神木の桜

ツヨシ

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神木の桜

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あれは私がまだ子供の頃のことでした。
小学校までの通学路の途中に小さな神社がありました。
入ってすぐのところに大きな桜の木が植えられていて、その前に小さな机のような祭壇があり、いつも花と一個のまんじゅうがお供えされていました。
花はしばらく同じ花でしたが、まんじゅうは毎日違うものが供えられていました。
まんじゅうは紅と白があり、それが毎日交互にお供えされていたのです。
桜の木は立派なもので、幼かった私はそれに一種の恐怖心のようなものを感じていました。
そしてその桜は大人たちから神木と呼ばれていました。
私は父と祖父から「あれを決して傷つけてはならない」ときつく言われていたものです。
私はその言いつけを守っていました。
私以外の多くの子供たちも同様でした。

ところが四月のある日、私が満開の桜を見ながら神社を通り過ぎようとすると、中から誰かが飛び出してきました。
同じクラスのまさひこ君です。
まさひこ君はその手にいくつもの花がついた桜の枝を持っていました。
私と目が合うとまさひこ君はすごい勢いで走り出しました。
まわりに桜の花びらを舞い散らせながら。
まさひこ君の姿はそのうち見えなくなりました。

学校に行くと、私よりも先に着いているはずのまさひこ君がいませんでした。
先生が気付き、まさひこ君の家に連絡したようですが、とっくに家を出たとの返事でした。
先生が「だれかまさひこ君を知らないか?」と聞いてきましたが、私を含めて全員が「知らない」と答えました。

夜になってもまさひこ君は見つからず、先生や両親にくわえて警察までもが動いたようですが、それでもまさひこ君が見つかることはありませんでした。

次の日の朝、私はいつものように学校に行きました。
そして神社の前を通るときに、何気なく中を覗き込みました。
そこには相変わらず祭壇に花とおまんじゅうがお供えされています。
でもいつもと違っていたことがありました。
それは供えられている紅いまんじゅうが一個ではなくて、二個になっていたのです。

      終
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