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第三章
花咲歩乃華
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改札を抜けると、今までの雨風が嘘のように晴天へと景色を変えていた。僕たちを明るく見守るように、太陽の光は僕たちを照らしていた。
しばらく歩いていると心乃の母親が迎えに来た。どうやら僕が家の敷居を踏むことを嫌がっていないようだった。
「心乃、春人くん、家まで送っていくよ」
「ありがとうございます」
僕はお言葉に甘えて車に乗せてもらった。
心乃の母親は心乃とそっくりで腰まである艶のある黒髪に、人の瞳を虜にする美しい瞳、それに心乃が着ていそうなワンピースを身にまとい、心乃たちと姉妹だと感違いさせられるほど若々しかった。
「……春人くん、本当にいいんだね?」
心乃の母親である歩乃華が僕に問い掛けた。その言葉には重みが無かった。大切な物事を伝える時、人は無意識の内に言葉に重たさを持たせる。ただ、歩乃華からその重みは感じられなかった。
「はい。僕は心乃ちゃんと一緒に生きていきたいんです」
「春人くんがそう言ってくれてありがたいわ。心乃、春人くんの決意は固いみたいよ。知っているかもしれないけど、私が心乃と春人くんを引き離したの。でも、もう何も口出ししないわ。だからね……幸せにしてあげてね」
だからねと歩乃華が言った後少しの沈黙が訪れた。ラジオの音も耳に届かなくなった車内に響く音は無かった。
それは短いが長く感じていた僕たちの空気を崩す合図だった。
僕は歩乃華と心乃に導かれるように家の中へと足を踏み入れた。一歩足を踏み出す度、脳裏に心乃との幼い頃の思い出が蘇ってきているのか微量の電気が流れていると感じた。
玄関脇の応接間に通され立ったままだった僕に、心乃はソファーに腰を下ろすよう促した。僕が腰を下ろした隣に心乃は座った。
「春人くん、炭酸大丈夫だよね?」
歩乃華は炭酸ジュースとコップを持って、僕に問い掛けた。僕が緊張しているのを察したのかは分からなかったが、歩乃華の言葉で緊張がほぐれた。
「はい。遠慮なくご馳走になります」
歩乃華は自分の分と僕に用意したコップに炭酸ジュースを注いだ。心乃は炭酸ジュースが目の前のテーブルに置かれた時に「飲むー」と言ってコップに注いでいた。
「どうぞ春人くん」
「ありがとうございます」
歩乃華は僕の目の前にコップを置くと、何かを思い出したかのようにその場を離れた。
部屋に二人残された僕は、重たく漂う空気に口を開けなかった。
お互いがどう話しを切り出したらいいのか分からなかった。そして、先にその空気を打破したのは心乃だった。
「いやあ、炭酸強いねー、このジュース」
心乃はそう言いつつ二杯目を口にしていた。
「うん、そうだね……」
再び重たい空気が漂った。
たった一回の会話のやり取りが今の僕には苦しかった。いくら歩乃華が、幸せにしてあげてね、と言ったとしても、心から認めて喜んでいるとは限らない。
深く考えれば考えるほど、僕は心乃と乗り越えていかなければいけない壁の高さを積み重ねていった。
何か話しを切り出そうとした時、扉が開いた。
歩乃華はアルバムを持って戻ってきた。それも一冊だけでなく三冊も、しかも入りきらなかった写真がアルバムから顔を出していた。
テーブルの上に置かれたアルバムからは懐かしさを感じた。まだ中を見ていないのに、写真に収まっているのが心乃だけではない気がした。
顔を出している写真が写していたのは幼き日の女の子と男の子だった。写っている二人は満面の笑みを浮かべていた。
「春人くん。心乃が好きな人が出来たって言ってくれた時は嬉しかった。だって、心乃は春人くんのことをずっと想って忘れなかったから。……心乃が言った好きな人が、春人くんだって知ったのは、あの雨の日に裕美お姉ちゃんから電話があった時なの」
歩乃華はアルバムを開いて、幼き日の僕たちを写した写真を見せた。
「本当はね、春人くんと心乃は幼い頃から一緒に遊んでたの。でもね、春人くんと心乃が結婚の約束までしたのを聞いて、私はお姉ちゃんに春人くんを心乃と会わせないようにお願いしたの。私の我儘だったってことは分かってるけど、看護師だったはずの私は世間の目を気にしたの。仕事柄、従兄妹同士が結婚して子供が産まれたとしても、世間が思い込んでいるような症状が出る例は殆ど無いの。なのに私は……」
喋りながら歩乃華はアルバムを一枚ずつめくっていった。
「……そうだったんですね」
僕は歩乃華の気持ちを受け止めた上で、歩乃華に今の気持ちを伝えた。
「でも、それでも僕はやっぱり心乃ちゃんと一緒に生きていきたいんです。それに、歩乃華さんが言ってることも分かります。歩乃華さんも苦しかったんですよね。心乃ちゃんは僕が幸せにします。だから、これからも心乃ちゃんの彼氏でいさせてくれませんか?」
頬を伝う涙を袖口で拭った歩乃華は、僕の決意に対してこう言った。
「春人くん。心乃が好きになったのがあなたで良かった。従兄妹だからって引き離した私が悪かったの。もう従兄妹だからって引き離したりしない。だからね、春人くん。もう一回言うけど、心乃を幸せにしてあげてね」
「はい」
僕は歩乃華の気持ちを心に刻み、大きく返事をして心乃と家を後にした。
しばらく歩いていると心乃の母親が迎えに来た。どうやら僕が家の敷居を踏むことを嫌がっていないようだった。
「心乃、春人くん、家まで送っていくよ」
「ありがとうございます」
僕はお言葉に甘えて車に乗せてもらった。
心乃の母親は心乃とそっくりで腰まである艶のある黒髪に、人の瞳を虜にする美しい瞳、それに心乃が着ていそうなワンピースを身にまとい、心乃たちと姉妹だと感違いさせられるほど若々しかった。
「……春人くん、本当にいいんだね?」
心乃の母親である歩乃華が僕に問い掛けた。その言葉には重みが無かった。大切な物事を伝える時、人は無意識の内に言葉に重たさを持たせる。ただ、歩乃華からその重みは感じられなかった。
「はい。僕は心乃ちゃんと一緒に生きていきたいんです」
「春人くんがそう言ってくれてありがたいわ。心乃、春人くんの決意は固いみたいよ。知っているかもしれないけど、私が心乃と春人くんを引き離したの。でも、もう何も口出ししないわ。だからね……幸せにしてあげてね」
だからねと歩乃華が言った後少しの沈黙が訪れた。ラジオの音も耳に届かなくなった車内に響く音は無かった。
それは短いが長く感じていた僕たちの空気を崩す合図だった。
僕は歩乃華と心乃に導かれるように家の中へと足を踏み入れた。一歩足を踏み出す度、脳裏に心乃との幼い頃の思い出が蘇ってきているのか微量の電気が流れていると感じた。
玄関脇の応接間に通され立ったままだった僕に、心乃はソファーに腰を下ろすよう促した。僕が腰を下ろした隣に心乃は座った。
「春人くん、炭酸大丈夫だよね?」
歩乃華は炭酸ジュースとコップを持って、僕に問い掛けた。僕が緊張しているのを察したのかは分からなかったが、歩乃華の言葉で緊張がほぐれた。
「はい。遠慮なくご馳走になります」
歩乃華は自分の分と僕に用意したコップに炭酸ジュースを注いだ。心乃は炭酸ジュースが目の前のテーブルに置かれた時に「飲むー」と言ってコップに注いでいた。
「どうぞ春人くん」
「ありがとうございます」
歩乃華は僕の目の前にコップを置くと、何かを思い出したかのようにその場を離れた。
部屋に二人残された僕は、重たく漂う空気に口を開けなかった。
お互いがどう話しを切り出したらいいのか分からなかった。そして、先にその空気を打破したのは心乃だった。
「いやあ、炭酸強いねー、このジュース」
心乃はそう言いつつ二杯目を口にしていた。
「うん、そうだね……」
再び重たい空気が漂った。
たった一回の会話のやり取りが今の僕には苦しかった。いくら歩乃華が、幸せにしてあげてね、と言ったとしても、心から認めて喜んでいるとは限らない。
深く考えれば考えるほど、僕は心乃と乗り越えていかなければいけない壁の高さを積み重ねていった。
何か話しを切り出そうとした時、扉が開いた。
歩乃華はアルバムを持って戻ってきた。それも一冊だけでなく三冊も、しかも入りきらなかった写真がアルバムから顔を出していた。
テーブルの上に置かれたアルバムからは懐かしさを感じた。まだ中を見ていないのに、写真に収まっているのが心乃だけではない気がした。
顔を出している写真が写していたのは幼き日の女の子と男の子だった。写っている二人は満面の笑みを浮かべていた。
「春人くん。心乃が好きな人が出来たって言ってくれた時は嬉しかった。だって、心乃は春人くんのことをずっと想って忘れなかったから。……心乃が言った好きな人が、春人くんだって知ったのは、あの雨の日に裕美お姉ちゃんから電話があった時なの」
歩乃華はアルバムを開いて、幼き日の僕たちを写した写真を見せた。
「本当はね、春人くんと心乃は幼い頃から一緒に遊んでたの。でもね、春人くんと心乃が結婚の約束までしたのを聞いて、私はお姉ちゃんに春人くんを心乃と会わせないようにお願いしたの。私の我儘だったってことは分かってるけど、看護師だったはずの私は世間の目を気にしたの。仕事柄、従兄妹同士が結婚して子供が産まれたとしても、世間が思い込んでいるような症状が出る例は殆ど無いの。なのに私は……」
喋りながら歩乃華はアルバムを一枚ずつめくっていった。
「……そうだったんですね」
僕は歩乃華の気持ちを受け止めた上で、歩乃華に今の気持ちを伝えた。
「でも、それでも僕はやっぱり心乃ちゃんと一緒に生きていきたいんです。それに、歩乃華さんが言ってることも分かります。歩乃華さんも苦しかったんですよね。心乃ちゃんは僕が幸せにします。だから、これからも心乃ちゃんの彼氏でいさせてくれませんか?」
頬を伝う涙を袖口で拭った歩乃華は、僕の決意に対してこう言った。
「春人くん。心乃が好きになったのがあなたで良かった。従兄妹だからって引き離した私が悪かったの。もう従兄妹だからって引き離したりしない。だからね、春人くん。もう一回言うけど、心乃を幸せにしてあげてね」
「はい」
僕は歩乃華の気持ちを心に刻み、大きく返事をして心乃と家を後にした。
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