頭喰いのだらだら記

kuro-yo

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プロローグ

あるドワーフの死

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 澄みわたる快晴の夏空のもと、眩しい真昼の太陽が密集した広葉樹のわずかな隙間を潜り抜け、無数の光の線となって差し込む仄暗い森の中、ドワーフの若者が一人、弁当の包みを手に木陰に座り、わずかにのぞく青い空を見上げていた。若者は、ドワーフの里と外界を隔てるこの森の見回り当番の交代のため、森の入り口近くの見張り小屋へと赴く道中である。やがて若者は立ち上がって、日が暮れる前に番小屋へ向かおうと、再び歩き出した。
 里を隠すというだけあって鬱蒼とした森だが、歩くにしたがってそれも次第にまばらになり、見上げれば何にも邪魔されず空を眺める事ができるようになる。視界も明るくなり、ところどころ日光に照らさた足元の地面も多少踏み固められていて、そこが人の往来のある道である事をそれとなく主張していた。目的地が近づいている事を察した若者は歩きながら、やれやれとため息でもつくように大きく深呼吸をした。まだ夕暮れというほどには日は落ちていない。

 そしてなんという事もなく空を見上げた時、大きな飛行生物の陰が、音もなくゆっくりとまっすぐ、視界を端から端まで横切って行った。

「龍?」

 その姿形は遠目にも龍のようだった。

 龍の姿を直接間近ではもちろん遠目に見る事もない伝説的な存在であるが、昔話を描いた本の挿絵に描かれている龍の姿にそっくりだなと、若者は思った。
 くちばしのように長い顎、体長の半分は占めるであろう長い尾、一対の大きな翼を支えるがっしりした胴体に、ほど良くくびれた美しい首筋。
 そして全身を覆うであろう虹色の鱗が、日光を撥ね返して輪郭を輝かせていた。

「珍しい物を見た。いい土産話になるな。」

 若者の足取りは軽くなった。

「今日はなんか良い事があるかな。」 



 だが若者の願いは叶わなかった。

 もう少しで番小屋につくというところで、若者の目に、行倒れているドワーフの姿が映った。若者はすぐにかけよって声をかける。

「もし、どうされました、大丈夫で…うっ!」

 若者は嗚咽をもらし、思わず目を背けてしまった。行倒れと思われたのは、女性の死体だった。



 番小屋に駆け込んだ若者からの報せを受けすぐさま、数人で死体を番小屋そばの空き地まで運んできた。誰もがその死体の異様さにうなっている。その死体にはがなかったのだ。まるで正確に頭部だけを狙って齧りとられたかのように、額から上だけがなくなっている。それだけではなかった。臨月だったと思われる女の死体の腹は引き裂かれ、胎児が引きずり出されていたのだ。その胎児の頭も、母親同様に額から上だけが齧り取られていた。
 ドワーフの隠れ里の入り口にあたるこの森では、里へ続く森の入り口が巧妙に隠されており、滅多なことでは、外の者はもちろん、獣でさえ入り込む事はない。しかし、この死体が、明確な意思をもって殺された…食われた事は明らかだった。

「…頭、いや、脳みそだけに執着する獣など…」
「…いやそんな事あるはずが…」
「…まさか、伝説の…」
「…『かしら喰いの邪龍』…」
「…実在するのか…」

 〈頭喰い〉、それは里に伝わるおとぎ話に登場する架空の魔物であった…今日、この時までは。



 夜遅くだったが、里から数人の護衛の兵士とともに、里の長が、自ら死体を見分するために番小屋まで出向いた。

 里の長は女性と胎児の死体をしげしげと眺め、言った。

「これは…、クレスの女房か…?」

「そのようです。クレスの喪が明けてすぐ、こっそり里を出ようとしたところを、〈頭喰い〉にやられたのでしょう。こいつにとっては、運が良かったのか悪かったのか…。」

「〈頭喰い〉はただの言い伝えじゃろ。」

 そして里の長は胎児の死体に目をやった。

「…クレスの子ではないようじゃな…」

 胎児の肌は、ドワーフ族の子供らしからぬ色白の肌で、その耳はそれとわかるほど長かった。それはエルフ族の特徴である。
 里の長は呟いた。

「クレスの奴め、なぜこんな女を里に連れきたのか…。何を企んでおったのじゃ…。」

 その答は誰にも分からなかった。しばらく沈黙が続き、見張り番の一人が口を開いた。

「長、死体はどうしますか。里に戻してクレスの墓に埋葬しますか。」

「…、いや、里に戻す事は相成らぬ。」

「しかし、まがりなりにも、里の英雄クレスの女房ですよ。」

「…あやつが森の外から連れてきた女じゃ。外から来たものは外に返してやればよい。それにはあいつの子ですらない。」

「しかし、」

「ならぬものはならん。異種族と交わる事は法度じゃ。里の掟に違うものを里に戻すことはできぬ…。森の外に捨て置け。そのうち獣の餌になるであろう。わかったらさっさと始末しろ。」

 里の長はそれだけ言い、死体にはもう興味がないとばかりに踵を返し、護衛とともに里へと帰って行った。



 その場に残された者達は、しばらくは里の長達を黙って見送っていたが、誰からともなく深く溜め息をつき、二人の死体をぼろ布に包んで、森の外へと運び出した。

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