平穏なβ人生の終わりの始まりについて(完結)

ビスケット

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αの執着

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この人がいま必死にわたしの言葉を頭の中で整理しようとしているのが分かる。
けれどきっとβのこの人がいくら考えたところで、わたしの思いなど理解することはできないだろう。

βのあなたは愛する対象を自由に選択できる。愛情を理性でコントロールすることさえできるだろう。しかし私にとっての愛とは、Ωを求めるαの本能に支配されたどこか恐ろしいものでしかなかった。
それを塗り替えたあなたとの出会い。

私が幼稚舎にいるときに、中等部で浦田の嫡男と懇意にしているβのうわさが伝わってきたことがあった。
取るに足らない、そんな話として。
しばらくして同級生である神薙家のΩを通じて、同じ男の情報がもたらされた時、初めて私はそのβへの興味が沸いた。ただし、己の手駒の候補として。

中等部に進学したとき、頭の片隅にあったβを、わたしはいつものやり方で確認することにした。
優秀なβであるあなたが私の子飼いに足る人物か。その判断材料を集める手始めのつもりだった。

三年の浦田涼介とあなたが共にいるのは、たいていは裏庭のあたりだと聞いていたので、二階の渡り廊下から彼らの様子を眺めることにした。
そうすると、その人間を直感でとらえることが私にはできたので。

その結果、優秀なβだとか、使えそうかとか、そんなことは私の頭からは消え去ってしまった。
渡り廊下から、あなたと浦田涼介が談笑するのを見て、私はうらやましいと思った。そんな感情が自分にもあることを、生まれて初めて知った瞬間だった。

それからあなたを見かけるたびに、近づいて話してみたいと思ったし、できることならあなたを傍近くに置きたいと願った。
求めているものが友情なのか、そうでないのか自分でも曖昧だったが、それでもそんな感情を植え付けたあなたは、私にとって初めての存在であり。

同時に 私に痛みをもたらした唯一の存在になった。
あなたに指輪を差し出して、《片翼》になってほしいと願ったあの時に、あなたはわたしを受け入れてはくれなかったから。

そうやって私の心にいろいろなものを刻みつけていったというのに、バースの運命とは関係ないところであなたは自分の人生を思いのままに生きていく。
・・・私のことなどなかったかのように。

これから様々な人間に出会い、恋をして。いつか特別な一人を選んで結ばれる。
そうしてあなたβらしい 満ち足りた人生をその人と築いていくに違いない。
その力が、あなたにはある。

そう考えたら、そのまま手放すわけにはいかなかった、絶対に。
私に火を付けたのはあなただ。
あの時、私を受け入れてくれていれば、私はただ、βのあなたを友人としてそばに置くだけにとどめていたのに。
どんなに苦しくても、あなたの幸せの為にそうしたのに。
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