言霊有資格者

ツヨシ

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言霊有資格者

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あるところに背が低く、ぎょろ目で、がにまたで、出っ歯の中年男が、ぼけーっと立っていました。

そこに若くてすらっと背が高く、端正な顔立ちの男が歩いて来ました。

二枚目はさわやかな笑顔をふりまきながら、出っ歯中年に声をかけてきました。

「やあ、久しぶりだな」

「あらーっ、久しぶりやわ。そんで、どないでっか? 最近」

「僕のほうは順調だよ。そっちはどうだい?」

「あきまへんなあ」

「あきまへん? どうして。あの実験場は、比較的有望だったはずだが」

「それがあんさん、ぜんぜんあきまへんのや。ごっつう変な生物が発生しましてなあ。計算外の突然変異で生まれたみたいなんやけど。そいつらがものすごい勢いで繁殖しましてなあ」

「どんなふうに変なんだい。順調に進化しないとか」

「いや、進化はしてまんねん。それも、めちゃめちゃなスピードで」

「だったら問題ないんじゃないか」

「それが大問題なんやわ。進化はしております。たしかに間違いなく。しかし進化しながら自分で自分の首、しめてまんねん」

色男は少し考えてから言いました。

「でもその生物が自滅してしまえば、何の問題もなくなるんじゃないのかい?」

「それやったら、問題おまへん。しかしこいつら、めんめで自滅するのはかまへんのやけど、他の生物まで巻き込んでまんねん」

「それは大問題だなあ」

「そう大問題ですねん」

「なにか対策はあるのかい」

「あたりまえでんがな。ちゃんと考えておりま」

「どういうふうに?」

「昔からよく言いまっしゃろ。めんめのことは、めんめでせいって」

二枚目は再び考えてから言いました。

「君の言っている意味が、よくわからないのだが?」

「細工は流々仕上げをごろうじろってね。うまくいったらあんさんにも教えますさかいに。楽しみに待ってなはれ」

そう言って出っ歯は笑って手を振り、立ち去って行きました。

二枚目はそれを優しく見送りました。



ところかわって、ある日のあるところでの、ことです。

村尾信三という若い男が、自分の部屋でテレビを見ていました。

するといきなり目の前に、まばゆいばかりに光り輝くまっぱだかの中年男が、前も隠さずに現れました。

それは先ほど男前と話をしていた背が低く、ぎょろ目で、がにまたで、出っ歯の中年男でした。

村尾は本当に驚きました。

かわいそうに、こんなにもびっくりしたのは、生まれて初めてのことでしょう。

村尾が呆然あぜんとしているところに、光り輝く出っ歯の男が気安く声をかけてきました。

「まいど。実はあんさんに、おりいって頼みがありまんねん。これからわての言うこと、よう聞きや。わてこのへんの担当のもんなんやけど、最近このへん、めちゃめちゃでんなあ。あんたら人間ちゅうやつのおかげで。わて、ほんまに困ってまんねん。ほんまやで。……そこであんさんに言霊を授けることにしたんですわ。はい。言霊ちゅうたらいろんな意味があるねんけど、この場合は、あんさんのゆうたことが全部ほんまになる、現実のものになるちゅう力ですわ。ええもんでしゃろ。この力つこうて、このへんもっとようしてくれまへんか。どないでっしゃろか?」

村尾はなんのことかよくわからないままに、激しく首を上下に振りました。

「はーあー、わかってくれはりましたか。ありがとさんです。ほな言霊を授けますさかいに。……うーん、ふぅーん、ハイ……ふうっ、終わりましたで。これであんさんは、りっぱな言霊有資格者ですわ。わてのゆうたこと、忘れたらあきまへんで――っ。ちゃんとこのへん、ようしてや。ほな、さいなら――っ」

それだけ言うと、光り輝く出っ歯の中年男は、一瞬にして目の前から姿を消しました。

村尾は両手を後ろについて床に座り込んだまま、全く動きませんでした。

彼が何か次の行動を起こすまでには、もうしばらく時間がかかることでしょう。



あるところに光り輝く出っ歯の中年男がぼけーっと立っていました。

そこに先ほどの二枚目が再び通りかかりました。

イケメンはさわやかな笑顔を振りまきながら、出っ歯に声をかけてきました。

「やあ、また会ったね」

「あらーっ、奇遇やね。ついこの間会ったばっかしやのに。そいであんさん、どうでっか? 最近」

「僕のほうはあいかわらず順調だよ。で、そっちのほうはどうなんだい。何かいい案があるとか言っていたが」

「へえ、わかりました。それほどまでに聞きたいと言うなら、仕方ないわな。教えましょ。あんさんのたっての頼みやさかいに」

「いや、どうしても聞きたいというわけではないんだけど……」

出っ歯は何事もなかったかのように、そのまま続けました。

「変な生物が繁殖したって、言いましたやろ。覚えてまっか?」

「僕の言うことを、全然聞いてないな」

「で、この生物、悪いところもいっぱいあるねんけど、ええところもいっぱいありまんねん。しかも個体差ちゅうやつがありましてな。ええとこばっかしちゅうやつが、極まれにおりまんねん。実はそいつに、言霊をさずけましてん」

色男はとりあえず少し考えた後で、聞きました。

「言霊というと、言ったことが本当になるという、あの力のことかい。……失礼だけど、そんなものを他の星の生物に与える力が君にあったとは、かなり、とことん、ものすごくとてつもなく、意外だなあ」

「わてかてずーっと格下の、そのまた格下の生物やったら、できますがな。それに有効範囲は、辺境のド田舎のへき地にある地球っつう小さな星の上だけやし、有効期限はその星での一年だけやさかいに」

「一年で力が消えるのかい」

「いやまだ続きがあるんですわ。いくらええとこばっかりゆうやつ選んだとしても、人間っちゅうやつはたいした生きもんやおまへんから。それでは本当に、ようはなりまへん。そやから一年の有効期限が過ぎると、別の人間にその力が移りまんねん。それでこの計画は完成ですわ。そいつに最初のやつのミスを修正してもらうんですわ。わかりまっしゃろ。誰でも人のミスはわかっても、我のはわからんもんですさかいに」

「そうすると君がまたあのとんでもない辺境でド田舎のへき地に、力を授けに行くのかい」

「いや、わてかてあんなとんでもない辺境でド田舎のへき地に、何回も行けまっかいな。そいつの有効期限が切れたら、別のやつに力が自動的に移りますねん。そいつ以外で一番ましなやつにですわ」

「ふうん。そうすると今は最初に力を得た人間が、言霊を使っているわけだ」

「はいなーっ」

「それで少しは良くなったのかい」

「いや、まだ見てまへんねん」

二枚目は露骨に呆れた顔をしました。

「君、まだって。……見るだけならすぐにでもできるだろう」

「これから見るとこですねん」

「……あいかわらずだなあ、君は。それじゃあ見てみようか」

「へえ、了解ですわ。……うーん、ふうーん、ハイ……」

二人の足元の果てしなく広がる真っ白な床に、地球が大きく映し出されました。

「これが辺境でど田舎でへき地の星、地球かい」

「へえ、これが辺境でど田舎でへき地の星、地球でおます」

「前より良くなっているのかい」

「へえ、前とずいぶん違ってますさかいに、良くなってるに、決まってます。よくなってるに。……あれっ?」

「どうしたんだい?」

「あらーっ。またこれは、いったいどうゆうこっちゃ」

二人はあらゆる角度から地球を眺めました。

以前と違って地球には大陸がひとつだけになり、その他はすべて海でした。

その大陸には、万里の長城などぜんぜん比べものにならないほどのとてつもなく大きなアラビア風の宮殿が建っていました。

その大きさときたら、かつてのアフリカ大陸ほどの大きさの大陸のほとんどを占めており、大陸が一見小さな島に見えるほどでした。

その建物の高さは、エベレストの何倍にもなるでしょう。

そこに村尾信三が住んでいました。

彼は今、世界中のごちそうや酒、そして大勢の美女たちにかこまれていました。

美女たちは全員アラビアダンサー風の露出度の高い衣装を身にまとっていました。

ついでにいえば宮殿に流れているBGMもアラビア風でした。

アラビア風はあくまでアラビア風であって、アラビアそのものではありません。

村尾信三はアラビアに詳しいわけではありません。

にもかかわらず、何もかもがアラビア風なのは,村尾信三の「ハーレムは、アラビアの王様のものだ」という思いこみと言うかバカの一つ覚えが導き出した結果なのでした。

「あれで前よりよくなったのかい? 他の生物はいったいどうなったんだい。どこにも見あたらないが」

「あらららーっ、わての見込んだ村野信三ともあろうもんが、わがだけのために言霊を使うなんて。そんなん考えられへんわ。あの村野信三ともあろうもんが。……あれ? ちょっ、ちょっと待ってや」

「どうしたんだい?」

「ありゃーーっ、あいつ村野信三やおまへんがな。村尾信三やおまへんか」

「人違いなのかい」

「へえ、名前も似てるし、住所もご近所様だったもんで、まちごてしもたわ。えーと、村尾信三の性格はと……はあーっ、すけべ、バカ、わがまま、こんじょなし、陰険、嘘つき、小心者とでてますわ。村野信三とは全く正反対やな。一字違いで大違いちゅうのは、まさにこのことでんな」

「何をのんきなことを言ってるんだい。何とかしなくちゃ。……あれ?」

「あら?」

その時二人の頭上から、光り輝く者が現れました。

その輝きは二人のものよりはるかに強く、その頭の上にはさらに強く光る三重の輪をのせていました。

「うわーーっ〝神様のじょう〟や」

神様のランクは頭上にある光の輪の数で決まります。

二人は〝神様のなみ〟で、頭上の輪は一つしかありません。

そして二人とも、二つの輪を持つ〝神様のちゅう〟には、ごくまれにではありますが会ったことがあります。

しかし〝神様のじょう〟に会うのは、一億年以上生きてきてこれが初めてでした。

〝神様のじょう〟は二人に優しくお声をかけてきました。

「こら―――っ! いったい何をやっとるのだ、きさまらは!」

「いえいえ、私は何も。すべてこの者のやったことでございます」

「何ゆうてまんねん。あんさん、そらせっしょうやわ」

「何を言ってるんだい。僕は本当に何も関係ないじゃないか。じゃ、君、それじゃそういうことで。では〝神様のじょう〟様、私はこれにて失礼いたします」

「うむ」

「じゃ、わても、このへんで」

「待たんかい!」

とてつもなく大きな声でした。

「ひやーっ、すんません。わてが悪かった。お願いやさかいに、かんにんしてください」

「あやまってすむものではないわ。きさまにはあの実験場をまかせておったろう。それがなんだ、あのざまは」

「へえ、ほんのちょっとした手違いで」

「言い訳は聞きとうないわ。早く元に戻せ」

「できまへん」

「なんだと?」

「元に戻したいのはやまやまでっけど、できんもんは、できまへん」

〝神様のじょう〟の顔が、みるみる赤くなっていきました。

「きさま――っ」

「待って。ちょっと待ってえな。いまから説明しますさかいに。わてあの術で、自分の力の半分以上つこてますねん。それが元に戻るには、しばらく時間がかかるんですわ」

「それじゃあ力が戻ったら、ちゃんと元どおりにするんだな」

「それができまへんねん」

「なに―――っ」

〝神様のじょう〟の顔がさらに赤く染まっていきました。

「ちょっ、ちょっと待ってえなあ。お願いやさかいに。術をとくには、かける時の倍以上の力がいるんですわ。わてあの術に、自分の力の半分以上をつかいましてん。そやから力が満タンになっても、術とくことはできまへんねん。ねっ、わかりまっしゃろ?」

「ふーむ、なるほどな」

「そやから〝神様のじょう〟様であられるあんさんにお頼みします。わてのかわりに、わての術といておくんなはれ」

「できんな」

「へっ?」

「できんと言っておろうが。他人の術をとくにはその何倍、いや何十倍もの力がいる。いくらわしでも、そこまでの力はない」

「そんなーっ」

出っ歯の〝神様のなみ〟が、まさしく神に祈るがごとく、天を仰ぎました。

「全宇宙を治める全天界大王神明神主宰大先生なら可能であろうが」

「そんならその、全天界なんたらかんたら大先生に頼めんでしゃろか」

〝神様のじょう〟の顔が、赤色マックスに染まりました。

「ばかもの――っ! 全宇宙を治める全天界大王神明神主宰大先生が、辺境のそのまたはずれのへき地でど田舎の小さな星ごときに、かかわっていられるわけなど、ないであろうが、このたわけ者が――っ!」

「ひえ―――っ……ほな、どないしましょ?」

「きさまを第一級神様にこにこ法廷へ、連れて行くだけだ」

出っ歯の〝神様のなみ〟が、いやいや、をするように後ずさりを始めました。

「ひやーっ、あそこでっか。あそこだけはあきまへん。せめて第五級神様にこにこ法廷ぐらいに、してくれまへんか」

「きさま、つべこべ言える立場だと、思っておるのか!」

「……いや、思い出しましたわ。すっかり忘れてましたわ」

出っ歯の〝神様のなみ〟は、〝神様のじょう〟に、自分の術について詳しく説明をしました。

「すると言霊の力が、一年たつと別の人間に移るというわけなのか?」

「はいなーっ。それもオール全自動で、一番ましなやつにですわ」

「一番ましなやつと言っても、地球には村尾以外には、若い女しかおらんが」

「若い女ばっかしゆうても千人は超えてます。そのなかで一番ましなやつやったら、なんとかしまっしゃろ」

「あれよりはましにはなるか?」

「それは間違いおまへん」

「うむ、それならよい。それならよいぞ」

「へえ、ありがとさんです」

二人の神様は、仲良くしゃんしゃんと手を叩きました。



しかし〝神様のなみ〟はもちろんのこと、〝神様のじょう〟でさえ気がついてないことがありました。


それは村尾が若い女達に何を言ったのかです。

村尾は若い女達に「みなさん、自分を心から愛するように」と言って、言霊の力を使ったのではありません。

村尾の馬鹿がそんな気のきいたことを、思いつくはずがありませんから。

村尾は女達に「ほーらほーら女どもめ、俺の言うとおりにしろ」と命令したのです。

したがって彼女達の体は、否応なしに村尾の言うとおりに動きます。

しかしその心はそうではありませんでした。

心は完全に反発していました。

彼女達千人を超える美女達は、怒りと集団心理と女性特有の競争意識により、一人残らず同じことを考えていたのです。

ただひとつのことをです。

それは全員

「いつかはあのすっとこどっこいととっかわって、この私が、男ばかりのハーレムの女王様になってやる」

と思っていたのです。



           終 
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