君の瞳に囚われて

ビスケット

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旅立ち

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その聖域では、今まさに三年前に閉じられた転移魔方陣が開かれる時を迎えようとしていた。

「坊ちゃん、やっぱり私が見立てた服にいたしましょう。そちらでは少々みすぼらしく思えます。」

魔方陣の上に待機中、もうすぐ侯爵本邸への転移が始まるというタイミングで、そんな事を言い出すデモンに俺は噛みついた。
「みすぼらしくて悪かったな!
・・・もしかして、あれも結局作ってたのか・・・」

俺は、お前が着せようとしていた服のデザインをしっかり覚えているぞ!
あんなもの着せられるくらいなら、みすぼらしいと言われるのなんて‘へ’でもない。

侯爵本邸への移動が迫ったある日、デモンがやってきて体の採寸をすると言った。
例の鬼ごっこで痩せた今の体型に合わせて、侯爵夫妻にお会いするときに着る服を新調するのだと言うので、おとなしく体のサイズを測らせていた。
両手を挙げてくださいと言われたとき、俺はふと目に入ったデザイン画にクワッと目をひんむいた。

真っ白いフリフリブラウスにもわっとした感じの金色のリボンが結ばれている。ぼんやりした色味の紫の上着に、金糸で刺繍が施されている白いボトム。その絵を見たとき、俺は思わず仰け反りそうになった。
お前の頭はわいてるのかと叫び出すところだったぞ、俺は!

やたらと煌びやかな感じも相容れなかったが、何より目立ちすぎて いざという時逃げも隠れも出来やしないのが致命的だった。
俺のスペックを分かっていながら、敵地に向かう俺にこんな物を着せようとするなど、悪意以外の何物でもない。
俺の視線に気がついたデモンが、ああ、と言って説明を始めた。
「フリルをたっぷりとったブラウスに、極細の金糸で織ったシフォンのリボン、上着は、この淡い紫の色味を出すために何度も染めを重ねた物です。
白いボトムも含め、全て敷地内の森で採取した天然蚕を使った最高級のシルクを使用しております。坊ちゃんには合うかは心配でしたが金糸で刺繍を・・・」

豪華な金糸の刺繍など分不相応だと、嫌みが始まりそうなところで、俺は、覚醒後久しぶりに盛大に駄々をこねて、ワガママを発動したのだった。

で、結果もぎ取ったのが今着ている服だ。
艶やかなシルクの黒いフリルブラウスの首元に、シックな紫のこれまたシルクのリボンが結ばれている。
銀の刺繍に変更された、淡い紫色の上着はほとんど元のデザイン画の通りだ。黒いボトムには、同じ黒の刺繍が溶け込むように施されている。
ブラウスは、もっとシンプルなデザインで、素材は光沢のない木綿、あとリボンはいらないと主張したが、デモンの奴はフリルとシルクとリボンを決して譲らなかった。

とはいえ、いざという時は、上着を脱げば黒一色になり、逃げ隠れしやすい仕様になっている。
おおむね納得できる服が出来上がったのだった。

転移の間と呼ばれる部屋に、お母様とデモンと、コーリンとメイが見送りに集まっていた。
お母様は、俺を抱きしめて 体に気を付けるようにと涙ぐんでいた。何か嫌なことがあったら、すぐに帰ってくるのですよ、と相変わらずの甘やかしぶりだった。

コーリンは苦虫をかみつぶしたような表情で、大層細かい刺繍の入った見事なハンカチーフを餞別に俺に握らせてきた。
今着ている服に施されている繊細な刺繍を刺したのは、まさかのコーリンだったのかと目が点になっていたら、メイが腰を屈めて、俺と目線を合わせて微笑んだ。 物心ついてからずっと、投げかけてくれた優しい微笑みだ。
狩りをするときにはお呼びください、いつでもお手伝いしますからね、といったのでとりあえず頷いておいた。
最後にもう一人、会ったことのない庭師のことを聞いてみたら、デモンが、「それでしたら、私ですが何か。」とつまらなそうに答えたので、やっぱりお前かと俺は思ったのだった。

転移魔方陣がかすかに光り出した。
いよいよだ。
色とりどりの魔力の粒子が飛びかいはじめた。
俺は、皆に向かって背筋を伸ばし、前世から染みついた所作で一礼をすると
「これまで俺の面倒を見てくれてありがとうございました。お母様の事を宜しくお願いします。」と言い終わるやいなや、光の渦に巻かれたのだった。

俺の姿が消えた後、
「坊ちゃん、俺ではなくて“私”ですよ・・・」
とデモンが漏らしたつぶやきは届くことはないのだった。
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