雪の王と雪の男

乃木のき

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 ひゅんと風を切って小型のナイフが顔をかすめた。
 頬に熱い痛みが走り、スっと一筋の線が入る。

「おしいっ」

 男は足元をよろつかせ、荒い息を繰り返しながらも晃成へとナイフを向け続けた。今このチャンスを逃さないとばかりに晃成を煽る。

「怒っただろ? ほら、早く、本性をカメラ写せって言ってんだよ」

 フラフラしながらもナイフをかざし突きつける。

「やめろ! おれはお前たちに危害を加えるつもりはない」
「ははっ、雪男が何か言ってるぜ」

 笑い声にシュンっと早い球の音がかぶさった。みると洞穴の中からエアガンが晃成を狙っていた。

「俺はお前たちを助けに来ただけだ!」

 遭難し、今にも尽きかけた命を救いたい一心で。
 だけど彼らにそれは届かず、卑下た笑い声が聞こえるだけだ。逃げる晃成を追いかけ腕や顔にもエアガンの弾を当てる。小さな威力でも晃成に傷を作った。

「やめろ!!」

 叫ぶと喝采が上がった。

「いいね。雪男さん、もっと暴れろよ」

 ナイフが振りかざされた。
 話が通じない。
 これ以上続けても意味がないとナイフを握った腕をグっと掴んでそのままひっくり返した。警察が犯人を捕らえるような動きで相手をしとめる。雪の上に転がされた男は大げさなほど叫んだ。

「ぐああああ!」

 その間もカメラを構えた男はじっと二人の姿を映している。まるで感情のないロボットのような動きにゾワリと背筋に冷たい汗が流れた。

 本当に何もかもが通じない。
 ただ自分たちの欲しい場面の為だけに動いているこれは人間なのか。

「くそお! 殺すなら殺せ!」

 晃成に捕えられた男は演技がかった声をあげた。力を入れていないからすぐにでも逃れられるはずなのに、晃成を暴力的な化け物として仕上げようとしている。

 ふいに大きな振動が地面を揺るがした。
 ドオンっという音が近づいてくる。
 晃成は刃物を躱しながらあたりを見渡した。
 遠くで再び雪が崩れる音がしている。気温が高くなっているのだ、いつここも雪崩に襲われるかわからない。

「雪崩が来る。早く逃げろ!」
 男をつまみ上げて起こすと晃成は先を促した。
「ここから下にたどり着く。雪崩が起きる前に早く!」

 だけど起こされた男はつまらなさそうに顔を歪めると、ヒソリと囁いた。

「そんな正論なんも楽しくないだろ? 欲しいのはドラマなんだ、よっ!」

 その瞬間、重たい振動が晃成に伝わった。
 温かな命がドっと噴き出し腹から流れていく。遅れて激しい痛みが遅い、刺されたと気がついた時には雪が真っ赤に染まっていた。

「見ろよ。バケモノでも血は赤いんだな。こんなに流れて、ははっ、もしかして死ぬんじゃないのか」

 興奮した声に晃成は気持ちが冷えていくのが分かった。晃成の零した血にカメラが向けられている。
 生き物に流れる命の証でさえ、投稿の対象になり世界中に拡散されていく。
 面白いか、と声に出していた。

「血を流す俺は面白いのか」

 人間も他の生き物だって命があるから生きているのだ。まったく違う生命体であっても、尊重されるべきもの。
 それがあまりにも軽んじらている。

「俺は人間だ。あなたたちと変わらない」

 切実な言葉は笑い声にかき消された。
 一人がさも可笑しいとばかりに笑い声を立てるとそれに釣られるように笑い声が広がっていく。ゲラゲラと笑う醜く歪んだ表情に背筋が凍った。

「何がおかしい」

「お兄さんが人間だとしてもさ、それっぽくて山ん中に住んでれば視聴者は勝手にジャッジしてくれるんだよ。拡散され広がっていく。俺たちは売れればそれでいいんだよ」

 理解できずに聞き返すと彼らはペっと唾を吐き捨て凄んだ。

「あのさあ、さっきからオッサンうるさいんだよね。こっちは面白い動画が取りたいの。説教とか要らねーの。黙ってバケモノの正体を現して暴れてくれればいいわけ。何でわかんないかなあ?」

 ああ、そうか、と口元に歪んだ笑みが広がっていく。
 彼らが欲しているのは動画の再生回数と歪んだ承認欲求だけなのだ。シンプルにそれだけ。

 ずっと向けられていたカメラが撮影したものは面白おかしく編集され間もなく世界中を駆け巡るのだろう。勝手にすればいい。
 こんな奴らから雪華を守らなければ。今すぐ城へ戻れと言わなきゃいけない。一生の別れになったとしてもこんなくだらない奴らに穢されるわけにはいかない。
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