お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria

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瑞希の元交際相手②

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 ――ずっと一般家庭の子が羨ましかった。家にはお手伝いさんや執事など色々な人がいたが、両親はほとんど家にいないし、兄はとても忙しそうで、幼い頃は孤独を感じていたように思う。
 もちろん原田の娘として生まれたからこそ享受できたものもあるのは理解しているが、ずっと窮屈でたまらなかった。だから、親に決められた大学ではなく自分で決めたところに進学することができた時、せめて学内にいる間だけは『原田家のご令嬢』という荷物を下ろしていたかった。

(幸い珍しい苗字ではないから、その点は助かったわよね)

 握り締めている紙に視線を落とす。
 今朝、知紗から聞いた話と兄からのテスト内容が一致して、瑞希は呆れと怒りが混じった何ともいえない気持ちになり嘆息した。


「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。迷惑をかけてごめんなさい」
「迷惑なんて、そんなことありません。このテストは俺が認めてほしくて勝手に受けただけなので」

 瑞希は気遣わしげに顔を覗き込む康弘に笑いかけ、彼の肩に頭を乗せた。すると、頭を撫でてくれる。

 当時――たくさん泣いて心配をかけてしまったので、内々に片づけたいと考える兄の気持ちは分かる。だが、康弘は内密にと言われているのにも関わらず知るべきだと教えてくれた。その優しさに温かなぬくもりが胸を包む。

(知って選ぶ権利……それなら康弘さんにもあるわよね)

「大学に入るまでは……自由に遊ぶという感覚を知りませんでした。今は普通に許されていることが当時はできなかったんです。もしかすると自由度が高まったことで、少し心が開放的になっていたのかもしれません。だから……安東先輩に惹かれたんだと思います」
「つまり今まで周りにいなかったタイプだから珍しかったということですか?」
「はい。そうだと思います。……彼との日々はとても刺激的でしたから」

 初めてのお酒。初めての夜遊び。父と兄には叱られ母には泣かれたが、それでも見るものすべてが目新しくて夢中になったのを覚えている。

「安東先輩に……実家のことを話していなかったのは、普通の恋を楽しみたかったというのもあるけど、どれほど好きになっても結婚できないと分かっていたから、そもそも伝える必要がないと感じていました」

(それに彼の軽薄さに不安を感じて話せなかったというのも大きいのよね……)

 ぽつりぽつりと康弘に安東とのことを話す。肩に頭を乗せたまま康弘の手を握ると、すかさず握り返してくれた。


「確かに遊ばれて傷つきましたが、今となっては彼との経験はよい勉強になったと思っているので、まったく未練はないです。それに康弘さんが話を聞いてくれたから、もう大丈夫です。だから、先輩に会ってハッキリ迷惑だって言おうかなと思っています」
「それは駄目です。未練がないなら俺に任せてください。二度と貴方の前には現れさせないので」

 瑞希の両肩を掴み、真剣な眼差しで瑞希の目を見据える康弘に小さく首を振る。

「いいえ。お試し期間中なのに、そこまで迷惑をかけられません。それに話し合えばすむことなので」
「甘いです。瑞希は強く押し切られると断りきれないところがあるくせに。第一、襲われたらどうするんですか? 試用期間だから貴方を守る権利がないと言うなら、俺は今すぐ結婚したっていいんですよ」
「そんな……! いくらなんでも大袈裟……」

 あまりにも強い眼差しで見られて言葉が詰まる。瑞希が押し黙ると康弘が瑞希の頬に手を添えた。

 確かに安東あの人はいつだってはぐらかして、まともに聞いてなんてくれなかった。康弘の心配はもちろん理解できるのだが、襲われるはさすがにないと思う。

(話し合うと言うよりは、きっぱりと拒絶するために会うから……先輩の態度や言い分はこの際関係ないんだけどな)

 だが瑞希の警戒心の低さに、康弘が眉間に皺を寄せたのが分かっているだけに、何も言えなかった。


「瑞希。貴方は貴方が思っている以上に流されやすい。今だって押し倒されたら、逃げられないでしょう」
「で、でも……それは康弘さんだから……」
「俺が言うのもなんですが、当初……逃げると決めていたのにこうして俺と付き合っているあたり、貴方の言葉に説得力なんてありませんよ」
「う……。けどそれは……ちゃんと話したりすることで貴方を知れたから」

 小声でぼそぼそと反論する。まるで叱られているようで居心地が悪く、瑞希は顔を俯けて自分のつま先を見た。

(そんなに警戒心ないかな? 私だってバシッと決める時は決められるのに……)

「では安東とも改めて話し合い、彼が良い人に感じられれば貴方はどうするのですか?」
「……じゃ、じゃあ、康弘さんがついてきてください! そして私が間違った判断をしないか見張っておけばいいじゃないですか。それなら心配ないでしょ?」

 追い詰められている気分になって、瑞希が白旗を振ると康弘は厳しい表情のまま何かを考えはじめた。

(もうやだ。窒息しそう……!)



「はぁ、過保護すぎるのも問題よね」

 これでは子供の時に戻った心持ちだ。
 康弘との話が終わり社長室を出たのと同時に詰まりそうだった息を大きく吐き出す。ぶつぶつ文句を言いながら一階に降りセキュリティゲートを抜けようとすると、誰かにぐいっと腕を引っ張られ壁際まで追い詰められる。

「きゃあっ!」
「しーっ! 今、受付で原田さんを出せって騒いでる人がいるんです。静かにしてください」
「え? 天崎さん……。騒いでる人って?」

 気になって物陰から覗こうとすると、また引っ張られる。天崎の話によると、ハシビロコウに似た人が受付にいるらしい。

(ハシビロコウに似た人ってどんなの? 誰?)

「鳥顔の知り合いなんていたかしら?」
「今出ていったらバレますよ。社長からアポなしの来客は絶対に通すなって指示が出てるんです。特に原田さんに会いにきた人はすべて社長の許可がなければ会えないことになってます」
「は?」

 驚きすぎて、思わず素っ頓狂な声が出る。
 瑞希は顔をしかめて、止めようとする天崎の手を振り払い物陰から覗いた。

(そんな指示を出したら、私と康弘さんが特別な関係って社内の皆にバレるじゃないのよ)


「どれどれ……って、安東先輩じゃないの」

(ハシビロコウ……)

 その瞬間、鳥と安東の顔が重なって噴き出してしまう。お腹を押さえてその場にうずくまると、天崎に肩を叩かれる。

「ちょっとバレるって言ってるでしょう! 笑うなら研究室か社長室で笑ってください」
「だ、だって……ハシビロコウだなんて……。よくそんなたとえを……無理、お腹痛い」
「私じゃないですよ。社長の秘書の市岡さんが言ってました」
「い、市岡さんってユーモアがあるのね。さすが知紗が好きになった人だわ」

(あー、涙出てきた)

 お腹をかかえて笑っていると、向こうがこちらに気づいたのか嬉しそうな顔で近寄ってきた。

「やば……」
「だから言ったでしょ!」

 それを見た天崎が、瑞希の背中をまた叩く。だが、このまま放置するわけにはいかないので、追い返すほうが得策だと考え立ち上がった。


「まあでも、これ以上は受付の子たちが可哀想だから対応するわ。もう受付から社長に連絡行ってると思うけど、天崎さんは社長呼んできて」
「で、でも……」
「大丈夫よ。こんなに人がたくさんいるところで何もできやしないわ」

(はぁっ、噂をすればなんとやらね……。それにしても突然会社に押しかけてきて会わせろだなんてマナーがなってないわね)

 そういう感じで実家の会社にも来ていたのかと思うと、げんなりしてくる。瑞希はなぜこのような男が好きだったんだろうと思いながら、渋る天崎をエレベーターに放り込んで、セキュリティゲートを抜けた。


「瑞希!」
「お久しぶりです、安東さん。大変申し訳ございませんが、ほかの方のご迷惑になるので、今日はお引き取り願えませんか? 後日、こちらからご連絡をさせていただくので、その時にお話をしましょう」

 拒絶されるとは微塵も思っていない満面の笑みでこちらに近寄ってくる安東に、ぺこりとお辞儀をして一歩下がる。すると、彼が突然土下座をした。その姿にギョッとする。

(え……!? な、何?)

「あの時は傷つけてごめん! ずっと探していたんだ。後日なんて嫌だよ。お願いだから今話を聞いてほしい!」
「ちょっと、声が大きいです。わ、分かりましたから……立ってください」

 急に大きな声で謝ってきたものだから、皆の視線が一気にこちらに向いてしまい、瑞希は変な汗が出てきてたじろいだ。が、安東は気にしていないのか、へらへらと笑っている。
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