子供の新しい遊び方

ツヨシ

文字の大きさ
1 / 1

子供の新しい遊び方

しおりを挟む
「もうすぐだな」

いつものように安全運転をしながら、野口が呟く。

「ああ」

荒木がそれに答える。

この坂を上りきったところに、三野川市松神町がある。

二人はその町に住む得意先に向かっていた。

いろいろあってあまり気乗りのする仕事ではないが、仕事だ。いたしかたがない。
 


そのうちに車は坂の頂上にさしかかった。

その途端、野口は急ブレーキをかけた。

野口が急ブレーキをかけたのは、全くの自己防衛本能に他ならない。

もしかしたら野口はあっけにとられたままで、ブレーキを踏むのが遅れていたかもしれないのである。

そしてあまりのことに二人は前方をみつめたまま、声も出なかった。

あいた口はふさがらず、体は石仏のように固まってしまっている。

とにかく彼らはびっくりしていた。

ものすごくびっくりしていた。

とてつもなくびっくりしていた。

いや、マジに、冗談抜きで。嘘、大げさ、まぎわらしい、なんてことなく、正味の話。

それほどまでに信じられない光景が、目の前に広がっていたのだ。

そこに町はなかったのである。

本来なら松神町に通ずる道は、坂を下り始めてからすぐのところで、突然垂直な崖になっていた。

車はその崖からわずか一メートル足らずのところで止まっていた。

崖の深さは計り知れず、底は全く見えなかった。

そしてその崖は松神町のあったあたりを、ぐるりと円形に囲んでいた。

つまりとんでもなく巨大な穴が突如として出現していたのである。

松神町はこの世から完全に消滅していた。



同じ日のことである。

松神町と同じ三野川市にあるとある町の、平々凡々で完全無欠な一般市民の住むとある家でのことである。

この家の主であるところの石川進一郎が、眠い目をこすりながら寝室のある二階から一階の居間におりて行くと、居間でこの家のバカ息子の康明(四歳)が、ハサミで何かを切って遊んでいた。

見ればそれは、折りたたみ式の三野川市の地図である。

「康明、おまえ何やってんだ。そんなもので遊んじゃいかんぞ」

進一郎は息子から広げられた地図を取り上げた。地図は右上にある松神町のあたりが丸く切り取られていた。

「でもとうちゃん、たった今、面白い遊びを見つけたところなんだよ。それ返してよ」

そう言って康明は地図を取り返すと、今度は地図の左上のあたりを丸く切り取った。

石川親子の住む町からすぐ北にあたるところである。

そしてそれをまるめて両手でつかんだ。

「消えちゃえ!」

康明は掛け声とともに、その地図の切れ端を上に放り投げた。

するとその切れ端は、空中でパッと消えた。

進一郎はとっても驚いた。

――うちのバカ息子、いつの間にこんな手品覚えたんだ。

進一郎は自分の息子であるところの康明を、まじまじと見つめた。

「……康明、父ちゃん本当にびっくりしたぞ。でもその地図それ以上切り取られると父ちゃん困るから、かわりにそこにある新聞でも切って遊びなさい」

康明は大きくかぶりをふった。

「でもとうちゃん、地図じゃないとできないんだよ」

確かにそこには、新聞を丸くきったものが消えることなく残っている。

バカと生まれ付いてはや四年。

さすがやることが違う。将来が楽しみだ。

しかしこれ以上の狼藉は、我が家の危機である。

とりあえず止めとかないと。

進一郎は困って、とにかく他に何か代わりになるものを探した。

すると壁に貼ってある古びた一枚の小さな世界地図が目に入った。

ずいぶん前に壁のシミ隠しの為だけに、その上に貼り付けたものだ。

進一郎はそれをひっぱがして、息子に渡した。

「これならいいぞ、康明。どうせそのうち捨てようと思っていたところだったんだから」

康明はしばらくその地図を食い入るようにながめていたが、突然それをくしゃくしゃに丸めた。

「こんな地図、面白くもなんともないや。消えちゃえ!」

そう言うと、丸めた世界地図を両手で空中に放り投げた。



      終
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...