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南の国 イキエス
005 ジェッケ大聖堂
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ジェッケの街は、この時期に十日ほどかけて盛大なお祭りを催している。
有名な祭りなので国内外からの観光客も少なくない。
祭りの本旨である大儀礼は夕方から行われるが、屋台の類は日中からすでに広場を占拠していた。
美味しそうな匂いがあちこちから漂ってくるので、ララキはついふらふらと屋台を巡り歩いてしまう。
かりかりに揚げられた肉に、よく冷やされた新鮮な果物など、食べ歩きができるよう串に刺したり小さな容器に入れて売られている。
見ているだけで涎が出そうだ。
だが、ララキは屋台に辿り着けない。
彼女の首根っこをしっかり掴んで離さないお節介野郎がいるからである。
思えば出逢ったときからケチっぽい一面が覗いていたような気もするミルンは、無駄遣いの一切を許さなかった。
「おまえは祭りを見物するために来たのか? 屋台の飯を食いに来たのか? 違うだろうが」
「でもさあ~せっかく来たんだしちょっとくらいさ~」
「ジェッケは大きな聖堂があるのでも有名な街だぞ。アンハナケウに関係あるかもしれないんだからまずそれを見にいくのが第一だろ。
次に図書館に行って資料を探す。そうすりゃ夕方になって祭りが始まる。
行程はきっちり詰まってんだよ」
「なんだよ~ミルンもアンハナケウのこと信じてるんじゃんか~」
ララキは首根っこを掴まれたままずるずると聖堂方面へと引き摺られた。
何気にいまミルンが口にしたのはララキが考えていた予定と概ね同じだったのが、一度たりとも伝えた覚えはない。そろそろ怖くなってきた。
「べつに信じたわけじゃねえけどな」
ぼそり、呟くようにミルンは言った。
その声音には、信じたわけではないが、否定するのもやめた、みたいな響きがあった。
実際の心のうちはどうなのか、聞く前に聖堂に着いた。
ジェッケ大聖堂。イキエス国内でも最大級の大きさを誇る宗教建築物だけあり、近くで見るとすごい迫力だ。
そびえ立つ白亜の建物は基本的に自由に出入りできるらしい。
地元民も観光客も入り乱れて、ひっきりなしに行き交っている。ララキとミルンもさっそく入った。
広々とした堂内にもかなりたくさんの観光客が犇いていたが、幸い床には用事がない。
ふたりが見たいのは壁と天井である。
四方の壁にはすべて紋唱が刻まれている。
カムシャールの巨石と異なるのは、こちらの紋唱はそのひとつがとても大きく、それゆえ壁の広さに対して数は少ないが、ひとつひとつが非常に複雑な紋様であることだ。
ララキがそっとミルンを窺うと、彼は手帳のようなものにそれを写し描きしていた。
遺跡でも同じことをやっていたのだろう。
「それ、あとで何かに使うの?」
興味本位で尋ねてみる。
「いや……実戦で使うのは無理だろうな、こんな複雑な紋唱。かといってこんな紙じゃ発動させられないし」
「じゃあなんで写してるの?」
「あいつが探してるかもしれないからだよ……」
そこまで言って、はっとララキを振り返ったミルンは、なぜかひどく焦ったような顔をしていた。
それを無視して、あいつって誰?と聞いてみるも、なんでもねえよ、と突っぱねられた。
どうも言いたくないらしい。
隠されると余計気になるのが人情というもの。ララキは食い下がった。
──いや、なんでもなくないよね?
「そんな真剣な顔で"なんでもない"はないよね? なーに? あいつってだーれ? なんで紋唱探してるの?」
「おまえには関係ない」
一言でぶった切られた。
まあそうですね、たまたま行き先が被ったからほんの三日ほど同行しているだけで、本来別々に旅をしているわけですからね、我々は。
関係ないですよね。あーそうかい。
なんかちょっともやっとした気分になったララキは、もうミルンのことは放っておこうと思い、あたりを見回した。
するとちょうどよく近いところに聖職者らしい服装の男性を見つける。
遺跡と違ってこういう場所には常時管理している人間がいるわけで、たぶん壁の紋唱の意味なども聞けば教えてもらえるだろう。
ララキは男性に近寄って、紋唱術師の証を提示しながら挨拶を自己紹介をした。
男性はおっとりと挨拶を返し、この聖堂の祭司であるといい、名前はワナエアと名乗った。
いい感じに親切そうな人だ。
「ワナエアさん、あの壁の紋唱にはどういう意味があるの? なんかすごい複雑だけど」
「ああ、あれは複数の象徴を組み合わせた合成紋なんです。西から順に、クシエリスルの神の顕れと、この聖堂の成り立ちを表現しています。
かつてこの一帯はヴニェク・スーという太陽神の加護を受けていました。西の壁がそれです。
そして他の神を信仰していた地域と絶えず争っていました。それが北の壁にあります。
東の壁では、そうした人々の争いを終わらせるため、神々がアンハナケウに集い、いわゆる『クシエリスル合意』を成したことが表されています。ヴニェク・スーもその一員として合意に従ったため、世界は平和になりました」
「やー、何回聞いてもすごいね、クシなんとか合意っていうの」
「クシエリスルだろ! 祭司さんの前で失礼なやつだな」
ワナエアに話を聞いていたところ、唐突にミルンが混ざってきたうえにツッコミまで入れてきた。
もちろんワナエアさんはどちらさまですかと困惑していたので、この人も紋唱術師みたいですよ、と他人行儀に伝えてやった。
関係ないので放っといてやってもよかったのだが、一応世話にはなったので。
ミルンも懐から術師の証を取り出して見せていたが、ララキが持っているものとだいぶん雰囲気が違う。
ララキのは薄い板に布を張ったものだが、ミルンのは半透明の石でできているようだ。
ちなみにこういう証明板は公的教育機関で発行されるものなので、持っている時点で独学やインチキではないことがわかる。
いやミルンがインチキでないのは腕前を見たのでわかっているけれど。
「そうですか、ハーシから。ジェッケまでは遠かったでしょう。きっとヴニェク・スーも喜んでおられます」
「ところで壁の紋唱ですが、西から東までがクシエリスルの制定ってことは、南の壁が聖堂について表しているんですよね」
「そうです。もとあったヴニェク・スーの祭殿とは別に、クシエリスルの神として祀りなおすために建造されました。
クシエリスルに加わったことで、いわば生まれ変わったようなものですので、古い祭殿はもう使えないのですよ。ただいま行われている祭りもそのための儀礼です」
「なるほど。……もしかしてヴニェク・スーの旧祭殿は、カムシャール巨石遺跡のことなのでは?」
「よくお気づきですね。そのとおりです」
「そうなの!?」
思わず素っ頓狂な声を出したララキを、うるさいなという顔でミルンが睨んだ。そんな顔しなくてもいいじゃないか。
ともかくそこからミルンとワナエアが話していた内容はこんな感じだった。
カムシャール遺跡の巨石に刻まれていた紋唱の、太陽を表す「炎輪と交差する円」が、聖堂の西の壁にもある。
そこからミルンは遺跡と聖堂で同じ神が祀られているのではないかという推測をした。
結論から言うと、それは正解である。
ただし「クシエリスル合意」という神々の取り決めに従う前と後では、性質がかなり異なるため、ほぼ別の神といってもよい。
そのため祭殿を捨てて新たに聖堂を建てなければならなかった。
遺跡のあるテバから離れたジェッケに聖堂が建てられたのは、ちょうどここが隣り合った別の神の土地との境であったからであった。
その別の神の名前はわからない。
文献が残っておらず、おそらくは戦乱の時代に、ヴニェク・スーを信仰する勢力によって吸収されてしまったと考えられている。
「消えた神か……」
「その表現は正しくありません。神が消えることはない。ただ人々から忘れられただけです。
そして、そういう神を救うためにクシエリスル合意が成されたとも言われています。
"名もなき神々は、今は安住の地アンハナケウに去った"……と聖書にありますからね」
「あると思う?」
今度はララキが身を乗り出す番だ。ミルンを押しのけ、ワナエアに問う。
アンハナケウはあると思うか。
もしあるのならばそれはどこにあり、どうすれば辿り着けるのか。
「クシエリスル合意が成された以上、それが行われたという場所はありますとも。しかし我々人間が辿り着ける術はありません。もし可能だとすれば」
「だとすれば?」
「……神々がお招きくださるときだけでしょうね。果たしてどれほどの徳を積めばよいのやら」
「ワナエアさんは行ってみたいと思う?」
「いいえ」
とても畏れ多いですからね、とワナエアは笑って言った。
世の中にはいろいろなおとぎ話がある。
その中には正直者や、良いことをした者が、神に招かれるという筋書きのものもたくさんある。
典型的なのが、嵐の晩にやってきた旅人に施しをしたら、じつはそれがクシエリスルの神だったというものだ。
それでお礼にアンハナケウに連れて行ってもらい、そこで金銀財宝や妻や地位や権力を手に入れて、たいそう幸せに暮らしましたとさ、で終わる。
おとぎ話においては、決してアンハナケウに恐ろしいところはない。
基本的に悪い人間が招かれることはないので、そこで何かまずいことをやって失敗するという話はないのだ。
たまに、帰ってきて成功したあとで性格が悪くなってしまい、横暴に振舞った結果すべて失ってしまった、みたいなものはあるが。
ワナエアの場合は、自分が招かれるはずはないと思っているようだった。
自分が何も間違いのない聖人などではないと悟っている。それは彼が聖職者だからではなく、世の中たいていみんなそうだろう。
生まれてから一度も嘘を吐いたことがない人間はたぶんいない。
ララキだってそうだ。招いてもらえるような人間ではないのはよくわかっている。
だから招かれる方法を探そうなどとはこれっぽっちも思っていない。知りたいのはその場所と行きかただけだ。
たとえ神に拒否されようとも無理やりにでも押し入る覚悟で生きている。
それぐらいでないと、あの人を助けられない。
→
ジェッケの街は、この時期に十日ほどかけて盛大なお祭りを催している。
有名な祭りなので国内外からの観光客も少なくない。
祭りの本旨である大儀礼は夕方から行われるが、屋台の類は日中からすでに広場を占拠していた。
美味しそうな匂いがあちこちから漂ってくるので、ララキはついふらふらと屋台を巡り歩いてしまう。
かりかりに揚げられた肉に、よく冷やされた新鮮な果物など、食べ歩きができるよう串に刺したり小さな容器に入れて売られている。
見ているだけで涎が出そうだ。
だが、ララキは屋台に辿り着けない。
彼女の首根っこをしっかり掴んで離さないお節介野郎がいるからである。
思えば出逢ったときからケチっぽい一面が覗いていたような気もするミルンは、無駄遣いの一切を許さなかった。
「おまえは祭りを見物するために来たのか? 屋台の飯を食いに来たのか? 違うだろうが」
「でもさあ~せっかく来たんだしちょっとくらいさ~」
「ジェッケは大きな聖堂があるのでも有名な街だぞ。アンハナケウに関係あるかもしれないんだからまずそれを見にいくのが第一だろ。
次に図書館に行って資料を探す。そうすりゃ夕方になって祭りが始まる。
行程はきっちり詰まってんだよ」
「なんだよ~ミルンもアンハナケウのこと信じてるんじゃんか~」
ララキは首根っこを掴まれたままずるずると聖堂方面へと引き摺られた。
何気にいまミルンが口にしたのはララキが考えていた予定と概ね同じだったのが、一度たりとも伝えた覚えはない。そろそろ怖くなってきた。
「べつに信じたわけじゃねえけどな」
ぼそり、呟くようにミルンは言った。
その声音には、信じたわけではないが、否定するのもやめた、みたいな響きがあった。
実際の心のうちはどうなのか、聞く前に聖堂に着いた。
ジェッケ大聖堂。イキエス国内でも最大級の大きさを誇る宗教建築物だけあり、近くで見るとすごい迫力だ。
そびえ立つ白亜の建物は基本的に自由に出入りできるらしい。
地元民も観光客も入り乱れて、ひっきりなしに行き交っている。ララキとミルンもさっそく入った。
広々とした堂内にもかなりたくさんの観光客が犇いていたが、幸い床には用事がない。
ふたりが見たいのは壁と天井である。
四方の壁にはすべて紋唱が刻まれている。
カムシャールの巨石と異なるのは、こちらの紋唱はそのひとつがとても大きく、それゆえ壁の広さに対して数は少ないが、ひとつひとつが非常に複雑な紋様であることだ。
ララキがそっとミルンを窺うと、彼は手帳のようなものにそれを写し描きしていた。
遺跡でも同じことをやっていたのだろう。
「それ、あとで何かに使うの?」
興味本位で尋ねてみる。
「いや……実戦で使うのは無理だろうな、こんな複雑な紋唱。かといってこんな紙じゃ発動させられないし」
「じゃあなんで写してるの?」
「あいつが探してるかもしれないからだよ……」
そこまで言って、はっとララキを振り返ったミルンは、なぜかひどく焦ったような顔をしていた。
それを無視して、あいつって誰?と聞いてみるも、なんでもねえよ、と突っぱねられた。
どうも言いたくないらしい。
隠されると余計気になるのが人情というもの。ララキは食い下がった。
──いや、なんでもなくないよね?
「そんな真剣な顔で"なんでもない"はないよね? なーに? あいつってだーれ? なんで紋唱探してるの?」
「おまえには関係ない」
一言でぶった切られた。
まあそうですね、たまたま行き先が被ったからほんの三日ほど同行しているだけで、本来別々に旅をしているわけですからね、我々は。
関係ないですよね。あーそうかい。
なんかちょっともやっとした気分になったララキは、もうミルンのことは放っておこうと思い、あたりを見回した。
するとちょうどよく近いところに聖職者らしい服装の男性を見つける。
遺跡と違ってこういう場所には常時管理している人間がいるわけで、たぶん壁の紋唱の意味なども聞けば教えてもらえるだろう。
ララキは男性に近寄って、紋唱術師の証を提示しながら挨拶を自己紹介をした。
男性はおっとりと挨拶を返し、この聖堂の祭司であるといい、名前はワナエアと名乗った。
いい感じに親切そうな人だ。
「ワナエアさん、あの壁の紋唱にはどういう意味があるの? なんかすごい複雑だけど」
「ああ、あれは複数の象徴を組み合わせた合成紋なんです。西から順に、クシエリスルの神の顕れと、この聖堂の成り立ちを表現しています。
かつてこの一帯はヴニェク・スーという太陽神の加護を受けていました。西の壁がそれです。
そして他の神を信仰していた地域と絶えず争っていました。それが北の壁にあります。
東の壁では、そうした人々の争いを終わらせるため、神々がアンハナケウに集い、いわゆる『クシエリスル合意』を成したことが表されています。ヴニェク・スーもその一員として合意に従ったため、世界は平和になりました」
「やー、何回聞いてもすごいね、クシなんとか合意っていうの」
「クシエリスルだろ! 祭司さんの前で失礼なやつだな」
ワナエアに話を聞いていたところ、唐突にミルンが混ざってきたうえにツッコミまで入れてきた。
もちろんワナエアさんはどちらさまですかと困惑していたので、この人も紋唱術師みたいですよ、と他人行儀に伝えてやった。
関係ないので放っといてやってもよかったのだが、一応世話にはなったので。
ミルンも懐から術師の証を取り出して見せていたが、ララキが持っているものとだいぶん雰囲気が違う。
ララキのは薄い板に布を張ったものだが、ミルンのは半透明の石でできているようだ。
ちなみにこういう証明板は公的教育機関で発行されるものなので、持っている時点で独学やインチキではないことがわかる。
いやミルンがインチキでないのは腕前を見たのでわかっているけれど。
「そうですか、ハーシから。ジェッケまでは遠かったでしょう。きっとヴニェク・スーも喜んでおられます」
「ところで壁の紋唱ですが、西から東までがクシエリスルの制定ってことは、南の壁が聖堂について表しているんですよね」
「そうです。もとあったヴニェク・スーの祭殿とは別に、クシエリスルの神として祀りなおすために建造されました。
クシエリスルに加わったことで、いわば生まれ変わったようなものですので、古い祭殿はもう使えないのですよ。ただいま行われている祭りもそのための儀礼です」
「なるほど。……もしかしてヴニェク・スーの旧祭殿は、カムシャール巨石遺跡のことなのでは?」
「よくお気づきですね。そのとおりです」
「そうなの!?」
思わず素っ頓狂な声を出したララキを、うるさいなという顔でミルンが睨んだ。そんな顔しなくてもいいじゃないか。
ともかくそこからミルンとワナエアが話していた内容はこんな感じだった。
カムシャール遺跡の巨石に刻まれていた紋唱の、太陽を表す「炎輪と交差する円」が、聖堂の西の壁にもある。
そこからミルンは遺跡と聖堂で同じ神が祀られているのではないかという推測をした。
結論から言うと、それは正解である。
ただし「クシエリスル合意」という神々の取り決めに従う前と後では、性質がかなり異なるため、ほぼ別の神といってもよい。
そのため祭殿を捨てて新たに聖堂を建てなければならなかった。
遺跡のあるテバから離れたジェッケに聖堂が建てられたのは、ちょうどここが隣り合った別の神の土地との境であったからであった。
その別の神の名前はわからない。
文献が残っておらず、おそらくは戦乱の時代に、ヴニェク・スーを信仰する勢力によって吸収されてしまったと考えられている。
「消えた神か……」
「その表現は正しくありません。神が消えることはない。ただ人々から忘れられただけです。
そして、そういう神を救うためにクシエリスル合意が成されたとも言われています。
"名もなき神々は、今は安住の地アンハナケウに去った"……と聖書にありますからね」
「あると思う?」
今度はララキが身を乗り出す番だ。ミルンを押しのけ、ワナエアに問う。
アンハナケウはあると思うか。
もしあるのならばそれはどこにあり、どうすれば辿り着けるのか。
「クシエリスル合意が成された以上、それが行われたという場所はありますとも。しかし我々人間が辿り着ける術はありません。もし可能だとすれば」
「だとすれば?」
「……神々がお招きくださるときだけでしょうね。果たしてどれほどの徳を積めばよいのやら」
「ワナエアさんは行ってみたいと思う?」
「いいえ」
とても畏れ多いですからね、とワナエアは笑って言った。
世の中にはいろいろなおとぎ話がある。
その中には正直者や、良いことをした者が、神に招かれるという筋書きのものもたくさんある。
典型的なのが、嵐の晩にやってきた旅人に施しをしたら、じつはそれがクシエリスルの神だったというものだ。
それでお礼にアンハナケウに連れて行ってもらい、そこで金銀財宝や妻や地位や権力を手に入れて、たいそう幸せに暮らしましたとさ、で終わる。
おとぎ話においては、決してアンハナケウに恐ろしいところはない。
基本的に悪い人間が招かれることはないので、そこで何かまずいことをやって失敗するという話はないのだ。
たまに、帰ってきて成功したあとで性格が悪くなってしまい、横暴に振舞った結果すべて失ってしまった、みたいなものはあるが。
ワナエアの場合は、自分が招かれるはずはないと思っているようだった。
自分が何も間違いのない聖人などではないと悟っている。それは彼が聖職者だからではなく、世の中たいていみんなそうだろう。
生まれてから一度も嘘を吐いたことがない人間はたぶんいない。
ララキだってそうだ。招いてもらえるような人間ではないのはよくわかっている。
だから招かれる方法を探そうなどとはこれっぽっちも思っていない。知りたいのはその場所と行きかただけだ。
たとえ神に拒否されようとも無理やりにでも押し入る覚悟で生きている。
それぐらいでないと、あの人を助けられない。
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