つに、聖域と言われる秘匿された場所があるのは話には聞いていた。
そして、そこに住まう聖域の番人のことも。
聖域の番人とは、その名の通り、聖域を代々守ってきた者たちの一族のことで、そこから生涯出ることはない、まさしく聖域そのものであり、影の間でも伝説の人物だった。

当代の聖域の番人のデモンは、我々が聖域の内側へ足を踏み入れた直後、転移魔方陣を消滅させて、出入り口を完全に閉ざしてしまった。
こんなことをしては、容易に出入りが出来なくなるではないかと思ったが、旦那様のご指示だという。

メアリー様とカイン様は侯爵家に籍を得てから三年、一度も聖域を出ることもなく住み続けておられたとのことだった。私が初めてお会いした時には、カイン様は既に3歳になっておられた。

デモンの話によると、母子を聖域に受け入れたとき、侯爵家から、生え抜きの侍女とメイド数名が派遣されたらしいが、3年が経過したころから急に妙な動きを取りだしたということだった。
デモンはその違和感の正体をはっきりとは捉えられなかったが、聖域の番人としての本能が危険を察知していた。

そこで旦那様に報告すると、すぐにその者達を侯爵直属の影に入れ替え、聖域を閉じる命が下った・・・というのが、我々がここに来ることになった顛末だった。
その後侯爵邸に戻された彼らは行方不明となり、なにもかもがはっきりしないまま、聖域は閉じられた楽園になったのだった。

そんな風にデモンから 我々がここに来させられた経緯を聞いたが、それでも なぜ影の中核の一端にいる我々が、ここに来させられたのかの疑問は晴れなかった。
なんの力も利用価値もない、友人の未亡人とその遺児でしかない彼らを守る為に、なぜここまでするのか。
これまで受けてきた侯爵の命令は、常に王国、王家、そして侯爵家の繁栄の為だけにあり、それは冷徹なまでに合理的であっただけに、この度の命令に納得することはできなかった。

ごく幼い頃から泥の中を一人で生き延びて、侯爵直属の影となり、血と謀略にまみれた世界にいた自分にとって、メイドとして母子の姿を見続けるだけの任務は退屈でたまらない物になるだろうと思っていた。しかし そばで目にする母と子の優しい時間は、まどろみの中でたゆたう感覚に似て、これが幸福という感情なのかもしれないと思ったのだった。

こうして、メアリー様、カイン坊ちゃん、デモンにコーリンと私だけで過ごす穏やかな時間は過ぎ去っていったが、カイン坊ちゃんが6歳になったとき、坊ちゃんだけ本邸に戻る決定が下された。

坊ちゃんはメアリー様に甘やかされたおかげで、少々わがままである。
そして、坊ちゃんに自分の料理を食べさせたくてしかたないデモンのおかげで、少々食い意地の張ったお子様にお育ちになった。
しかし愛情に満たされてきたおかげで、いまだ歪みや穢れを知らないカイン様は、汚れ仕事をやってきた私の目には大変にまぶしい存在であった。
その坊ちゃんが、妖怪だらけの貴族社会でとても無事でおられるとは思わなかった。

そのうえ、デモンとの鬼ごっこという名の容赦ない魔法回避訓練をこなしていくうちに、分厚い肉の下から光り輝く美しい妖精が現れた。
そして魔力無しという、身を守るすべを持たない妖精が、この聖域を出ていくという。

カイン坊ちゃんがここを出ていった今になってようやく、かつて 旦那様がメアリー様とカイン坊ちゃんを抱き込むように聖域に閉じ込めた理由と、昔 私がお二人を守る命を受けた理由に納得がいったのだった。

さきほどデモンは、旦那様がすぐに坊ちゃんをここにまた戻すことになると言っていたけれど、私にはそうは思えなかった。
きっと、その輝きに囚われた誰もかれもが、美しい妖精を逃がすまいと手を伸ばすだろう。
閉じられた楽園の中にいる私は、妖精の羽が折られることがないように願うばかりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

うちの家族が過保護すぎるので不良になろうと思います。

春雨
BL
前世を思い出した俺。 外の世界を知りたい俺は過保護な親兄弟から自由を求めるために逃げまくるけど失敗しまくる話。 愛が重すぎて俺どうすればいい?? もう不良になっちゃおうか! 少しおばかな主人公とそれを溺愛する家族にお付き合い頂けたらと思います。 初投稿ですので矛盾や誤字脱字見逃している所があると思いますが暖かい目で見守って頂けたら幸いです。 ※(ある日)が付いている話はサイドストーリーのようなもので作者がただ書いてみたかった話を書いていますので飛ばして頂いても大丈夫です。 ※度々言い回しや誤字の修正などが入りますが内容に影響はないです。 もし内容に影響を及ぼす場合はその都度報告致します。 なるべく全ての感想に返信させていただいてます。 感想とてもとても嬉しいです、いつもありがとうございます!

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

処理中です...