1 / 17
プロローグ
あるドワーフの死
しおりを挟む
澄みわたる快晴の夏空のもと、眩しい真昼の太陽が密集した広葉樹のわずかな隙間を潜り抜け、無数の光の線となって差し込む仄暗い森の中、ドワーフの若者が一人、弁当の包みを手に木陰に座り、わずかにのぞく青い空を見上げていた。若者は、ドワーフの里と外界を隔てるこの森の見回り当番の交代のため、森の入り口近くの見張り小屋へと赴く道中である。やがて若者は立ち上がって、日が暮れる前に番小屋へ向かおうと、再び歩き出した。
里を隠すというだけあって鬱蒼とした森だが、歩くにしたがってそれも次第にまばらになり、見上げれば何にも邪魔されず空を眺める事ができるようになる。視界も明るくなり、ところどころ日光に照らさた足元の地面も多少踏み固められていて、そこが人の往来のある道である事をそれとなく主張していた。目的地が近づいている事を察した若者は歩きながら、やれやれとため息でもつくように大きく深呼吸をした。まだ夕暮れというほどには日は落ちていない。
そしてなんという事もなく空を見上げた時、大きな飛行生物の陰が、音もなくゆっくりとまっすぐ、視界を端から端まで横切って行った。
「龍?」
その姿形は遠目にも龍のようだった。
龍の姿を直接間近ではもちろん遠目に見る事もない伝説的な存在であるが、昔話を描いた本の挿絵に描かれている龍の姿にそっくりだなと、若者は思った。
くちばしのように長い顎、体長の半分は占めるであろう長い尾、一対の大きな翼を支えるがっしりした胴体に、ほど良くくびれた美しい首筋。
そして全身を覆うであろう虹色の鱗が、日光を撥ね返して輪郭を輝かせていた。
「珍しい物を見た。いい土産話になるな。」
若者の足取りは軽くなった。
「今日はなんか良い事があるかな。」
だが若者の願いは叶わなかった。
もう少しで番小屋につくというところで、若者の目に、行倒れているドワーフの姿が映った。若者はすぐにかけよって声をかける。
「もし、どうされました、大丈夫で…うっ!」
若者は嗚咽をもらし、思わず目を背けてしまった。行倒れと思われたのは、女性の死体だった。
番小屋に駆け込んだ若者からの報せを受けすぐさま、数人で死体を番小屋そばの空き地まで運んできた。誰もがその死体の異様さにうなっている。その死体には頭だけがなかったのだ。まるで正確に頭部だけを狙って齧りとられたかのように、額から上だけがなくなっている。それだけではなかった。臨月だったと思われる女の死体の腹は引き裂かれ、胎児が引きずり出されていたのだ。その胎児の頭も、母親同様に額から上だけが齧り取られていた。
ドワーフの隠れ里の入り口にあたるこの森では、里へ続く森の入り口が巧妙に隠されており、滅多なことでは、外の者はもちろん、獣でさえ入り込む事はない。しかし、この死体が、明確な意思をもって殺された…食われた事は明らかだった。
「…頭、いや、脳みそだけに執着する獣など…」
「…いやそんな事あるはずが…」
「…まさか、伝説の…」
「…『頭喰いの邪龍』…」
「…実在するのか…」
〈頭喰い〉、それは里に伝わるおとぎ話に登場する架空の魔物であった…今日、この時までは。
夜遅くだったが、里から数人の護衛の兵士とともに、里の長が、自ら死体を見分するために番小屋まで出向いた。
里の長は女性と胎児の死体をしげしげと眺め、言った。
「これは…、クレスの女房か…?」
「そのようです。クレスの喪が明けてすぐ、こっそり里を出ようとしたところを、〈頭喰い〉にやられたのでしょう。こいつにとっては、運が良かったのか悪かったのか…。」
「〈頭喰い〉はただの言い伝えじゃろ。」
そして里の長は胎児の死体に目をやった。
「…クレスの子ではないようじゃな…」
胎児の肌は、ドワーフ族の子供らしからぬ色白の肌で、その耳はそれとわかるほど長かった。それはエルフ族の特徴である。
里の長は呟いた。
「クレスの奴め、なぜこんな女を里に連れきたのか…。何を企んでおったのじゃ…。」
その答は誰にも分からなかった。しばらく沈黙が続き、見張り番の一人が口を開いた。
「長、死体はどうしますか。里に戻してクレスの墓に埋葬しますか。」
「…、いや、里に戻す事は相成らぬ。」
「しかし、まがりなりにも、里の英雄の女房ですよ。」
「…あやつが森の外から連れてきた女じゃ。外から来たものは外に返してやればよい。それにこれはあいつの子ですらない。」
「しかし、」
「ならぬものはならん。異種族と交わる事は法度じゃ。里の掟に違うものを里に戻すことはできぬ…。森の外に捨て置け。そのうち獣の餌になるであろう。わかったらさっさと始末しろ。」
里の長はそれだけ言い、死体にはもう興味がないとばかりに踵を返し、護衛とともに里へと帰って行った。
その場に残された者達は、しばらくは里の長達を黙って見送っていたが、誰からともなく深く溜め息をつき、二人の死体をぼろ布に包んで、森の外へと運び出した。
里を隠すというだけあって鬱蒼とした森だが、歩くにしたがってそれも次第にまばらになり、見上げれば何にも邪魔されず空を眺める事ができるようになる。視界も明るくなり、ところどころ日光に照らさた足元の地面も多少踏み固められていて、そこが人の往来のある道である事をそれとなく主張していた。目的地が近づいている事を察した若者は歩きながら、やれやれとため息でもつくように大きく深呼吸をした。まだ夕暮れというほどには日は落ちていない。
そしてなんという事もなく空を見上げた時、大きな飛行生物の陰が、音もなくゆっくりとまっすぐ、視界を端から端まで横切って行った。
「龍?」
その姿形は遠目にも龍のようだった。
龍の姿を直接間近ではもちろん遠目に見る事もない伝説的な存在であるが、昔話を描いた本の挿絵に描かれている龍の姿にそっくりだなと、若者は思った。
くちばしのように長い顎、体長の半分は占めるであろう長い尾、一対の大きな翼を支えるがっしりした胴体に、ほど良くくびれた美しい首筋。
そして全身を覆うであろう虹色の鱗が、日光を撥ね返して輪郭を輝かせていた。
「珍しい物を見た。いい土産話になるな。」
若者の足取りは軽くなった。
「今日はなんか良い事があるかな。」
だが若者の願いは叶わなかった。
もう少しで番小屋につくというところで、若者の目に、行倒れているドワーフの姿が映った。若者はすぐにかけよって声をかける。
「もし、どうされました、大丈夫で…うっ!」
若者は嗚咽をもらし、思わず目を背けてしまった。行倒れと思われたのは、女性の死体だった。
番小屋に駆け込んだ若者からの報せを受けすぐさま、数人で死体を番小屋そばの空き地まで運んできた。誰もがその死体の異様さにうなっている。その死体には頭だけがなかったのだ。まるで正確に頭部だけを狙って齧りとられたかのように、額から上だけがなくなっている。それだけではなかった。臨月だったと思われる女の死体の腹は引き裂かれ、胎児が引きずり出されていたのだ。その胎児の頭も、母親同様に額から上だけが齧り取られていた。
ドワーフの隠れ里の入り口にあたるこの森では、里へ続く森の入り口が巧妙に隠されており、滅多なことでは、外の者はもちろん、獣でさえ入り込む事はない。しかし、この死体が、明確な意思をもって殺された…食われた事は明らかだった。
「…頭、いや、脳みそだけに執着する獣など…」
「…いやそんな事あるはずが…」
「…まさか、伝説の…」
「…『頭喰いの邪龍』…」
「…実在するのか…」
〈頭喰い〉、それは里に伝わるおとぎ話に登場する架空の魔物であった…今日、この時までは。
夜遅くだったが、里から数人の護衛の兵士とともに、里の長が、自ら死体を見分するために番小屋まで出向いた。
里の長は女性と胎児の死体をしげしげと眺め、言った。
「これは…、クレスの女房か…?」
「そのようです。クレスの喪が明けてすぐ、こっそり里を出ようとしたところを、〈頭喰い〉にやられたのでしょう。こいつにとっては、運が良かったのか悪かったのか…。」
「〈頭喰い〉はただの言い伝えじゃろ。」
そして里の長は胎児の死体に目をやった。
「…クレスの子ではないようじゃな…」
胎児の肌は、ドワーフ族の子供らしからぬ色白の肌で、その耳はそれとわかるほど長かった。それはエルフ族の特徴である。
里の長は呟いた。
「クレスの奴め、なぜこんな女を里に連れきたのか…。何を企んでおったのじゃ…。」
その答は誰にも分からなかった。しばらく沈黙が続き、見張り番の一人が口を開いた。
「長、死体はどうしますか。里に戻してクレスの墓に埋葬しますか。」
「…、いや、里に戻す事は相成らぬ。」
「しかし、まがりなりにも、里の英雄の女房ですよ。」
「…あやつが森の外から連れてきた女じゃ。外から来たものは外に返してやればよい。それにこれはあいつの子ですらない。」
「しかし、」
「ならぬものはならん。異種族と交わる事は法度じゃ。里の掟に違うものを里に戻すことはできぬ…。森の外に捨て置け。そのうち獣の餌になるであろう。わかったらさっさと始末しろ。」
里の長はそれだけ言い、死体にはもう興味がないとばかりに踵を返し、護衛とともに里へと帰って行った。
その場に残された者達は、しばらくは里の長達を黙って見送っていたが、誰からともなく深く溜め息をつき、二人の死体をぼろ布に包んで、森の外へと運び出した。
0
あなたにおすすめの小説
レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった
あめとおと
ファンタジー
異世界に転移した主人公が得たスキルは【地図作成】。
戦闘能力ゼロ、初期レベル1。
冒険者ギルドでは「外れスキル」と笑われ、
新人向けの雑用クエストしか回ってこない。
しかしそのスキルは、
ダンジョンの隠し通路、未踏破エリア、消えた古代文明の痕跡まで“地図に表示する”
という、とんでもない能力だった。
生き残るために始めた地味な探索が、
やがて世界の秘密と、国家すら動かす大冒険へ――。
これは、
戦えない主人公が“冒険そのもの”で成り上がる物語。
同作品を「小説家になろう」で先行配信してます。
国王像にヒゲを生やしただけで無人島に送られました!
忍絵 奉公
ファンタジー
国王像にヒゲを一本描いただけ。それだけの理由で青年リオは「国家反逆罪」というとんでもなくくだらない冤罪を着せられ、島流しにされてしまう。だが護送中の船は嵐に遭遇し、辿り着いたのは地図にも載らない完全な無人島だった。
生存能力ゼロ、知識ゼロのポンコツ状態で始まったサバイバル生活は、なぜか喋るカニや歪む空間など、次第におかしな方向へ転がり始める。
やがてリオは、
一番偉い悪魔、四大神獣、そして偉そうな神様たちが軽く喧嘩しながらバーベキューをしている場所に辿り着く。
しかも、国王像ヒゲ事件は――実は宇宙規模の因果の一部だったと知らされる。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる