「自殺者の聖なる夜」

ツヨシ

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胸の高ぶりは半端ではない。
たまに自殺者が現れるというこの場所だが、今夜現れる確率ははたしてどのくらいあるのだろうか。
けっして高くないことは確かだが、俺はクリスマスにこだわり、それに希望を持つことにした。
俺は待った。
なんなら朝まで待ってもいいと思った。
わずかでも望みがあるのなら、いくらでも待つことができる。
と言うよりも、待たずに帰ることなんてとてもできやしないのだ。
とにかく今日は長期戦になると思っていた。
ところがだ。
それほど待たないうちに、ふらふらと誰かがやって来るのが見えた。
髪はぼさぼさで無精髭、まるでホームレスのような汚れた格好の男だ。
男は崖っぷちまで来ると靴を脱いで丁寧にそろえ、それから手を合わせて何事かをつぶやいた後、ふらりと崖下に向かって飛び込んだのだ。
――やったー!
俺は心の中で叫んだ。
心の中だが絶叫と言っていい。
すかさず男が飛び込んだところに向かう。
そこには先ほど見た一足の靴がそろえてある。
崖下を見てみたが、そこはさすがに暗く、なにも見ることはできなかった。
でも確かに見た。
男が崖下に飛び込むのを。
俺は子供の頃からの夢が今かなったのだ。
人が自殺する瞬間をこの目で見たのだ。
あまりの喜びに、俺の体は小刻みに震えだした。
この瞬間が永遠に続けばいいと思った。しかしそれは永遠どころかすぐに打ち破られた。
突然後方から大きな声がした。
「くそっ、失敗しやがった。なんでなんだ」
慌てて振り返ると、さっき崖下に飛び込んだはずの男がなぜかそこに立っていた。
男はしばらくぶつぶつ言っていたが、やがて怒りをあらわにした顔で俺のほうに歩いてきた。
いや男の目は俺を全く見ていなかった。
崖っぷちにむかって歩いたのだ。
しかしその直前に俺がいた。
男の体が俺と重なった。
すると俺は振り返って崖の方に体を向け、靴を脱いでそろえた。
自分の意に反して体が勝手に動く。
そして崖に一歩踏み出した。
――まさか
そのまさかだった。
俺はそのまま崖下に身を投げたのである。

       終
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