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囚われの親子編
第41話 転居(三)
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「レアルから話を伺いました。色々と災難でしたね」
災難という言葉だけで簡単に片付けて良い境遇ではないが、気休めくらいにはなるであろう。
「一先ずは安心してください。あなたのことは俺が守りますので」
特級魔法師第一席に守ると言われることほど安心感を与えるものはない。
「御母堂とレアルのことも最善を尽くします」
「ありがとうございます」
二年間という短いようで長い期間に、父が亡くなり、母が望まぬ相手の妾になり、その相手の家に家族揃って暮らさなくてはならなくなり、自分の貞操を捧げる覚悟をし、身を守る為に家族と離れて暮らすことになり、弟が都合のいい駒にされた。
怒涛な日々を過ごし、気が休まる時がなかった。
その二年間の記憶が走馬灯のように脳内で再生されていき、今まで気を張って堪えていた涙腺が安心したことにより緩んでしまう。
心に余裕が生まれたからか、ずっと気掛かりだったことが自然と口から漏れる。
「あの……本当に私なんかを部下にして頂いても構わないのでしょうか?」
「私なんか、と自分を卑下することはありませんよ」
自分では『守護神』の部下に相応しくないのではないかとずっと不安に思っていた。
しかし、ジルヴェスターの言うように自分を卑下する必要など全くない。
「レイに人員を増やしてくれと頼まれていたのもありますし、レアルの姉君だからという理由があるのも事実ですが、大丈夫です。心配することはありません」
レイチェルに人員を増員するように頼まれていたことと、レアルを助ける為、二つの事情がタイミング良く重なったというのは偽らざる事実だが、フィローネ自身に見込みがないわけではない。
「レアルの姉であるあなたには確かな才能があります」
「そうでしょうか?」
「ええ」
ジルヴェスターの見立てでは、レアルは特級魔法師になれる才能があると踏んでいる。
保有魔力量は申し分ない。だが、技量の拙さや経験の浅さ、術式の理解度などまだまだ未熟な部分が多々ある。
そして彼の最大の弱点は甘さだろう。彼はとにかく優しい性格だ。優しいのは美徳だが、時には割り切らないといけない場面がある。
メンタル面の成長が彼にとっては最大の課題であった。
魔法師の才能は遺伝的な要素が大きい。
両親が優れた魔法師だと、相応の才能を受け継いだ子が生まれやすい傾向にある。
無論絶対ではないが、可能性は上がるのだ。
つまり、レアルが才能豊かということは、彼の両親もそれだけ優れた魔法師である可能性が高いというわけだ。
レアルの話では、彼の父は上級魔法師だったらしい。そして母は中級一等魔法師だそうだ。
母は結婚してからほとんど魔法師としての活動はしていないそうなので、階級を上げる機会がなかっただけで、実際はもっと上位の階級になれる素質があったのかもしれない。
要するに、フィローネは両親の才能を受け継いでいる可能性が高いのだ。
実際にジルヴェスターが魔眼で視たところ、フィローネには上級魔法師になれるだけの魔力量があった。
なので、後は技術を磨き、術式の理解を深め、経験を積み、メンタルを鍛えれば魔法師としても特級魔法師の部下としての実力も伴ってくるだろう。
「焦る必要はありません。一歩一歩着実に鍛錬を積めば、レイと肩を並べられるようになりますよ」
ジルヴェスターは一度レイチェルに視線を向けてからそう告げる。
「少しでも見込んで頂けているのなら、足を引っ張らないように粉骨砕身精進していきたいと思います」
多少なりとも自分のことを買ってくれているのだとわかったフィローネは意志を固めた。
特級魔法師に見込まれているという事実は魔法師にとって確かな自信になる。
「その意気です」
ジルヴェスターはフィローネの瞳を見つめながら頷く。
話が一段落したところでフィローネはカップを手に取って一口啜る。
「これからは自分の家だと思って遠慮せずに過ごしていいからね」
趨勢を見守っていたアーデルがフィローネに優しく語り掛ける。
「はい。お気遣いありがとうございます」
緊張で表情が強張っていたが、微笑みを浮かべられるくらいには余裕が生まれていた。
「では改めて、これからは上司、そして師匠として接しますので、以後はフィローネとお呼びします」
「はい。よろしくお願い致します」
ジルヴェスターは先程までフィローネとは年上の相手として接していた。だが、これからは上司、そして師匠として接することになる。なので、今後は敬語を使わない。
名前呼びなのはレアルとフィローネの判別をしやすいからだ。
二人が共にいる時にイングルスと呼んだらどちらのことを指しているのかわからなくなる。
「すみません……失礼ですが、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
フィローネはジルヴェスターの姿を見てからずっと疑問だったことを尋ねようと思った。これも心に余裕が生まれたからこそできたことだ。
ジルヴェスターは頷いて質問することを了承し、続きを促す。
「お師匠様はお若く見えるのですが、お年はいくつになられるのでしょうか? 確か奥様が二十代後半だったと記憶しているのですが……」
フィローネは現在二十歳である自分よりもジルヴェスターのことが若く見えていた。
確かに若く見えただろうが、ジルヴェスターは同年代の者と比べるとだいぶ大人びて見える。
実際、彼は顔つきも立ち振る舞いも実年齢より上に見られることが多い。
しかし、フィローネは自分が想定していたよりもジルヴェスターが若かったので驚いていた。
特級魔法師第一席ともなると、もっと年齢的に上の人物を想像しても仕方がないかもしれない。
特級魔法師の年齢は秘匿していない限りは公にされている。
アーデルは秘匿していないので、フィローネが年齢を知っていてもなんら不思議ではない。
「伝えていなかったのか?」
「ええ」
ジルヴェスターの問いにレイチェルが首肯する。
「俺はレアルの同級生だ」
「え」
「クラスは別だが」
弟の同級生ということは年も同じだよね? とフィローネは脳内で情報を整理する。
「なるほど。弟とご友人だったので助けて頂けたのですね」
「それもある」
赤の他人を助ける為に面倒事に首を突っ込むのは避けたがる者が多い。
フィローネは弟と友人だったからこそ、自分たちは助けてもらえているのだと腑に落ちた。
「はは、恥ずかしながらジルは私より一回りも若いんだ……」
居た堪れなさそうに苦笑しながら頭を掻くアーデル。
「そ、そんなことありませんよ! 夫婦に年齢は関係ありませんから!!」
フィローネは咄嗟に立ち上がり慌ててフォローする。
ジルヴェスターは現在十六歳で、アーデルは二十七歳だ。
アーデルは今年誕生日を迎えたら二十八歳になるので、二人の年はちょうど一回り離れていることになる。
女性としては自分より一回り年下の夫を持つのは、恥ずかしい部分があるかもしれない。
若い男に手を出して、と謗られてしまう恐れもある。
だが、特級魔法師第一席のジルヴェスターと、第三席のアーデルのカップリングは、国としては諸手を挙げて祝福することであった。
国で最強の男と最強の女の組み合わせだ。二人の間にできる子供は魔法師として優れた素質を持って生まれてくる可能性が高いので将来が明るい。
国としてはどんどん子供を作ってくれ、というのが偽らざる本音であった。
「ありがとう」
アーデルは必死にフォローするフィローネの姿が可笑しくてつい笑ってしまう。
場が和んだことで冷静になったフィローネははしたないと思い恥ずかしくなり、赤面して縮こまりながらソファに腰を下ろす。赤くなった耳が髪の隙間から見えている。
災難という言葉だけで簡単に片付けて良い境遇ではないが、気休めくらいにはなるであろう。
「一先ずは安心してください。あなたのことは俺が守りますので」
特級魔法師第一席に守ると言われることほど安心感を与えるものはない。
「御母堂とレアルのことも最善を尽くします」
「ありがとうございます」
二年間という短いようで長い期間に、父が亡くなり、母が望まぬ相手の妾になり、その相手の家に家族揃って暮らさなくてはならなくなり、自分の貞操を捧げる覚悟をし、身を守る為に家族と離れて暮らすことになり、弟が都合のいい駒にされた。
怒涛な日々を過ごし、気が休まる時がなかった。
その二年間の記憶が走馬灯のように脳内で再生されていき、今まで気を張って堪えていた涙腺が安心したことにより緩んでしまう。
心に余裕が生まれたからか、ずっと気掛かりだったことが自然と口から漏れる。
「あの……本当に私なんかを部下にして頂いても構わないのでしょうか?」
「私なんか、と自分を卑下することはありませんよ」
自分では『守護神』の部下に相応しくないのではないかとずっと不安に思っていた。
しかし、ジルヴェスターの言うように自分を卑下する必要など全くない。
「レイに人員を増やしてくれと頼まれていたのもありますし、レアルの姉君だからという理由があるのも事実ですが、大丈夫です。心配することはありません」
レイチェルに人員を増員するように頼まれていたことと、レアルを助ける為、二つの事情がタイミング良く重なったというのは偽らざる事実だが、フィローネ自身に見込みがないわけではない。
「レアルの姉であるあなたには確かな才能があります」
「そうでしょうか?」
「ええ」
ジルヴェスターの見立てでは、レアルは特級魔法師になれる才能があると踏んでいる。
保有魔力量は申し分ない。だが、技量の拙さや経験の浅さ、術式の理解度などまだまだ未熟な部分が多々ある。
そして彼の最大の弱点は甘さだろう。彼はとにかく優しい性格だ。優しいのは美徳だが、時には割り切らないといけない場面がある。
メンタル面の成長が彼にとっては最大の課題であった。
魔法師の才能は遺伝的な要素が大きい。
両親が優れた魔法師だと、相応の才能を受け継いだ子が生まれやすい傾向にある。
無論絶対ではないが、可能性は上がるのだ。
つまり、レアルが才能豊かということは、彼の両親もそれだけ優れた魔法師である可能性が高いというわけだ。
レアルの話では、彼の父は上級魔法師だったらしい。そして母は中級一等魔法師だそうだ。
母は結婚してからほとんど魔法師としての活動はしていないそうなので、階級を上げる機会がなかっただけで、実際はもっと上位の階級になれる素質があったのかもしれない。
要するに、フィローネは両親の才能を受け継いでいる可能性が高いのだ。
実際にジルヴェスターが魔眼で視たところ、フィローネには上級魔法師になれるだけの魔力量があった。
なので、後は技術を磨き、術式の理解を深め、経験を積み、メンタルを鍛えれば魔法師としても特級魔法師の部下としての実力も伴ってくるだろう。
「焦る必要はありません。一歩一歩着実に鍛錬を積めば、レイと肩を並べられるようになりますよ」
ジルヴェスターは一度レイチェルに視線を向けてからそう告げる。
「少しでも見込んで頂けているのなら、足を引っ張らないように粉骨砕身精進していきたいと思います」
多少なりとも自分のことを買ってくれているのだとわかったフィローネは意志を固めた。
特級魔法師に見込まれているという事実は魔法師にとって確かな自信になる。
「その意気です」
ジルヴェスターはフィローネの瞳を見つめながら頷く。
話が一段落したところでフィローネはカップを手に取って一口啜る。
「これからは自分の家だと思って遠慮せずに過ごしていいからね」
趨勢を見守っていたアーデルがフィローネに優しく語り掛ける。
「はい。お気遣いありがとうございます」
緊張で表情が強張っていたが、微笑みを浮かべられるくらいには余裕が生まれていた。
「では改めて、これからは上司、そして師匠として接しますので、以後はフィローネとお呼びします」
「はい。よろしくお願い致します」
ジルヴェスターは先程までフィローネとは年上の相手として接していた。だが、これからは上司、そして師匠として接することになる。なので、今後は敬語を使わない。
名前呼びなのはレアルとフィローネの判別をしやすいからだ。
二人が共にいる時にイングルスと呼んだらどちらのことを指しているのかわからなくなる。
「すみません……失礼ですが、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
フィローネはジルヴェスターの姿を見てからずっと疑問だったことを尋ねようと思った。これも心に余裕が生まれたからこそできたことだ。
ジルヴェスターは頷いて質問することを了承し、続きを促す。
「お師匠様はお若く見えるのですが、お年はいくつになられるのでしょうか? 確か奥様が二十代後半だったと記憶しているのですが……」
フィローネは現在二十歳である自分よりもジルヴェスターのことが若く見えていた。
確かに若く見えただろうが、ジルヴェスターは同年代の者と比べるとだいぶ大人びて見える。
実際、彼は顔つきも立ち振る舞いも実年齢より上に見られることが多い。
しかし、フィローネは自分が想定していたよりもジルヴェスターが若かったので驚いていた。
特級魔法師第一席ともなると、もっと年齢的に上の人物を想像しても仕方がないかもしれない。
特級魔法師の年齢は秘匿していない限りは公にされている。
アーデルは秘匿していないので、フィローネが年齢を知っていてもなんら不思議ではない。
「伝えていなかったのか?」
「ええ」
ジルヴェスターの問いにレイチェルが首肯する。
「俺はレアルの同級生だ」
「え」
「クラスは別だが」
弟の同級生ということは年も同じだよね? とフィローネは脳内で情報を整理する。
「なるほど。弟とご友人だったので助けて頂けたのですね」
「それもある」
赤の他人を助ける為に面倒事に首を突っ込むのは避けたがる者が多い。
フィローネは弟と友人だったからこそ、自分たちは助けてもらえているのだと腑に落ちた。
「はは、恥ずかしながらジルは私より一回りも若いんだ……」
居た堪れなさそうに苦笑しながら頭を掻くアーデル。
「そ、そんなことありませんよ! 夫婦に年齢は関係ありませんから!!」
フィローネは咄嗟に立ち上がり慌ててフォローする。
ジルヴェスターは現在十六歳で、アーデルは二十七歳だ。
アーデルは今年誕生日を迎えたら二十八歳になるので、二人の年はちょうど一回り離れていることになる。
女性としては自分より一回り年下の夫を持つのは、恥ずかしい部分があるかもしれない。
若い男に手を出して、と謗られてしまう恐れもある。
だが、特級魔法師第一席のジルヴェスターと、第三席のアーデルのカップリングは、国としては諸手を挙げて祝福することであった。
国で最強の男と最強の女の組み合わせだ。二人の間にできる子供は魔法師として優れた素質を持って生まれてくる可能性が高いので将来が明るい。
国としてはどんどん子供を作ってくれ、というのが偽らざる本音であった。
「ありがとう」
アーデルは必死にフォローするフィローネの姿が可笑しくてつい笑ってしまう。
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