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対抗戦編
第23話 VIP(二)
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「師匠は毎年対抗戦を楽しみにしていますし、そんなことを言われては待ちきれないのでは?」
L字型のソファの面積が小さい側に腰掛けているもう一人の男が苦笑気味に問い掛ける。
「魔法師の卵たちのことを見守るのは、老い耄れの趣味みたいなものだからのう」
「そんなこと仰って……目ぼしい人材を探しておられるのでしょう?」
「儂はもう魔法師として国に貢献できることは限られておるからの。未来の魔法師を育成することが今の儂にできる最大の貢献なんじゃよ」
ボグダン自身は壁外へ赴くことに精力的だ。
しかし、家族や弟子、政府が中々許してくれなかった。
家族としては年齢を考慮するとただただ心配だし、弟子としてはもちろん心配もあるが、いつまでも年配の師匠に頼ってなどいられない、という気持ち故だ。
政府としては特級魔法師をみすみす失いたくはないので、全盛期がとっくに過ぎているボグダンを壁外へ行かせるのは、余程のことがない限りは避けたいことである。
また、人望厚い『賢者』が壁内に常駐しているという事実が国民に安心感を与えてくれるし、指導者としても優れているので若手の育成に注力してほしいという目論見があった。
諸々の事情を理解しているボグダンは、見込のある若者を見付けては自分の弟子にして育て上げている。それが彼にとっては趣味と実益を兼ねていることだったので、誰も不満を抱かずにちょうどいいバランスのもと成り立っていた。
「お主もそろそろ弟子を持ったらどうじゃ?」
「私にはまだ早いですよ」
男は師匠の言葉に苦笑を返す。
「私は特級魔法師になって日が浅いですからね。今は自分のことで手一杯です」
「確かにまだ一年経っておらんかったか……。じゃが、器用なお主なら上手くやれると思うがのう」
「……考えておきます」
愛想笑いを浮かべて話を受け流す男の正体は、昨年特級魔法師第十六席になった『導師』の異名を持つ――トリスタン・アデトクンポだ。
昨年特級魔法師になったのは第十五席のエレオノーラも同じだが、トリスタンの方が少し時期が遅かった。故にエレオノーラが第十五席で、トリスタンが第十六席になっている。
もっとも、エレオノーラとトリスタンでは保有している魔力量に歴然とした差があるので、その一点に関しては席次通りの順序で間違いはない。
黒い肌に茶色の髪と瞳を持ち、清潔感のある見た目から真面目な印象が窺える。
二十八歳の彼はボグダンの弟子の中で最も出世した最高傑作だ。
「話を蒸し返してしまいますが、ギルクリスト三席が注目していることには私も興味がありますね」
「アデトクンポさんは相変わらず堅苦しいですね……。昔みたいに「さん」でいいですよ」
「いえ、三席は特級魔法師としての先輩であると同時に、上位の席次でもありますから」
「非常時ではない限り特級魔法師は席次関係なくみな同格なので、そう畏まらなくても……」
アーデルはむず痒そうにしているが、それには理由があった。
彼女は現在二十七歳なので、トリスタンの一つ下になる。
アーデルがランチェスター学園の二年生だった時に、トリスタンはサジコート魔法学園の三年生だった。
当時二年生にしてエースだったアーデルは、対抗戦の本戦で生徒会長を務めていたトリスタンと相対している。
なので、彼女にしてみれば、他校の上級生だった相手に畏まられているというわけだ。
昔と今とでは立場が異なるとはいえ、どうしたってむず痒くなってしまう。致し方ないことだろう。
「そうか……お主らは学生の頃に対戦しておったか」
ボグダンは目を細めて思い出したように呟く。
「ええ、私は三席に手も足も出ませんでしたけどね」
「それは大袈裟ですよ」
トリスタンの言葉に肩を竦めるアーデル。
「私からしたらお二人とも別格でしたよ」
しみじみと語るミハエルは当時一年生だった。
当時から才能溢れる生徒だった彼からしても、アーデルとトリスタンの実力は雲の上の存在に感じられるほど抜きん出ていた。
「シュバインシュタイガー六席にそう仰って頂けるのは光栄ですが、お二人と違って私は凡人ですから……」
特級魔法師になれている時点で決して凡人ではないのだが、アーデルとミハエルの二人に比べたらトリスタンの実力は明らかに劣る。それは覆しようのない事実だ。いくら努力しても越えられない才能の壁というのは存在する。
とはいえ、特級魔法師の彼が自らを凡人と卑下するのは皮肉と取られかねない。
今この場には彼より下の階級であるグラディス、レイチェル、フィローネがいるのだから。
「――ところで、そちらのお嬢さんはどなたかな? 先程の会話からアーデルトラウト殿とミハエル殿の関係者というのは察せされたが……」
ボグダンがフィローネに視線を向ける。
すると、フィローネは緊張で身体が強張ってしまう。一介の魔法師が大ベテランの特級魔法師に見つめられて硬直してしまうのは無理もない。
「も、申し遅れました……! 私はフィローネ・イングルスと申します!」
自己紹介が遅れたことに焦りを覚えたフィローネは勢いよく頭を下げた。
「彼女の弟はミハエルの弟子で、今日の新人戦に出場するんですよ」
「ほう」
アーデルの補足にボグダンの視線が鋭くなる。
「お主が弟子を持つとはのう」
「縁がありまして」
「それは対抗戦が楽しみじゃの」
「ですね」
対抗戦に出場する弟子の姿を見ることが初めての体験で、内心緊張しているミハエルの返答は歯切れが悪かった。
「そして事情があって我が家で使用人をしてくれています」
「ついでに『守護神』の内弟子でもあります」
アーデルとミハエルが立て続けに追加の情報を述べると――
「――なんと!?」
トリスタンが驚愕に満ちた表情で立ち上がった。
「それは……儂も驚いた。まさか、あやつが弟子を取るとは思わなんだ」
ボグダンとジルヴェスターは旧知の仲だ。
なので、ジルヴェスターが第一席の『守護神』であることを知っている。
「私は『守護神』様のことを存じ上げませんが、師匠でも驚くことなのですね……」
残念ながらトリスタンは『守護神』の正体を知らない。面識すらなかった。
「あやつは基本的に他人に興味がないからのう……」
「酷い言い様ですね……」
ミハエルが苦笑する。
「あながち間違ってはいませんが、自分のパーソナルスペースに入っている人以外は、という但し書きが付きますね」
レイチェルがジルヴェスターのことをフォローするも、トリスタン以外の全員が苦笑したり、溜息を吐いたり、肩を竦めたりしていた。
その反応に、まだ見ぬ『守護神』に対するミステリー度がトリスタンの中で一層格上げされてしまった。
L字型のソファの面積が小さい側に腰掛けているもう一人の男が苦笑気味に問い掛ける。
「魔法師の卵たちのことを見守るのは、老い耄れの趣味みたいなものだからのう」
「そんなこと仰って……目ぼしい人材を探しておられるのでしょう?」
「儂はもう魔法師として国に貢献できることは限られておるからの。未来の魔法師を育成することが今の儂にできる最大の貢献なんじゃよ」
ボグダン自身は壁外へ赴くことに精力的だ。
しかし、家族や弟子、政府が中々許してくれなかった。
家族としては年齢を考慮するとただただ心配だし、弟子としてはもちろん心配もあるが、いつまでも年配の師匠に頼ってなどいられない、という気持ち故だ。
政府としては特級魔法師をみすみす失いたくはないので、全盛期がとっくに過ぎているボグダンを壁外へ行かせるのは、余程のことがない限りは避けたいことである。
また、人望厚い『賢者』が壁内に常駐しているという事実が国民に安心感を与えてくれるし、指導者としても優れているので若手の育成に注力してほしいという目論見があった。
諸々の事情を理解しているボグダンは、見込のある若者を見付けては自分の弟子にして育て上げている。それが彼にとっては趣味と実益を兼ねていることだったので、誰も不満を抱かずにちょうどいいバランスのもと成り立っていた。
「お主もそろそろ弟子を持ったらどうじゃ?」
「私にはまだ早いですよ」
男は師匠の言葉に苦笑を返す。
「私は特級魔法師になって日が浅いですからね。今は自分のことで手一杯です」
「確かにまだ一年経っておらんかったか……。じゃが、器用なお主なら上手くやれると思うがのう」
「……考えておきます」
愛想笑いを浮かべて話を受け流す男の正体は、昨年特級魔法師第十六席になった『導師』の異名を持つ――トリスタン・アデトクンポだ。
昨年特級魔法師になったのは第十五席のエレオノーラも同じだが、トリスタンの方が少し時期が遅かった。故にエレオノーラが第十五席で、トリスタンが第十六席になっている。
もっとも、エレオノーラとトリスタンでは保有している魔力量に歴然とした差があるので、その一点に関しては席次通りの順序で間違いはない。
黒い肌に茶色の髪と瞳を持ち、清潔感のある見た目から真面目な印象が窺える。
二十八歳の彼はボグダンの弟子の中で最も出世した最高傑作だ。
「話を蒸し返してしまいますが、ギルクリスト三席が注目していることには私も興味がありますね」
「アデトクンポさんは相変わらず堅苦しいですね……。昔みたいに「さん」でいいですよ」
「いえ、三席は特級魔法師としての先輩であると同時に、上位の席次でもありますから」
「非常時ではない限り特級魔法師は席次関係なくみな同格なので、そう畏まらなくても……」
アーデルはむず痒そうにしているが、それには理由があった。
彼女は現在二十七歳なので、トリスタンの一つ下になる。
アーデルがランチェスター学園の二年生だった時に、トリスタンはサジコート魔法学園の三年生だった。
当時二年生にしてエースだったアーデルは、対抗戦の本戦で生徒会長を務めていたトリスタンと相対している。
なので、彼女にしてみれば、他校の上級生だった相手に畏まられているというわけだ。
昔と今とでは立場が異なるとはいえ、どうしたってむず痒くなってしまう。致し方ないことだろう。
「そうか……お主らは学生の頃に対戦しておったか」
ボグダンは目を細めて思い出したように呟く。
「ええ、私は三席に手も足も出ませんでしたけどね」
「それは大袈裟ですよ」
トリスタンの言葉に肩を竦めるアーデル。
「私からしたらお二人とも別格でしたよ」
しみじみと語るミハエルは当時一年生だった。
当時から才能溢れる生徒だった彼からしても、アーデルとトリスタンの実力は雲の上の存在に感じられるほど抜きん出ていた。
「シュバインシュタイガー六席にそう仰って頂けるのは光栄ですが、お二人と違って私は凡人ですから……」
特級魔法師になれている時点で決して凡人ではないのだが、アーデルとミハエルの二人に比べたらトリスタンの実力は明らかに劣る。それは覆しようのない事実だ。いくら努力しても越えられない才能の壁というのは存在する。
とはいえ、特級魔法師の彼が自らを凡人と卑下するのは皮肉と取られかねない。
今この場には彼より下の階級であるグラディス、レイチェル、フィローネがいるのだから。
「――ところで、そちらのお嬢さんはどなたかな? 先程の会話からアーデルトラウト殿とミハエル殿の関係者というのは察せされたが……」
ボグダンがフィローネに視線を向ける。
すると、フィローネは緊張で身体が強張ってしまう。一介の魔法師が大ベテランの特級魔法師に見つめられて硬直してしまうのは無理もない。
「も、申し遅れました……! 私はフィローネ・イングルスと申します!」
自己紹介が遅れたことに焦りを覚えたフィローネは勢いよく頭を下げた。
「彼女の弟はミハエルの弟子で、今日の新人戦に出場するんですよ」
「ほう」
アーデルの補足にボグダンの視線が鋭くなる。
「お主が弟子を持つとはのう」
「縁がありまして」
「それは対抗戦が楽しみじゃの」
「ですね」
対抗戦に出場する弟子の姿を見ることが初めての体験で、内心緊張しているミハエルの返答は歯切れが悪かった。
「そして事情があって我が家で使用人をしてくれています」
「ついでに『守護神』の内弟子でもあります」
アーデルとミハエルが立て続けに追加の情報を述べると――
「――なんと!?」
トリスタンが驚愕に満ちた表情で立ち上がった。
「それは……儂も驚いた。まさか、あやつが弟子を取るとは思わなんだ」
ボグダンとジルヴェスターは旧知の仲だ。
なので、ジルヴェスターが第一席の『守護神』であることを知っている。
「私は『守護神』様のことを存じ上げませんが、師匠でも驚くことなのですね……」
残念ながらトリスタンは『守護神』の正体を知らない。面識すらなかった。
「あやつは基本的に他人に興味がないからのう……」
「酷い言い様ですね……」
ミハエルが苦笑する。
「あながち間違ってはいませんが、自分のパーソナルスペースに入っている人以外は、という但し書きが付きますね」
レイチェルがジルヴェスターのことをフォローするも、トリスタン以外の全員が苦笑したり、溜息を吐いたり、肩を竦めたりしていた。
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