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二幕 第五章

心乃

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 夜も更け、会議室に差し込む光は月の光と星の輝きだけになっていた。賑やかだった室内は一転して静けさを取り戻していた。
 裕美と寿也との会話に熱が入り、気がつけば室内に掛けられた時計は七時を指していた。つい先ほど裕美たちは病院を後にした。
 私は時間外勤務をしている看護師に差し入れをする為、予めコンビニで買っていた袋菓子を一つ手に取り、ナースステーションに向かった。
 病室のある廊下以外の電気は消灯している為、月明かりに照らされた廊下を歩くたび、コツコツと自分が床を蹴る音だけが周りに響いた。
「お姉ちゃんと寿也さんの子供は春人くんって名前つけるんだよね。私たちの子供はなんて名前つけようかな?」
「そうだな、歩乃華の名前から一文字とって心乃はどうかな?」
「うわっ、驚かせないでよ、志乃さん」
 独り言を呟きながら歩いていると背後から声を掛けられた。急に話し掛けられた私はすぐに後ろに振り向いた。
 そこには仕事終わりで疲れた顔をした私の夫がいた。半分ほど瞼がとじかけていて、声も気怠るそうに発しているように聞こえた私は夫の肩に手を置いた。
「お疲れさま、志乃さん」
「ありがとう、歩乃華」
 二人で足並みを揃えながら歩いた。
 しばらくしてナースステーションに近づいた時、私は志乃に声を掛けた。
「あ、そうだ志乃さん。私、夜勤の子たちにお菓子をあげたら帰るけど、志乃さんはこれからどうするの?」
 志乃は少し考える態度を見せて、頭を軽く撫でた。
「そうだな。今日は僕も帰ろうかな」
「じゃあ、少し待っててくれる?」
「うん、待っとくよ」
 私はナースステーションに駆け込んで、夜勤の看護師にお菓子を配った。特に緊急の用がなければ面には出ない看護師たちは、軽い仮眠を取っていた。
「みんな、お疲れさま。余ったお菓子はここに置いておくから好きに食べてね」
「ありがとうございます。歩乃華さん、お疲れさまでした」
 私は志乃のもとへと走った。志乃は私が来るのを待っていたのか、入口近くで立ったまま軽く寝ていた。
 志乃の肩を軽く叩き、小さな声で呼び掛けた。
「志乃さん。帰りましょうか」
「…………」
 志乃は軽く寝ているつもりが熟睡していたのか、私の呼び掛けや揺さぶりに反応しなかった。
「……志乃さん。帰りますよ、志乃さん。もう、志乃さんったら」
 私は起きない志乃を入口に残したまま車を取りに行った。
 病院の入口から私の車が停めてある駐車場まではそう時間はかからなかった。すぐに車に乗って入口へと戻ると、志乃が外で待っていた。
「志乃さん、外で待ってたら風邪ひいちゃうよ、早く乗って」
「ああ、悪いな、歩乃華。ありがと」
 私は自宅まで車を走らせた。車内にはラジオから流れるジャズが響いていた。
「ねぇ、志乃さん。さっき子供の名前、心乃はどうかなって言ってたけど、どうして心乃なの?」
 半分眠っている志乃が薄っすらと目を開けて私の方を向いた。
「ん、そうだな。やっぱり先ずは僕たちの名前から一文字欲しかったんだよな。それに心って漢字は、人のいろんな感情を表せるし、人の中心、根本にって意味もあるんだ。だから、いろんな人にいろんな感情を持って接して欲しいから、心乃って名前がいいなって思ったんだ」
「……心乃、心乃か、いい名前だね。それにすっごくいい響きだし、深い意味もあるからいい、私気に入っちゃった。早く産まれてきてくれないかな、心乃」
「うん、そうだね。早く産まれてきて欲しいな」
 会話が盛り上がるほど、早く家に着いてしまう気がして、もう少し二人で車に乗っていたいと思った。
 家に着いてしまうと私も志乃もすぐに寝てしまうだろう。ならいっそ、このまま車で出掛けた方がいいんじゃないかと思ってしまう私がいた。
「歩乃華……どこかご飯食べに行かないか。お腹空いたしさ、歩乃華もお疲れだから、いいよな?」
「うん、私もちょうどご飯食べに行きたいなって思ってたの」
「じゃあ、決まりだな」
 志乃は私の気持ちを察してくれたのか、ご飯を食べに行くことを提案した。
 私はそのまま車を走らせ、よく行くお店へと向かった。
「心乃かぁ。うん、いい名前だなぁ」
 私は隣で寝ている志乃を起こさないよう、小さく呟いた。ただ、志乃は私の声が聞こえていたのか、笑みを浮かべていた。
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