お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria

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秘書の恋路(康弘視点)

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「今日はもう雨は降らないといいですね……」

 頬を掠める湿度を纏った風とペトリコールの匂いに顔をしかめた市岡の言葉に、康弘はどんよりした空を仰ぎ見て首肯した。

「そうだな……。このあとデートするなら晴れたほうがいい」

 うっすらと目を細めて市岡を見ると、彼があからさまに動揺した。その姿に確信を得て、彼の肩に手を回す。


「最近、相馬さんとよく出かけているそうじゃないか。ご機嫌取りなんて面倒だと散々文句を言っておきながら、結局は楽しんでいたんだろう?」
「べ、別に……そういうわけでは」
「だが、俺からの指示がなくても昼食を一緒にとったり、仕事後に出掛けたりしているそうじゃないか。瑞希から聞いているぞ」
「それは……知紗さんが誘ってくれるのに断る理由がないだけです」
「ほう、知紗さんか……」

 わざわざ復唱してニヤリと笑うと、市岡が「早く戻りますよ」と車のドアをやや乱暴に閉め、足早に会社内に入っていった。その背中を見ながらくつくつと笑う。

(相馬さんは押しが強そうだから、奥手な市岡にはぴったりかもしれないな。むしろ、いっそこのままもらってやってほしい)


 市岡家の者は代々うちで秘書を務めてくれているので、彼とも子供の頃からの付き合いなのでよく分かる。相馬知紗を逃したら、次はいつ市岡に春が訪れるか分からないと――

(いや、来ないかもしれない……)

 康弘は困り顔でフッと笑った。
 市岡は勉強や仕事に関してはそつがないのに、こと恋愛に関しては驚くほどに奥手だ。そのせいで未だに誰とも交際したことがない。あの容姿なので過去寄ってきた女性は星の数ほどいたが、『仕事の邪魔』だと言ってすべて一蹴してきた。そんな彼の塩対応にめげずに追いかけてくれる知紗は本当に貴重なのだ。

(慣れればデレるんだが……如何せん最初が冷たすぎて皆心が折れるんだよな……)

「相馬さんが孝成たかなりの初めての女性になってくれたらいいのに」
「……っ! 仕事中に名前で呼ばないでください!」

 はぁっと溜息をついて願望が口をつく。すると、市岡が康弘の腹に肘鉄を食らわせて、顔を真っ赤にして怒ってきた。そんな彼を意に介さず、エレベーターに乗り込む。

「そんなに怖い顔をしなくてもいいだろう。――で、本当のところどうなんだ? もう付き合っているのか?」
「黙秘権を行使します」
「ここは裁判所ではないから無効だ。それで?」

 強引に話を進めると、市岡が今日一げんなりした顔を向けてくる。だが、空気を読む気も彼の心を汲み取る気もさらさらない。市岡が話しはじめるまで視線を逸らさずジッと見ていると、根負けしたのか彼が大きな溜息をついた。


「実は三日前……お酒の勢いで関係を持ってしまいました」
「それはおめでとう。ようやく春がきたな」
「……おめでたいんでしょうか? でも、その後も知紗さんは普通なんです。いつもと何も変わらず食事に行ったり出かけたり……。していることは恋人と変わらないのに、明確な言葉がなくて……」
「明確な言葉が欲しいなら自分から言えばいいじゃないか」
「でも告白してフラれたら……」

(このへたれ……)

 目的の階についたのでエレベーターを降り、社長室のドアを開きながら嘆息する。
 なぜこの男は、恋愛が絡むとこんなにも無能になるのだろうか。

「分かった。俺が相馬さんと話してやる」

(俺たちがうまくいったのは二人のおかげでもあるのだから、次は俺が協力する番だ)


 そう意気込んで昼食に瑞希と知紗を同時に呼び出したのだが、二人はさして疑問に思うことなく機嫌良くやってきた。
 そして当たり前のように市岡のためのお弁当を出す知紗に、彼女自身は付き合っているつもりなのがありありと分かった。

(ここまであからさまなのに、どうして気づかないのだろうか。不思議だ)

「これは言葉にしなくても明確だろう。お弁当を作ってくれているんだから付き合えているじゃないか」
「どういう理屈ですか……。お弁当なら関係を持つ前から作ってくれていましたよ」
「だからそれこそが好意の証だろう。お前がハッキリしないと、相馬さんが勘違い女みたいになるじゃないか」

 お弁当を広げてお茶の用意をしてくれる瑞希と知紗を見ながら、ヒソヒソ声で市岡に話しかける。が、察しが悪くて嫌になる。

 康弘が溜息をついてソファーに腰掛けると、瑞希が可愛い顔で康弘の袖口を引っ張ってきた。その嬉しそうな表情が見られただけでも、四人で食事をと提案した甲斐があったものだ。

「四人で食事をしようだなんて珍しいですね……」
「すみません。市岡が相馬さんと付き合いたいと悩んでいまして……。後押しができたらなと思い、呼んだんです。瑞希は相馬さんから何か聞いていますか?」
「ええ。先日、知紗から告白して付き合いはじめたと……」

(やはりそうか……。そういえば酒の勢いでとか言っていたが、どうせ酒が弱い市岡のことだ。告白のくだりを覚えていないんだろう)

 聞いている話と違うとおろおろしはじめた瑞希の手を握る。


「まわりくどいのは嫌いなので単刀直入にお伺いします。相馬さんは、うちの秘書とどういう関係ですか?」
「社長!」

 市岡の悲鳴に近い制止の呼びかけを無視して知紗の顔をジッと見据えると、彼女は照れたように笑いながら市岡を見た。

「報告が遅れてすみませんでした。先日、私から告白してお付き合いをはじめました。酔った勢いで告白してしまったから、社長は不安に思っているかもしれませんが、私本気です! 必ず孝成さんを幸せにしますから!」
「……だそうだ。彼女にここまで言わせておいて、お前から言うことはないのか?」

 告白? と動揺している市岡をじろりと睨む。彼は知紗と康弘の顔を交互に見たのち、顔を真っ赤にして立ち上がった。そんな彼を見上げて嘆息する。

「瑞希、二人で話したほうが良さそうなので俺たちは別のところで食事をしましょう」

 そう言って瑞希が作ってくれた弁当を手早くランチバックに戻して立ち上がると、瑞希が「え? え?」と困惑しながらついてくる。

「や、康弘さん。いいんですか?」
「構いません。大切な告白を酒のせいで覚えていないへたれは、相馬さんに叱られればいいんです」

 そう言って、瑞希を連れて空いている応接室に入り鍵を閉めた。
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