女とじゃイケなかったので男としたらめくるめく経験をして恋に落ちました。

乃木のき

文字の大きさ
35 / 36
エピローグ

35

しおりを挟む
 目を覚ますとカーテンの外が明るくなっていた。
 朝方まで抱き合っていて寝たのはほんの数時間前だ。気怠い体を少しだけ伸ばす。
 隣を見ると彰仁がスウスウと気持ちよさそうな寝息を立てている。遊里は前髪を取るとそっと流した。閉じたまぶたのふちがほんのり赤いのは気持ちがよくて散々泣いたからだ。
 
 冷やしてあげればよかったかなと思いながら体をたどるといくつもの赤い執着が散っていた。マーキングと言われようが余計な虫がつかないに越したことはない。

 枕元のスマホがチカチカと光る。
 さっきから目障りだったのはこれかと手に取るとホーム画面にはたくさんの通知が並んでいた。どれも高田からだった。
 一瞬見なかったことにしようかと放り出しかけたけど、いや、今がいい機会だなと思い直してベッドから這い出した。
 
 シャツを羽織ってベランダに出る。
 登校途中の子供たちが賑やかにランドセルを背負って歩いているのが目に入った。穏やかな日常の風景を見ながら冷蔵庫から取り出してきた水を口に含んだ。
 冷たい清潔がのどを潤していく。

 また手の中がブルブルと震えた。
 しつこすぎて笑える。何回かけても出ないってことはそれなりの理由があるってわかれよ、頭おかしいんじゃねえの。

「はい」と不愛想な声で対応する。
 彰仁に対して絶対に発しないレベルの声。というかこれが素。

『ちょっと。さっきからかけてるんだけど』
「寝てました」
『寝てるって何よ。夜中だろうが朝だろうがでなさいよ、ミュージシャンなんでしょ』

 自分では可愛いと思ってるらしいキンキンしたアニメ声にうんざりする。これでよくハードロックやろうと思ったよな。ただの話題稼ぎだって笑われてんぞ。

「はいはい。で、いつでも対応しなきゃいけないミュージシャンに何の用ですか?」
『っていうか今どこよ。あんたんちに行ったけど留守じゃないの』
「どこだっていいだろ。つか勝手に来るなよ」
『だって会って話したかったし』
「だから何の用?」

 イライラしてきた。
 楽曲のコンセプトとして色っぽい絡みを強制されたからしたまでの事。それを何を勘違いしたのかプライベートにも持ち込もうとする神経が分からない。お前なんか興味ないよと言いたいのをずっと我慢してきたけど、今なら言える。

「言わせてもらえば、あなたにプライベートで顔をだされる筋合いないんだけど」

 ストレートな言い分に高田は黙り込んだ。傷つけたとかそんなのどうでもいいから畳みかける。

「あとから事務所に連絡するつもりだったけど、先に言っとくわ。今回の曲で俺は手を引くから」
『えっ? 何言ってるの? 嘘でしょ』
「嘘じゃないし。もう用無しって言うか」

 あータバコ欲しいと思いながら水を口にふくんだ。
 彰仁が嫌がるかと思ってやめていたタバコ。あの人の為なら何をやめても惜しくない。

『え、何、どうしちゃったの、遊里くん。わたしたちうまくいってたよね?』
「うまくいってたって何を? 仕事でしょ。そこを勘違いされても」

 彰仁を手に入れるために幾重にも張り巡らせた罠の一つ。
 それが今回の茶番だ。テレビなんてどうでもいいし興味もないけど彼の気を引くために必要なトリガーだった。
 他の女と絡む姿を、忙しくて会えないじれったさを彰仁に感じてもらうために。

 遊里はベランダの柵から下を覗きながら、くっと口角を上げた。

 全てうまくいったのだ。
 初めの出会いこそ偶然だった。誰も信じられない世の中で、彰仁に会った瞬間この人だと思った。あの人だけが真実で光だと思った。
 子供だったから離れ離れになってしまったのは痛恨のミスだ。自分を呪いたくなったけれど運命は遊里に微笑んだのだ。

 居酒屋で再開したと彰仁は思っているけれど違う。
 その前にもう一度出会っている。

 施設を出てミュージシャンとして駆け出しだった頃のことだ。
 実力をつけようと路上ライブをしていたことがある。日付が変わるまで人通りの多い道で音楽を掻き鳴らす。楽しそうに見ていってくれる人もいるし、邪魔だとわめく大人もいた。

「さっきからうっせーなヘタクソ」

 突然の罵声に顔を上げると知らない男が酔っぱらって赤くなった顔で遊里を見上げていた。フラフラと揺れながら「いいご身分だよなあ」と絡みだす。
 ああヤダな酔っぱい。
 理性のない醜さに気がつかないんだろうか。
 ここはあえて絡まないようにと無視をしたのが気に入らなかったのか、男はこぶしをふりあげた。

「こっちは毎日ペコペコ働いてるって言うのにお前みたいな遊んでるやつを見るとイライラすんだよ」

 知らねーよ、と答えかけた遊里の目の前でニコニコと穏やかな笑みを浮かべたスーツ姿の人が男をとめた。

「先輩っ。飲みすぎですよ。ほら行きましょう」
「うっさい。お前は顔がいいからってなんでも調子よく笑ってればいいから気楽だよな」
「やだな。そんなことないですよ。先輩のすごさをみんな知ってますから。ね?」

 そのニコニコとした作り笑顔を見た瞬間、この人だと気がついた。
 彰仁さんだ。
 間違いない。
 子供の頃につまらなそうに笑みを浮かべたこの人を守ってあげたかったんだ。全然変わってない。それ以上に闇が増しててたまらない。

「あ、あのっ」
 
 遊里のことを覚えているだろうか。
 名前を言ったら思い出してくれる?
 だけどうまく言葉が出てこない。気がつかないのか彰仁はニコニコしたまま遊里に頭を下げた。

「ごめんね。嫌な気持ちにさせちゃったよね。演奏すごくよかったとおれは思う」

 そして施しのお金を楽器ケースに落としたのだ。
 欲しかったのはそんなものじゃないのに。

「がんばってね」

 そう言い残して酔っぱらった男の腕を肩に背負い歩き出す。
 やめろ触るなその人は俺のものだ。
 言いかけた言葉は音にならなくて急いで楽器をしまって後をつけた。

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...