お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜

Adria

文字の大きさ
1 / 42
ヴェネツィア

プロローグ

「はぁぁああ~っ」

 私は重く暗い溜息をつき、ワインを一気飲みして、カウンターにグラスを置いた。

 今夜は――明日から夏のバカンスだということもあり、友人とヴェネツィアにあるバーカロで飲んでいる。
 このバーカロは立ち飲み居酒屋ではあるが、お酒やおつまみが安くて美味しく、とても居心地がいい。大好きなのだが、今はそんなお気に入りの場所で飲んでも、私の心は晴れない。


『ちょっと、カリナ。いい飲みっぷりだけど、最初から飛ばしているとすぐ酔っちゃうよ。貴方、お酒弱いんだから』

 ツイードスカートと白のシャツを上品に着こなしている赤茶色の髪の美女――ウルスラが、灰色がかったブルーの目をじっとりとこちらに向けながらイタリア語で声をかけてきた。
 私は心配してくれている友人の視線を笑顔で躱してワインのボトルを持ち、先ほど飲み干したグラスにドバドバと注ぎながら同様にイタリア語で返事をする。


『大丈夫大丈夫。明日からバカンスなんだし、かたいこと言わないでよ』

 明日から長期休みなんだし、万が一ふつか酔いで潰れても問題ないもの。


 私は目の前に置かれた茄子とハムのはさみ揚げをつまみながら、『ウルスラも飲んでよ』と促した。

『カリナ、飲み方がおじさんみたい。何かあったの? 貴方、お酒は好きなほうだけど、いつもはこんな飲み方しないじゃない』
『……ううん。別に。明日から休みだから今日は飲みたい気分なだけだよ』

 私はグラスを軋むくらい力一杯掴んでニッコリと微笑んだ。そしてグラスを持ち上げ、呷るようにワインを飲み干す。その姿を見たウルスラが嘆息した。

『そっか。話したくないなら別に構わないわ。言いたくなった時に教えて』
『……ありがとう』

 私はウルスラの気遣いに目を潤ませながら、彼女にぎゅっと抱きついた。

 本当は嫌なことがあった。大いにあったのだ。



 ――遡ること数日前。
 父からかかってきた電話から、このモヤモヤが始まった。

 私は現在、イタリアのヴェネツィアで一人暮らしをしている。高校卒業後にイタリアの大学に留学をして卒業後は大学院に進んだ。そしてそのままヴェネツィアにある香料メーカーの研究員として就職をした。

 そう。私はこのままイタリアで一生を終える気が満々だったのだ。

「はぁ……っ」

 また重苦しい溜息が漏れ出る。

 会社を経営していて忙しいせいか父は家庭を一切かえりみない人だった。早くから母と別居をしていて不仲だし、そんな良好とはいえない生活の中で幼い私の面倒を見てくれたのは兄二人と――研究者である母方の伯父だった。
 窮屈な実家が心底嫌で、ほとんどを伯父の研究室で過ごしたのをよく覚えている。だから、私は分野は違えど叔父と同じ研究者を志したいと思ったのだ。


 私はお酒を飲みながら頭を押さえた。

 父はそんな私を疎んだが、兄二人が説得してくれたおかげで、イタリア留学を許してもらえた。が、就職まで許したつもりではなかったのだろう。数日前、父は「婚約が成立したから仕事を辞めて帰ってきなさい」と電話をかけてきたのだ。


 ぐっと唇を噛み締める。

 またあの家に帰るの? あの冷たく暗い家に――

 嫌だ。そんなの絶対に嫌。
 そのうえ、会社のために政略結婚をしろだなんて……
 
 消化しきれない思いが、胸の奥をモヤモヤさせる。
 私は胸元を押さえながら、かぶりを振った。そしてスマートフォンを取り出し、父をブロックする。

 こんなこといけないのは分かってはいるが、あの日から鬼のようにかかってくる電話は私の心を蝕む。気持ちが整理できるまで、悪いとは思うが父の電話には出たくないのだ。


 私が苦虫を噛み潰した顔でスペインの生ハム――ハモンセラーノに手を伸ばすと、ウルスラが私の背中をさすってくれる。

 優しい友人だ。


「はぁぁ~っ」

 その時、隣から先ほどの私と同じような重苦しい溜息が聞こえてきた。視線を隣に向けると、サイドとバックをタイトに仕上げた――なんかスッキリとした髪型のかっこいい日本人男性がいた。上等なハイブランドのスーツが、どう考えてもこの場には似つかわしくなくて私は首を傾げた。

 お金持ちそうなのに、こんな安い居酒屋でどうしたんだろう。何かあったのかしら?
 ……まあでもやけ酒するなら、こういう店のほうが気兼ねがないのかしら?

 私はそう決め込んで、その彼の背中をさすって日本語で声をかけた。それを見たウルスラが私の名前を叫ぶ。

「大丈夫? 分かる分かるよ。人生楽しいことばかりじゃないわよね」
「え?」

 ワインボトルを手に持ち直飲みしながら背中をさすってくる私を見て、その男性が大きく目を見開く。まさか声をかけられるなんて思っていなかったのだろう。

『やめてよ! カリナ、離れなさい! ご、ごめんなさいね。この子、酔っ払ってるんです』
『いえ。声をかけてもらえると思っていなかったので嬉しいです。そのうえ慰めてくれるなんて……』

 私の腕をぐいぐい引っ張ってくるウルスラに、ニッコリと微笑む彼を指さして『この人嬉しいって言ってるよ』と笑う。

『そんなわけないでしょ! 気を遣ってくれてるのよ!』
『えー、大丈夫だよ。よし! 今夜は一緒に飲もう! 私、貴方の話を聞いてあげる!』
『ありがとうございます』

 彼が差し出してきたグラスに、手に持っているボトルで乾杯する。そんな私たちを見て、ウルスラが頭をかかえた。


 ***


『へぇ。婚約者に逃げられたの?』
『逃げられたわけじゃなく、会える目処がつかないって言われたんです。……彼女は会社の利益が絡む結婚なんて嫌なのかもしれない』
『あら、嫌だ。最近、日本では政略結婚が流行っているの?』

 時代錯誤だと思わないのかな?

 彼はお酒を呷りながらグジュッと鼻を啜り、流暢なイタリア語で話す。やや涙目だ。

 可哀想に。ふられたのねと思いながら、『よしよし、政略結婚は嫌がる人は嫌がるわよ。仕方ないわ』と彼の背中をポンポンと叩く。


『僕としては政略結婚のつもりなんてなかったんです。彼女は僕にとって初恋の人だから……、お会いできたらまずは僕を好きになってもらう努力をして恋愛結婚するつもりでした』
『え? 初恋の相手?』
『実は数年前に学会で研究発表をしている彼女に一目惚れをして、彼女を必死で探したんです……。せっかく見つけ出して、親御さんの会社の利益になるようにと政略結婚を画策したのに、まさか拒否をされるなんて……』
『いやだ、貴方。ストーカーっぽいところあるのね』
『ちょっと、カリナ。失礼だってば』


 というか、確実にストーカーじゃないか。

 ウルスラに口を塞がれながらケラケラと笑い飛ばした私に、彼はしゅんとした表情で『本当にそうだから、笑ってくれて構いませんよ』と自虐的に笑う。


『ねぇ、その「初恋の君」の名前は何て言うの?』
『彼女の名前はカリナ・アカツカサと言うんです。イタリアにいるって聞いて、居ても立っても居られなくて、今日ヴェネツィアに着いたんですが……。土地勘もない上に思いつきで来てしまったので手立てがなくて、ここでやけ酒をしていたんです。でも、まさかここで貴方と会えるなんて。来てよかった。僕は幸運です』
『わぁ、本当にストーカーだ』
『ちょっと、本当にやめて! 貴方、飲みすぎよ』

 ウルスラに頭を叩かれながらヘラヘラと笑う。でも、はたと動きを止めた。

 ん? カリナ・アカツカサ? ……赤司あかつかさ花梨奈かりな? 

 そう心の中で反芻すると、一気に酔いが覚めてくる。


 え? 嘘。それ私の名前じゃないのよ。いやいや、同姓同名だよ。きっと。ははは……

 私は父の電話の内容を思い出して、酔いどころか血の気も引いた。


 ということは、目の前の彼が探している初恋の相手は私……!?


『あれ? 急に固まってどうしました? さすがに飲みすぎましたか?』
『ううん、大丈夫。ごめん、私……酔ったから帰る!』
『えっ!?』

 背中をさすってくれる彼の手を振り切り、私は驚く二人を残してバーカロから逃げ出した。

 彼は間違いなく父が言っていた政略結婚の相手だ。
 私のバカ! よりにもよって、何でそんな人に声かけるのよ!

 私は自分を責めながら自分が住んでいるアパートに逃げ帰った。が、私はなぜか気づくと病院にいて、にこやかにその彼につき添われていた。

 え? 何があったの……?
感想 21

あなたにおすすめの小説

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

咲妃-saki-
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました! 「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

幼馴染に10年片想いしてたら、冷酷御曹司にプロポーズされました

ほーみ
恋愛
 春の匂いが、駅前の並木道をくすぐる。満開の桜の下、私はひとり歩いていた。駅までの道は、高校時代、彼とよく歩いた道だ。  制服姿の学生が笑いながらすれ違っていくのを横目に、私はスマホを見下ろした。  「今日、伝えるって決めたんじゃなかったの?」  送信したきり返信のないメッセージ。画面には「既読」の文字があるだけだった。  ――渡瀬 湊。私が10年間片想いをしている、幼馴染。