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第一章 都合のいい女と憧れの女性
第3話 きっかけ
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結局、嫌気や不安を抱えたまま中学校を卒業したわたしは、高校でも変わらない日々を送るものだと思っていた。
実際に入学したら案の定、周囲の人たちの態度は中学校時代と代わり映えしなかった。
だけれど、ただ一つだけ違うことがあったの。
それは――クラスメイトになった一人の男の子がわたしに全く興味を示さなかったこと。
今まで同世代の男性は総じてわたしに下心のある視線を向けてきたのに、彼は一貫して無関心だった。
そんな彼の態度がわたしには新鮮であり、なにより奇異に映った。
奇異ではあったけれど、彼の態度がわたしに希望を抱かせてくれた――わたしのことを特別視しない人もいるのだと教えてくれたから。
お陰でわたしの心は軽くなり、以前よりも生きるのが楽になった。
それがきっかけで、わたしは彼のことが気になるようになったんだ。
わたしのことをなんの変哲もない一人のクラスメイトとして接してくれる彼が特別な存在に感じ、いつも無意識に視線が吸い寄せられていた。
彼とはクラスメイトとしてたまに話すことはあったけれど、ただそれだけの関係で、特別なことはなにも起こらない。
でも、そうやって過ごしているうちに、彼が時折寂しそうな表情をしているのに気がつき、より一層視線を外せなくなった。
わたしの心を軽くしてくれた彼が哀愁漂う表情をしているのを目撃して、無性に心配になって守ってあげたくなった。
その感情は生まれてきてから初めて芽生えたもので、最初は少し戸惑ったけれど、今となってはいい思い出。
自分の気持ちに整理がつかないまま過ごしている間に、彼の寂しそうな表情を何度も目撃した。そうしているうちに、いつの間にか心配が恋心に変わっていたことに気づく。
自分の気持ちを自覚してからは、今までとは違う意味で彼のことが輝いて見えた。
女子高生らしく恋する乙女になったわたしは、自分の想いを誰にも伝えずに胸の内に秘めたまま数ヶ月の時を過ごした。
そして特別な日になった九月のとある放課後、人気の少ないエントランスのベンチに腰掛けて黄昏ている彼の姿を目撃したわたしは、無意識に「なにしてるの?」と声をかけていた。
いつも眺めるだけだったのに、なぜこの時は声をかけたのか――それは多分、放っておけなかったからだ。この時の彼はいつにも増して物悲しい雰囲気が漂っていたから……。
「ん?」
わたしの声に気がついた彼は、窓の外を眺めていた視線をこちらに向けた。
「有坂か」
「うん。有坂です」
苗字だけれど、好きな人に名前を呼ばれたことにわたしはちょっとだけドキッとする。
平静を装って頷いたわたしを誰か褒めて……!
「それで……なにをしていたの?」
動揺を悟られないように、すかさず再度問いかけて歩み寄る。
「考えごとをしていた」
「ふ~ん。そうなんだ」
「ああ」
内心ではなにを考えていたのか気になって仕方がないのだけれど、わたしはしれっとした顔で彼の隣に腰を下ろす。
「なにか用か?」
「なんか寂しそうな表情をしていたからちょっと気になっただけ」
「……そんな表情をしていたか?」
「うん」
彼は自覚がなかったのか呆けた顔になった。
その顔もわたしには愛おしく感じてしまうのだけれど。
「そうか……」
「なにかあったの?」
肩の力が抜けた彼に、わたしは遠慮がちに尋ねる。
すると彼は困ったような表情になって口を閉ざしてしまう。
訊かないほうが良かったかな? と内心でハラハラしていたわたしのことを見かねたのかはわからないけれど、彼は重たそうな口を徐に開いた。
「有坂には関係ないことだから気にしないでくれ」
しかし、その内容はわたしが納得できるものではなかった。
いや、わたしが彼の都合に土足で踏み込んでいることは自覚している。勝手に踏み込んでおいて納得できないと不満を抱くのはお門違いだ。
でも、それでも、わたしは納得できなかった。
なぜなら――
「……自分勝手なのはわかっているけれど、わたしは君のことが好きだから知りたいの。駄目かな……?」
彼のことが好きで、心配で、気になって仕方がないから。
本当は自分の気持ちを伝える気はなかったのだけれど、つい口を滑らせてしまった。
だって、好きな人がなにか悩んでいるなら力になってあげたいと思うでしょ?
「……ありがとう」
わたしの告白に驚いた彼は一瞬だけ目を見開いて、一拍置いた後にそう言った。
「告白の返事をするためには、俺がなにを考えていたのかを説明しないといけないな」
「わたしの告白と関係あるの?」
「ああ。そのほうが有坂は納得できると思う」
返事をするだけなら、「はい」か「いいえ」のどちらかを口にすれば済む話だと思うのだけれど……。
「まず始めに謝っておく、有坂の気持ちには応えられない」
別に返事を期待して告白したわけじゃなかった。
でも、いざはっきり断られると、さすがに心にくるものがあるね……。
「お前に好きになってもらえたのは素直に嬉しい。だが、俺には好きな人がいるんだ」
「そっか……」
好きな人いたんだ……。
彼が好きになる人がどんな人なのか凄く気になる。だって、その人がいなければわたしは彼と恋人になれたかもしれないし。――たらればでしかないからなにを言っても意味はないのだけれど……。
「それで、さっきまでその人のことを考えていた」
わたしの妄想を遮るように彼は続きの言葉を口にした。
羨ましい。
わたしも彼に考えてもらいたい。
あれ? でも、意中の人のことを考えていたのに寂しそうな表情をしていたということは、もしかして脈がないってこと? 普通は好きな人のことを考えていたら心が躍って頬が緩んでしまうよね?
まあ、それはわたしだけかもしれないけれど、少なくとも哀愁が漂うことはないと思う。
もしこの推測が当たっているのなら、わたしに彼を譲ってほしいんですけど……。
「告白はしないの?」
脈がなくても想いを伝えることはできるはず。
だから率直に尋ねてみたが、わたしは失念していた。
万が一、意中の人が既に亡くなっていたりしたら、気持ちを伝えることなどできないではないか。
尋ねた後にそのことに気がついた。
「できないことはないが、難しいだろうな……」
案の定ではないか。
彼は困ったような寂しいような、なんとも言えない複雑な表情になってしまった。
自分の迂闊さに呆れると同時に、罪悪感が押し寄せてくる。
考えなしに尋ねた数秒前の自分を殴り飛ばしたい。
「その人は母親の親友で既婚者なんだ」
「――え」
「しかも母と同い年」
彼が口にした言葉に、わたしは自分を叱責していた思考が吹っ飛んで呆けてしまった。
実際に入学したら案の定、周囲の人たちの態度は中学校時代と代わり映えしなかった。
だけれど、ただ一つだけ違うことがあったの。
それは――クラスメイトになった一人の男の子がわたしに全く興味を示さなかったこと。
今まで同世代の男性は総じてわたしに下心のある視線を向けてきたのに、彼は一貫して無関心だった。
そんな彼の態度がわたしには新鮮であり、なにより奇異に映った。
奇異ではあったけれど、彼の態度がわたしに希望を抱かせてくれた――わたしのことを特別視しない人もいるのだと教えてくれたから。
お陰でわたしの心は軽くなり、以前よりも生きるのが楽になった。
それがきっかけで、わたしは彼のことが気になるようになったんだ。
わたしのことをなんの変哲もない一人のクラスメイトとして接してくれる彼が特別な存在に感じ、いつも無意識に視線が吸い寄せられていた。
彼とはクラスメイトとしてたまに話すことはあったけれど、ただそれだけの関係で、特別なことはなにも起こらない。
でも、そうやって過ごしているうちに、彼が時折寂しそうな表情をしているのに気がつき、より一層視線を外せなくなった。
わたしの心を軽くしてくれた彼が哀愁漂う表情をしているのを目撃して、無性に心配になって守ってあげたくなった。
その感情は生まれてきてから初めて芽生えたもので、最初は少し戸惑ったけれど、今となってはいい思い出。
自分の気持ちに整理がつかないまま過ごしている間に、彼の寂しそうな表情を何度も目撃した。そうしているうちに、いつの間にか心配が恋心に変わっていたことに気づく。
自分の気持ちを自覚してからは、今までとは違う意味で彼のことが輝いて見えた。
女子高生らしく恋する乙女になったわたしは、自分の想いを誰にも伝えずに胸の内に秘めたまま数ヶ月の時を過ごした。
そして特別な日になった九月のとある放課後、人気の少ないエントランスのベンチに腰掛けて黄昏ている彼の姿を目撃したわたしは、無意識に「なにしてるの?」と声をかけていた。
いつも眺めるだけだったのに、なぜこの時は声をかけたのか――それは多分、放っておけなかったからだ。この時の彼はいつにも増して物悲しい雰囲気が漂っていたから……。
「ん?」
わたしの声に気がついた彼は、窓の外を眺めていた視線をこちらに向けた。
「有坂か」
「うん。有坂です」
苗字だけれど、好きな人に名前を呼ばれたことにわたしはちょっとだけドキッとする。
平静を装って頷いたわたしを誰か褒めて……!
「それで……なにをしていたの?」
動揺を悟られないように、すかさず再度問いかけて歩み寄る。
「考えごとをしていた」
「ふ~ん。そうなんだ」
「ああ」
内心ではなにを考えていたのか気になって仕方がないのだけれど、わたしはしれっとした顔で彼の隣に腰を下ろす。
「なにか用か?」
「なんか寂しそうな表情をしていたからちょっと気になっただけ」
「……そんな表情をしていたか?」
「うん」
彼は自覚がなかったのか呆けた顔になった。
その顔もわたしには愛おしく感じてしまうのだけれど。
「そうか……」
「なにかあったの?」
肩の力が抜けた彼に、わたしは遠慮がちに尋ねる。
すると彼は困ったような表情になって口を閉ざしてしまう。
訊かないほうが良かったかな? と内心でハラハラしていたわたしのことを見かねたのかはわからないけれど、彼は重たそうな口を徐に開いた。
「有坂には関係ないことだから気にしないでくれ」
しかし、その内容はわたしが納得できるものではなかった。
いや、わたしが彼の都合に土足で踏み込んでいることは自覚している。勝手に踏み込んでおいて納得できないと不満を抱くのはお門違いだ。
でも、それでも、わたしは納得できなかった。
なぜなら――
「……自分勝手なのはわかっているけれど、わたしは君のことが好きだから知りたいの。駄目かな……?」
彼のことが好きで、心配で、気になって仕方がないから。
本当は自分の気持ちを伝える気はなかったのだけれど、つい口を滑らせてしまった。
だって、好きな人がなにか悩んでいるなら力になってあげたいと思うでしょ?
「……ありがとう」
わたしの告白に驚いた彼は一瞬だけ目を見開いて、一拍置いた後にそう言った。
「告白の返事をするためには、俺がなにを考えていたのかを説明しないといけないな」
「わたしの告白と関係あるの?」
「ああ。そのほうが有坂は納得できると思う」
返事をするだけなら、「はい」か「いいえ」のどちらかを口にすれば済む話だと思うのだけれど……。
「まず始めに謝っておく、有坂の気持ちには応えられない」
別に返事を期待して告白したわけじゃなかった。
でも、いざはっきり断られると、さすがに心にくるものがあるね……。
「お前に好きになってもらえたのは素直に嬉しい。だが、俺には好きな人がいるんだ」
「そっか……」
好きな人いたんだ……。
彼が好きになる人がどんな人なのか凄く気になる。だって、その人がいなければわたしは彼と恋人になれたかもしれないし。――たらればでしかないからなにを言っても意味はないのだけれど……。
「それで、さっきまでその人のことを考えていた」
わたしの妄想を遮るように彼は続きの言葉を口にした。
羨ましい。
わたしも彼に考えてもらいたい。
あれ? でも、意中の人のことを考えていたのに寂しそうな表情をしていたということは、もしかして脈がないってこと? 普通は好きな人のことを考えていたら心が躍って頬が緩んでしまうよね?
まあ、それはわたしだけかもしれないけれど、少なくとも哀愁が漂うことはないと思う。
もしこの推測が当たっているのなら、わたしに彼を譲ってほしいんですけど……。
「告白はしないの?」
脈がなくても想いを伝えることはできるはず。
だから率直に尋ねてみたが、わたしは失念していた。
万が一、意中の人が既に亡くなっていたりしたら、気持ちを伝えることなどできないではないか。
尋ねた後にそのことに気がついた。
「できないことはないが、難しいだろうな……」
案の定ではないか。
彼は困ったような寂しいような、なんとも言えない複雑な表情になってしまった。
自分の迂闊さに呆れると同時に、罪悪感が押し寄せてくる。
考えなしに尋ねた数秒前の自分を殴り飛ばしたい。
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