最強魔法師の壁内生活

雅鳳飛恋

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入学編

第55話 守護神(四)

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 ◇ ◇ ◇

 阿鼻叫喚あびきょうかん、地獄絵図と化した状況の中、悠々とした足取りで歩いていたジルヴェスターは建物の最奥へと辿り着いた。扉の取っ手を掴むと、なんの警戒もなく無造作に扉を開く。
 すると、扉を開いたジルヴェスターに覆い被さるように影が差す。

 影の正体は、最奥の部屋に座していた大柄な男であった。
 大柄な男は扉が開いたと同時に、手にしていた大斧を気勢良くジルヴェスター目掛けて振り下ろす。振り下ろされた大斧は、ジルヴェスターの頭をち割り胴体を乱雑に両断してしまった。

「――それは偽物だ」
「――!?」

 大柄な男の背後に伸びる人影から、突如人が現れて言葉を発した。
 人影から現れて声を発したのは、なんと先程両断されたはずのジルヴェスターであった。
 大柄な男は突然の声に驚きながらも、瞬時に振り向いて大斧を振ろうとしたが――

「無駄だ」

 それよりも早く、ジルヴェスターは左手首に装着している腕輪型の汎用型MACを目の前の男に掲げる。そして魔法を行使した。
 すると、左手から刺々とげとげしくバチバチと音を立て、如何いかにも害のありそうな様相を呈している魔法が放たれた。

「ぐっ」

 魔法が男に直撃する。
 男は一度痙攣すると身体から力が抜けたのか脱力して床に片膝をつき、大斧を手放してしまう。

 ジルヴェスターが放った魔法は――『麻痺パラライズ』だ。
 この魔法は呪属性の第二位階魔法であり、対象を麻痺させる妨害魔法である。

「な、何故だ。たった今、確かに両断したはず……」

 自分が先程両断したはずの人物と全く同じ容姿をした人間が目の前にいる事実に、男は戸惑っている。

「偽物だと言っただろう」
「何?」

 男の疑問に律儀に答えるジルヴェスター。

 さっきの魔法は影属性の第六位階魔法――『影分身ドッペルゲンガー』だ。

 ――『影分身ドッペルゲンガー』は影でできた分身を出現させる支援魔法だ。分身は術者の意思通りに行動させられる。また、分身の数を増やすほど魔力を消費する。

 つまり男が先程両断したのは、影分身ドッペルゲンガーのジルヴェスターだったということだ。
 その事実に行き着いた男は声を荒げる。

「第六位階だと!? 団員にけしかけた屍人しびとといい、貴様はいったい何者だ!!」
「この姿を見てわからないか?」

 どうやら建物内で起こっている惨状のことは把握しているようであり、戦闘を続けるより会話を交えて相手のことを探る選択をしたようだ。
 男の誰何すいかにジルヴェスターは自身の格好を強調する。

「その姿が一体……」

 男は目の前で余裕綽々よゆうしゃくしゃくとしているジルヴェスターの格好を改めて見直す。

「――!? その格好はまさか……!」

 今更ながら男はある事実に気づく。

「ま、まさか、貴様は特級魔法師か!?」

 魔法師は魔法師として活動する際、自身の階級を示す記章を身に付ける必要がある。そしてそれは当然特級魔法師にも当てはまる。

 特級魔法師には背中に序列を示す数字を刻まれ、左腕にも数字を刻まれた腕章が付いているコートが支給される。
 特級魔法師は魔法師として活動する際、このコートを身に付けなければならない。ただのコートではなく、魔法具でもある代物だ。コートには術式により体温調節に優れた機能が備えられており、寒暖差に関係なく活動できるように配慮されている。

「そうだ」

 男の言葉にジルヴェスターが頷く。

「何故こんな所に特級魔法師がいる!」
「それは俺がランチェスター学園の生徒だからだな」
「何だと!?」

 男の疑問はもっともだ。出て来る
 ただの魔法師ではなく、わざわざ特級魔法師が出張るほどの案件でない。
 上級魔法師も特級魔法師も貴重な戦力だ。魔法協会としては他に優先してほしいことがあるはずなので、仮に出てきても中級魔法師が関の山だと男は踏んでいた。

 だがヴァルタンにとっては不幸でしかないが、ジルヴェスターはランチェスター学園の生徒だ。
 彼は自分の平穏な学生生活を脅かす者を排除する為に出てきたにすぎず、魔法協会は全く関与していない。

「――いや待て!」

 あることに気づいた男が声を張り上げる。

「特級魔法師がランチェスター学園の生徒なわけがないだろう!」
「そんなことはない。事実ここにいる」
「学生の身分で特級魔法師の地位を与えられているのは、現役では『』だけのはずだ。だが、『』は女だろう!」

 ――『紅蓮ぐれん』とは、ある特級魔法師の異名で、学生にもかかわらず特級魔法師の地位を与えられた才媛だ。

 男の言う通りジルヴェスターと『紅蓮ぐれん』では性別が異なる。

「なら貴様はいったい何者だと言うのだ」

 男は眉間に皺を寄せて睨みながら再び誰何すいかする。

「――ああ、そうか。知らないのは無理もない。むしろ知らなくて当然か」

 そこでジルヴェスターは自分があることを失念していたことに気づき、対面している男からは見えない位置にある左腕の腕章を見えるように示す。

「――!!」

 腕章に視線を移した男は、今日一番の衝撃を受けて驚愕した。
 顎が外れるという言葉を体現するかのような驚きようだ。

いち……だと……」

 目にした腕章に記された数字を見て男は呆然と呟く。

 ジルヴェスターの腕章に記された数字は、一の字だった。
 一ということは――つまり特級魔法師第一席ということだ。
 特級魔法師は国の頂点に位置する魔法師である。そして第一席ということは、その特級魔法師の中でも頂点に君臨する存在ということだ。

 男が驚愕するのは無理もない。

「確かに第一席だけ名は不明だが……」

 男は国が抱える特級魔法師を順に思い浮かべると、第一席だけ名前が不明だったのを思い出す。
 男は魔法を毛嫌いしているので、特級魔法師についても最低限必要な情報しか把握していない。魔法に関することは考えたくもないほどだからだ。
 
 特級魔法師は魔法協会と七賢人の意向で威を示す為に異名と名前を公表しているが、唯一ゆいいつ第一席だけは異名を公表しているだけで名前は公表されていない。
 これにはジルヴェスター本人の意思、魔法協会、七賢人、三方の意見が一致した結果、公表しない方針になっていた。

 ジルヴェスターは元々学生になって平穏な学生生活を送ることを考えていたので、名は知られていない方が都合が良かった。他にも理由はあるが、この場では関係ないことだ。

 魔法協会としては、ジルヴェスターが特級魔法師になったのは今よりももっと幼い頃だったので、幼い子供に戦闘を強要していると民衆に思われてしまうことを危惧した故にだ。風聞を気にした結果でもある。興味本位の視線や妬み嫉みといった害になるものからジルヴェスターを守る意味合いもあった。

 七賢人は魔法協会とおおむね同じ理由だが、そもそも現在の七賢人には特級魔法師第一席が誰なのかを知らない者もいる。
 七賢人に関してはフェルディナンドの意向や情報操作が大いに影響している。

「……ということは本当に貴様が『守護神ガーディアン』だと言うのか?」

 男の問いにジルヴェスターが頷く。

 ――『守護神ガーディアン』はジルヴェスターの異名だ。
 国を守る守り神、最後の砦、という意味を込めて与えられた異名である。

「そうか……。ランチェスター学園は手を出してはいけない領域だったか……」

 ジルヴェスターが頷いたのを受けて、男は諦めたかのように胡坐あぐらをかく。
 特級魔法師第一席であるジルヴェスターが在籍するランチェスター学園は、決して手を出していい相手ではなかったのだと男は思い至った。

「『守護神ガーディアン』が出てきた以上仕方ない。好きなようにしてくれ」

 男は両腕を上げて戦意がないことを示す。
 目の前の人物が特級魔法師第一席であることを認めた男は、どうやら諦めの境地に達したようだ。

 それも仕方のないことだろう。特級魔法師を前にしては戦意を保つ方が難しい。

 だが男は戦意を喪失したわけではい。勝算がないと判断したのだ。見た目に反して意外と冷静な判断を下せる男のようである。

「そうか。手間がはぶけていい」

 ジルヴェスターは男が本当に諦めたのだと判断した。
 仮に男が諦めていなくても彼には然したる問題はないのだが、余計な手間がはぶけるに越したことはない。

「確認だが、お前が反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンの代表――ヴォイチェフ・ケットゥネンで間違いないか?」
「ああ。間違いない。俺がヴォイチェフ・ケットゥネンだ」

 ジルヴェスターは男がヴァルタンの代表であるヴォイチェフだと当たりをつけていたが、決して確証があったわけではない。なので、今更ながら改めて確認した。

「拘束する。大人しくしろ」
「殺さないのか?」

 ヴォイチェフを拘束する為に拘束魔法を行使しようとしたジルヴェスターに、ヴォイチェフは疑問を浮かべる。

「お前は殺さない。おおやけに裁く必要があるからな」
「……そうか」

 ヴォイチェフを殺すのは簡単だが、殺して終わりというわけにはいかない。
 反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンの首魁であるヴォイチェフを公的に裁くことで、反魔法思想の者や民衆に国の姿勢を示す必要があるからだ。
 牽制や抑制に繋がる為、ジルヴェスターは拘束して七賢人――フェルディナンド――に引き渡すつもりだった。丸投げとも言う。

「こんなこと言える立場ではないが、団員には可能な限りの温情を頼む」
「それは俺が決めることではない」
「……そうだな」

 ヴォイチェフの懇願をジルヴェスターはにべもなく流す。

 そしてジルヴェスターはヴォイチェフを拘束した。
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