桜ハウスへいらっしゃい!

daisysacky

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第17章  動き出した歯車

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「お袋ももう歳だし、家も老朽化してるし、
 燃えたところや、壊れたところも、今から全部やり直す…
 としたら、とんでもなく手間も時間もお金もかかるから…
 さすがに考えてくれるかなぁ」
 ボヤクように、大家さんの息子は、頭をかかえる。
 そんなことを言われると…
この人はまだ、桜ハウスを壊すことを考えていたのか…と、
ひそかに胸を痛めていた。

 こうして話している間にも、大家さんの常連さんが中心となって、
テキパキと動いてくれる。
布団を運び込んだり、お茶を入れなおしたり、
行ったり来たり、ウロウロとしている。
それを横目で見ていると、
自分たちはいつまで、ここに置いてもらえるのだろう…と、
少し不安にかられた。

 占いに使っているのか、ズドンと大きな広間の1画を、
ふすまをとっぱらって、避難してきた待子たち住人の、
雑魚寝をするスペースにしているようだ。
「修学旅行みたい」と、マイコははしゃいだ声を上げた。
さらには、大家さんの取り巻きの常連客のオバサンたちが、
入れ替わり立ち代わり、差し入れを定期的に、運んでくれていた。
「大変だったわねぇ。
 遠慮せずに、食べなさいな」
 その間も、消防車が来たり、警察が来て事情聴取してきた。
 すっかり疲弊していた待子たちのために、
夜食を差し入れてくれた。

 もっともすでにその夜…酒盛りで、普段よりも飲み食いして
いたのだが…
 不思議なもので、満福中枢がバカになっているのか、
無言で言われるままに、おにぎりに手を伸ばし、
唐揚げもガッツリ口にしていた。
おいしいとか、まずいとか、そんな味わう余裕すらもなく。
機械的に、口に運ぶ感じで、
絶対に、こんなに食べられるわけがない、と
運び込まれた食べ物を見て、思ったけれども…
あっという間に、大きな山を切り崩していった。
驚くべき光景も、微笑みながら見つめて、
さらにヤカン1杯に、麦茶を作って、かいがいしく
紙コップに入れて、配り始めた。

 この人たちって、こんなにいい人たちだったのか…
うざいと思っていたことが、申し訳ない、と思う。
いつまでこの状況が続くのか。
大家さんの息子が言うように、
このまま下宿屋を廃業してしまうのか、待子たちには
一切わからないけれど…
実際に、ここに住む人たちの処遇が決まるまでは、
思い切ったことはしないだろう、とひそかに待子は思っていた。
 だがその結末は、案外あっけなく訪れたのだった。





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