赤いヒールの女

ツヨシ

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ハイキングに行った時のことだ。
それは何度も行っているハイキングコースだ。
慣れたもので、コースを外れて何回も山の中に入った。
しかしこれがいけなかった。
何度目かの時、戻ろうとしたのだが戻ることができなくなった。
完全に山の中で迷ってしまった。
――まずいぞ、こりゃ。
こっちじゃないか、あっちに違いないとずいぶんとさ迷った。
疲れもあり、途方に暮れて立ち尽くしていた時のことだ。
木々の向こうの少し離れたところに、若い女が歩いているのが見えた。
俺の手前が盛り上がっているので上半身しか見えなかったが、間違いなく白いワンピースの女が歩いているのだ。
あそこだ。
俺は女の後を追った。
ほどなくして細い山道に出た。
崖のすぐきわにある道だ。
今、軽装の女が俺の前を背を向けて歩いている。
白いワンピースはまだいいとして、なんと女は赤いハイヒールをはいているのだ。
とても山の中に入る格好ではない。
――なんだ、あの女は。
とは言え、俺はこの山道を知らない。
なので女の後をつけることにした。
山の中で女一人だ。
俺に気づいたら逃げ出してしまうかもしれない。
そうするといろいろと厄介だ。
俺は極めて静かに女の後を追った。
そしてすぐ横が崖ということもあり、女の歩いたところを歩いて行った。
すると踏み出して草を踏んだはずの俺の右足が、地面に届かなかった。
俺はそのまま崖下に落ちた。
――いってえっ。
落ちたところは草地だった。
身体のあちこちが痛かったが、深刻な怪我はしていないようだ。
草を踏んだ時にすでに気づいていたが、見上げてあらためて確認した。
俺が踏んだのはただ横に長く伸びた草の葉だった。
そこに地面はない。
しかし俺は見ていた。
細長い草の葉しかないところ、子猫でも落ちてしまうような草の上を、あの赤いヒールを履いた女は歩いていたのだ。

       終
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