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囚われの親子編
第31話 吐露(三)
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姉が国立魔法教育高等学校を卒業してから約一年後の出来事だ。
当時十九歳の姉は、魔法師としての道を本格的に歩み始めて順調に活動していた頃である。
「その時は母さんがあいつの気を自分に向けさせることで事なきを得たけど、こっちはあいつに迫られたら断れない立場なんだよ……」
レアルは爪が食い込むほどの力で拳を握り締める。
「あの時の覚悟を決めた姉さんの顔は今でも脳裏に焼き付いているよ」
現代ではフリーセックスは過去の遺物となっている。
結婚まで純潔は守るものになっており、特に魔法師はその傾向が強い。
魔法師としての才能は遺伝的な要因が強い。
より優れた魔法師を輩出したいなどの思惑が絡み、純潔を重視するのは名家になればなるほど多くみられる。魔法師の名家ともなると親や当主の決めた婚約者がいることも多い。
そういった考えは風化していっているが、純潔を重視するという部分だけは徐々に一般層にも浸透していった。
その結果、純潔を重視するという思想が一般的な常識になって今に至る。――無論そうではない奔放な者もいるが。
純潔を重視するということは、生娘でないと結婚することが難しくなるということだ。
もちろん初婚の場合に限る。再婚は例外だ。当然、後添いを迎える男性もいれば、新しい夫を作る女性もいる。
つまり姉が覚悟を決めたのはビリーの女になって抱かれることだけではなく、結婚を諦めるということだ。
ビリーに抱かれるのが一時のことならば、後添いの道は残されているかもしれない。
もちろん、生娘ではないことを気にしない男性と結婚できる可能性は残されている。
しかし、そもそも一時のことではなく、ずっとビリーに囲われるかもしれない。むしろ、そうなるのが現実的だった。
未亡人や離婚歴のある女性でも辛いことだ。
そのような逃げられない現実に生娘である若い娘が直面したら、相当な覚悟を決める必要があるだろう。それも悲壮な覚悟だ。――自ら望んでビリーの女になる者には無縁の覚悟だが。
今となっては父の死もビリーが関与しているのではないかとレアルは疑っているが、真偽のほどはわかりようがなかった。
「――それで今は問題ないのか?」
「一応ね」
ビリーがレアルの姉に手を出そうとしたのは約一年前の話だ。
その時はなんとかスケベ親父の魔の手から逃れられたが、現在はどうなのかが最大の懸念点だ。
「今も母さんが自分に気を向けさせることでなんとか凌げているよ」
「そうか。手玉に取るとはお前の御母堂は中々やるな。きっとそれだけ魅力的な方なのだろうな」
「そうだね。母さんが一番辛いだろうに尊敬するよ」
現在も母の献身で姉の身を守っている。
母親の愛は偉大だ。
「姉さんは一年前から親友の家に居候させてもらっているから大丈夫」
「一先ずは安心か」
姉の親友はレアル一家の境遇を知っている。当初から心配を掛けてもいた。
姉の身に危険が及んだ際、ビリーの屋敷から離れた方がいいという結論に至り、そこで親友が「自分の家においで」と手を差し伸べてくれたのだ。
以降、姉は親友のもとに身を寄せている。
ビリーの屋敷とは別の区なのでレアルたちとは離れることになった。離れて暮らしていても、切っても切れないほど強い絆で三人は繋がっている。
「そして僕があいつの駒のとして動くことで憂さ晴らしをさせて、別のことに意識を向けさせているんだ」
「なるほど。それが今回の件に繋がるわけか」
優秀で従順な駒を手に入れたビリーは悪巧みがしやすくなる。その影響で陰謀を企てることに意識が傾き、姉への興味を逸らさせることができた。
「でも冷静になった今改めて思うと、ジルに止められて良かったよ。暗殺なんて許されることじゃない」
「世の中綺麗事だけで回っているわけではないが、少なくともお前には向いていないな」
「そうだね。今回身に染みて実感したよ」
レアルは重荷から解放され、深く安堵の溜息を吐く。
彼は真面目で誠実な人間だ。良心に反することを行うことはできない。むしろ彼の心を蝕む毒にしかならない。
中には道徳に反することを行ってもなんとも思わない者もいるが、そのような人種はレアルとは対極に位置する存在だ。
頼りなさを感じるかもしれないが、彼の感性は褒められこそすれ非難されることではない。
彼のような人間の方が信頼でき、人間的な魅力があるだろう。
その点、今まで後ろ暗いことを何度も行ってきて既に良心が麻痺してしまっているジルヴェスターには、レアルのことが眩しく見えた。
世の中に蔓延る闇の部分など普通は知らなくていいことだ。
レアルもビリーの件がなければ一生関わることはなかったかもしれない。
「他に暗殺対象になっている者と、お前以外の実行犯はいるのか?」
「ごめん……それは僕にもわからないんだ」
「そうか」
ジルヴェスターの問いにレアルは首を左右に振って答える。
今回はジルヴェスターが暗殺を阻止できたが、そもそも暗殺対象にされているのがマーカス一人だとは限らない。また、実行犯がレアル一人だとも限らない。
現在もレイチェルやミハエルたちが各地で見回りを行っているが、問題が解決するまでは引き続き警戒をする必要がありそうだ。
当時十九歳の姉は、魔法師としての道を本格的に歩み始めて順調に活動していた頃である。
「その時は母さんがあいつの気を自分に向けさせることで事なきを得たけど、こっちはあいつに迫られたら断れない立場なんだよ……」
レアルは爪が食い込むほどの力で拳を握り締める。
「あの時の覚悟を決めた姉さんの顔は今でも脳裏に焼き付いているよ」
現代ではフリーセックスは過去の遺物となっている。
結婚まで純潔は守るものになっており、特に魔法師はその傾向が強い。
魔法師としての才能は遺伝的な要因が強い。
より優れた魔法師を輩出したいなどの思惑が絡み、純潔を重視するのは名家になればなるほど多くみられる。魔法師の名家ともなると親や当主の決めた婚約者がいることも多い。
そういった考えは風化していっているが、純潔を重視するという部分だけは徐々に一般層にも浸透していった。
その結果、純潔を重視するという思想が一般的な常識になって今に至る。――無論そうではない奔放な者もいるが。
純潔を重視するということは、生娘でないと結婚することが難しくなるということだ。
もちろん初婚の場合に限る。再婚は例外だ。当然、後添いを迎える男性もいれば、新しい夫を作る女性もいる。
つまり姉が覚悟を決めたのはビリーの女になって抱かれることだけではなく、結婚を諦めるということだ。
ビリーに抱かれるのが一時のことならば、後添いの道は残されているかもしれない。
もちろん、生娘ではないことを気にしない男性と結婚できる可能性は残されている。
しかし、そもそも一時のことではなく、ずっとビリーに囲われるかもしれない。むしろ、そうなるのが現実的だった。
未亡人や離婚歴のある女性でも辛いことだ。
そのような逃げられない現実に生娘である若い娘が直面したら、相当な覚悟を決める必要があるだろう。それも悲壮な覚悟だ。――自ら望んでビリーの女になる者には無縁の覚悟だが。
今となっては父の死もビリーが関与しているのではないかとレアルは疑っているが、真偽のほどはわかりようがなかった。
「――それで今は問題ないのか?」
「一応ね」
ビリーがレアルの姉に手を出そうとしたのは約一年前の話だ。
その時はなんとかスケベ親父の魔の手から逃れられたが、現在はどうなのかが最大の懸念点だ。
「今も母さんが自分に気を向けさせることでなんとか凌げているよ」
「そうか。手玉に取るとはお前の御母堂は中々やるな。きっとそれだけ魅力的な方なのだろうな」
「そうだね。母さんが一番辛いだろうに尊敬するよ」
現在も母の献身で姉の身を守っている。
母親の愛は偉大だ。
「姉さんは一年前から親友の家に居候させてもらっているから大丈夫」
「一先ずは安心か」
姉の親友はレアル一家の境遇を知っている。当初から心配を掛けてもいた。
姉の身に危険が及んだ際、ビリーの屋敷から離れた方がいいという結論に至り、そこで親友が「自分の家においで」と手を差し伸べてくれたのだ。
以降、姉は親友のもとに身を寄せている。
ビリーの屋敷とは別の区なのでレアルたちとは離れることになった。離れて暮らしていても、切っても切れないほど強い絆で三人は繋がっている。
「そして僕があいつの駒のとして動くことで憂さ晴らしをさせて、別のことに意識を向けさせているんだ」
「なるほど。それが今回の件に繋がるわけか」
優秀で従順な駒を手に入れたビリーは悪巧みがしやすくなる。その影響で陰謀を企てることに意識が傾き、姉への興味を逸らさせることができた。
「でも冷静になった今改めて思うと、ジルに止められて良かったよ。暗殺なんて許されることじゃない」
「世の中綺麗事だけで回っているわけではないが、少なくともお前には向いていないな」
「そうだね。今回身に染みて実感したよ」
レアルは重荷から解放され、深く安堵の溜息を吐く。
彼は真面目で誠実な人間だ。良心に反することを行うことはできない。むしろ彼の心を蝕む毒にしかならない。
中には道徳に反することを行ってもなんとも思わない者もいるが、そのような人種はレアルとは対極に位置する存在だ。
頼りなさを感じるかもしれないが、彼の感性は褒められこそすれ非難されることではない。
彼のような人間の方が信頼でき、人間的な魅力があるだろう。
その点、今まで後ろ暗いことを何度も行ってきて既に良心が麻痺してしまっているジルヴェスターには、レアルのことが眩しく見えた。
世の中に蔓延る闇の部分など普通は知らなくていいことだ。
レアルもビリーの件がなければ一生関わることはなかったかもしれない。
「他に暗殺対象になっている者と、お前以外の実行犯はいるのか?」
「ごめん……それは僕にもわからないんだ」
「そうか」
ジルヴェスターの問いにレアルは首を左右に振って答える。
今回はジルヴェスターが暗殺を阻止できたが、そもそも暗殺対象にされているのがマーカス一人だとは限らない。また、実行犯がレアル一人だとも限らない。
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