ビリーと私のオーストラリアDiary

Kaede

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失望と支え

ビリーの失望

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この夜は耳の下のあたりがズキズキして眠れなかった。ビリーの平和な寝息を聞きながら一晩を過ごして、いつビリーに言おうかってそれだけ考えていた。最初から言っておけば良かった、って後悔して涙も出た。私って、同じような事を繰り返して何やってるんだろうって。小細工までしてビリーに嘘までついてーー絶対ビリーに嫌われるって思った。そんな事を考えているうちに朝が来て、私はビリーが起きる前に起きてまた鎮痛剤を飲んだ。そして、今日はバナナ以外も食べないとって思って、朝からフレンチトーストを作った。
ビリーはその日は6時過ぎに起きてきて、「おはよう。フレンチトースト?珍しいね。」って言った。
「たまにはいいかと思って。」私は言った。
ビリーは私の顔をじっと見て「カエ?顔色悪いよ。大丈夫?」って言った。
「え?ああ、うん。大丈夫だよ。元気だからこんなの作ってるんだし。」私は無理やり笑顔を作った。
ビリーは首を傾げながらフォークとかを用意してくれてーー私はどんどん積み重なっていく自分の嘘に不安を感じた。もうやめなきゃって思った。今日の夜にでも話そうって。どんな大惨事になってもいいから、ビリーには言っておかないとって。
なんとかフレンチトーストを流し込んで、何でもない事を強調するかのようにビリーに「行ってくるね」ってキスをして、学校に行った。そして、またお昼前に鎮痛剤を飲んで、午後は帰ってきてから翻訳の仕事をした。また夜ご飯の事と、その後のーー多分、言い争いーーの事を考えると本当に憂鬱で、仕事にも全然集中出来ていない気がした。ミスばっかりで迷惑かけたらどうしようって心配になった。
そしてーー夕方ビリーからメールがきた。「朝疲れてるみたいだったから、今日はテイクアウトにしようか?中華でも買っていくよ。」って。私はため息をつきながら「うん、お願い。気をつけて帰ってきてね。」って返事を書いた。
ビリーが帰ってきた時、私はちょうどテレビをつけながらキッチンで食洗機の中の食器を片付けていて、ドサッていう乱暴に荷物を置く音で振り向いた。
玄関に続く廊下への入り口にはアダムが通路を塞ぐように立っていて、ビリーはテーブルの脇に立ってた。
アダムは目が笑ってたけど、ビリーは怒った顔でーー私は一瞬で「バレたんだ。」って思った。そして、どこからバレたのか必死に考えた。
「やだ、アダムも来るなら教えてくれればよかったのにーー。」私は言いかけて口をつぐんだ。
「いつから?」ビリーは聞いた。
「何がーー」
「いつから痛かったの?」ビリーの声はいつもより低くて、私は戸惑って答えられなかった。そして、2人で来たのは、私を逃がさないためなんだってピンときた。ビリーがまだ足首が痛いから私が逃げるのを捕まえる自信がなくて、アダムを私の逃げ道を塞ぐ役で連れてきたんだって。また行方不明になると困るから。
「一週間くらい前から。」私は消え入りそうな声で答えた。
「なんで言わなかった?ーーまあ、答えは分かってるからいい。見せて。」そう言うとビリーは近づいてきてーー後ずさる私を壁に押し付けると片手で頭を壁に押し付けて口を開かせようとした。
「やめて!」私は黙っていればよかったのに、一瞬の反応でーービリーののあたりを蹴ろうとした。でも、ビリーは咄嗟に避けて、その時に足首に力が入って傷んだのかちょっと呻き声をあげてしゃがみこんだ。
「ごめんーービリー・・・」私はもう涙が出そうで、その場に立ち尽くした。
アダムは首を振るとビリーの所まで来て、優しい声で「大丈夫?」って聞いた。
ビリーは頷いて、ゆっくりと立ち上がってまた私に「見せて。」って言った。
「ーー嫌。」私は言った。涙が一筋流れるのを感じた。
「カエ、見せてみて。大丈夫だから。」アダムが優しく言って、私はようやく頷いて口を開いた。
恥ずかしかったけど、ビリーは覗き込んで「右下?」って聞いた。そして、「腫れてるんじゃない?」って言った。
「ーーそうかもしれない。」私は呟いた。
ビリーはため息をついて、ちょっと優しい声になって「歯医者に行かないと。」って言った。
私は恐怖でビリーの目をじっと見つめた。
「ほら、まず座って話そう。」アダムが言って、二人は私が逃げないか警戒するかのように私を挟み込んでテーブルに移動させた。
「ずっとーー嘘だった?お腹がどうのこうの言ってたのは。」ビリーが言った。最初の怒っている感じは消えて、もう呆れ返っているような声だった。
「ーーうん。」
「毎日のようにマッシュポテトだったのも痛くて噛めなかったから?」ビリーがこう言うと、アダムが笑った。
「うん。」
「バナナも?まさかーー昨日のグタグタしたパスタも?」
私はもう顔から火が出そうに恥ずかしくて、ただ頷いた。 
アダムは「まず、ビリー、予約の電話してきたら?今なら間に合うよ。」って言った。
ビリーは頷いて立ち上がると電話をかけるためにキッチンに行った。
アダムは私を見て笑って首を振りながら「よく一週間も頑張ったね。」って言った。
「ーーすごい痛かったのはここ二、三日だから。」私は言った。
「いつビリーに話すつもりだった?」
「ーー今日か明日。」
ビリーは電話をかけ終わって戻って来ると「明日、4時。無理矢理予約してもらった。引っ張ってでも連れて行くから覚悟して。」って言った。
「やだ、怖い。」私は恥ずかしいけど、泣き始めた。
ビリーはイライラしたように「そんなになるまで放置してるからだよ。」って言った。
「何?やっぱり親知らずのあたり?」アダムが聞いた。
「ーー多分。俺もよくわからないけど、奥歯の奥が腫れてる。」ビリーは言った。
「ーー何で知ったの?誰からーー」私は言った。
「スティーブンだよ。昨日、俺と飲んだ時に、カエが歯が痛くて調子が悪そうだったって言っててーーてっきりビリーも知ってるものだと思って昼に聞いたら「何それ、知らない」って言うから。何、あとは誰が知ってたの?」アダムが言った。
「ーーライル。」私は話した。
「マジで?なのに、なんで俺にはーー」ビリーはここで黙り込んで首を振って「疲れた。」って言った。「ーー何で、俺はカエに隠し事をするのはやめたのに、カエはそれをやめられない?そんなに俺が信用できない?何が悪いの?」って言った。ショックを受けたような顔で、目には少し涙が浮かんでいた。
「そうじゃないの。ビリーの事は100%信頼してる。でもーー体調も悪そうで余計な心配をかけたくなかったし、怖かった。小さい頃に母に「大丈夫よ」って言われて、何回も痛い思いをした恐怖を思い出してーー」
「こんな事で感じる痛みなんて長い人生から見ればほんの一瞬だよ。本当にそう思う。カエは、ほら、手を怪我してた時とかもっと大変な思いをしたはずだし、勇気があって強い女性だって信じてる。だからこそーー言って欲しかったな。俺の体調なんて関係ない。どんな体調の時だってカエが苦しければ傍にいてあげるし、今回だってーー言ってくれれば抗生物質くらいは俺だって処方できた。そうすれば、あんなマッシュポテトを頑張って作らなくても良かったし、嘘ばかり言って辛い思いをしなくても良かったんだよ。まあ、何かが変だと思いながら、気が付かなかった俺もマヌケだけど。」
「ごめん、ビリー、本当にーー」私は声をあげて泣いた。
ビリーは大きなため息をついた後、私の肩を抱いて、少し優しい声になって「夕食にしよう。カエは食べられる?メールした時「いらない」って返事が来ると思ってたらそうじゃなかったからーー」って言った。
「ーー柔らかいのなら。」私がそう言うと、ビリーは立ち上がってお皿を3枚持ってきて、焼きそばとシュウマイを少し盛ってくれた。
「ほら。」
「ーーありがとう。」
私はゆっくり食べた。しばらくみんな黙って食べていて、ビリーは私をじっと見ていた。そして「明日は学校が終わったら病院に来て待ってて。困るから。なんか、もう呆れ返って多分逃げられたら探す元気もないしーー本当面倒ばかりかけられてーー」ビリーは苦笑いした。
「分かった。ーー診察室までついてこれる?」
アダムは詰まらせたような音を出して何回か咳き込んで、それから笑った。
「ーー分かった。」ビリーは言った。
「ビリーとアダムは?親知らずあるの?」私は聞いた。
「俺は大学生の時に全部抜いてもらった。怖がらせるわけじゃないけど、生え方が良くなくて痛くて診てもらったら、歯並びも悪くなるし早く抜いた方が良いって言われて。ちょうど研修が始まる時で、忙がなきゃなくて二、三日入院して一気に。終わった後の痛みは薬でどうにかなったけど、腫れた。」アダムは言った。
「あー、あの時ね。」ビリーは笑った。
「うん。でも本当にビリーの言う通り終わってみれば一瞬の苦しみだよ。足のリハビリとかの方が辛かった。何があってもカエなら大丈夫だよ。俺が保証する。ビリーの行きつけの歯医者は確か若い医者だし、優しく治療してくれるんじゃない?どこかに紹介で回されてもビリーも何人か知ってる歯医者がいるはずだし。俺が抜いた時なんて、最初行った歯医者は50代くらいのジジイでーーこんな言葉使ったらダメだよ、カエはーー、「俺でも出来るかな」とか言いながらさんざん試した挙句「無理だな」とか言って。その時だけ痛さでチビりそうになった。」
「アダム食事中に汚い話はやめろ。」ビリーはそう言ったけど顔は笑ってて、「俺は実はまだ全部生えてる。別に真っ直ぐ生えてるから虫歯とかにならない限り治療の必要もないんじゃないかって言われて。毎回ちゃんと磨けてるって褒められるし。正直、歯痛で苦しんだ事ってないからその辛さが分からない。嫌味?」ビリーはアダムに聞いた。
「まあね。俺もその時くらいしかないからよく分からないけど。でも、カエも親知らずだって決まったわけじゃないし、要らない心配はしない方がいいよ。薬飲めばそれでOKかもしれないし。」
「ーーうん、そうだよね。」私は頷いた。
「俺が言うのもあれだけどスティーブンは本当に笑っちゃうくらいなんでも喋る。そこが好きだけど、カエ、秘密を話すなら俺かライルにするんだな。スティーブンはいい人過ぎて、気になると喋らずには居られない感じだから。」アダムが言った。
「誰にも話さないで、話すんだよ、カエ。一緒に住んで信頼し合っているはずの人の隠し事を他の人から聞く悔しさが分かる?本当に。何がダメで話してもらえないのかって今日話を聞いてからずーっと悩んでた。確かに頼りないところもあるとは思うけどーー言ってくれないと助けられない。カエが診察室まで来て欲しいって言えば喜んでついて行くし、手を握ってて欲しいって言えば握るしなんでもするから。分かった?」ビリーが言った。
私は頷いた。
「あと、無理矢理壁に押しつけたのは謝る。ごめん。ついイラっとして。」
「ビリー、俺がビリーが入院してる時に無理矢理薬を飲ませる時の気持ちが分かった?俺だって楽しくてやってる訳じゃない。ビリーが俺が想像出来ないくらい苦しい思いをしてるんだろうなって思うと、それを少しでも早く止めてあげたいから無理強いするんだよ。する。それだけは分かって欲しい。」アダムが言って、ビリーは少し笑って頷いた。
「ーー帰るかな。カエ、元気出して。また明日歯医者行く前にチョコレートでも持って行くから。」
「うん、ありがとう、アダム。」

アダムが帰った後はしばらく私達は何も喋らなかった。ベッドに入るまで。ビリーもまだ表情が険しかったし、私は私でついに歯医者に行かなきゃいけないのが怖くてたまらなくて。逃げたらどんなに楽だろうって思ったけど、もう自分の首を絞めるようなことはしたくなくて。それに何も考えられなかった。敗北感で。
それでも、シャワーを浴びて寝室に行くとビリーは「ほら、そんな顔しないで。」って腕を広げてまた泣き始めた私を優しく抱きしめてくれてーーその日はそのまま一緒に眠った。

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