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第三章
御崎駅
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春見駅は全国の中でも指を折って数えられるほどの知名度を誇っていた。毎日駅のホームには人がごった返していた。その多くは学生や会社員が通勤の足として利用していた。
改札を通る人数が多いということが知名度の高さに繋がっているが、ただ、それだけでは全国の中に点在している他の駅となんら変わりない。
春見市は多くの通勤者を顧客に出来ないかと春見駅に多額の財源を使った。駅の規模を拡張するとともに、コンビニから雑貨店まで幅広い店に営業を呼びかけ資金提供を行なった。
春見市として市民にも賛同を得ていた計画は順調に進み、何の障壁も受けないで無事に春見駅の改修工事は終わった。改修が行われた駅は、もはや駅とはかけ離れた首都圏にあるような大通りの一つへと変貌していた。
しかし、心乃が毎朝通学に利用している御崎駅は春見駅と比べると非常に小規模だった。駅には改札口が二つと、待合室、駅員の事務室が一つずつ存在しているだけだった。それに駅員は必ずしも事務室にいる訳ではなく、就業時間の大半は席を外している。
ただ、御崎駅が小規模なのには理由がある。御崎町に住む大人は一人一台ずつ車を持っている。そのため、電車を利用する必要が無かったのだ。
「春人くん……? 聞こえてる? 電車……来てるよ。ねぇ、春人くんってば」
僕は心乃に体を揺さぶられていた。
「ん……どうしたの心乃ちゃん?」
「どうしたの? じゃないよ、早くしないと電車行っちゃうよ」
「え……あ、本当だ。ごめん、行こっか心乃ちゃん」
「うん」
僕は心乃の手を握って電車に乗り込んだ。乗り込むとすぐに扉が閉まり、電車は次の駅へ向けて走り出した。
僕たちが乗るのを車掌さんは待っていた。駅の二番線ホームには僕たちの他に電車を待っている人はいなかった。いや、待っていた人たちはすでに乗っていたのだ。がら空きに近い鉄箱の中に人は数える程しかいなかった。
扉付近の座席に僕たちは向かい合うように腰を下ろした。
「春人くん……」
「どうしたの心乃ちゃん?」
心乃は僕を見ようとせず、窓に映る自分を眺めていた。
何か思い詰めたような顔をしていた心乃に声を掛けようと、瞳を合わせようとした。窓に残る雫に反射して心乃が涙を流しているように見えた。ただ、心乃の頰に雫は伝っていなかったが、窓に映る心乃の顔が心の中を表しているように僕には思えてしまった。
「……だって私の家に来ると従兄妹だってはっきりとお母さんから言われるんだよ。幼い頃のこと覚えてない? 私は春人くんと引き離されたんだよ。あんなに好きだったのに……」
「……。でもね、従兄妹だから付き合っちゃいけないってのは心乃ちゃんのお母さんが決めることじゃないよね。それに従兄妹同士でも結婚できるだよ、心乃ちゃん」
僕は知っていた。従兄妹だからと婚姻関係を認められない法律はない。ただ、世界には結婚後の事を踏まえて法律が作られているとこもあるが、今の日本にはそのような法律はない。
「そうなの? 春人くん」
「うん。多くの人は医学の世界を見ていて、結婚後の子供の事を心配してるんだと思う。自分の孫になるんだからね。でもね、婚姻関係を否定する法律はないし、医学の世界の話しも必ずそうなる訳では無いから考えすぎてるんだよみんなは」
「……そうだったんだ。初めて知ったよ。春人くん、私は絶対にお母さんに認めてもらう。だって、あの頃みたいに引き離されたくないから。ずっと春人くんのこと忘れられなかったんだよ……。春人くんのことを考えてだけで胸が苦しかったんだから……」
心乃は頰に伝う雫を濡れた袖で拭っていた。僕は心乃に答えてあげたかった。記憶喪失になって一瞬とはいえ心乃ちゃんのことを忘れてしまったし、本当は出逢った時にも心乃ちゃんのことを覚えていなかった。心乃ちゃんが僕のことをずっと想っていたように、僕も心乃ちゃんのことをずっと想っていきたい。
「ごめん、心乃ちゃん……。……そろそろ着くね。僕はちゃんとお母さんに伝えるよ、心乃ちゃんと一緒に生きていきたいって。もう覚悟は出来てる。心乃ちゃんとなら一緒にどんなことでも乗り込えていけるって思ってるから」
「……ありがとう、春人くん。私もちゃんと伝えるね。春人くんと一緒に過ごしていきたいって」
心乃は最後の雫を袖で拭って、僕に笑顔を見せた。その笑顔を僕は一生側で見続けたいと思った。
改札を通る人数が多いということが知名度の高さに繋がっているが、ただ、それだけでは全国の中に点在している他の駅となんら変わりない。
春見市は多くの通勤者を顧客に出来ないかと春見駅に多額の財源を使った。駅の規模を拡張するとともに、コンビニから雑貨店まで幅広い店に営業を呼びかけ資金提供を行なった。
春見市として市民にも賛同を得ていた計画は順調に進み、何の障壁も受けないで無事に春見駅の改修工事は終わった。改修が行われた駅は、もはや駅とはかけ離れた首都圏にあるような大通りの一つへと変貌していた。
しかし、心乃が毎朝通学に利用している御崎駅は春見駅と比べると非常に小規模だった。駅には改札口が二つと、待合室、駅員の事務室が一つずつ存在しているだけだった。それに駅員は必ずしも事務室にいる訳ではなく、就業時間の大半は席を外している。
ただ、御崎駅が小規模なのには理由がある。御崎町に住む大人は一人一台ずつ車を持っている。そのため、電車を利用する必要が無かったのだ。
「春人くん……? 聞こえてる? 電車……来てるよ。ねぇ、春人くんってば」
僕は心乃に体を揺さぶられていた。
「ん……どうしたの心乃ちゃん?」
「どうしたの? じゃないよ、早くしないと電車行っちゃうよ」
「え……あ、本当だ。ごめん、行こっか心乃ちゃん」
「うん」
僕は心乃の手を握って電車に乗り込んだ。乗り込むとすぐに扉が閉まり、電車は次の駅へ向けて走り出した。
僕たちが乗るのを車掌さんは待っていた。駅の二番線ホームには僕たちの他に電車を待っている人はいなかった。いや、待っていた人たちはすでに乗っていたのだ。がら空きに近い鉄箱の中に人は数える程しかいなかった。
扉付近の座席に僕たちは向かい合うように腰を下ろした。
「春人くん……」
「どうしたの心乃ちゃん?」
心乃は僕を見ようとせず、窓に映る自分を眺めていた。
何か思い詰めたような顔をしていた心乃に声を掛けようと、瞳を合わせようとした。窓に残る雫に反射して心乃が涙を流しているように見えた。ただ、心乃の頰に雫は伝っていなかったが、窓に映る心乃の顔が心の中を表しているように僕には思えてしまった。
「……だって私の家に来ると従兄妹だってはっきりとお母さんから言われるんだよ。幼い頃のこと覚えてない? 私は春人くんと引き離されたんだよ。あんなに好きだったのに……」
「……。でもね、従兄妹だから付き合っちゃいけないってのは心乃ちゃんのお母さんが決めることじゃないよね。それに従兄妹同士でも結婚できるだよ、心乃ちゃん」
僕は知っていた。従兄妹だからと婚姻関係を認められない法律はない。ただ、世界には結婚後の事を踏まえて法律が作られているとこもあるが、今の日本にはそのような法律はない。
「そうなの? 春人くん」
「うん。多くの人は医学の世界を見ていて、結婚後の子供の事を心配してるんだと思う。自分の孫になるんだからね。でもね、婚姻関係を否定する法律はないし、医学の世界の話しも必ずそうなる訳では無いから考えすぎてるんだよみんなは」
「……そうだったんだ。初めて知ったよ。春人くん、私は絶対にお母さんに認めてもらう。だって、あの頃みたいに引き離されたくないから。ずっと春人くんのこと忘れられなかったんだよ……。春人くんのことを考えてだけで胸が苦しかったんだから……」
心乃は頰に伝う雫を濡れた袖で拭っていた。僕は心乃に答えてあげたかった。記憶喪失になって一瞬とはいえ心乃ちゃんのことを忘れてしまったし、本当は出逢った時にも心乃ちゃんのことを覚えていなかった。心乃ちゃんが僕のことをずっと想っていたように、僕も心乃ちゃんのことをずっと想っていきたい。
「ごめん、心乃ちゃん……。……そろそろ着くね。僕はちゃんとお母さんに伝えるよ、心乃ちゃんと一緒に生きていきたいって。もう覚悟は出来てる。心乃ちゃんとなら一緒にどんなことでも乗り込えていけるって思ってるから」
「……ありがとう、春人くん。私もちゃんと伝えるね。春人くんと一緒に過ごしていきたいって」
心乃は最後の雫を袖で拭って、僕に笑顔を見せた。その笑顔を僕は一生側で見続けたいと思った。
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