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もう限界だ
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ある日、銀河系の宇宙の彼方から、強力な電波が地球に送られてきた。
それは明らかに、知的生命体から発せられたものだった。
それを世界中の科学者達やそのグループが、椅子取りゲームのごとく争うように解読しようとしたが、誰も解読するにはいたらなかった。
そしてそのまま一ヶ月が過ぎ去った。
メキシコの高地に住む、他の人より濃い口ヒゲが自慢のサンチョという男が、いつもの坂道をロバに乗って移動していた時のことである。
坂のちょうど頂上のところで、それは起こった。
その時サンチョは、いったい何が起こったのか、さっぱりわからなかった。
突然視界が夜、と言うより宇宙空間そのものになった。
息が全くできなくなり、おまけに体中の血がサンチョの頭に流れ込んできた。
しかしそれは一瞬のできごとだった。
ロバが坂道を下りはじめると、全てが元に戻った。
サンチョは慌ててロバを降り、坂の頂上に引き返した。
おそるおそる身をかがめて坂の頂上にたどり着くと、ゆっくりとその体を伸ばしてみる。
するとさっきと同じことが起こった。
サンチョは慌ててロバに飛び乗ると、すたこらその場を後にした。
サンチョは知る由もなかったのだが、その時世界中が大騒ぎをしていた。
そう、世界中は人類の歴史上類を見ないほどの、とんでもない騒ぎとなっていた。
なにせちょうど一センチのずれもなく高度三千メートルを境にして、そこから上の空気が、きれいさっぱりなくなっていることが判明したからである。
不思議なことに三千メートル以下の地域の気圧、気流などは正常であり、そこから上の空間も引力などはそのままであった。
おまけに見た目もまるで空気があるように見えていた。
見上げれば空気のないはずのところにさわやかに澄みわたった青空が見え、そこにはぽっかりと浮かんだ白い雲がほのぼのと漂よっている。
おまけに考えられないことに、そこから時おり雨まで降ってくるのだ。
しかし実際のところは、空気は完全になくなっていた。
もちろんその地域に生息していた生命体は、人間も含めてみんな仲良く死滅していた。
そしてさらに恐ろしいことに、突然できた宇宙空間との境――影響力はあるが頭がいいとは言いがたいある人が、それを安直にもデッドラインと名づけた――が、日に日に下降していることが判ったのである。
人々はパニックにおちいり、高地に住む人々は平地へと避難した。
平地は次々やってくる避難民であふれ、混乱に拍車をかけることになった。
しかし、逃げ遅れる人も少なくはなかった。
デッドラインは最初わりあいゆっくりと下降していたが、一定の時間ごとに一定の割合で、そのスピードをはやめていった。
しかもそれは決して止まることがなく、このペースでいけば地球上の空気が完全になくなるのも、時間の問題と思われた。
そしてデッドラインのスピードの変化に合わせるように、毎回宇宙の彼方から同様のメッセージが、しつこいまでに送られてきた。
当然科学者達はこのふたつのことを関連づけ、それこそ文字どおり〝命がけ〟でメッセージの解読にあたった。
ある者は「これは宇宙人の宣戦布告だ」と言い、またある者は「われわれを助ける方法をメッセージとして送っているのに違いない」と力説した。
その中で一人の異端の言語学者が
「ガス代が未納だからさっさと払え、と言っている」
と自信たっぷりに発表したが、誰も相手にする者はいなかった。
結局、世界中の科学者達が目に血を入れて、よってたかって解読できたのは――オテロントス――と言う単語ただ一つだけである。
おまけにその――オテロントス――という言葉の意味は、誰にも皆目見当がつかなかった。
そのうちに地上は完全にパニック状態におちいった。
国や政治や経済はもちろんのこと、警察などの組織も全て崩壊した。
人々は奪い合い、殺し合い、数箇所では小さな戦争までもおきていた。
独自に解読を続ける科学者もいたが、マスメディアの停止により――と言うより誰一人まともに働かなくなり――それが発表されることはなかった。
個人、または組織ぐるみで地面に穴を掘り、地下に逃げる人々が現れ、地上はいたるところ穴ぼこだらけとなった。
その大混乱の中でもデッドラインは少しも休むことなく、ひたすらマイペースですいすい下降を続けていた。
そして地上十メートルほどになった時、世界中の人々が心の底から叫んだ。「もう、だめだ。もう限界だ!」
するとデッドラインはぴたりと止まった。
しばらく見守っていたが、下降する気配が全くない。
生き残った人たちは胸をなでおろし、かわりはてた地上の再建へと動き始めた。
そして新しい政治や経済体制、交通やマスコミなどの機関が生まれ、再建のめどが立ち始めた時、再び宇宙の彼方よりメッセージが送られてきた。
それはそれまでとはやや異なる内容で、ヒステリックなまでに繰り返し送られてきたのである。
そして生き延びた科学者達が再度解読にあたり始めた時、地球上の空気が一瞬にして全て消滅した。
地球は完全に死の星となった。
地球からはるか彼方の位置に、知的生命体の住む一つの星があった。
その星の地方の小さな町にある小さなビルの一室で、地球人に似たその星の住人二人が、何事かを話し合っていた。
「とうとう払ってくれませんでしたね、空気(ガス)の管理料」
「ああ、一万年も滞納するし、最後通告も無視したし、もう限界だ!」
「一万年前にはちゃんと払ってくれてたんでしょう。確かオテロントスの人たちが」
「ああ、オテロントスの住人はちゃんと払ってくれていたよ。そう言えば今の地球人のやつらは、オテロントスのことを、アトランティスとか呼んでたな」
終
それは明らかに、知的生命体から発せられたものだった。
それを世界中の科学者達やそのグループが、椅子取りゲームのごとく争うように解読しようとしたが、誰も解読するにはいたらなかった。
そしてそのまま一ヶ月が過ぎ去った。
メキシコの高地に住む、他の人より濃い口ヒゲが自慢のサンチョという男が、いつもの坂道をロバに乗って移動していた時のことである。
坂のちょうど頂上のところで、それは起こった。
その時サンチョは、いったい何が起こったのか、さっぱりわからなかった。
突然視界が夜、と言うより宇宙空間そのものになった。
息が全くできなくなり、おまけに体中の血がサンチョの頭に流れ込んできた。
しかしそれは一瞬のできごとだった。
ロバが坂道を下りはじめると、全てが元に戻った。
サンチョは慌ててロバを降り、坂の頂上に引き返した。
おそるおそる身をかがめて坂の頂上にたどり着くと、ゆっくりとその体を伸ばしてみる。
するとさっきと同じことが起こった。
サンチョは慌ててロバに飛び乗ると、すたこらその場を後にした。
サンチョは知る由もなかったのだが、その時世界中が大騒ぎをしていた。
そう、世界中は人類の歴史上類を見ないほどの、とんでもない騒ぎとなっていた。
なにせちょうど一センチのずれもなく高度三千メートルを境にして、そこから上の空気が、きれいさっぱりなくなっていることが判明したからである。
不思議なことに三千メートル以下の地域の気圧、気流などは正常であり、そこから上の空間も引力などはそのままであった。
おまけに見た目もまるで空気があるように見えていた。
見上げれば空気のないはずのところにさわやかに澄みわたった青空が見え、そこにはぽっかりと浮かんだ白い雲がほのぼのと漂よっている。
おまけに考えられないことに、そこから時おり雨まで降ってくるのだ。
しかし実際のところは、空気は完全になくなっていた。
もちろんその地域に生息していた生命体は、人間も含めてみんな仲良く死滅していた。
そしてさらに恐ろしいことに、突然できた宇宙空間との境――影響力はあるが頭がいいとは言いがたいある人が、それを安直にもデッドラインと名づけた――が、日に日に下降していることが判ったのである。
人々はパニックにおちいり、高地に住む人々は平地へと避難した。
平地は次々やってくる避難民であふれ、混乱に拍車をかけることになった。
しかし、逃げ遅れる人も少なくはなかった。
デッドラインは最初わりあいゆっくりと下降していたが、一定の時間ごとに一定の割合で、そのスピードをはやめていった。
しかもそれは決して止まることがなく、このペースでいけば地球上の空気が完全になくなるのも、時間の問題と思われた。
そしてデッドラインのスピードの変化に合わせるように、毎回宇宙の彼方から同様のメッセージが、しつこいまでに送られてきた。
当然科学者達はこのふたつのことを関連づけ、それこそ文字どおり〝命がけ〟でメッセージの解読にあたった。
ある者は「これは宇宙人の宣戦布告だ」と言い、またある者は「われわれを助ける方法をメッセージとして送っているのに違いない」と力説した。
その中で一人の異端の言語学者が
「ガス代が未納だからさっさと払え、と言っている」
と自信たっぷりに発表したが、誰も相手にする者はいなかった。
結局、世界中の科学者達が目に血を入れて、よってたかって解読できたのは――オテロントス――と言う単語ただ一つだけである。
おまけにその――オテロントス――という言葉の意味は、誰にも皆目見当がつかなかった。
そのうちに地上は完全にパニック状態におちいった。
国や政治や経済はもちろんのこと、警察などの組織も全て崩壊した。
人々は奪い合い、殺し合い、数箇所では小さな戦争までもおきていた。
独自に解読を続ける科学者もいたが、マスメディアの停止により――と言うより誰一人まともに働かなくなり――それが発表されることはなかった。
個人、または組織ぐるみで地面に穴を掘り、地下に逃げる人々が現れ、地上はいたるところ穴ぼこだらけとなった。
その大混乱の中でもデッドラインは少しも休むことなく、ひたすらマイペースですいすい下降を続けていた。
そして地上十メートルほどになった時、世界中の人々が心の底から叫んだ。「もう、だめだ。もう限界だ!」
するとデッドラインはぴたりと止まった。
しばらく見守っていたが、下降する気配が全くない。
生き残った人たちは胸をなでおろし、かわりはてた地上の再建へと動き始めた。
そして新しい政治や経済体制、交通やマスコミなどの機関が生まれ、再建のめどが立ち始めた時、再び宇宙の彼方よりメッセージが送られてきた。
それはそれまでとはやや異なる内容で、ヒステリックなまでに繰り返し送られてきたのである。
そして生き延びた科学者達が再度解読にあたり始めた時、地球上の空気が一瞬にして全て消滅した。
地球は完全に死の星となった。
地球からはるか彼方の位置に、知的生命体の住む一つの星があった。
その星の地方の小さな町にある小さなビルの一室で、地球人に似たその星の住人二人が、何事かを話し合っていた。
「とうとう払ってくれませんでしたね、空気(ガス)の管理料」
「ああ、一万年も滞納するし、最後通告も無視したし、もう限界だ!」
「一万年前にはちゃんと払ってくれてたんでしょう。確かオテロントスの人たちが」
「ああ、オテロントスの住人はちゃんと払ってくれていたよ。そう言えば今の地球人のやつらは、オテロントスのことを、アトランティスとか呼んでたな」
終
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