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猪や狸ではない。直接見たことはないが、熊でもない。

もっともっと大きな何かが、そこにいた。

――!

恵一は自己防衛本能に素直に従い、ボールを持ったまま脱兎のごとく走り出した。

公園を出たところで、若い女とすれ違った。

女は走っていく恵一をちらと見たが、そのまま公園に入って行く。

そういえば公園の隅に、赤い軽自動車が停まっていた。

それに乗るのだろう。若い女が一人でこんな時間に公園に入って行く理由は、恵一にはそれくらいしか思いつかなかった。

この住宅地を訪れた人の中に、公園に車を停める人がいる。

本当は違反なのだが、住宅地の狭い道路に停められるよりは、ましである。

車を停めるところがないから、来客にうちに来ないでくれとはとても言い難い。

などといった住民からの強い要請により、おおっぴらに黙認されていた。

走りながら恵一はふと考えた。

あの女の人に言うべきかどうかを。

山の中になにかよくわからないでかいやつがいます、と。

しかし恵一は走り続け、そのまま家に帰った。

あの公園に戻りたくなかった。

要は怖かったのだ。

怖くて怖くてしかたがなかったのだ。


朝起きた途端、訪問を受けた。

出ると見知らぬ中年男が一人、威圧的な雰囲気で立っている。

男は失礼なほどに岩崎の顔をじっと見つめた後に、言った。

「朝早くにすみません。岩崎さんですね」

言葉は丁寧だったが、口調はかなりきつい。

「ええ、そうですけど」
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