女とじゃイケなかったので男としたらめくるめく経験をして恋に落ちました。

乃木のき

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エピローグ

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 目を覚ますとカーテンの外が明るくなっていた。
 朝方まで抱き合っていて寝たのはほんの数時間前だ。気怠い体を少しだけ伸ばす。
 隣を見ると彰仁がスウスウと気持ちよさそうな寝息を立てている。遊里は前髪を取るとそっと流した。閉じたまぶたのふちがほんのり赤いのは気持ちがよくて散々泣いたからだ。
 
 冷やしてあげればよかったかなと思いながら体をたどるといくつもの赤い執着が散っていた。マーキングと言われようが余計な虫がつかないに越したことはない。

 枕元のスマホがチカチカと光る。
 さっきから目障りだったのはこれかと手に取るとホーム画面にはたくさんの通知が並んでいた。どれも高田からだった。
 一瞬見なかったことにしようかと放り出しかけたけど、いや、今がいい機会だなと思い直してベッドから這い出した。
 
 シャツを羽織ってベランダに出る。
 登校途中の子供たちが賑やかにランドセルを背負って歩いているのが目に入った。穏やかな日常の風景を見ながら冷蔵庫から取り出してきた水を口に含んだ。
 冷たい清潔がのどを潤していく。

 また手の中がブルブルと震えた。
 しつこすぎて笑える。何回かけても出ないってことはそれなりの理由があるってわかれよ、頭おかしいんじゃねえの。

「はい」と不愛想な声で対応する。
 彰仁に対して絶対に発しないレベルの声。というかこれが素。

『ちょっと。さっきからかけてるんだけど』
「寝てました」
『寝てるって何よ。夜中だろうが朝だろうがでなさいよ、ミュージシャンなんでしょ』

 自分では可愛いと思ってるらしいキンキンしたアニメ声にうんざりする。これでよくハードロックやろうと思ったよな。ただの話題稼ぎだって笑われてんぞ。

「はいはい。で、いつでも対応しなきゃいけないミュージシャンに何の用ですか?」
『っていうか今どこよ。あんたんちに行ったけど留守じゃないの』
「どこだっていいだろ。つか勝手に来るなよ」
『だって会って話したかったし』
「だから何の用?」

 イライラしてきた。
 楽曲のコンセプトとして色っぽい絡みを強制されたからしたまでの事。それを何を勘違いしたのかプライベートにも持ち込もうとする神経が分からない。お前なんか興味ないよと言いたいのをずっと我慢してきたけど、今なら言える。

「言わせてもらえば、あなたにプライベートで顔をだされる筋合いないんだけど」

 ストレートな言い分に高田は黙り込んだ。傷つけたとかそんなのどうでもいいから畳みかける。

「あとから事務所に連絡するつもりだったけど、先に言っとくわ。今回の曲で俺は手を引くから」
『えっ? 何言ってるの? 嘘でしょ』
「嘘じゃないし。もう用無しって言うか」

 あータバコ欲しいと思いながら水を口にふくんだ。
 彰仁が嫌がるかと思ってやめていたタバコ。あの人の為なら何をやめても惜しくない。

『え、何、どうしちゃったの、遊里くん。わたしたちうまくいってたよね?』
「うまくいってたって何を? 仕事でしょ。そこを勘違いされても」

 彰仁を手に入れるために幾重にも張り巡らせた罠の一つ。
 それが今回の茶番だ。テレビなんてどうでもいいし興味もないけど彼の気を引くために必要なトリガーだった。
 他の女と絡む姿を、忙しくて会えないじれったさを彰仁に感じてもらうために。

 遊里はベランダの柵から下を覗きながら、くっと口角を上げた。

 全てうまくいったのだ。
 初めの出会いこそ偶然だった。誰も信じられない世の中で、彰仁に会った瞬間この人だと思った。あの人だけが真実で光だと思った。
 子供だったから離れ離れになってしまったのは痛恨のミスだ。自分を呪いたくなったけれど運命は遊里に微笑んだのだ。

 居酒屋で再開したと彰仁は思っているけれど違う。
 その前にもう一度出会っている。

 施設を出てミュージシャンとして駆け出しだった頃のことだ。
 実力をつけようと路上ライブをしていたことがある。日付が変わるまで人通りの多い道で音楽を掻き鳴らす。楽しそうに見ていってくれる人もいるし、邪魔だとわめく大人もいた。

「さっきからうっせーなヘタクソ」

 突然の罵声に顔を上げると知らない男が酔っぱらって赤くなった顔で遊里を見上げていた。フラフラと揺れながら「いいご身分だよなあ」と絡みだす。
 ああヤダな酔っぱい。
 理性のない醜さに気がつかないんだろうか。
 ここはあえて絡まないようにと無視をしたのが気に入らなかったのか、男はこぶしをふりあげた。

「こっちは毎日ペコペコ働いてるって言うのにお前みたいな遊んでるやつを見るとイライラすんだよ」

 知らねーよ、と答えかけた遊里の目の前でニコニコと穏やかな笑みを浮かべたスーツ姿の人が男をとめた。

「先輩っ。飲みすぎですよ。ほら行きましょう」
「うっさい。お前は顔がいいからってなんでも調子よく笑ってればいいから気楽だよな」
「やだな。そんなことないですよ。先輩のすごさをみんな知ってますから。ね?」

 そのニコニコとした作り笑顔を見た瞬間、この人だと気がついた。
 彰仁さんだ。
 間違いない。
 子供の頃につまらなそうに笑みを浮かべたこの人を守ってあげたかったんだ。全然変わってない。それ以上に闇が増しててたまらない。

「あ、あのっ」
 
 遊里のことを覚えているだろうか。
 名前を言ったら思い出してくれる?
 だけどうまく言葉が出てこない。気がつかないのか彰仁はニコニコしたまま遊里に頭を下げた。

「ごめんね。嫌な気持ちにさせちゃったよね。演奏すごくよかったとおれは思う」

 そして施しのお金を楽器ケースに落としたのだ。
 欲しかったのはそんなものじゃないのに。

「がんばってね」

 そう言い残して酔っぱらった男の腕を肩に背負い歩き出す。
 やめろ触るなその人は俺のものだ。
 言いかけた言葉は音にならなくて急いで楽器をしまって後をつけた。

 
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