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しおりを挟む1983年秋 岐阜
私は中学3年で岐阜の実家にいた頃、うちの土曜日の朝ごはんは、近所の喫茶店でモーニングするというのが定番だった。
モーニングとは最近はテレビなどで紹介されているから認知度も上がっているみたいだが、中部地方の喫茶店で多く見られるシステムで、午前中に飲み物を注文すると、パンやサラダや卵料理がついてくるというもの。
私が岐阜にいた頃は、コーヒーなど飲み物に茶碗蒸しやにゅうめんがついてくる店もあり、店の個性が勝負なところがあった。
県外から来る知り合いは必ず、
「コーヒー頼んで茶碗蒸し? にゅうめん?」と、驚いたものだった。
でも、私たちにとっては毎週のことなので、驚くこともなく、さらに言えばメニューを開くこともなく、
「ミルクセーキ」と私が言うと他の家族も迷いなく次々注文をすませていく。
いつもどおり入り口に並んでいるファッション雑誌と週刊誌の中から最新号を選んでいると、
「トウコちゃん、おはよう」と、背後から声をかけられ、振り向くとそこには、ナナコがいた。
「ナナコちゃん! おばさん、おはようございます。あれ? ここで会うの初めてやね」と言うと、
「うちは、喫茶アリスのほうが近いからいつもそっちに行ってるんだけど、最近、車買ったからさ、ふふ! ちょっと遠出してみたくてここに来たの」とおばさんは嬉しそうに話す。
「またね」と、手を振ってナナコちゃん親子と別れ、席に着いた。
そして取ってきたファッション誌を眺めていると、
「さっきの子、誰?」と2番目のお姉ちゃんのアーちゃんが聞いてきた。
「同じ学年のナナコちゃん。
団地の向こうの川沿いの美容院の子だよ。」
「ふーん、カワイイね。モテそう」
「うん、モテてるよ。彼氏もいるし」
そう、ナナコちゃんはカワイイ。
私と違って背も低くて顔もカワイイし、出るとこは出てるスタイルもいい。そして、ナナコちゃんは彼氏が途切れたことがない。
でも、性格はいいので私は他の女子よりも彼女と仲良くしている。
他の女子はモテる女子を避ける傾向があるようで、割と彼女に冷たい。
でも、私としてはそっちの方が意地悪だなと思うので学校で会うときやグループ決めの時は一緒になるようにしていた。
カッコつけていたわけではないけど、私自身が親の居ぬ間に学校をサボったりしていたから、気楽なポジションだったこともあり、ナナコちゃんとはいい関係でいられたのかもしれない。
でも、カワイイってことは普通に羨ましい。
雑誌をめくると原宿の竹下通りで撮ったカワイイモデルさんの写真が並んでいる。同じ日本の同じ人間なのに、こうも違うなんて…。
その当時の私は夢を聞かれたら、もちろんキラキラしてるモデルさんたちみたいな服を着て街を歩いてみたいなと答えたと思う。
でも実際の私は背が高くて冴えない女子中学生だ。
「いーなー、東京のモデルさんたちみんなカワイイ」と、言うとアーちゃんが、
「いや、東京じゃなくてもさっきの子もかわいかったよ」と、笑う。
「そうだけど…」
「ねぇ、東京ってどうやったら行ける?」と、原宿の写真を見ながらアーちゃんに聞くと、アーちゃんは私の発言を誤解して、
「新幹線に決まっとるやん」と、かえしてきた。
「いやいや、そーじゃない。観光じゃなくて東京在住になりたい」と返すと、一瞬間をおいて、
「東京の大学に行けばいいんじゃない? 私が京都行くみたいにさ」
そう、アーちゃんは来年から京都の大学に通うために一人暮らしを始めるのだ。
「でも、アンタ勉強嫌いだからなー」と、ひとしきり笑った後、アーちゃんは続けた。
「カズちゃんが勤めてる高校を受験したらいいんじゃない? あそこの高校は東京の大学附属だから比較的大学に入りやすいと思うよ」と、教えてくれた。
その時の私の気持ちを表現すると、私の前に光をまとった天使が降りてきて、
「あなたの東京行きのチケットはどれですか?」と、私に問いかけ
「いや、もう…その方法でお願いします」と、天使に土下座している。そんな感じだ。
喫茶店のモーニングで、ファッション誌片手に進路指導され、私の行く道は決まった。
あとで従姉妹のカズちゃんに電話をせねばと、ぬるくなったミルクセーキを一気に吸いこみ、トーストとゆで卵を口に押しこんだ。
月曜日、職員室で進路変更の話を担任にすると、
「なんでまたこんな時期に進路変更? みんなと同じ高校じゃなくていいのか? この高校、自分の家から通学時間もそこそこかかるし部活に入ったら帰りが遅くなるとかも考えてるか?」と先生は聞いてきた。
「はい、東京の大学に行こうと決めたので、この高校にしました」
「え? 佐藤…中学も時々サボるのに、大学に行こうと思ってたんだ?」と先生が正論をぶつけてきた。
確かに私は2番目の母親が小6の時に死んでしまっている。
なので中学時代は自由そのものな存在だった。今日までの私はちゃらんぽらんと言われても仕方ない。
行きたい時間に学校に行き、部活も帰宅部を決め込みのんびりと暮らしていた。
でも、私の心は決まっていた。この間までは、この選択肢を知らなかっただけで知ってしまった私の進路は迷いはなかった。
「いざ、東京」
「私立単願受験って私一人だったのか? 知らなかった」
1月も終わり近くなった頃、学年一番乗りで高校に合格した私は、体育館での集会でダルマの片目に目を入れている。
学年全員の合格祈願だそうだ。
ザワザワと生徒たちの声がする。サボりがちな私が一番手で合格という謎の展開にみんな驚きを隠せていなかったようだ。
喜ばしいことなのに晒し者のような気持ちの学年集会がやっとで終わり、渡り廊下のベンチに座っていると、前をナナコちゃんが彼と並んで歩いてきた。
3人目の彼だ。前の彼もその前の彼もかっこよかった。
今回の彼は顔はいいけど、性格はよくわからない。
ナナコちゃんが小さくこっちを見て手を振ってくる。
かわいいって、やっぱ破壊力半端ない。
「トウコちゃん、合格おめでとう」
「ありがとう、ナナコちゃんもがんばってね」と、言うと彼氏が
「じゃあ、これから一緒に勉強しようよ」と、ナナコちゃんに言った。だが、彼女は、
「嫌よ。絶対ちゃんと勉強しないもの。私はふつうに高校行くんだからひとりで勉強はやります」
「えーー、ナナコちゃんまじめ~」どうやら彼が勉強する気のないのは本当ぽい。
学校の帰り道、私の住んでいた町は岐阜県の中でも愛知県よりにあり、豪雪地帯のようなことにはならない。
私が初めて一人暮らしのためのアパート探しに来たときの東京の印象は、こうだった。
「東京って岐阜より寒いんだけど? もっと温かいのかと思ってた」
幼なじみ4人でいつもと同じ道を首をすくめながら寒い寒いと歩いていた。
3年の冬となれば、他の子も部活はもう引退しているので帰る時間は一緒だ。小さな川の橋を渡り、右に曲がるとそこはナナコちゃんちのお母さんがやっている美容院兼自宅だ。
おばさんはちょうどお客さんを見送っているところで、お客さんがいなくなった後、入り口の掃き掃除をしたりドアの窓を拭いたりしていた。
こちらに気がついたようなので、お辞儀をすると、
「こんにちは。トウコちゃん、合格おめでとう。ナナコに聞いたよ。学校遠くなるから、寂しくなるね。カットに来た時は、ナナコのとこにも寄ってやってね」と、言った。
「はい、またお邪魔します」と、再度お辞儀をすると
「あの子、トウコちゃんのこと好きらしくてさ、トウコちゃんみたいになりたいって、よく話すんだよね」と、結構驚き発言をさらりと言った。
「そんなことないですよ。てか、なんでだろ? ナナコちゃんは顔もカワイイし、頭もそこそこいいし優しいし、私になったら損しちゃうと思うんだけど?」と、言うとおばさんは前に垂れた横髪を戻しながら、
「ナナコはさ、トウコちゃんのそういうこと言えちゃう素直なとことか憧れるんじゃないかな?」
「トウコちゃんはお母さんいないけど、お金持ちだし育ちがいい感じっていうか、そういうところに憧れてるんじゃないかな」
「片親で頑張っている私としては、ナナコにも片親だからって卑下しないで、自分に自信をもって欲しいんだけどね」と、何回かに分けてゆっくりとおばさんは話した。
ナナコちゃんが私を羨ましいだなんておかしい。なんであんなにカワイイのに不満なんだろう。
「先行ってるよ~」と、幼なじみたちの声がしたので、
「失礼します」と、私は駆けだした。
「ナナコちゃんが、幸せじゃないって思ってるなんてズルい」
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