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二幕 第五章
春人
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「ご懐妊おめでとうございます」
その言葉に私は嬉しくなって涙を流した。隣で先生を食い入る様にぼーっと眺めている夫に私は嬉しさのあまり抱きついた。
驚いた表情をしたかと思えば、すぐに笑みを浮かべ、私の涙を見ると自分まで涙を流したりと表情をコロコロ変える夫に私は笑ってしまった。
長く伸びた黒髪が光を吸収して艶を出していた。夫が腰に回していた手を離して、先生の方へ姿勢を向けると、私の髪は少し色を変えた。カーテンの隙間から射し込む夕焼けが、フワリと揺れた私の髪を普段の黒髪から茶色にさせた。
私は袖で目元の雫を拭うと先生に問いかけた。
「……花咲先生、男の子か、女の子、どっちかもう分かるんですか?」
花咲は手元にある資料を眺めて小さく頷いた。
「そうですね、もう分かりますよ。知りたいですか?」
私は夫の方に視線を移した。夫も同じように私の方へ視線を向けていた。
二人でアイコンタクトを取り、同時に頷いた。
「知りたいです。教えてください花咲先生」
「分かりました。お子さんは……。あ、ごめん、歩乃華から電話が掛かってきた。ちょっと待ってな」
花咲は机の上で振動を繰り返す携帯を手に取り耳元にあてた。携帯からは少し音が漏れて聞こえてきた。
「裕美、名前を考えないといけないな」
「うん、そうだね。実はね、私もう名前を考えてるの。一人目はあなたの名前、寿也から一文字取って寿人って名前付けたけど、二人目は男の子なら春人って名前を付けたいの」
「春人か……いいんじゃないか。でも裕美、なんで春人なんだ?」
私は寿也の手を取って軽く握り、夫の瞳を見つめた。
「春にはね、出逢いや別れ、それに青春や楽しく生きていくって意味があるの。春人にはそんな人間になってもらいたいの」
寿也は私の手を強く握り返してきて「いい名前じゃないか。春人か……そうだな、春人にしような」と言った。
「ホントか、歩乃華」
私たちは室内に響く声に驚いて握っていた手を離した。
「歩乃華さんに何かあったのかな?」
寿也が私に尋ねてきた。ただ、私は寿也の心配している顔を見る前に、志乃の笑顔を見ていた。
「大丈夫じゃないかな。多分、歩乃ちゃんも……」
「驚かせて悪かったな二人とも」
携帯を机へと置いた花咲志乃が私たちに言った。
「ううん、大丈夫だよ。それよりもさっきの電話って、もしかして歩乃ちゃんも?」
「そうなんだよ。まさか裕美さんと同じ時に妊娠するなんて驚いたよ」
幸せそうに話す志乃に私たちまでより笑みを浮かべた。
「じゃあ、同じ頃に生まれるのかな、志乃くん?」
「そうですね、だいたい同じ頃が出産予定になると思いますね」
「そっか、それは良かった。じゃあ、春人の遊び相手ができたな。それも志乃くんと歩乃華さんのお子さんだからな。うちも同じ時に妊娠するなんて運命だな」
「ホントだね」
私はその時に寿也に言うことが出来なかった。志乃と歩乃華の子供が娘だと言うことを。ただ、私は寿也を信じていた。そして、万が一のことがあっても、寿也は自分の周りの目や世間体を気にせず、春人たちの好きな道を歩ませると分かっていた。
「あ、そうだった。さっき聞こえてきたんだけど、お子さんに春人くんって付けるんだったね」
「うん、男の子だったらね」
志乃は私たちの会話を耳に挟んで、電話を片手に資料を眺めていた。
私は志乃が資料を見た時に小さく頷いていたのを知っていた。そして今、志乃が眺めているのもその資料だった。
志乃が次に口にする言葉はもう分かっていた。
「いい名前だ。うちの子といい仲になってくれるかな春人くん……」
「大丈夫だよ。……春人は優しい子だと思うから」
「じゃあ、志乃くん。男の子なんだな、僕たちの子供は」
「はい」
志乃が資料をクリアファイルにしまい、私たちの方を向いた時、診察室をノックする音が耳に届いた。
音がした方を振り向くと、膝まで伸びた白いワンピースを着た女性が立っていた。
肩まで伸びた黒髪にこちらを見透かすように澄んだ黒い瞳、そして幼声で喋る彼女はまるで少女のようだった。
「志乃さん、そろそろ次の人に変わってあげて」
そう言って彼女は私たちに別室に行くよう指示を出した。指で示されたのは関係者以外立入禁止と張り紙された部屋の片隅にある会議室だった。
「あ、ああ。ごめん、寿也さん、裕美さん。また今度ゆっくり時間作るよ。……歩乃華、次の人呼んでくれ」
「うん」
歩乃華は私たちを連れて診察室を後にした。
私たちは歩乃華に指示された会議室へと足を運んだ。
「ありがとな、志乃くん。じゃあ、また今度ゆっくり話そうな」
「はい」
診察室を出ると歩乃華は腰をかけていたお腹の大きな女性に声を掛けていた。ゆっくりと立ち上がる女性に歩乃華は手を差し出した。女性がその手を取ると、女性と歩乃華は診察室へと入っていった。
私が会議室のドアノブに手を掛けると、物騒にもすんなりと開いてしまった。立入禁止の張り紙がある割にすんなりと開いてしまった扉に私は少し困惑してしまった。
一方、寿也はそんなことを気にする様子もなく会議室の中へと入った。
室内は長机がコの字に配置され、各々の卓に椅子が二つ、そして西陽が眩しい窓の近くには花が七本花瓶に生けられていた。
入り口近くの椅子に私は腰をおろした。
赤く染まり始めた空を眺めていると会議室の扉が開く音がした。
「ごめん、お姉ちゃん、寿也さん。お待たせしちゃたね。はぁ、ちょっと休憩」
歩乃華はそう言うと私たちとは反対側の席に着いた。
「お疲れ、歩乃ちゃん」
「ありがと、お姉ちゃん」
さっきまで私が眺めていた空は、太陽の赤さから暗闇を照らす月明かりへと変わっていた。
その言葉に私は嬉しくなって涙を流した。隣で先生を食い入る様にぼーっと眺めている夫に私は嬉しさのあまり抱きついた。
驚いた表情をしたかと思えば、すぐに笑みを浮かべ、私の涙を見ると自分まで涙を流したりと表情をコロコロ変える夫に私は笑ってしまった。
長く伸びた黒髪が光を吸収して艶を出していた。夫が腰に回していた手を離して、先生の方へ姿勢を向けると、私の髪は少し色を変えた。カーテンの隙間から射し込む夕焼けが、フワリと揺れた私の髪を普段の黒髪から茶色にさせた。
私は袖で目元の雫を拭うと先生に問いかけた。
「……花咲先生、男の子か、女の子、どっちかもう分かるんですか?」
花咲は手元にある資料を眺めて小さく頷いた。
「そうですね、もう分かりますよ。知りたいですか?」
私は夫の方に視線を移した。夫も同じように私の方へ視線を向けていた。
二人でアイコンタクトを取り、同時に頷いた。
「知りたいです。教えてください花咲先生」
「分かりました。お子さんは……。あ、ごめん、歩乃華から電話が掛かってきた。ちょっと待ってな」
花咲は机の上で振動を繰り返す携帯を手に取り耳元にあてた。携帯からは少し音が漏れて聞こえてきた。
「裕美、名前を考えないといけないな」
「うん、そうだね。実はね、私もう名前を考えてるの。一人目はあなたの名前、寿也から一文字取って寿人って名前付けたけど、二人目は男の子なら春人って名前を付けたいの」
「春人か……いいんじゃないか。でも裕美、なんで春人なんだ?」
私は寿也の手を取って軽く握り、夫の瞳を見つめた。
「春にはね、出逢いや別れ、それに青春や楽しく生きていくって意味があるの。春人にはそんな人間になってもらいたいの」
寿也は私の手を強く握り返してきて「いい名前じゃないか。春人か……そうだな、春人にしような」と言った。
「ホントか、歩乃華」
私たちは室内に響く声に驚いて握っていた手を離した。
「歩乃華さんに何かあったのかな?」
寿也が私に尋ねてきた。ただ、私は寿也の心配している顔を見る前に、志乃の笑顔を見ていた。
「大丈夫じゃないかな。多分、歩乃ちゃんも……」
「驚かせて悪かったな二人とも」
携帯を机へと置いた花咲志乃が私たちに言った。
「ううん、大丈夫だよ。それよりもさっきの電話って、もしかして歩乃ちゃんも?」
「そうなんだよ。まさか裕美さんと同じ時に妊娠するなんて驚いたよ」
幸せそうに話す志乃に私たちまでより笑みを浮かべた。
「じゃあ、同じ頃に生まれるのかな、志乃くん?」
「そうですね、だいたい同じ頃が出産予定になると思いますね」
「そっか、それは良かった。じゃあ、春人の遊び相手ができたな。それも志乃くんと歩乃華さんのお子さんだからな。うちも同じ時に妊娠するなんて運命だな」
「ホントだね」
私はその時に寿也に言うことが出来なかった。志乃と歩乃華の子供が娘だと言うことを。ただ、私は寿也を信じていた。そして、万が一のことがあっても、寿也は自分の周りの目や世間体を気にせず、春人たちの好きな道を歩ませると分かっていた。
「あ、そうだった。さっき聞こえてきたんだけど、お子さんに春人くんって付けるんだったね」
「うん、男の子だったらね」
志乃は私たちの会話を耳に挟んで、電話を片手に資料を眺めていた。
私は志乃が資料を見た時に小さく頷いていたのを知っていた。そして今、志乃が眺めているのもその資料だった。
志乃が次に口にする言葉はもう分かっていた。
「いい名前だ。うちの子といい仲になってくれるかな春人くん……」
「大丈夫だよ。……春人は優しい子だと思うから」
「じゃあ、志乃くん。男の子なんだな、僕たちの子供は」
「はい」
志乃が資料をクリアファイルにしまい、私たちの方を向いた時、診察室をノックする音が耳に届いた。
音がした方を振り向くと、膝まで伸びた白いワンピースを着た女性が立っていた。
肩まで伸びた黒髪にこちらを見透かすように澄んだ黒い瞳、そして幼声で喋る彼女はまるで少女のようだった。
「志乃さん、そろそろ次の人に変わってあげて」
そう言って彼女は私たちに別室に行くよう指示を出した。指で示されたのは関係者以外立入禁止と張り紙された部屋の片隅にある会議室だった。
「あ、ああ。ごめん、寿也さん、裕美さん。また今度ゆっくり時間作るよ。……歩乃華、次の人呼んでくれ」
「うん」
歩乃華は私たちを連れて診察室を後にした。
私たちは歩乃華に指示された会議室へと足を運んだ。
「ありがとな、志乃くん。じゃあ、また今度ゆっくり話そうな」
「はい」
診察室を出ると歩乃華は腰をかけていたお腹の大きな女性に声を掛けていた。ゆっくりと立ち上がる女性に歩乃華は手を差し出した。女性がその手を取ると、女性と歩乃華は診察室へと入っていった。
私が会議室のドアノブに手を掛けると、物騒にもすんなりと開いてしまった。立入禁止の張り紙がある割にすんなりと開いてしまった扉に私は少し困惑してしまった。
一方、寿也はそんなことを気にする様子もなく会議室の中へと入った。
室内は長机がコの字に配置され、各々の卓に椅子が二つ、そして西陽が眩しい窓の近くには花が七本花瓶に生けられていた。
入り口近くの椅子に私は腰をおろした。
赤く染まり始めた空を眺めていると会議室の扉が開く音がした。
「ごめん、お姉ちゃん、寿也さん。お待たせしちゃたね。はぁ、ちょっと休憩」
歩乃華はそう言うと私たちとは反対側の席に着いた。
「お疲れ、歩乃ちゃん」
「ありがと、お姉ちゃん」
さっきまで私が眺めていた空は、太陽の赤さから暗闇を照らす月明かりへと変わっていた。
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